第55話 非情なる稀人ー水獣区アマルフィー編
※今回は戦闘を含め、残酷な描写が使用されています。苦手な方はご注意ください。
再会を遂げ、仲間と水の眷族の皆と共にシーサペントの巣に挑むと、目にしたのは水の精霊王様の使いの龍の死、そして目の前でもがき苦しみ変異するドミニコの姿。
愕然とする私の耳に聞き覚えのある笑い声が響いた。クスクスと厭らしい聞き覚えのある笑い声に眉を顰めつつ、用心深く辺りを見渡す。
リヴァイアサンから出た物が何かは解らない。アレがリヴァイサンを蝕んでいたで間違いないだろう。
誰もが気を張り詰める中、堪えきれず口火を切ったのはフランコさんだった。
「見下し憐れまれている・・・俺達は上に立つ者として下に就く者の反骨心に期待して接していたつもりだった。それが、お前の鬱屈とした気持ちを溜め込ませてしまったとはな・・・すまない」
フランコさんは変異に必死に抗い、もがくドミニコに対し深々と頭を下げる。
ドミニコは息を荒げながら目を血走らせ、怒りとも苦痛に顔を歪ませながら、絞り出す様に声を出した。
「・・・ぐ・・ゆ・・解って・・・がああ・・・いない!此処が・・・俺が活かされる場所・・・だっ」
「本心だと言うのか・・・?!」
フランコさんは僅かに聞き取れる言葉から、意図を感覚で読み取ると、次第にその拳は怒りで震え、強く握り絞められる。元部下にせめて最後に自身の思いをぶつけたかった、そう思っての事なのだろう。
然し、今は言葉を発する事も難しい状態のドミニコに、その言葉に返答する事はできない。
「フランコさん・・・」
僅かに意識を保つドミニコの変異は進み肥大化し、別のものへと作り返られて行く。然し、その瞳はフランコさんを睨み続けていた。
其れを見てソフィアが前へ出てきたかと思うと、戸惑い遠慮がちに間へ出ると、苛立つフランコさんに遠慮がちに声を掛ける。
「あ、あの・・・フランコさん。確かにドミニコさんのした事は自分勝手で、許される物ではありません。恐らく、貴方がたに自分を認めて欲しいと言う気持ちの裏返しなんだと思います」
そう言うとソフィアは我に返り二人を見て、「可笑しな事を言ってごめんなさい」と顔を恥ずかしさからか、顔色を変えつつ縮こまる。
「お前・・・」
頭を抱え、怯えながら二人の顔色を見るソフィアを、フランコさんは不思議そうな顔で見つめ、ゆっくりとドミニコを見て動きを止める。
「あ・・・」
フランコさんにつられ、私もドミニコに視線を向けると、顔しか判らなくなったドミニコの瞳からツーっと一筋の滴が頬へと伝った。ソフィアの言葉に怒りも否定も無く、涙が零れ落ちたのだ。
「あ・・ああ・・・俺は・・・ぐあっ」
漸く心の内が見え掛けた、その瞬間、魚人族のドミニコは消失した。
それでも、体の変異は治まらず、全てを作り返る。
衝撃で言葉を失う私達の頭上に、大きな黒い影が掛かったかと思うと、崩れたシーサペントの巣の縁に、魔女が舞い降りる。
「カルメン・・・これも貴女がやったのね」
「ええ、これらは贄よ。言ったじゃない、古い友人を迎えるって。」
再び、相見えた宿敵は妖艶な笑みを浮かべ、瘴気に塗れたソレを指さした。
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瘴気を纏うドミニコだった物は種族や骨格、体格に顔と何もかもが別の者に作り変えられる。文字通り、変貌を遂げたのだ。
二メトル近くの巨躯、青緑の髪に黒く捩じれた山羊の角を一対、鋭い紫の瞳は彼が魔族である事を証明していた。体を包んでいた二対の黒い翼を広げると、纏わりつく瘴気が彼の体に合わせ黒衣となる。
手足を成らす様にコキコキと音をたて、地に足を付けた男は、私達では無く、青筋を立てカルメンを睨むと大声で怒鳴りつけた。
「おい!何だこの貧弱な体は!魚臭くて仕方がねぇ!」
男は自身の体を嗅ぎ、嫌悪感を剥き出しのまま、鼻を摘まんでみせる。
カルメンは臆さず、嘲笑を浮かべながら腕を組み、喚く相手に皮肉めいた言葉をかける。
「あら?立派な体をあげたのに物にできなかった、アンタが悪いでしょ。たかが霊使、巨大な海蛇ごとき貴方なら御するのも容易な筈よ?創世期戦争の狂戦士、血斧のトールヴァルド・エールンバリならね」
