第63話 余燼ー火の国シュタールラント編
松明の明かりに照らし出されたのは一瞬、解ったのは頭巾を目深まで被っている事、小柄で斧を武器に単独で奇襲をかけていると言う事だ。つまりは、山賊の類では無い。
此方の方が数が多いいとはいえ、視界を照らすのは松明と火の魔結晶、しかもライラさんから預かった物資を護らなくてはならない。
相手の目的は不明、物資の搬送を防ぐ理由は竜人族にもドワーフ族にも無いはず。ライラさんの商売敵と言う線は無いか・・・。
私達は強引な手により異例の入国を果たしたが、事前に入国した他国の船は無く、ライラさんが提供しているのは此の国で不足している物ばかりで他の商売を邪魔してはいない。
「アメリア、あぶないっ!」
突然、耳に飛び込む警告に身を翻しその凶刃を弾くと、相手は口元を不気味に歪め、弾かれる様に回転しながら後方へと飛び去り闇の中にとける様に消えた。
「セレス・・・?!」
警告の声の主はセレス、安全の為に船に残しておいた筈なのに抜け出してくるとは・・・
「如何やら、物資に紛れていたらしい」
ファウストさんは物資を岩人形に任せると、セレスの首の後ろの付け根を摘みあげる。
其の姿を見てダリルはセレスを睨み、面倒くさそうに舌打ちをした。
「うう、ごめんなさい。父上が心配なの・・・」
「そうだとしても、セレス・・・状況が解らない場所に貴女を連れて行けないの。此処はライラさんや竜人族の皆さんには悪いけど一端、退き返そう」
「あたし、アメリアに賛成です。セレスに何かあったらと思うと・・・」
「アメリア、私も賛成よ。幼いが故に仕方ないんでしょうけど、彼女の立場から見ても同行させるのは無理だわ」
ケレブリエルさんは周囲を警戒しつつも、ソフィアに抱きしめられているセレスを見て溜息をついた。
「あぁ、俺も賛成だ。師匠も追っているシグルーンって奴が気掛かりだが、のんびり弁当を持って散策と言う訳じゃないしな。今度は檻に入れておくか!」
ダリルはセレスを見て、意地悪そうな笑顔を浮かべる。
「ぴっ!」
「デコ助、小さい子に意地悪しなさんな女子に嫌われるぞ。っと其れは置いといて、何か可笑しくないか?」
フェリクスさんはダリルを揶揄いつつ諫めると、「誰が、デコ助だ!」と反論するダリルを気に留めず、周囲を見渡し眉根を寄せる。
「ええ、目的は不明ですけど。唯、恐れをなして退散したとは思えません」
「ああ、物資が目的かと思ったが、此方に向かって来る様子は無かった」
そう言うファウストさんの背後で物資と荷車が確りと岩人形に護られている。
皆が不可解そうな表情を浮かべるもセレスを街へ送る為、私やダリルが最後尾につき、退き返そうと踵を返す。然し次の瞬間、セレスとソフィアの絹を裂くような悲鳴が聞こえ、全員の足が止まった。
「ソフィア!セレスっ!!」
薄闇の中、赤く染まったソフィアの羽根が周囲に散る。
一斉に向けられた松明は、襲撃者がセレスを握り絞め、入り口と真逆に走る姿を映した。
「クソッ、人攫いかよ!何だってこんな所で・・・!」
先程のセレスの事もあってか、複雑な表情を浮かべ舌打ちをすると、ダリルは一言も発せず襲撃者を追って走り出した。
ソフィアは痛みを堪え、自らに治癒術をかけると、ファウストさんが差し伸べた手を借りながら、ゆっくりと半身を起こす。
「あたしは・・・大丈夫です。それより、ダリルさんを追ってください!」
ソフィアは汗を滴らせ振り絞る様にそう言うと、床に手を突き立ち上がろうとするが手を滑らせ前のめりによろける。其れを如何にかファウストさんが素早く腕を引き、転倒による難を逃れた。
直ぐにでもダリルを追わなくてはと思うも、私は二人が気になり振り返る。
「ソフィアは僕が荷台に乗せて後を追う、早く行くんだ!」
「ええ、ソフィアと物資を頼みます。皆、行きましょう!」
二人に背を押され、私とフェリクスさんが先頭となり駆け出す、小さな明かりに照らされる坑道内に荷車の車輪の音が反響し、足音も物音もかき消されてしまう。
然し、壁を照らす幾つかの火の魔結晶が赤い火を纏い、点在しているのに気づく。それは正に道標の様だ。
「ダリルね、やるじゃない!」
「確かに此れは目印になるけど、魔結晶が炭化して使い物にならなくなってしまうな」
フェリクスさんは通常の橙色の光とは違い、赤く燃える火の魔結晶が黒ずみ始めているのを見て苦笑する。
「それなら、尚更です。見失う前に行きましょう」
水の外套で肌を隠し、熱気に満ちた坑道を揺らめく火を頼りに行先を絞り後を追う。
気のせいか進めばすすむ程、その熱が増している様に思えた。
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火に導かれ進むと、見覚えの有る光景を目にした。
