第62話 火の都を求めてー火の国シュタールラント編
知らせられた事実は絶望か、それとも救世への手掛かりか、真なのか嘘なのか。
何方にしても、私は止まる事を許されない、それが使命なのだから。
つくづく、何度も一人で考え込まなくて良いと言ってくれる仲間がいる事が有り難い。
耐性のマナの弱体化による均等の崩壊、過剰に増幅してしまったマナを抑制せねば、対局となるマナも地脈から溢れ同様に他に影響を与えてしまう。これから私達が取るべきは、知恵と術を得る事だ。
こうしている間に、ある宿の前に見覚えの有る顔が見える。
相手は此方に気が付くと、低い身長を補う為か花壇の縁に登り、小さな手を一生懸命に振りながら叫ぶ。
「おーい!宿は此処ですよぉ!わわっ!?」
ライラさんは精一杯、体を伸ばした為か、バランスを失い前方にコテンと転げ落ちた。
慌てて駆け寄ると不幸中の幸いか、頭は打たなかった様だが、お尻を強打したらしく、両手で抑えながら地面にペタリと座り込んでいた。
「あの・・・治癒術をかけましょうか?」
ソフィアが恐るおそる、ライラさんに声を掛けると顔を赤らめキッと涙目で睨みつけた。
ライラさんは拗ねたように目を逸らすと、埃を掃いながらよろよろと立ち上がる。
「だ、大丈夫ですよぉ!こんなの屁でもないですっ!」
そう言うと袖で目元をグシグシと拭い、したり顔を此方に向ける。
然し、誰がどう見ても強がりにしか見えない。
「さあ、泣き止んで。オレ達をわざわざ、出迎えてくれるなんて嬉しいな。でも、その様子だと何か話があるんだろ?お兄さんに話してごらん?」
雇い主が自ら、宿の前で迎えに来たと言う事に思う所があったのだろう。
フェリクスさんはしゃがみ込み、ライラさんの緩く癖のある髪を撫で、優しく声を掛けた。
年上であるライラさんを子ども扱いするのも失礼だが、その構図は何とも犯罪臭を匂わせる。
遠目に見れば小人族と解らないからだろうか、訝しげに見る視線が彼の背中に刺さっている。
「泣いて何か・・・コホンッ、大人のレディに失礼な事を言うなですっ!ともかく往来で話すのも邪魔になるし宿に入るですよ」
そう言うとライラさんはプイッと私達に背を向けると、背伸びをしてドアノブに手を伸ばそうとす。
彼女の手がドアノブに掛かるかどうかの所で、ダリルが先に其れを捻った。
「・・・ほら、開けてやったぞ」
「フンっ、それなら、とっとと中に入るですよ」
ライラさんは不機嫌そうにドアを手で押し開けると、無言のまま一人で歩いて行った。
ダリルは呆れた様に其れを見送り、不可解そうに首を捻る。
「何だアイツ・・・捻くれてるな」
「ぷぷっ!それ、デコ助が言うか・・・ぶごっ!」
打撃音と共にメキッと何かが軋む音が響き、フェリクスさんはダリルの拳で地面に倒れ伏す。
それにより、さっきとは違う意味で周囲が騒然としてしまった。
「さて・・・彼女の言う通り、他の客が来る前に宿に入ろうか」
ファウストさんは、フェリクスさんに目もくれずに中に入って行く。
「ああ、そうだな。お前らもさっさと来いよ」
ダリルも後に続き、残った私達の中でも、ソフィアだけは顔を青褪めさせながら心配そうにフェリクスさんの許に駆け寄ったが、何故かケレブリエルさんに止められた。
「あの・・・?フェリクスさんが・・・」
「自業自得だけど、居た堪れないと言うか何と言うか・・・ね?」
「ええ・・・」
二人で顔を合わせ、戸惑いながらケレブリエルさんの顔色を窺うと、クスッと不敵な笑みを浮かべる。
「いい?二人とも、アレは彼の趣味だから気にしなくていいのよ」
「え?えっ、ええ???」
「・・・え?」
「ちょ!誤解だから!」
ケレブリエルさんの言葉と私達の反応に、ふらつく所か元気に勢いよく体を起こすフェリクスさん。
然し、ケレブリエルさんは一瞥すると、無言で背を向けた。
「ほら、平気でしょ?行くわよ、二人とも」
フェリクスさんを無視し、ケレブリエルさんは私達の肩を掴むと、半ば強引に宿に押し込んだ。
*************
宿の一室の長机に、一枚の羊皮紙が叩き付けられる。
其処には黒のインクでこう書かれていた「救援物資の輸送と調査をする者を求む」と。
それにしても、何故に直接依頼書を持って来たのだろうか?
