第64話 灰の街ー火の国シュタールラント編
洞窟内での襲撃と迫りくる火瘤による危機を乗り越えた私達の前に現れたのは、余燼が燻る王都の姿だった。冷静に辺りを見渡し、此処が王都を見下ろす高台だと気付く。
王都には所々から小さな火柱が見え、黒い煙が揺らめきながら天へと伸びている。
全てが焼き尽くされている最悪の事態が頭にが過りつつも、無事の可能性が捨ててはいけないと、自信を奮い立たせた。
最もこの光景に傷つくのはこの都で生まれ、唯一の肉親が居るセレス自身だ。
脅えさせない為にもセレスに如何伝えるか迷い、気付けばセレスを抱きしめる腕に力がこもっていた。
「アメリアー、痛いよー」
セレスは胸鎧に顔を押し付けられ苦しかったのか、両手を突き、顔を上げると苦しそうに息を吐いた。
「だ、駄目!」
思わず王都の方向へ振り込もうとするセレスの頭を抑えてしまう。
セレスは驚き、不思議そうに目を丸くするのを見ていると、ダリルの呆れた様な溜息が聞こえてきた。
「甘やかし過ぎだ、仮にもソイツは此の国の未来を担う奴だろ?災厄なんざ、目を背ける訳には行かないだろ?それに、ソイツよりお前の方が動揺し過ぎだ」
「・・・そんな事は無いよ」
そう言うとダリルを私の腕から取り上げると、王都の姿を見せ問いかけた。
「ほらよ!此れを見て、如何思う?逃げるか向き合うか・・・お前は如何したい?」
「んー・・・助けたい!」
セレスは驚き黙り込むが意を決したのか、確りと王都を見据え力強く頷きながら答える。
ダリルは其れを聞くと、嫌味な笑顔を浮かべながら私の顔を覗き込んだ。
「だとよ?ちょっと見ない内にチビよりお前の方が弱っちくなったな。ぶははは・・・!」
私を指さし一頻り笑うと、スタスタと一人でトロッコ跡が残る坂道を降りていくダリル。
しかし次の瞬間には、ウォルフガングさんに腕で首をひっかっけられ、後ろ向きに転倒した。
「・・・・もう。そりゃあ、過保護だったかもしれないけど」
思わず愚痴を零すと、フェリクスさんが愉快そうに悪い笑顔を浮かべていた。
「あれでも、アイツなりによわよわなアメリアちゃんの背中を押したつもりだよ。デコ助の癖になーに、カッコつけてんだかね・・・。まあっ、確実に今までの穴埋めだろうけどな」
そう考えると途中までは良いが、最後の方は納得がいかないな。
「あ・・・そうですね。でも、私達と離れている間に活躍できなかったとか気にしなくて良いのに」
狭い所を通って強張った体を伸ばしながら答えると、フェリクスさんが何故か残念そうな目で私を見ていた。不思議に思いつつ、燥ぐセレスを呼び戻すと、フェリクスさんが大きな溜息をつく。
「アメリアちゃん、そうでもあるけど、そうじゃないっ・・・」
「変な、フェリクスさん?それより、ウォルフガングさんに道を訊いて、最短で降りましょう」
ウォルフガングさんは育った土地で此処の地理に詳しい様だし、できれば最短で行きたい。
焦る気持ちから落ちつけずにいると、背後からケレブリエルさんに呼び止められた。
「アメリア、物資を届けるのだから、其処を配慮した方が良いわよ」
「あ、はい!」
振り返り際にそう答えると、フェリクスさんがケレブリエルさんに何か耳打ちをする。
すると二人揃って、私に向かって肩を竦め、苦笑を浮かべていた。
本当に何なんだろう?
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急斜面を降り、私達は街を取り囲む城塞の前に立つ。
視界を覆うかのように見えた黒煙は思いの外薄く、薄っすらと門が視認できる状態だ。
先行していたウォルフガングさんが煙の中から姿を現す、曇りがちな表情に何があったと訊ねると、詳しく話さずについて来る様にだけ言い背を向けた。
私達が口元を覆いながら導かれウォルフガングさんの後を追うと、そこには建物はおろか街路樹さえ焦げた形跡も無い、僅かに火が燻る複数の灰の山が点在すると言う妙な光景が広がっていた。
「これだけ煙が蔓延しているのに、燃えたのは此れだけだなんて・・・・」
何かが焼失したのは確かだが、正体は何なのかと言う疑問から私は其れに手を伸ばした。
思いの外、熱が残る灰山のその表面が風に舞い、その芯が露わになる。
その表面には焦げる事が無く、輝きを残す丸い鉱石があった。魔結晶だろうか?
