第59話 紅色の街ー火の国シュタールラント編
近づく程に空気は熱を含み、肌はヒリヒリと焼ける様に感じる。
街は混乱し、火消しに救助に人々が駆け回る姿がある中、それでも強行して入港しようとする舟が止められない訳が無い。息を切らせ、駆け寄ってきた二人の衛兵の内、上官らしき人物が声を張り上げ叫ぶ。
「其処の船、退き返せ。現在、我が国への入港の許可はできない!」
船上から見る二人の顔は明らかに焦りと苛立ちが見て取れる。
然し、ライラさんは其れに臆する所か、フェリクスさんに抱き上げて貰い、したり顔を浮かべ二人を鼻で笑う。何やら服の中から水晶を取り出し握り絞めると、其れに魔力を籠めて突き出す。
水晶が淡く光ったかと思うと、光が放たれ、宙に印と身分を証明する一文が浮かび上がり、特務と言う文字と共にベアストマン帝国の国章が映っていた。
身分証明などを記録する石が存在する事もそうだが、ただの商人に国の依頼が来ている事に驚いた。
其処で私達以上に驚いたのは、衛兵の二人だった。
「まさか・・・偽造じゃないだろうな?」
「あはは、何を言ってるですかぁ?記憶石は血の契約で誓約が掛けられてるんですよぉ?他者が所持する事はおろか、他人の魔力で投影する事はできないですぅ。常識ですよぉ?」
相変わらずの態度と口ぶりで、ライラさんは相手を煽って行く。
商人は愛想より去る者は拒まず、商売できない相手には如何でも良いと言った性分なのだろう。
好む人も多くいるだろうけど、敵も多そうだ。
然し、持ち上げられ足をバタつかせる幼い姿と中身の差異が凄まじい気がする。
「これは・・・これは、失念しておりました、如何かお許しを。然し、先ほども言ったが許可はできない・・・」
うん、御尤も。流石に苛立ちを抑えきれなくなってきた様子の衛兵だったが、ライラさんは其れを遮り前へ出る。
「此れは、心外ですぅ。アタシは商売ではなく、危機に見舞われている、この国の一助となればと採算度外視で助けに来ただけですよぉ」
大きな翡翠色の瞳に涙を潤ませ、心に深い傷をおった風にライラさんは科を作った。援助なら文句は無いだろうと言いたいのだろう。
然し、皆の様子から、心中に浮かぶ言葉は言わずとも、「嘘をつけ!」であるのが総意である事が「伝わる。
幾ら何でも、そんな詭弁は通じないだろうと不安に思い衛兵達へと目を向けると、感謝の言葉と共に涙を流していた。
「え・・・ええぇ?」
幾ら国が混乱している時とはいえ、そんなまさか・・・
「ああ、何と言う事か・・・まさに女神様が俺達を救う為に遣わした助け舟だと言うのか?!」
「誰が上手い事を・・・・・よし、儂が責任を取る!」
そう言うと、二人は私達の船を港へと誘導する。これは、何ともライラさんに洗脳されているとしか思えない勢いだ。
ふと、話し終えたライラさんを見ると、にんまりと口角を上げ、勝利に酔いしれる様に目を輝かせ、恍惚の表情を浮かべていた。
「これも偏に・・・類いまれぬ幸運と、この天性のプリチーな顔のおかげですかねぇ?」
満面の笑顔で私達に同意を求めて来る。
苦笑して頷く男性陣に、困り顔の私達。
船に乗せて旅をさせて貰う以上、此処は適当に同意して置く事にした。
「ソ・・・ソウデスネ」
その後、許可を勝ち取ったライラさんは、船上を駆け回り、船員さん達に指示を飛ばしていた。
「あまり悪く言いたくはないが、何と言うか・・・彼女は嵐の様だな」
その姿を見て、ファウストさんがぼやき、フェリクスさんは笑いを堪えきれない様子で口を押さえるも、ぶれずにライラさんを庇う。
「あはは、まあまあ・・・小さいし天真爛漫で可愛いじゃないか」
「フェリクス、貴方・・・いえ、そうね」
ケレブリエルさんはフェリクスさんをジッと見つめ目を逸らすと移動し、ライラさんを隠す様に立つ。
「えっ、え?如何言う意味かな・・・?」
フェリクスさんは如何にか問い詰めようとするが、答えて貰えずに涼しい顔で躱される。
そんな二人を余所に私は所々、燃え盛る紅色の街を見る。
「まあ、ご本人の言う通り、こうやって入国できたのは幸運あってこそかもしれませんね」
ソフィアは眉根を寄せ不安げに火山を眺め、手巾で汗を拭う。