「はっ、あんな図体がでかいだけの器なんざこっちからお断りだ!あれを俺の器に選んだ、執念の塊の趣味を疑うな。ところで、闇の精霊王はモノにできたのか?くっくくっ・・・」
私達は何時まで、この茶番劇を見せられるのだろうか?カルメンはも努めて平静を装うも、ひくひくと頬を引きつらせる。
「あら?その表現は可笑しいわ、情熱的と言うのよ。何百年経とうと枯れない愛、素敵でしょ?うふふ・・・。それより、体を慣らしたいのなら丁度いいのが居るわよ」
カルメンの苛立ち交じりの低い声は徐々に色を変え、標的が私達へと移る。
トールヴァルトは道端の虫を見る様な目で私達を見ると、感情の無い視線を此方に向け、私とレックスを視界に居れると、一瞬だけ目を丸くし嘲笑う。
「・・・まあ、これで許してやるよ。面白そうなのが居るしな。此れは護りを擦り抜け、俺を此方に呼べた理由も納得できるな」
そう呟くと、トールヴァルトは自信の影に手を突っ込むと、身の丈程の戦斧を引き抜く。
何処か扱いにくそうにするが、武器を引き寄せ、酔いしれる様に口角は弧を描いた。
押し寄せる圧力と殺意に武器を構え、互いの出方を見計らう様に慎重に距離を取り立ち回る。
「あら?存外、鋭いわね。直に此の地・・・いえ、世界は水を失うわ。まあ精々、それまで楽しんでちょうだい」
カルメンは愉快そうに口元を抑えると、トールヴァルトと言う置き土産を押し付け飛び立つ。背後で旋回するヒッポグリフ達に待機を命じると、私は再び武器を強く握り絞めた。
*************
「それじゃ、付き合って貰うかっ!」
瞬間的に反応が遅れた私達の前にトールヴァルトの戦斧が振り下ろされる。各々の方法で身を翻し其れを躱すと、ファウストさんが咄嗟に土魔法で防壁を築くが脆く、刃が地面を砕くのを僅かに遅らせたのみだった。
「すまない、やはり巣材では十分な硬度での生成は難しいらしい!」
地面が裂け崩れると、リヴァイアサンの死骸は引きずられ海へと帰ると、連鎖する様にシーサペントの巣の崩落が誘引される。巣の外に全員が無事に逃げる場所も乗り物も無い。
「危険だけど、このまま下層へ降りるしかないわ」
トールヴァルトは舌打ちをし、大きな体に似合わず機敏な動きで、瓦礫を足場に下層へと下りて行く。
“世界は水を失うわ”
カルメンの言葉の信憑性は如何だろう。何方にしろ、水の精霊王様の置かれている状況は、危機的な物に変わらず、力を取り戻し平穏を取り戻すには躊躇はできない。
「ああ、アメリアちゃんに再会したかと思ったら、喜ぶ間も無いうえに行き成りこれとかキツくないか?」
「無駄口を叩くな、舌を噛むぞ・・・」
「ひえっ・・・」
己の不遇をぼやくフェリクスさんをレックスは睨むと、妖精の力を借りて降りて行く。
ある者は自信の翼や魔法を駆使し、一人は岩の従者に抱えられ、私とフェリクスさんだけは足場になる外壁や、其れに含まれる未消化の魔物の骨を足場に慎重に降りて行く。
下層の床を見下ろすと、潮の香り漂う空気は粉塵により澱み、ほぼ視界を塞いでいる。
床に足を付ける感覚を感じつつ目を凝らすと、如何にか近くに立つ人影がぼんやりと見えた。
此処は相手と仲間の位置や動きを見る為にも、より慎重になるべきところ・・・
私達は無言のまま、剣を静かに構え直すと、僅かに何かが擦れる音が耳に入ると同時に、重い足音が獣の如く迫って来るのを感じる次の瞬間、滞留する粉塵が吹き飛んだ。
「くっ・・・!!」
トールヴァルトの不意の一撃を辛うじて剣で受け止めたが、片足が後ろに引きずられるが踏み留まる。トールヴァルトの狂気を宿す目は爛々と輝き、火花を散らし互いの武器を弾き返す。
たまたま、側にいたか武器を構え踏み込む足音に反応したのか、何方か不明だけれど厄介だ。
「ほう、やはりお前から女神の気を感じるな・・・。以前より神気が薄く感じたが成程、お前が奴の・・・。これはとんだ、祝いだぜ!オラァッ!!」
トールヴァルトは愉快そうに顔を歪めると、戦斧に力と重量が増すと同時に瘴気が滲み出す。
やはり、此処でも私と女神様の関連性が言葉の端にあがる。然し、これも、動揺を狙った罠なのだろう。