「・・・触るな」
ウォルフガングさんは眉根を寄せ、何時になく低く早い口調で注意をする。
その様子に驚き、手を止めると、目の前の妙な形の黒炭が一気に発火した。
然し、炎上したかと思うと直ぐに治まり、火の粉となり跡形も無く焼失する。
「え・・・燃え尽きた?」
突然の事に驚き、止めた理由を求めウォルフガングさんへと視線を向けると、何かを悼む様に目を閉じていた。ダリルは灰に目をやると、ウォルフガングさんへと歩み寄る。
「師匠、こいつは・・・何だ?魔物じゃねぇよな?」
その疑問に応える声は無く、ただ首が縦に振られた。
ソフィアはダ灰をしゃがみ込み、そっと其れを覗き込むと、何か目についたのかそっと其れを拾い上げる。ソフィアは悲し気に眉尻を下げ、摘まんだ何かをそっと私に手渡す。
「アメリアさん、これ・・・」
その正体は金の細工が施され、宝石があしらわれたペンダントトップ。
その背面には、持ち主とその相手らしき名前が刻まれていた
「この灰は全て人・・・って・・・考え過ぎだよね?」
ソフィアは私の言葉を否定も肯定も出来ないと言う複雑な顔を浮かべる。
「確証はありません・・・ただ、魔物であるのなら灰の中に魔結晶がある筈です」
改めて崩れた灰の山を眺める、人の物と言うには大きい其れは風に吹かれ広がり、形が崩れつつある。
幾ら眺めようと、魔物の証である魔結晶は姿形も無い。
自分の中の疑念が変わりゆくにつれ、一気に血の気が引く。私達は一足遅かったのだろうか?と。
この間にも、同様の現象が繰り返され、火の粉が天に帰るように伸びて行く。
「どれも逃げ惑ったり、倒れ込んだ痕跡が無い・・・これは襲撃による物じゃ無いかもな」
ウォルフガングさんは悲しげに呟くと、灰の山へと手を組み弔いの意を示す。
ダリルは師匠に続くと、肩眉を吊り上げ首を捻った。
「それにしても、大き過ぎないか」
元々、竜人は男女問わず高身長でがっしりとした体格だが、明らかに違和感がある。私も其処が引っ掛かっていた。
「ああ、そうだな。其れに付いて考えられるのは竜化だ」
私達が現状を理解できずにいると、何処からともなく近付いてくる足音を耳にする。
火山で遭遇した正体不明の襲撃者の仲間か、それともカルメン達か、或いは生存者なのか。
薄煙に沁みる目を擦り、剣の柄に手をかけ構えると、ゆっくりと相手の影と輪郭がはっきりと見えてくる。
灰色の風の中をゆっくりと進み、現れた人物は黒地に火の祭殿を象徴する色合いの刺繍が施された祭服、燃える様な赤髪の下には眼鏡に隠された鋭く切れ長の其処意地の悪そうな瞳が光っていた。
「エヴァルト大祭司?」
火の祭殿の大祭司、色んな意味でお世話になった人だ。
やはり、あちらも警戒していたのか、私達を視認すると杖を構えていた手を下ろし、ゆっくりと口角を上げたかと思うと、嫌味な笑顔を向ける。
「おや、火事場泥棒と思いきや、懐かしい顔が揃っていますね」
私達が顔を引きつらせると、其れを見て笑い声を噛み潰すが、エヴァルト大祭司は隠す様に口元を抑えた。本当に相も変わらず鼻持ちならない人だ。
「マルクス、相も変わらず失礼な奴だな。こっちは物資を届けに来たと言うのにな」
「おやおや、ウォルフ。何十年ぶりでしょうか?もしや、里帰りですか?」
「世間話も回りくどい話も如何でも良い、此の惨状に付いてさっさと話せ」
如何やら二人は知り合いらしい。ウォルフガングさんは静かにエヴァルト大祭司を睨みつける。つまらなそうな顔をすると、エヴァルト大祭司は気だるげに目を逸らし頭を掻く。
「一度は関わったこの街に何が遭ったのか、如何か教えて頂けませんでしょうか?」
私が懇願すると、エヴァルト大祭司は周囲に向けて祈りの所作をし、私達の方へと向き直る。
「良いでしょう、他の際職の者も供養を終えた頃でしょうし。此処で話すのもなんですし、宜しければ祭殿までご側路頂けませんか?」
