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金色の瞳の剣姫は今日も世界を奔走する  作者: 世良きょう
第六章 奔走ー真実と闇の祭殿を求めて
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第53話 託された願いー水獣区アマルフィー編

崩れ落ちる(おぞ)ましくも歪な壁は溶けだしては腐敗した泥となり崩れ落ちる。それは、氷に触れると同時に凍りつき小山を築いた。

シーサペントの巣に大きく開いた口から覗き込む巨大な瞳は深海の様に暗く、氷塊から放たれるの光を受けて僅かに青く澄んで見える。

リヴァイアサンはただ、威嚇する訳でも無く、襲い掛かる兆しも無く、僅かに隙間から覗く青く艶やかな鱗に覆われた体は微動たりとしない。

唖然としながら其れを眺めていると腕を掴む力が緩み、ドミニコは小走りでリヴァイアサンに近寄ると、芝居がかった身振りをしながら歓喜の声を上げる。


「こ、此れは、これは・・・我等の偉大な水の遣い様。やはり、貴方も水の精霊王様の目覚めをお望みなのですね?きっと、水の精霊王様に近しい霊使の貴方様が現れたとなれば、目覚めの必要性も十二分に伝わりましょうぞ!」


目を見開き心酔するかのような表情を浮かべ、リヴァイアサンに向けて両腕を広げて宙を仰ぐ。

リヴァイアサンは静かにドミニコの声を聞き届けると、空気が震える様な咆哮をあげた。

ドミニコはそれを肯定と受け止め、肩を震わせ不気味な笑い声をあげると、ニチャリと醜悪な笑顔を浮かべる。

勝ち誇ったような表情を浮かべると、再び私に水の精霊王様の結界を解かせようと、乱暴に手を摑もうとする強行的な手段に出る。

私は咄嗟に背後へと飛び、襲い掛かる腕を潜り抜け、突き上げる様に握り絞めていた剣をドミニコの喉元へと突きつけた。

切っ先が喉元に触れるかふれないかの距離、突きつけられたドミニコは「ヒュッ」と、言葉が出ずに顔を青褪めさせ、声の代わりに息を漏らす。

懐に手を入れ震える唇で何かを呟いたかと思うと、漆黒の短剣を抜き放つ、隙を突かれたが武器を交わすと、火花を散らしながら捻る様に刃を滑らせ互いに弾き返す。


「その短剣は・・・一体?」


突然現れた漆黒の短剣に驚きながら、放たれる邪な気配に疑問を投げかけると、ドミニコは刀身を眺め、うっとりと目を細める。


「ふん、此れはあの方の寵愛の証だ。俺の為に、俺だけの為に与えてくれた力、この短剣があれば誰か背に隠れ、貼り付く必要が無くなる。小娘、お前は女神の器らしいな・・・水の精霊王様を起こしてくれよ。お前なら、出来ると聞いているぜ!」


女神様の・・・器?私なら水の精霊王様を目覚めさせる事が出来る?後者は有り得たとしても、前者は意味が解らない。此れは私の気を引き、攪乱(かくらん)させるのが狙いなのだろうか。


「・・・私は剣です。貴方は、水の精霊王様が何を封じる為に自ら犠牲になられているのか知っているのではないですか?!」


水の眷族としての心に訴え、私は氷の下の瘴気を指さす。ドミニコは氷をじっと見詰めると、呆れ顔を浮かべ鼻で笑いながら、頭を左右に振る。


「だから、こんな事をしなくて済む様に・・・おっと、此れ以上は俺の命が危ないな。お前はこの世界を治めるに新たな神の帰還を快く引き受け手伝えばいい。さあ、手を貸さないか?」


