第61話 均等と抑制ー火の国シュタールラント編
焦げ臭い臭いが鼻腔に満ちる。
落下したのが街外れだったのは不幸中の幸いだったが、ドワーフの人々には一難去ってまた一難。ドワーフの人々は森林火災の消火に走らされていた。
竜の姿で落ちた為か、大地は大きく抉れ。その中心に炎のような髪の女性が倒れていた。
然し、体中の火傷や怪我が痛々しい。そして、竜に姿を変えていたと言う事は当然、一糸まとわぬ姿な訳で・・・
「ふんぬっ!」
「いてぇ!」
「な・・・何故?!」
何だなんだと寄って来たダリルとフェリクスさんに振り向き様に目つぶしをお見舞いする。
悶絶し、しゃがみ込む二人を尻目に彼女を隠す様に視界を遮ると、ソフィアが急ぎ駆け寄り、上着を脱ぎ被せた。
「一体、君達は何をやっているんだ・・・」
遅れて到着したファウストさんはしゃがみ込むフェリクスさん達を見下ろすと、困惑の表情を浮かべ、私達を見ると慌てた様子で目を逸らす。
ウォルフガングさんはその様子を見て、何かを悟ったように私を見ると苦笑を浮かべた。
「どんな事情が有ったにしても、不意打ちは止めなさい。せめて、断りを得るべきだ」
「断りを得ても駄目だと思うんだけど・・・!」
フェリクスさんから抗議の声があがるが、其れを掻き消す様に大勢の足音が此方に迫って来るのが聞こえた。土煙を上げ、教会のローブに身に纏った、人々が現れる。
小柄だが体格が良く、小人族のライラさんよりも大柄だ。
「何だい?ドワーフの女が珍しいのかい?」
女性は眉間に皺を寄せ、鋭い目つきで私達を睨む。どうやら、ジロジロ見ていたのがバレてしまったようだ。
「あ・・・はい、ごめんなさい」
気まずい空気に頬を引きつらせ、しどろもどろになりながら謝罪をすると、彼女は溜息をつき、表情を緩める。
「まあ・・・これは大人げなかったかね。アタイはフリーダ!ドワーフの女は髭が生えていて男と区別がつかないとか噂があるらしいが、此れを機に憶えておくれよ?」
仕方がないなと言う様子で彼女は肩を竦めると、同行して来た白魔導士さん達に指示を出す。
確かに酷い冗談がある物だ、体格や顔つきは似てるが髭なんて当然だし区別がつかないなんてとんでもない。フリーダさんの指示を受け、手伝いを申し出たソフィアと白魔導士は手際よく竜人の女性を布に包み、全身に治癒術を施す。
それでも意識を戻さないのを見ると、ちらりと私達へと視線を向け、誰でも良いから彼女を運ぶのを手伝ってほしいと申し出て来た。
「お!それじゃあ、此処はオレが、その役目をかうよ!」
フェリクスさんが怪我人を運ぶだけにも拘らず、妙にはしゃぎながら前のめり気味に前へ出る。
「お!積極的だね!さっそく頼めるかい?」
フリーダさんがフェリクスを褒め、協力を頼もうと引き下がる。
それを見て、足早に歩み寄るフェリクスさんだったが、急に地面へと倒れ込む。
「おっと、女だけじゃ無く足元も意識しろよ。此処は俺が手伝ってやっても良いぜ?」
ダリルは底意地の悪い笑顔をフェリクスさんに向けると、仕方がないなと言わんばかりにフェリクスさんを背に歩き出す。
「ぶごっ!」
今度はダリルが地面に顔を打ち付ける。
こうして、醜い犬と猿の喧嘩が繰り広げられ始めるのを見て、どっちでも良いと苛立ち始めるフリーダさん。其れを見た、ファウストさんがしぶしぶ手を上げた。
「やれやれ・・・此処は、僕が行くよ」
「いや、シグルーンは俺が教会まで運ぼう」
フリーダさん達の様子を静かに眺めていたウォルフガングさんだったが、ファウストさんの横を擦り抜け、シグルーンと呼ばれた女性を抱き上げる。
シグルーン?何処かで聞いた様な・・・
「おや、何だい其の子は火の巫女様だったのかね?種族も違うし如何言う関係か気になるけれど、今は搬送を優先だね。頼んだよ!」
私も名前を聞いて思い出した、この国での精霊の儀で彼女と顔を合わせていたんだっけ。
フリーダさんはそう言うとじろじろとウォルフガングさんを探るような目で見るが、必死に気持ちを抑え口を噤むと、ポリッと頭を掻く。