エヴァルト大祭司の供養と言う言葉から人であると確証を得る。
勿論、エヴァルト大祭司の言葉に反論は無い。
私達は亡くなった多くの人々の死に疑問を抱きながら、弔いの祈りを捧げ其の場を後にした。
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「端的に言うと、精霊の儀の失敗です。君が以前、此処を救った様に此処で起きた異変を我々で治めようと言う考えに至ったのですが・・・。思惑は外れ、災厄を免れるどころか多くの者の死を招いてしまった」
何もかもが信じられず、言葉を失い唖然としていると、エヴァルト大祭司は外を悲しげに眺めた。
「精霊の儀が失敗?!如何して・・・!」
今まで渡り歩いて来た国々での光景を思い出し、それが惨状を生み出しただなんて信じられず、机に手を突き声をあげてしまい、それにより静かな祭殿の一室にけたたましい音が響く。
話が中断され、私に皆の視線が集中すると、立ちすくむ私の腕をケレブリエルさんが引っ張った。
「気持ちは解らなくはないわ・・・でも、今は静かに話を訊くべきよ」
「あ・・・ごめんなさい!」
慌てて座り、謝罪をすると、エヴァルト大祭司は首を左右に振った。
落ち着きを取り戻した室内にゆっくりと、エヴァルト大祭司の声が響く。
「原因不明の火のマナの増減の波により、淀みが生まれ、本来は此の地を護り力となる筈が、仇になってしまった。本来、祈りは思いを精神力に、精神力をマナに返還し精霊王様から受けた恩寵を返すもの。ですが、祈りによる献上は要求が高まる一方。其れにより人々は精神を吸い尽くされ衰弱し弱り果てた結果、本来の竜の姿に自身を変え、肉体を火のマナに戻し、命の循環先へと回帰させてしまったのです」
祈りの本来の意味と竜人の眷族としての最後を知り、ますます謎が深まる。
然し、その前に原因不明と言う言葉が引っ掛かった。
火の祭殿の上位者であるエヴァルト大祭司が原因を知らないと言う所だ。
「原因不明とは如何言う事でしょう?シグルーンさんから、この現象はマナの均等が崩壊と聞きましたが・・・」
「え・・・マナの均等の崩壊とは初耳ですね。それと、いつ彼女に会ったのですか?」
エヴァルト大祭司は私の言葉に驚くと、不可解そうに片方の眉を吊り上げる。
「・・・昨日です」
何かが可笑しい。均等の事もそうだが、まるで彼女が噴石と共にドワーフ族が住むアンヴィルへ落ちた事が無かった事みたいだ。
「可笑しいですね、彼女は火の精霊王様の許に籠っていて祭殿から出ていない筈ですが」
「え?そんな・・・。火山の噴火に巻き込まれ、怪我をしていました。その際にマナの均等の話を聞いたんです」
「マナの均等については想定外で、とても興味深い情報です。精霊の間は火口に近いのですが、噴火をした等の知らせも、それによる地震の報告もありませんし・・・。然し、きな臭い話ではありますね」
そう言うと、エヴァルト大祭司は顎に手を当て、何かを思案する様に黙り込む。
すると、部屋の扉がけたたましく開かれた。
現れたのは礼服を纏った、祭司見習と思われる男性。肩で息を整えると、背筋を伸ばしエヴァルト大祭司に顔を向ける。
「急ぎ報告があります!精霊の間にて、全身を焼かれた者が見つかりました。幸いな事に命は無事なようですが、火の巫女様が発見の後、白魔術師に治療を施させております」
「え?!」
その報告には、私達には信じる事ができない人物を指す言葉が混じっていた。
本日も当作品を最後まで読んで頂き有難うございます!
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来週も無事に投稿できたのなら、2月14日18時に更新致します。