此れでドミニコの心の内に在る者は明白。疑問は拭い去れないが、彼にとって水の精霊王様は新たに崇拝する者の為の足がかりでしかないと言う事だ。

ドミニコは短剣を構え向かいあい、徐々に距離を詰めて来る。私も一歩も譲らず剣を構えると、風の塊が彼を吹き飛ばし、私から引き剥がす。


「・・・奴の言葉に耳を傾けるな」


ドミニコが床で滑り転がると同時に、風の妖精を引きつれレックスが私の許へ降りたった。


「一目散に逃げておいて何を・・・と言いたい所だけど助かったわ。唐突だけど、女神の器って何のことか解る?」


私がそう尋ねると、レックスの何時もの涼やかな目元が少しだけ動揺した様に見えた。

然し、ドミニコに目をやると表情は戻り、小馬鹿にしたようにほくそ笑む。


「フッ・・・馬鹿が、奴の口車に乗せられるとは情けないな」


「むっ・・・少し気になっただけよ。私は祝福を受けたあの日から、何が在ろうと使命を果たす!そう決めているの」


「・・・お前は其れで良い。『輝き舞う小さき者よ 我が下に集いて閃光となれ【光の妖精(ガラド)】』」


レックスは私の肩を掴み杖を後方に向けると光の蝶が現れ閃光を放つ、すると悲鳴が上がり、もがき苦しむドミニコが姿を現した。


「あああ・・・目があああ・・・完璧な俺の影飛びがぁ・・・!!」


声に誘われ目をやると、真後ろの床に光りの妖精に囲まれたドミニコが目を押さえ転がっていた。

床にあらゆる闇を凝縮した様な色合いの魔結晶が一塊と、呪文と同様の石が埋め込まれていた靴が脱げて転がっていた。成程、これはカルメンからの魔道具の贈り物って訳ね。

私は魔結晶と靴をドミニコからなるべく遠くに蹴り飛ばし、レックスと共に彼を逃がさないよう取り囲んだ。


「強硬手段に出ると言う事は、初めから答えを訊くつもりなど無いと言う事ね」


己の吸盤が床に貼り付き身動きが取れず、ドミニコは憤怒の表情を浮かべ床の上でもがく。

次第に動きを止めたかと思うと、怒りの顔は余裕が有る表情に変わり、無様な格好のまま開き直った。


「だから何だ、お前だって精霊王様は大切だろ?目を覚まして欲しくないのか?」


やけくそなのだろうか?吐き捨てられた言葉に動揺する者は無く、それは虚しく空を切る。


「ええ、貴方と、その背後に潜む者の思惑が消えない限りね」


「そそそ・・・そうかよ!それなら、俺も容赦しない・・・あっ」


「容赦しない・・・それで?何をするきだ?」


思わず言葉を失うドミニコの前で、レックスにより魔結晶は踏み砕かれ、火の妖精が靴を消し炭へと変える。ドミニコの大きく開いた口は震え、暫し固まったかと思うと、壊れた蝶番(ちょうつがい)の様な音をたてながら、未だに動こうとしないリヴァイアサンに顔を向け、怒りをぶつけた。


「こういう時に何もせずにどうする?!図体ばかりの能無しの海蛇が!お前が何もしないから、事が上手く運ばないどころか、愛しい主からの贈り物を失ってしまったじゃないか!」