「本当に、そうだね。でも、本当に思惑通りに行くなんてね」
「何にしろ、僕達の優先すべきは救助だな・・・」
私はソフィアとファウストさんの意見に同意しつつ、頼もしくも喧しい雇い主の呼声で、船を降りるのだった。
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街は焼失により、半壊や全焼よりも、如何にか無事な建物が多くみられる。火が消えても尚、街に漂う熱と悪臭は消えず、救助しながら話を訊くと、それは火山の謎の活性化が原因だと教えられた。
今回は衰退するのではなく、寧ろ活発になっていると言う辺りが謎だ。しかも、祈りは欠かさず捧げられていて、マナも安定していたにも拘らずだそうだ。
ライラさんから商会印の小さな木箱を持たされ、薬品などを持ち向かった現場は想像以上の物だった。怪我人の搬送に治療、崩れた家屋からの住人の救出と息をつく暇も無い。
ライラさんからの水の魔結晶の支援により、水の不足で苦戦していた消火は成功し、被害を抑える事に成功した。
港に近いアンヴィルはドワーフが管理する鍛冶師の街だが、怪我人の中に竜人の姿も多い。
「この様子じゃ、王都の方がどうなっているのか気になりますね」
「あぁ、この状況からして偶然、街に赴き巻き込まれたとは言い難いな・・・もしや・・・」
ファウストさんは周囲を見渡し、眉を顰める。二人で立ち止まり、火山を見上げているとセレスが私の肩にしがみ付き震え出した。すっかり失念していた事に口を押さえるも、時は既に遅し。
それに気付いたソフィアはゆっくりと近づくとセレスに、「大丈夫ですよ・・・」と優しく語り掛け、私達の顔を見て怒りの表情を浮かべた。
「そう言うのは、この子の前では控えた方が良いと思います・・・」
「ごめんね、セレス・・・」
「すまない、配慮不足だ・・・」
普段、怒らないソフィアの意外な様子に気圧され、二人で謝ると、セレスは不思議そうに首を傾げる。
「ううん、アメリア達が助けてくれるの信じてるー」
セレスは笑顔を向けると、期待と信頼の眼差しを私達へと向ける。
思わず言葉を失い無言で頷くと、フェリクスさんがニヤニヤと含み笑いを浮かべているのが目に止まる。
「こりゃあ、二人とも頑張らないとなっ」
「ええ、そうですね」
怪訝な表情を浮かべるファウストさんと共に苦笑を浮かべると、今度はソフィアが暗い顔を浮かべていた。
「あたし、気を回し過ぎた様でしたでしょうか?」
「いやいや!大丈夫!セレスにも優しさが伝わってるはずだよ。さっ、前を向いて!ねっ!」
「え・・・ええ」
ソフィアは眉尻を下げ、戸惑いつつも、少しだけ表情を和らげる。
「何があったのか知らないけど、相談なら乗るわよ」
丸く収まった所で、消火作業の為に別行動をとっていたケレブリエルさんと合流ができた。
ケレブリエルさんは暫し、怪訝な表情を浮かべていたが、簡易的に説明をすると「なるほどね・・・」と呆れた様に溜息をつく。
「まったく・・・頑張るのは、私達もでしょ」
そう言いつつ、疲れた表情を浮かべるケレブリエルさんだったが、周囲をチラチラと落ち着きなく目を泳がせる。
「勿論さ!それより、そっちで何かあったのか?」
フェリクスさんがそう訊ねると、ケレブリエルさんは何かを思い出したかのように目を開き、硬く唇を結ぶ。
「火山の異常な活動により、住処を追われた魔物が街の方へと押し寄せているそうよ。規模は小さい物らしいけれど、手を貸す人数は多い方が良いわ」
「了解です、そうなると場所は火山の方向・・・北ですね?」
「ええ、そうだけど・・・」
ケレブリエルさんは私達の持つ木箱に目を向ける。
あの、ライラさんの事だトマテみたいに真っ赤に顔を染めて怒り出すに違いない。
其れを想像して面倒だと思うも、如何した物かと悩んでいると、フェリクスさんが私達の手から木箱を取り上げ、集め出した。
「要はライラの商会の商品の宣伝になれば良いんだろ?」
何故か悪い顔をして微笑むと、フェリクスさんは箱を抱えたまま近くで話し合う女性の集まりへと歩いて行く。すると満面の笑みを浮かべ楽し気に談笑しだした。
「何をやっているんだアイツ・・・」