「・・・・偉大なる精霊の王に光の王 清浄なる光を我が剣に宿し 不浄なる者を滅する力を【光の精霊王】」
詠唱と共に剣が光を纏い、姿を変えると瘴気と共に僅かにだが戦斧に籠められる力に隙が生じる。
其れを逃さず、戦斧を振り下ろす寸前で身を低くし脇腹を捉え斬り裂き接近するが、僅かに顔を歪ませたところでトールヴァルトの足が私の腹部を蹴り飛ばす。
「かはっ・・・!」
床の上を跳ねながら転がると、追い打ちをかける様に容赦ない追撃が私へと迫る。
手足を突き、身を捩る最中、トールヴァルトの背後に誰かの影が映った。
「出でよ雷精 轟け、紫電の双刃【双雷斬】!」
フェリクスさんは粉塵の中から躍り出ると、双剣から放たれる雷は交互に放たれ、トールヴァルトを撃つ雷鳴を響かせる。
「があああああ!!!」
悲痛な叫びをあげるトールヴァルトの体を雷が包み、白目を剥き体を痙攣させる。
おかげで追撃を逃れ安心したのも束の間、トールヴァルトは其れに抗う様に顔を強張らせ、力を籠めを踏ん張ると、気合の叫びと共に戦斧で粉塵ともども振り払った。
視界が開けると同時に、ケレブリエルさん達の武器が一斉に、トールヴァルトへと向く。
トールヴァルトはその状況に臆する所か、肩で息をしつつも、心底楽しいと言う表情を浮かべ戦斧を担ぎ上げる。
「下手に懐へ飛び込むと・・・思う壺だ」
レックスは冷めきった口調でそう言うと、杖で体を切る仕草をし、ニヤリと笑う。
「大丈夫、何とかして見せる。でも、できれば力を貸してくれると嬉しいな」
「ああ、解った」
私は深呼吸と共に、徐々に相手との距離を詰めて行くと、ケレブリエルさんに其れを制される。
「待って、彼の言う通りだわ。彼女は此処に居るのよね?やり方を変えましょ、ファウスト達も頼みたい事が有るから耳を貸して」
彼女・・・水の精霊王様の事ね。その意図は感覚的に伝わったらしく、ソフィアとケレブリエルさんを護る様に半円を組みながら耳を貸す。
「ああ、構わない」
ケレブリエルさんの策に頷き散ると各々、トールヴァルトの戦斧を躱しつつ、其々の役目に沿って距離を詰めて行く。リヴァイアサンの死にドミニコの変異、惨たらしい光景は胸に刺さるが、同時に平和な海を見たいと切に願う。
「やっとか・・・眠くなっちまったぜ」
「律儀に待ってくれてるとは、ありがたいな」
ファウストさんの命で、岩人形がトールヴァルトへ突進し、掴み掛かる。
岩人形へと一撃、また一撃と、互いの武器を交わす音は止む事は無く、トールヴァルトの意識を確り引き寄せている。
ケレブリエルさんとフェリクスさんは互いに頷き合うと、左右から接近し奇襲をかける。
「行くわよ!遍く地を駆ける風の精霊よ 我が手に集いて 荒ぶる刃となれ【烈風刃】」
「天に轟く雷よ 我が剣に集いて 力とならん【雷撃】」
ケレブリエルさんの杖に風が収束し渦巻くと楕円形の旋風となり、雷撃と風の刃となり花弁の様に散りながらトールヴァイトを襲う。雷撃が歩みを止め、無数の風刃がトールヴァイトを切り裂いた。
体から血を滴らせ、トールヴァルトは憤怒の表情を露わにし、ファウストさんの岩人形の両足を砕き、横転させると、鼻で笑い唾を吐きかける。
「やれやれ、この程度か?もっと、俺を満足させてみやが・・・う゛?!ぐあがあっ!」
あくまで皆の攻撃は囮、みなの戦う姿に身を隠し、トールヴァルトの背後を取ると隙だらけの背中へと光の一閃を浴びせ掛けた。
傷口から血と共に噴き出す瘴気が浄化され、それが追い打ちとなったのか、トールヴァルトは苦痛に身を捩らせる。床に散る赤い染みは重なりあい、それは血溜まりを作りあげた。
「これは、貴方に憑かれ死んでいったリヴァイアサンからの一閃よ!」
「く・・・ぐっ、ふ・・・ふははは!面白くなってきやがったぜ!」
それは虚勢か、それとも、あまりの劣勢に精神が崩壊したのか、ルートヴァルトは此の事態を楽しんでるとしか思えない狂気を顔に貼り付け身を翻す。
再び向かい合った其の時、シーサペントの巣は大きく揺れ始め、嫌な湿り気を帯びた風が吹き込んでくる。レックスは曇天の空を見上げ、何かを察した様に瞳を細めると、素早く杖を振りぬく。
「青き大海 遥か北限より招くは凍てつく吐息 王と女王の代行者が命ず 捕らえよ【氷の妖精】 」