「・・・此れを俺達に受けろってか?」
ダリルは羊皮紙を見て面倒くさそうに顔を顰めると、机に手を突きライラさんに訊ねた。
それに対しライラさんは悪い笑顔を浮かべると、何故か得意げにふんぞり返った。
「意外と物分かりが良くて助かったですよぉ」
「あ゛ぁ?」
「はいはい、落ち着けって。短気は損気ってよく言うだろう?」
フェリクスさんは小馬鹿にされた事に青筋を立てるダリルの肩を叩き、宥めると首を横に振ると、ダリルの肘がフェリクスさんの鳩尾に直撃した。
「お兄さん、暴力振るわれる謂れが無いんですけど・・・」
「触んなハゲ!それに別に怒ってなんかねーよ、何を考えているか訊こうと思ったんだよ!」
ダリルの荒い口調に誰もが「いや、十分怒っているだろう」と思ったであろう視線を浴びるダリル。
それを見て、ライラさんはお腹を抱えて笑いだした。
「あははは、下手な言い回しは要らないと言う事ですかぁ。所で、その威勢が良いデコは誰ですかぁ?」
誰か紹介しなかったかと顔合わせるが当然いない、怪訝そうに見るライラさんを見て頬が引きつった。
自分達も失敗だけど、ダリルもよく初対面の相手に悪態をついたものだ。
私達はライラさんに事のあらましを含め、ダリルの紹介をする。其れを受けてライラさんはサラサラと羊皮紙に羽ペンで何かを書くと、契約書にサインをする様にと告げた。
要はダリルも商会に採用と言う訳だ。ダリルは書類の文字を流し読みをするように目線を泳がし、汚い文字で自身の名前を書く。
「今更、一人増えた所で関係ねーです。ただし、給料に見合った働きをしたか如何か、それ次第ですがぁ」
「つまりは、僕達も拒否権は無いと言う事か・・・ん?これヴォルナネン商会と協賛と書いてあるが・・・」
ファウストさんは何かを察した様に、頭を抱えながら溜息をつく。
「当然ですぅ、何たって物資の供給元はウチの商会ですからぁ。あ、ちなみにギルドに参加申請は通してあるから心配いりませんよぉ」
「って・・・通してあるのかよ!」
どうだ驚いたろうと言わんがばかりのライラさんの顔に、呆れと不安と怒りが綯い交ぜになり一同、複雑な心境になった。
「ともかく、やるからには対策も含めて色々と話し合わないとね・・・」
火のマナの暴走の制御に加え、灼熱の山を通り荷物を運ぶと言う問題が発生し、思わず眩暈がしそうになる。現状もそうだが、通る経路を考えるとヒッポグリフであるアルスヴィズ達は船で留守番となりそうだ。
「ところで・・・まさかと思うが、その荷物の運送に僕のゴーレム使う予定だったりしないだろうな?」
ファウストさんは私達を眺め、片方の口角を引きつらせながら、恐るおそる訊ねる。
「他に方法があるなら、教えて欲しいですぅ。魔力切れ対策は此方で用意するから、大切に扱うですよぉ!」
そう言うと、背後の木箱から色鮮やかな魔力キューブが詰まった瓶を出し、ファウストさんに押し付けた。ファウストさんは其れを複雑な表情で眺め、受け取ると、ガクリと肩を落とした。
*************
こうして私達は竜人族への支援と称した、ライラさんのヴォルナネン商会の宣伝をしに向かう事になった。支援物資の木箱にはやはり、商会の名前が確りと書かれており、売込みに余念がない。
「あたしも悪魔じゃないですぅ。支援してあげるから、確り仕事するんですよぉ」
ライラさんは各自に、支援として幾つかの物を配ると、得意気にふんぞり返る。
配られたのは熱対策の水の外套と皮の水筒、それと運搬用の手押し車だ。
「ええ、手厚い配慮に、心より感謝します」
些か不安が有るが登頂する事ができる、然し問題は山頂に続く道が無事かどうかだけど。
「うむ!がんばるですよー」
こうして上機嫌のライラさんに見送られ、私達は山へ続く北門を目指し歩いて行くと街角を曲がった所で、誰かと衝突し、思いっきり尻餅をついてしまった。
「痛たた・・・っ。すみません、余所見をしていて」
「いや、此方こそごめんよ!怪我はないかい・・・ってアンタ!昨日の!」