ドミニコが酷く罵倒をすると、リヴァイアサンはゆっくりと発光しだし、複数の水球を弧を描きながら自身へと収束っせていく。

水の精霊王様の遣いが、海の天候すら変える霊使が、奴隷のように使われるなんて信じ難い光景だ。

しかし、こうなればやもえない。


「ともかく、撤退よ!」


私とレックスは頷き合うと、ドミニコを放置しシーサペントの巣の上層を目指し踵を返す。

レックス曰く、時空の妖精は今直ぐにと妖精を呼び出すのは難しいらしい。そうなると此処は間に合うかどうか五分五分と言う所だ。

張り付いたままのドミニコの高笑いが背後から聞こえる、その余裕は水中で呼吸が出来る魚人族の特徴が故だろうか。

一際高く大きな咆哮が聞こえ振り向くと、轟音をたて津波が生き物のように襲い掛かる。


「ははははは!!!流れてしまえ!」


ドミニコはすっかり、カルメンからの贈り物を失った怒りから我を忘れている様だ。

然し、波の速さに人の力で抗う術は無いに等しい。

歯を食いしばり必死に走るが、容赦なく其れは私達を飲み込んだ。しかし・・・


「息が出来ている・・・?」


波にのまれた筈なのに水の中に居る感覚が無く、恐るおそる瞼を開くと目の前でリヴァイアサンの鱗が光りを放ち、私達は透明な球体の障壁により護られている。

噂と違うが思わぬ力が発揮され、驚いたが正直言って命拾いができてほっとした。


「此れは・・・?」


「・・・解らない。このリヴァイアサンの鱗に助けられたとしか言えないわ」


鱗は一際大きく光りだしたかと思うと直接、私の頭に声が響く。その声は何処か悲し気で、心より主を思う懇望(こんもう)だった。


『―如何か、我が王を救ってほしい。其方達だけが希望だ・・・』


次第に声は薄れ、水位が増す中で魔法障壁は私達を上層への入り口へと運んでいく。


「勿論よ、リヴァイアサン・・・!」


やはり、霊使リヴァイアサンは邪神の手に落ちていない。

水の精霊王様が身を挺して世界の綻びを封じなくてはならないこの状況、恐らくリヴァイアサンは封印と共に彼女を護る為に邪神の下へくだったのだろう。

ドミニコは私達を油断させ利用する為の罠、今頃は思惑通りにいかず、カルメンは心に荒波が立っている事だろう。

そしてカルメンは下に就いたばかりのドミニコに全てを一任し、ただ待つだけの性格ではない筈だ。


「上層の通路に辿り着いたか・・・。取り敢えず、別の場所を当たるしかないな」


レックスは魔法障壁が消えると同時に自分達が流されてきた方向をみては、渋い顔をしながら周囲を見渡す。離れた場所から波が引いていく音が響く中、それは瘴気を纏い現れた。



***************



魔物の巣をゆったりと優雅な足取りで歩く、宵闇色の髪に栄える紫の瞳は鋭く、その唇はうっすらと笑みを湛えていた。カルメンと目が合うが、其れは躱され、私達の背後を見ては浅い溜息をつく。


「本当にっ、あの生臭い男・・・口先だけで本当に役にたたないわね」


私達の無事な姿を見た事により、ドミニコの失態に気付いたのだろう。

カルメンはまるで目の前に誰も居ないかのように振る舞い、ドミニコを罵ると、ぐるりと此方へ顔を向ける。警戒から私が剣を引き抜くと、それを恐れずにカルメンは手を伸ばす。それは、切っ先に触れるか触れないかの所で止まった。


「あれだけ饒舌(じょうぜつ)に語られたら、当然でしょ」


「そう・・・」


カルメンは頭を片手で抑えると、芝居がかった大げさな動きで落ち込んだように振る舞う。

私はドミニコと同様の事を強いてくると思いきや、愚痴の様なやり取りをするカルメンを見て強く違和感を感じた。警戒のし過ぎは無いと思う、ただ意図が読めない。


「おい、俺達に手下の失態を訊く為に来たんじゃないんだろ」


レックスの一言が茶番の終わりを告げ、カルメンはつまらなそうに顔を上げると、余裕の表情を浮かべほくそ笑む。鋭く睨みつけるレックスを気に留める様子も無く、興味深げにただジッと見つめていた。


「ねえ・・・其処の貴方、あの魚類に変わってアタシ達側に付かない?素質があるわよ?」


誘惑する様にカルメンは猫撫で声でレックスに声を掛けるが、仮面で表情は読めないが、酷く不快そうな声で其れを(しりぞ)ける。


「・・・断る!話題を逸らすな、お前の狙いは勧誘じゃないだろう?」


「あら・・・それじゃあ、遊びは此処までにするわね。アタシは貴方達に勝利宣言をしに来たの、直に我が神はこの世界の一柱を手に入れるわ。貴方達が素直に説得すれば、あの愚かな精霊王は救われたと言うのに・・・ね?」