ファウストさんが呆れた様な声を漏らす。その後、手ぶらで帰って来るフェリクスさんを見て、何となく察しがついた。
「その・・・あれは宣伝になるのでしょうか?」
「大丈夫さ!商会の名前も出したし、今は利益が無くとも女性の噂話は半日も有れば街中に広がるから大丈夫さ」
「つまり、配ったと・・・」
「・・・僕は何も見なかった。優先すべきは魔物の討伐だな?」
ファウストさんはフェリクスさんを目を合わさずに背を向けると、ケレブリエルさんも其れに頷き歩き出す。
「ええ、行きましょう。此れ以上の遅れは不味いわ」
そんな二人の様子を見て戸惑うソフィアだったが、彼女だけが唖然としているフェリクスさんを見て、心配そうに顔色を窺っていた。
「ソ・・ソフィアちゃん」
「あの・・・あたしも事情を説明します。ですから、事後報告になりますが、ライラさんに弁償をして許して貰いましょう」
優しくも厳しい、御尤もな言葉に打ちのめされるフェリクスさんなのだった。
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魔物は予想より早く下りて来ていた。
然し、気温により選抜隊のドワーフ達は苦戦を強いられているが、少数だが竜人の参戦により如何にか捌けていると言う現状を目にする。
相手はマグマジェリー五体と、火蝙蝠十数体。見る限り、前者は比較的に少ないが、後者は小さく素早いうえに、高熱のフンを空から撒き散らしてくる蝙蝠だ。
「気高き氷の獣よ 水の王の盟約に基づき 呼び掛けに応えよ【氷狼の牙】」
胸元の首飾りが応える様に青白く光り、冷気を纏う白銀の狼が呼び出される。
私達と狼は迷う事なく駆け出すと、驚くドワーフ達を尻目に次々と、攻撃の隙を与えず氷像に変った火蝙蝠を砕いて行く。
周囲からは歓声と共に、勝機を見出し、勢いづいた雄叫びの様な声があがりだした。
然し、マグマジェリーには予想以上の苦戦を強いられる事になる。
「表面は固まったが、砕くと高熱の体液が溢れ出してくる気を付けろ!」
ドワーフの兵士の警告が辺りに響く。戦斧やハンマーで表面が鱗の様に砕け落ちる度に、退避を促す声があがり、その度に灼熱の体液が飛び散る。
数が増えないのが幸いだが、火傷等で戦闘から外れる者が増え、此方も数が減ってきていた。
「おい!氷狼に、ありったけの力で魔物を凍らせるように命じろ!」
何処か懐かしい声が聞こえて来る。周囲を見渡そうとすると、更に乱暴な言葉が聞こえて来る。
其れは、聞き慣れた声に聞こえた。
「弟子の口が悪くてすまないな、奴を芯まで凍らせて核を砕きたい。頼めるか?」
熱風に毛をなびかせ、筋肉質な狼の獣人が姿を現す、その顔には覚えが有った。
故郷で別れて約一年以上、まさかこんな形で再会になるとは予想外だ。
此処に、ウォルフガングさんがいると言う事は、弟子はアイツね。
再会を喜ぶ間も無く、氷狼に跨ると、魔物を引き付けている仲間を追い越し駆けて行く。
水の加護を享けた首飾りの魔石に剣を当て、魔力を籠めるとそれは手まで凍てつきそうな冷気を纏う。氷狼が魔物に飛び掛かると同時に、その背に手を突き、足で蹴り上げると、マグマジェリーに向け氷撃をお見舞いする。
細かい氷片が剣の軌跡を追う様に散り、氷狼の放つ冷気もあいまり視界を白く染めたかと思うと、それは風により拡散される。これは、ケレブリエルさんね・・・
「ダリル、後は任せたわよ!」
氷狼が私の声に呼応し駆け回る、最初の一匹は無事に凍結済み。ともかく、他も影響を受け動きが鈍っている内に攻撃を休めず繰り返し剣を振るう。
「ああ、きっちり決めてやるよ!」
冷気と蒸気、相反するもの合間に橙色の髪の武闘家の姿が見える。
振り上げられた拳が急激に凍結し、ひび割れた魔物の体を穿ち、巨岩の様になった其の体を打ち砕いた。
今年に入って日が経ちましたが、皆さん、あけましておめでとうございます。
本日も当作品を最後まで読んで頂き、感謝の念が絶えません。
宜しければ本年も、どうぞ宜しくお願い致します!
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何事も無ければ次回の更新は、1月10日18時に更新致します。