「・・・ただの昔馴染みだ気にするな。それで、教会へ運べばいいんだな?」
「えぇ、頼むよ。あー・・・後、気を悪くしたのならごめんよ」
「大丈夫だ、気にしていない」
そう言うとシグルーンさんを優しく抱えて歩き出すウォルフガングさん。
「そうかい、それじゃあ皆!教会に戻るよ。後、手持ち無沙汰な連中は、手が空いてるなら現場の手伝いをしてやっておくれ」
フリーダさんはソフィアに手を振り別れると、同行していた白魔導士を引き連れ、ウォルフガングさんの後を付いて行く。
「さて、僕達はどうする?まさか、教会に大人数で押しかけるつもりは無いだろ?」
「・・・取り敢えずは火事場の後処理を手伝いましょ。船旅で体が鈍っていたのよね!」
それに、何か役に立てばと押しかけておいて、怪我人の救助を見てるだけでしたは無いもの。
その後、返って来たウォルフガングさんから話を訊こうとした所、聞かされたのは、まさかのシグルーンさんからの招待だった。
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予想外の招待を受け、教会へと訪れると静まり返った廊下を進み、シグルーンさんの部屋へと通された。
部屋の隅には盗聴防止の魔道具、シグルーンさんは私達の姿を目に止めると、ゆっくりと体を起こした。
「わざわざ、御足労をお掛けしてごめんなさい。アタシはシグルーン、火の精霊王様にお仕えする巫女よ。ウォルフから訊いたのだけど、予想通り貴女達で助かったわ。先日、この国を救って頂いたばかりと言うのに、こんな事になって何と言ったら良いのかだけど・・・」
成程、あの時は姿を遠目に見ただけだったけど、シグルーンさんは憶えていてくれたんだ。
然し、自然にウォルフって呼びをすると言う事は、幼い頃からの友人って言う所かしら?
呼び出した事と言い、助かったと言う発言から何かしら私達に話したい事が有るのかも知れない。
「いいえ、大丈夫です。自分達の住む世界の事ですから、私は何度だって力を貸しますよ!」
私はシグルーンさんの目を真っ直ぐ見て胸を張る。
すると、彼女は目を丸くし、何度も瞬きをしてはウォルフガングさんと私を交互に見て、顔を曇らせた。
「本当に、とても真直ぐね。貴女がそう言う考えなら、事が事なだけに迷ったけれど話しても良いのかもしれないわね・・・」
シグルーンさんは暫し物思いに耽る様に目を伏せると、再び燃える様な赤髪の下の釣り目がちな目を開く。
「・・・俺は席を外した方がよさそうだな」
只ならぬ空気に何かを察したのか、ウォルフガングさんは部屋の扉に手をかける。
「待って!貴方の事だから、彼女達を放って置く事は出来ないでしょ?」
「・・・病み上がりでも相変わらずだな、お前は・・・」
シグルーンさんの強引な呼び止めに、ウォルフガングさんは耳を寝かせ、ウンザリと言った様子で扉から手を離す。
「それで良いのよ。関わるつもりなら、きちんと話を聞いておくべきだわ」
何となく二人の関係性が判明した所で本題に入る。
シグルーンさんの話によると、最初の異変は些細な物、それがはっきりと異変と認識されたのは、私達がアマルフィーに居た二ヶ月前だそうだ。
当初こそ、火の精霊王様の力が強まったなどと喜んでいたが、次第に気温の異常に泉の枯渇などに加え、火山の活性化による噴火が頻繁に起きる様になったらしい。
「ウォルフガングさんに話を訊きました、貴女が火の精霊王様とお話をされていたと。何か、この異変に付いて解った事はありますか?」
そう私が尋ねると、シグルーンさんは眉根を寄せ、唇を噛み震わせる。
「ええ・・・でも、答えは返ってこないわ。あの状態では、祈りすら届かないかも知れない。地脈を流れる火のマナに拮抗する筈の、恐らく水のマナに何かがあったのだと思われるわ」
「そんな・・・まさか・・・」
ソフィアは何かを察し、顔を青褪めさせ、此方を見る。
恐らく、水の精霊王様の弱体化が影響しているのではと言いたいのだと思う。
然し、火のマナと拮抗させる必要があるんだろうか?