嘲りの言葉と視線、ドミニコの事にあまり感情的にならずにいられるのは、目的を果たす方法は一つじゃないからか。


「・・・それだけなら、退いて貰うよ。『偉大なる精霊にて光の王・・・」


私は光りの加護を纏わせカルメンに剣を振り下ろす、不意を突かれたカルメンの手や顔に赤い線が走った。これはあくまで警告、次は彼女の出方次第だ。


「・・・このっ!よくもっ!」


カルメンの顔が痛みと怒りで歪み、感情が噴出しだした、其の時だった・・・

上層から巣の全体を震わせる振動と、砕け落ちる轟音が響き、聞き覚えのある巨大な魔物の咆哮が響いた。すると、カルメンの怒りは徐々に治まり、口から笑い声が零れる。


「ふふ・・・あはははっ、此処はシーサペント亜種(あの子)に譲りましょ。それじゃあ、アタシは古き友人を招き入れなくてはいけないの。じゃあね!」


「っ!待て!逃がさないわっ!」


意味深な言葉を残し、逃げ去ろうとするカルメンを引き留めようと振るう剣は、既に瘴気のみとなった虚空を切り裂く。悔しさに拳を握りしめる私を止めたのはレックスだった。


「この状況、何者かがシーサペントと交戦している様だがこの感じ、此処も長くないかも知れない。此処はあの龍に任せ一時撤退だ」


振動と衝撃で崩れる落ちる壁を眺め、私は息を飲んだ。もしかしたら、他の皆が探しに来たのかも知れない。ならば、此処に留まって置く必要も無いか・・・


「・・・ええ、リヴァイアサンに水の精霊王様を頼まれたもの。此処は何処か穴を開けて脱出かしらね・・・」


「・・はぁ、もっと手っ取り早い方法があるだろ?『我は代行者 王と女王の御名を借り受け命ずる 出でよっ【時空の妖精(スパテイウム)】』 」


レックスが詠唱と同時に空間に紋を画くと、閃光と共に時空の妖精が姿を現す。

妖精は仰々しく(こうべ)を垂れ、顔を上げるとキョロキョロと視線を泳がし顔を(しか)める。


「よぉ!旦那ァ、偉く深刻な様子だけど如何したァ?急ぎなら場所を指定してくれよ!」


妖精が愚痴を零す間にも、シーサペントの巣の崩壊は進む。


「お前の目なら、何処にでも届くだろ。何処でも良い、安全な所だ」


「そんな・・・俺っちも、困っちまうぜ」


「時間が無い、早くしろ!」


珍しく苛立つ様子を見せるレックスに、流石の時空の妖精も顔を引きつらせ怯えている。

然し、レックスからの圧力に屈したのか、ぶつぶつと呟き頭を抱えると開き直ったように胸を叩く。


「何処に飛んでも俺は責任は負わないし、全てはアンタのせいですからね!」


何とも人間臭い時空の妖精は半泣きになりながらレックスへの愚痴を吐き捨てると、自棄になったまま空間を歪め、私達は次元の渦に巻き込まれていく。

そこで私はエリン・ラスガレンでの強制転移を思い出し、やはり壁を破壊して脱出を試みるべきだった。そう激しく後悔したのである。

転移が終わっても未だに体が回転しているような妙な感覚に眩暈を覚えながら頭を押さえる、手には砂の感触が伝わり、何処からともなく波の音が響く。

せめて、如何かアマルフィーの付近かでありますようにと、祈るような気持ちで瞼を開けると目に映るのは、薄曇りの空に青い海。

ゆっくりと体を起こすと、陸から離れた場所には大船団。まさか、異国に飛ばされてしまったのだろうか?混乱する私の横には未だに朦朧(もうろう)としている様子のレックスがいる。


「おいおい、何でこんなとこにお前が居るんだ?他の奴は如何した?」


突然声を掛けられて振り向くと、其処にはよく見知った魚人族の男性の姿が在った。

本日も当作品を最後まで読んで頂き真に有難うございます。

カルメンが不安の種を植え付ける中、転移をしたアメリア達の行く末は如何に?

それではまた次週・・・

************

何事も無ければ次週は11月29日18時に更新致します。

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