レックスの杖が青白く光ると、白い霧と共に氷の翅をもつ妖精達がルートヴァルトの周囲を美しく舞い、その空気は凍てつき、四肢の自由を奪う枷と化す。
「くそっ・・・此の揺れは時間切れか。しかし、此処でお前らに殺されるのも道ずれなんぞになるのも、ごめんだな!」
トールヴァルトは全身に魔力を纏わせ、枷から逃れようと抵抗を始める。
「レックス!?」
「・・・時間切れ?ならば、尋問は無意味か・・・。妖精だけでは限界だ、儀式を早急に執り行う必要が有るぞ」
低く落ち着いた声だが、レックスの口調に焦りが混じる。
トールヴァルトも同様らしく、此方に見向きもせず、顔や肩に欠陥を浮き上がらせながら四肢を縛る氷塊を瘴気に変え、消滅させる。
トールヴァルトは自由を得たが、苦し気に肩で荒く息をすると覚束ない足取りで立ち上がり、戦斧を片手に地面を蹴り走りだす。
其処に一番に立ち塞がり、躍り出たのはフランコさんだった。大剣はしっかりと戦斧を捉えたが、瘴気に変え霧散させ、大剣が床に刺さる隙を突き、駆け出すと武器を再構築し外壁を目がけ走り出す。
揺れが続く中、悔しさと不甲斐なさで自身に怒りるフランコさんと共に追うが倒れくる瓦礫に行く手を塞がれる内に、トールヴァルトは外壁に穴を開けると、両手を交差させ顔を庇いながら海へと身を投じた。
「・・・!」
其処から覗く海には姿形は無く、フランコさんの手前、嘆く事も出来ずに見詰めていると、フェリクスさんに腕を引き寄せられる。
「ありがとうございます・・・!」
「いや、礼には及ばないよ。今は、水の精霊王様の事が先決だ。この下に居るで間違いないかい?」
転移した為、崩壊前の巣の姿は見ていないが、色々な物が其れを証明している。
「ええ、間違いないかと思います。そこで、ソフィアにお願があるの、危険を承知だけどシルヴァーノさんに船を巣に寄せるように伝えに行って貰えないかな?」
見上げれば澱む空、崩れた壁の向こうからは海が荒れ、波が何度も打ち付ける音が響く。
私達が乗り込んだシーサペントの巣の異変は、事前にシルヴァーノさん達にも此処に水の精霊王様が居るとも含め説明済み。恐らく言えば来てくれるはず。私は汗ばむ手を強く握りしめた。
私の突然の頼みに困惑の表情を浮かべるソフィアは唇を堅く結ぶ。
「あたしも水の眷族です、皆さんの気持ちも眷族としても解ります・・・」
震える声で喋るも、徐々にソフィアの声に熱が籠って来る。俯き気味の顔は徐々に明るくなり、緑の瞳が真っすぐ私を見た。
「ソフィア・・・?」
「断るなんて事、無いに決まっているじゃないですか!」
ソフィアは不安を吹き飛ばす、自信あふれる笑みを浮かべると、空を見上げ翼を広げる。
まさに覚悟を決め、飛び立とうとした所、レックスがソフィアを呼び止めた。
「覚悟が有ると言うのなら、手を貸す。・・・王と女王の代行者が命ず 風の乙女 寄りて来たりて疾風の加護を【風の妖精】」
レックスの杖が翡翠色に光り、風と共に風の妖精がソフィアを周囲で舞い、足元から旋風がゆっくりと巻起る。レックスって、何だかんだで面倒見が良いのね。
「え・・・きゃあっ!」
ソフィアは短く悲鳴をあげると、旋風に舞う羽根の如く、空へ高く吸い上げられる。空中で何度も羽ばたき、焦った様子のソフィアだったが、周囲を見渡し、目を大きく見開く。
私は不安定にな足場に気を配りながら、外壁に剣を突きたて叫んだ。
「ソフィア!どうしたの!」
「アメリア、水の精霊王様はやはり、今もあたし達を護ってくださっている様です!」
ソフィアは嬉しそうに大声で話すと、何かを強く確信したような笑顔を私達に向ける。
何かに向かって頷くと、彼女は深呼吸をし、ソフィアは胸に手を当て、祈る様にゆっくりと口を開けた。
本日も当作品を最後まで読んで頂き、真に有難うございます。
水獣区アマルフィー編も終了まで、漸く後、一話になりました。
近頃、話を調整するつもりが益々、長くなってしまって申し訳ありませんが、お付き合い頂ければ幸いです。
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次回も何事も無ければ、12月13日18時に更新致します。