「おい・・・火のマナとっ拮抗って・・・。アメリア、何か遭ったのか知っているんだろ?」
「ダリル、大きな声を出さなくても聞こえるわ。それに、アンタがいない間の話は後で話すから」
自分がいない間に何が起きたのかは気になるのは解る。
水の精霊王様が傷つき、力を減少を説明しているだなんて、明け透けにシグルーンさんに話して良い物かどうかよね。
「要は六属性は互いの力を調整し、世界を構成している。それが、崩れて均衡が崩れたと・・・そうだよね巫女様?」
フェリクスさんはシグルーンさんの顔を覗き込む様に身を屈める。
それを不愉快そうに、跳ね除けると彼女は頷いた。
「我々、竜人はそう睨んでいる。それが、事実ならば南の水の地に妖精を遣わそうと思うが・・・」
「その様子じゃ、どの妖精も姿が見当たらなくなった・・・のかしら?」
「ええ、それが予想した要因の一つよ」
そう言うと、シグルーンさんは掛布を握り絞める。
マナの変化に敏感な彼等を見て、自信でもこの問題を解決しようと試みたが、上手く行かずにもどかしいと言う所だろうか。
ケレブリエルさんはシグルーンさんの様子を見ると、何かを考え込み口元を抑える。
「まあ、問題はないわね。時間が掛るけれど、水のマナは必ず戻ると断言できるわ。ね、アメリア?」
「あ・・ええ!」
「ありがとう・・・おかげで心配事が減ったわ」
話に聞き入っていた所に不意をつかれてしどろもどろになりながら返事を返すと、シグルーンさんの表情は少しだけ晴れやかになる。
「いえいえ、そんな・・・当然ですし」
「あらら、謙虚なのね。でも・・・それで安心とは言えないわ」
そう言うと、シグルーンさんは窓の外に見える赤く染まった山を見上げる。
「やはり、火の精霊王様の御力を抑制する必要が・・・?」
「そうね・・・アタシも祭殿に長く使えて来たけれど、そん通常と真逆な方法は聞いた事は無いわ」
思わず全員で考え込み黙り込んでしまった。
ダリルは此方の話に普段から想像できない程真面目な顔をし考え込んでいたが突然、顔を上げてシグルーンさんを見て首を捻る。
「・・・状況は大体わかった。然し、力の制御ができなくなったからとはいえ、巫女のアンタが竜に姿をかえる必要が有ったうえに、山から突き落とされたんだ?確か、巫女は眷族との架け橋だし、何より大切にされているんじゃないのか?」
ダリルの何気ない言葉にシグルーンさんは驚いた様に眉を寄せると、俯き震え出す。
「・・・思いだしたくないわ」
シグルーンさんの絞り出すような声で喋るのを聞くと、ウォルフガングさんが間に入り、彼女にベッドに横になる様に促すと、ダリルを睨む。
「心の傷は誰にだってある、無暗に触れる様な事を言うな」
「・・・悪かったな」
ダリルは師匠の言葉に半分納得がいかない様子で踵を返すと、部屋から飛び出して行った。
其れを見て、ファウストさんとフェリクスさんは肩を竦めていた。
「まあ、ここらで僕達もお暇しないか?」
「ええ、無理をさせてしまったみたいだし・・・ライラさんの所に宿の相談でも行こうか」
「うんうん、そうだね。二人の再会の時を此れ以上は邪魔してはナンセンスだよ」
フェリクスさんはニヤニヤしながらウォルフガングさんを見た後、苦笑いを浮かべる二人に背を向け扉がある方へと踵を返す。その直後、その横っ面をケレブリエルさんの杖が直撃した。
「ぶふっ!」
「あら、振り向いたらあたっちゃったわー」
ケレブリエルさんは大げさな身振りで、頬を押さえ屈むフェリクスさんを心配そうに見下ろす。
誰が見ても解る下手な演技に全員が失笑した。
「今日はすまない、何かあったら俺から君達に伝える」
私達は申し訳なさそうにするウォルフガングさんに見送られ部屋を後にした。
確証は無いが、今回の事で世界が綻びの原因が見えた気がする。
マナの均衡の崩壊に火のマナの抑制、助言者やそれを解決する術は私達にはまだない。
思わず、大きな溜息が漏れた。
本日も当作品を読んで頂き真に有難うございます!
此れからも頑張りますので、今後も読んで頂けたら幸いです。
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来週も無事に投稿できれば、次回の更新は1月24日18時に更新致します。