見上げるとそこに居たのはシグルーンさんの救助を行った、フリーダさんだった。
フリーダさんが差し出してくれた手に摑まり立ち上がる。
良く見ると、如何やら何か慌てて走り回っていたらしく、彼女の額からは球の様な汗が噴き出している。
「はは・・・昨日はどうも。所でお急ぎの様ですが、何かありました?」
私の問いかけにフリーダさんは驚くも、話したくて仕方なかったらしく、堰を切る様に喋り出した。
「ああ!それが大変なんだって!あの巫女さん、あの狼の兄ちゃんが離れた隙にどこか行っちまってさぁ。それで、手分けして探しているところなんだよ!」
「シグルーンさんが・・・何故?!」
「そりゃあ、アタイにも解らないさ。ただ・・・狼の兄ちゃんは山に向かったみたいだよ」
「それなら、決まりだな・・・。俺達の行先も、師匠と同じ山だろ?急ごうぜ」
ダリルは気だるげに頭を掻くと、遥か北にそびえる山を指さす。
「おぉ、協力してくれるのかい?!」
「ええ!私達も山に用事があるので、見付けたら教会に戻る様に説得してみます」
それにしても何故、周囲に何も言わず一人で教会を後にしたのだろう?
私達はフリーダさんに情報のお礼を言うと、火山に向けて人混みを縫うように進む。
水の外套を深く被り進む道は、溶岩や落石による分断などと、その道は苛酷な物になっていた。
それにも拘らず、以前に通り抜けた洞窟は塞がる所か、崩落の跡すらなく、私達を誘う様に入口が開けていた。道が潰れたりと、火のマナの暴走の片鱗が見えているにも拘らずだ。
「なぁに、涼しい顔してるんだ・・・早く進もうぜ」
違和感を感じ考え込んでいると、汗を滴らせながらダリルがもの言いたげな目で此方を見て来た。
涼しい顔?心当たりがあるとすれば一つしか無い、外套を広げると、鎧の胸元に炎の様な紋が浮かび上がっていた。火の加護か・・・
見渡すと他の皆もダリルと同様に暑さに滅入っている様子だ。
「ごめん、行こうか。それと、用心をするの忘れないで」
「ああ、言われるまでもないぜ・・・ってさっそくかよ・・・」
ダリルの視線を追い、空を見上げると赤銅色の鱗を持つ竜がぎこちない動きで飛んでいる。
其れは強引で強烈な風圧を伴い、舞い降りてきたかと思うと倒れ、私達に目を繰れずに弱々しく咆哮を上げると、徐々に人の形に姿を変えると同時に炎の様な衣を纏う。
「シグルーンさん、見付けましたよ。フリーダさんもウォルフガングさんも心配しています、教会にお戻りください!」
「・・・・・」
ソフィアがそう叫ぶが一瞥すらせず、髪を翻し洞窟へと走り出した。
「・・・っ!追いましょう!」
「はは・・・あれは帰巣本能ってやつか?」
「さあ?それは、本人に訊きなさい」
「それよりも、僕が荷物を運んでいる事を配慮して、逃げないでもらいたいね!」
とっさの事に戸惑うも、必死にシグルーンさんの後を追う。
然し、松明も岩獎も無い洞窟の中はひたすら闇が広がっており、声を掛けるも彼女はその歩みを止める事は無かった。
「まあ・・・こうなるよね」
松明の薄明りにより、フェリクスさんの疲れ切った顔が浮かぶ。
「で、でも、シグルーンさんが行くとしたら一つしかありませんよね?」
「行先・・・そうね、王都に行きましょう。此処も何時、火のマナの影響が出るか解った物じゃ無いわ」
「ええ、急ぎましょう!」
私の言葉に皆が頷く。王都へと繋がる道の記憶は覚束ないがある程度進み廃坑に辿り着けば、照明代わりの火の魔結晶がある。其処まで行けば出口は近い筈だ。
それから採掘跡を頼りに私達は進む。しかし其処に突如、暗闇から何かが落ちる音と強い殺気。
攻撃を躱し、誰かが向ける松明の薄明りに襲撃者の姿が映し出された。
本日も当作品を最後まで読んで頂き真に有難うございます。
ブックマークの登録も含め励みになっており、感謝の言葉が尽きません!
**********
それでは来週も何事も無ければ、次回は1月31日18時更新となります。




