第58話 荒ぶるー火の国シュタールラント編
甲板から港を眺めると、慌ただしく荷物を運び走り回る船員さん達の姿が見えた。
ライラさんは私やケレブリエルさんとソフィアを残し、男性陣を荷物の積み込みに駆り出している。
フェリクスさんは必死の形相で大量の木箱を運んでいるが、ファウストさんは土人形任せで、どう見ても楽をしている様にしか見えない。
「さあ!ヴォルナネン商会が大成する為にも、キビキビするですっ!」
ライラさんの檄が飛ぶ。お客さんの需要に何でも可能な限り素早く対応できて、重宝される大商人になるのだとか、鼻息を荒くして言っていたが、実現するまで付き合わされるのだろうか?
雑用と警備を担当するだけで、船に無料で乗れて食事と部屋まで割り当てられる。特別待遇を受けているのだから文句や余計な事を言うつもりは無いけれどね。
「あの・・・お二人はお料理できますか?」
ソフィアはもじもじと落ち着きなく周囲を見ていたかと思うと、船室への入り口方面を見た後、私達の顔を真剣な目で見る。
「最近はしていないけれど、一応はできるよ。男性ばかりの家だったから、繊細な物じゃ無いけどね」
身内が料理したがるくせに、味音痴で作れば意識が一気に吹き飛ぶ、食物兵器を生み出すので当然だ。
生命の危機を退ける為、大人数のお腹を満たす、肉が多めの田舎料理を良く作っていた。
ふと、ケレブリエルさんを見ると何故か目を逸らしている。
「ケレブリエルさん?」
「ち・・・違うのよ!これは、・・そう!今まで、やろうとしなかっただけよ」
それは料理ができないと言う事なのでは。
ケレブリエルさんは顔を青褪めさせ、冷や汗を流しながらも、ソフィアと目を合わそうとせず泳がせている。
ソフィアは少し驚いたような顔をしていたが、納得したような顔をすると、ケレブリエルさんの手を摑む。
「そうなんですね!では、これも女神様が与えてくれた機会です!此れを機にお料理を覚えましょう」
ソフィアは花の様に微笑み、ケレブリエルさんを逃がさない様に手に力を籠める。
「これを機にって・・・厨房の手伝いをするって言う事かしら?邪魔になってはいけないし、今度にしない?」
ケレブリエルさんの頬は引きつり、目線をちらりと向けると、腰が引け足が逃げたそうに後退する。
勿論、こんな状況で出る選択肢は此れしかない。
「良いじゃないですか!此処で油を売っているより、勉強になりますし行きましょう」
私はケレブリエルさんの背中を押し、ソフィア側につく。
ケレブリエルさんは恨めし気に唇を噛みしめながら私を睨む。これは、裏切り者を見る目だ。
「・・・ぐぬぅ、働かざる者食うべからずよね」
ケレブリエルさんはガクリと肩を下ろし、観念した様で、私達に手を引かれると背中を押されながら渋々と、船室の戸を開ける。然し、到着した調理場はまさに戦場だった。
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揺れる船内、調理場にはかぐわしい料理の香りが漂い、威勢の良い注文の声が響く。
数十名分の食事は簡素であるが、十分に美味しく船旅での食事として満足だ。
食事の流れが穏やかになった頃、漸く解放され、自分達も食事を取ろうと席に付く、斜め奥の面々が此方を見ているのに気づいた。
「よぉ!お前等だろ?水の精霊王様を救った連中は?」
目が合うと突然、ふごふごと大きなを鳴らし、像海豹の獣人がへらへらと薄ら笑いを浮かべながら話し掛けて来る。
其の顔に相手に覚えがあった、誤解で周りを巻き込み、逆に助けられた漁師のジェロニモさんだ。
同席者はその友人で海獺のリディオさんにペンギンのジュストさん、そして妙な事に魚人族のフランコさんが混じっている。