大きく地面を横断する様に地面が小山を築いており、中央の尖った互い違いに合わさる岩は、例えるなら魔物の牙の様に見える。間違いない、此処は以前、世界の綻びが出来ていた所だ。
そして土煙と何かを粉砕する音が静寂を破る。大きく弧を描き斧を振るう襲撃者と其れに食らい付く様に拳を振るうダリルの姿が目に映る。
襲撃者の片手には脅えて声も出ない様子のセレス、ダリルの拳は空を切るが、それに気を取られていたのか、隙を突き振り上げられた足が脇腹を捉え相手を怯ませる。
其れを逃さず私達も駆け寄り、囲む様に敵の退路を塞ぐと、相手はピタリと動きを止めた。
「っしゃあ!さっさとソイツを返しやがれ!」
それぞれ敵に向けて武器を構え、その中心に立つダリルは拳を慣らすと、余裕の笑みを浮かべにじり寄る。然し突然、地鳴りが起きると同時に、坑道内の温度が不自然な程、勢いよく上昇する。
「・・・・ハハッ」
暫し無言だった相手から笑い声が漏れる。誰が見ようと敗色が濃厚なのにも拘らず、襲撃者は自信の肩を震わせ声を出しながら笑うと、愉快な表情を浮かべ、ニタリと口角を歪める。
「何を笑って・・・」
苛立ち、眉を吊り上げるダリルの蟀谷を大粒の汗が流れ落ちる。
暑さに此の状況、それでも笑うのは人質がいる事とは関係ない気がした。
「シッ・・・ダリル、此処は感情的になる所じゃないわ」
私は相手の挑発にのりかけたダリルを腕で制すると、警戒を解かずに敵との距離を詰める。
其れでも尚、襲撃者は余裕を崩さずセレスを掴んだ手を振り上げ・・・・
宙へと彼女を放り投げた。
「セレス!」
誰もが宙を舞う幼竜に気を取られた、その時だ。
ボコッ・・・!
突き上げる振動と共に今までに無い熱が岩を砕き突き上げる。
大地の悲鳴の様な音が響き地面を裂くと、突き上げる様に火瘤が姿を現す。
此れは真の目的の為に誘導されたのかも知れない。
「こんな時に・・・!」
予想外の出来事に焦るも、セレスを助けられなかった事に気が付き血の気が一気に引く。
「馬鹿!冷静になるのはソッチだろ」
ダリルは気だるそうにそう言うと、セレスを掴んだ拳を私に突きつける。放心状態だが、怪我は一切ない。安堵するも、気を緩める事は出来ず、短く息を吐き、目線をもとの位置に戻す。
然し、襲撃者の姿は影も形も無かった。
「如何やら、上手くやられてしまったようだ・・・。それより二人とも脱出を優先しよう、前回は火瘤の対策があったけれど、今は無いからね」
フェリクスさんは悔しそうに顔を顰めると、ケレブリエルさんと共にファウストさんの岩人形が押す、荷車の後へと廻り込む。
ドワーフ族の街へ引き返せない事に気付き、慌てて私達も加勢に入るが、果たして出口に辿り着けるか、正直言うと不安だ。でも・・・
「諦めて堪るもんですか!!」
「・・・その通りだ」
力を込めて叫ぶと、聞き覚えのある声で返事がかえって来た。
薄闇の中から現れたのはウォルフガングさん、其の手には拳三個分の大きさの筒状の物が握られていた。
「師匠!何で此処にいんだよ!って・・・そいつは・・・」
ダリルは其れが何か判ったらしく、複雑そうな表情を浮かべる。
「ああ、此れも試作品だ。然し、一時凌ぎぐらいにはなるだろ」
そう言うと何の説明も無く、ウォルフガングさんはソレを振り上げる。
「お前等!魔道具を投げる前に出来るだけ遠くに離れるぞ!」
ダリルは珍しく焦った様な口調でそう言うと、足と腕に力を籠め、荷車を押す。
「いや、僕だけで大丈夫だ。魔力を温存しなければ、君達の助は要らない!各々で走ってくれ!」
ファウストさんは私達が離れると、荷車に乗り岩人形の背に杖で呪文を書く。
私達がある程度、距離を取ったのを確認すると、ウォルフガングさんは魔道具を火瘤に投げつけ、此方へと退避して来る。
青い閃光と共に冷気が押し寄せ気温が一気に下がると、私達の背後には歪な氷の壁が出来上がっていた。
「俺なら道はガキの時から知っている。ソイツが融ける前に脱出するぞ!」
ウォルフガングさんは此方を見返り、大声でそう言うと、慣れた足取りで坑道をすいすいと抜けて行く。
出口に到着すると、外から妙な臭いと赤い光が射し込んでいた。
「・・・え・・・何これ?」
ウォルフガングさんにつられ外に出た私達が立ち止まり見た光景は、余燼が未だに消えずに残る王都だった。
本日も当作品を読んで頂き真に有難うございます。
今回は何時もより短くなりましたが、宜しければ次回も読んで頂けると幸いです。
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次回も無事に更新できれば、2月7日18時に更新致します。