「ええ、そうですけど。お体の方は宜しいんですか?」
私がそう答えると、息でブォンと弛んだ鼻を浮かせながら腕を上げ力こぶを作って見せる。
「ああ、此の通りだ。その、まあ色々世話になったみたいですまねぇ、どうも俺の悪い癖でなぁ・・・がはは!」
「お前、反省しろよ。お前のせいで俺の船が壊れたんだからな、返せよ金を!」
ジュストが針山の様な髪を逆立て、冗談交じりに睨む。
ジェロニモは顔に汗を滲ませ苦笑すると、ぼりぼりと頭を掻き目を逸らした。
「まっ、金は返すよ。今回の仕事が上手く行けばクビは逃れられるし、何年かかるか解んないけどよ・・・」
「先輩、必ず頼むっすよ。皆さん、こんなオレ達ですが宜しくお願いしますね」」
最後にリディオがジェロニモに釘をさし、申し訳なさそうに笑顔を作ると、反省の色を見せないジェロニモの頭を二人で強引に下げさせる。その姿を見て、フランコさんだけが笑っていた。
「いえいえ、此方こそ色々とご迷惑をおかけするかと思いますが宜しくお願いします」
「もしも、怪我をされる事が有れば、あたしに遠慮なく仰ってくださいね」
ソフィアは自分は教会に属する白魔術師と示してみると、三人は呆けていたが、正気を取り戻し「今直ぐ怪我してぇ・・・」と呟いた。
すると、コップが勢いよく長机に叩き置かれ、その音に三人は驚き固まる。
「でっ!魔物が襲って来たら、私やアメリアを頼って良いのよ」
ケレブリエルさんは私と肩を組み、笑顔のまま顔を凍り付かせ三人を威圧する様に迫る。
何だかお酒臭い、良く見るとケレブリエルさんのコップには琥珀色のお酒が残っていて、中で氷が転がりカランと音をたてた。
今度は私達が迷惑をかける側になりそうなので、取り敢えずコップをケレブリエルさんの手に握らせた。
「んんー、空ね・・・お代わりしようかしら?」
そう言うと、ケレブリエルさんはふらふらと席を離れる。
ソフィアは四人に頭を下げると、ケレブリエルさんを追いかけカウンターへとついて行ってしまった。
「まぁ、用心棒として雇われているので遠慮なくどうぞ。ところで、フランコさんは何故、乗船されたのですか?」
魚人族の自衛団の隊長である彼が何故、此処に居るのかは乗船した時から疑問だった。
私に訊ねられると、気まずげに頭を掻きむしる。
「あー、あれだ。見聞を広げようと思ってな。長とロッサーナに無理を言って旅の許可を貰ったんだ、今回の件は俺の部下の管理が要因の一つみたいなもんだしな。末端な者まで目こぼしをせず、きちんと見てやれる器になりてぇのよ」
如何やら、敵側に加担した挙句、惨たらしい最期を迎えたドミニコの事が、フランコさんの胸に深く突き刺さっている様だ。きっと二人も、そんな気持ちを汲み取って、彼を見送ったのだろう。
「きっとなれます!それと、ドミニコさんの体を取り戻したら、故郷で彼をきちん弔いましょう」
「ああ、そうだな。あいつを取り戻さないとな・・・彼奴にも家族がいるしな。お前達がいない間の船の警備を任されたが、何時でも呼んでくれよ」
少しだけ元気を取り戻したフランコさんだが、何処か暗い影を顔に落としている。
それでも、瞳の輝きは失われず、その奥は熱く燃え上がる物を感じさせた。
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それから、数か月。漸く、目的の地である火の国シュタールラントまで目前と言う所にまで辿り着いた。
遠くから見る国の風景は変わらない様子だったが、近づくにつれて妙な感覚がした。
生暖かい風に卵が腐った様な独特の臭い、鼻を摘まみたくなる臭いが辺りに広がっている。
「こんなの訊いていないですよぉ!」
ライラさんが叫ぶ。船員の皆さんも汗だくになりながら、水を飲み欲しては肩に掛けた布で其れを拭う。
「確かに変だ、元からあの国は活火山があるが、こんな所まで熱波が来る何て異常だ。近隣に助けに求めに行った方が良いんじゃないかい?」
フェリクスさんは近くの木箱に座り腰を下ろす。
「そうだとしても、商品の箱に座るなぁー!」
ライラさんはこんな時でも、変わらず商売第一であり、しかも言ってる事は間違っていないのでフェリクスさんも反論せず、謝り壁にもたれ掛った。
「ふむぅ、本当にこれは如何した物かですがぁ・・・コレの臭いもしますねぇ」
ライラさんはシュタールラントを見ながら、指先でお金のサインを作る。
もう、流石としか言いようがない。
ゆっくりと入港しようと話を進めていたその時、地の底から突き上げる様な大きな揺れと共に、海が船に牙を剥く。操舵士さんが舵を慎重に動かし、船員さん達が甲板を駆け回る。
私達も手伝いや、怪我人の治療に尽力するが、一際大きな轟音が辺りに響くと同時に辺りが赤い光に包まれる。
シュタールラントの象徴である火山が、その奥底から灼熱の柱を天に向けて突き上げたのだ。
流れる溶岩に、恐ろしい数の噴石が地上へと降り注ぐ。
「くっ・・・此れは本当に航路を変えた方が良いんじゃないか?」
ファウストさんは顔を腕で覆いながら、目を細める。
然し、ライラさんは其処で怯まなかった。首を横に振ると腕を組み、鼻息を荒くしながら胸を張る。
「あんたは馬鹿ですかぁ?こう言う時こそ私達の出番ですよぉ。危機に瀕した際、燃え盛る火で物資が不足する筈ですぅ!其処に、何でもそろうヴォルナネン商会が颯爽と物資を届ける。しかも、無償ですぅ!」
「・・・・・無償?!!!」
無償の言葉に此れを訊いた面々は、ライラさんを驚愕の表情を浮かべ見つめる。
其れに気が付いた、ライラさんはムゥッと頬を膨らませ、眉を吊り上げた。
「これだから素人は・・・良いですかぁ?これは宣伝料ですぅ!商会を信用させる事により、復旧の際は勿論!その後も御贔屓して頂ける、そう言う算段ですよぉ!うへへぇー」
ニマァとライラさんの顔がだらしがなく緩む、頬を高揚させる彼女の目は金貨になっていた。
どんな時も本当に、方針も金銭欲もライラさんはぶれない様だ。
「それで、わざわざ危険に飛び込むのが好きなようだが、本気か?」
「無論ですぅ!其れにあの様子、お前達にも行かなければいけない理由があるんじゃないですかぁ?」
ライラさんはチラリと私とセレスを見る。私の旅の目的をわかっていてワザと言っているのだろう。
火山の衰退の次は、異常な活性化。確かに、立ち寄らずに去る訳には行かない。
「ええ、行かなければいけない・・・と思います」
私がそう答えると、期待通りだったのか、ライラさんはしたり顔を浮かべファウストさんを見る。
「あー、解った。僕も賛成だ」
ファウストさんは頬の高さまで両腕を上げると、降参の意を示す。
其れを見て、船全体から大きなため息が漏れた。
「よおーし!じゃんじゃん助けるですよぉ!面舵いっぱい!!」
ライラさんは小さな拳を突き上げる、周囲は呆れかえったように気の無い返事をすると、それぞれの持ち場に駆けて行く。きっと、入国すれば地獄の様な光景が広がっているだろう。
然し、じゃんじゃん助けるが、儲けるに聞こえたのは私だけだろうか?
本日も当作品を最後まで読んで頂き真に有難うございます。
今年も皆さんのおかげで、頑張れました!
緩い締めとなりましたが、次回あたりから話が動き始めるかと思います。
それでは皆さん、良いお年をー!
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次回も問題なければ1月3日18時に更新致します。




