第52話 凍てつく水の眠り姫ー水獣区アマルフィー編
シーサペントの巣をドミニコさんの後を追い、レックスを連れて歩くが只管に無言のまま。
確かに世界の綻びを発見し塞ぐ事は重要だ。然し、その原因を断つ事も同様に重要と私は思う。
そうだとしても・・・
『何でお前は危険に近づこうとする!あの時だって・・・』
互いの目的の為に一時的に手は組んだ事はあったが、それ以外での接点は無い。
そもそも、あの時って何時なのだろうか?
最悪な状況での再会、そして二人になった途端にまるで以前から知っている様な口振で話され、私は困惑していた。色々と思い浮かべては、腑に落ちず首を捻る。
『・・・あんな所に立たなければ!』
あんな所・・・?
そう思い浮かべた所で、以前に夢で見た一場面が頭にチラつく。大きな渓谷の淵、必死に自分を救おうと伸ばされる小さな二つの手・・・。頭がズキリと痛み、思い浮かべた光景は蓋をする様に消えて行く。其の時、足音のみが響く空間に、嬉しそうな声が響いた。
「おお!やっぱ、付いて来てくれるのか!あ・・・あんた等も水の精霊王様の事がし・・・心配だよな!」
ドミニコさんが此方へと振り返り、嬉しそうに目を輝かせ、複数の細かい棘の様な歯を覘かせ、小走りで駆け寄って来る。成程、武装していない自分が一人で行けば付いてくると織り込み済みでの行動だったのね。私はドミニコさんを見て、呆れると同時に溜息をもらした。
「以前、お救いした身としては水の精霊王様に何かあったとあれば放って置く気になれません。それに、此処はシーサペントの巣。無事に貴方を里に帰さなくてはフランコさんに申し訳が立ちませんしね」
「は・・・ははっ、フランコ隊長にはし・・心配を掛けてしまってるだろうなぁ。ま、まあ・・・先へ行こうか・・・!」
そう言い、ドミニコさんは申し訳なさそうな顔をすると、オドオドしつつも迷いなく巣穴を突き進んでいく。まるで、通いなれた道の様に。考える程、自分の中の疑念が深まって行くのを感じる。
「静かすぎるな・・・奴等は俺達に案内役を付けてまで、何をさせたいんだろうな?」
レックスは後を追おうとする私に刺々しく呟きながら問う。
「さあ・・・?何んでだなんて推論で話をしても仕方がないわ、実際に目の当たりにしなければ対処のしようが無いもの」
見えない物をこうだと決めつけて動くのは危険だと祖父にも習った。だからこそ、慎重に見極めなくてはいけない。
「お、おーい、ふ・・・二人ともこ・・・こっちだぜぇ」
ドミニコさんが物陰から顔を出し、私達を呼ぶ声が辺りに響く。
レックスは肩を竦めると、私を見ては苦笑いを浮かべ、ドミニコさんの声に応える。
「すまない、アメリアが巣の主が来るんじゃないかって、尻込みをするんでな。早く歩く様に焚き付けていたんだ」
「な・・・っ!違っ!」
誤解だと、失礼な事を言うなと口を開きかけた所で、レックスの傍を飛んでいた水の妖精が私の口を押さえ、首を横に振る。大人しく合わせてと言う事かしら・・・
不満気に口を結ぶ私の顔を見たドミニコさんは意外そうな顔をしながら、笑いを堪えるように口元を隠す。
「そっ・・・それは、い・・・意外だな。でも心配には及ばないぜ、臆病で敵の気配に敏感な俺が平気で歩けるんだ、心配いらねぇ。何ならか・・・庇ってやってもいい」
自虐的に言いながらも励ましている様だが、どこか小馬鹿にされている気がして仕方がない。
然し、今は優先すべき事がある。
「いえ、大丈夫です!早く向かいましょう」
「お・・・おう、付いてきてくれ」
私の気迫に押されたらしく、ドミニコさんは慌てる様子を見せると手招きをする。
うんざりとしながら再び歩き出す私を見て、レックスは「フッ・・・」と鼻で笑う。
こっそりと睨むが、一切気に止める様子は無かった。
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それから辿る道中には複数の部屋が存在し、いずれも妙な臭気を漂わせていた。
其れが何かと問うとドミニコさんは、相も変わらずしどろもどろしながらも一言。
「さ・・・触らぬ何ちゃらに祟りなしだ。や・・・やめとけ、それより・・・あんた等がおお・・・俺の頼み綱なんだ・・・わっ、悪いが寄り道は勘弁してくれよ」
偉く慌てた様子で止められた。何にしても良からぬ物ではないに違いは無いだろうけど・・・
ふと、足元にカツンと何か硬質な物が転がり当たって来た。
其れが何かと視線を向けると、歪な形ではあるが、魔結晶だと言う事に私は気付いた。
其れは、冒険者により刃物ではぎ取られた物と違い、荒く強引に捻じ切られたらしく、肉片が絡みついている。
「う・・・何でこんな物が?」
思わず足を止め、其れが転がって来た先を見ると、直ぐ側の部屋からズルリと何かが這う音が響く。
本能的に武器を取らねばと手が動いた。
そして、其れは予想外の速さで異様な姿を私達の前に晒す。その体は小型だが、原種のシーサペントの一部を頭に巨大な海鼠の体と、複数の蛸の様な触腕を生やす合成された魔物だった。
其れは部屋から出ようと蠢き、警戒の姿勢をとる私達を薙ぎ払おうと乱暴に触腕を振りまわす。ドミニコさんを護る様に剣と魔法で其れを退けると、ビクリと体を震わせ青白く発光し、膨張しだした。
「あ、危ねぇっ!」
ドミニコさんの叫び声が響き、様子を見ていた私の腕を強引に引き寄せられ、体が斜め後ろへと飛ぶ。
膨張した魔物は、くぐもった醜い奇声をあげると、風圧と生臭い液体を撒き散らし四散した。
残った物の中には先程、転がって来た魔結晶と同じような物が転がっている。
あまりの凄惨な光景に、私は口を押さえ、顔を顰めずにはいられなかったが、同時に此処に在ったモノが初めの部屋に転がって居た物と同様だと気付いてしまった。
「成程、失敗作と言った所か・・・」
レックスは魔法障壁を解くと、目の前に広がった物を珍しげに見ていた。
私は足が宙に浮いている事に気付き、疑問に思い自分を支える腕を見上げると、ドミニコさんの後頭部が天井の近くに貼り付いていた。
「ふいー、か・・・間一髪だ・・・だな。わ、悪いが地面に降りてくれないか?」
私が言われるままに床へ降りると、ドミニコさんはベリッと音をたて、天井から頭を剥がし飛び降りた。何故か其の姿が在る光景と妙に重なる。
「・・・ありがとうございます」
「だ、だから寄り道するなと・・・ささっ、い、急ごうか」
簡単に注意をすると、私達の反応など気にせずドミニコさんは歩き出す。
そして、ついに私達は目的の地に辿り着く事になる。
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やや高い位置から見下ろす其処には凍てつく空気が漂う異様な光景が広がっていた。
壁の一部が波で削られたのか、壁からは海水が漏れ出ては、床を満たす前に凍りつき、一面が黒く変色した海水に蓋する様に氷が広がる。それは一本の氷柱へと繋がり、上へと伸びていた。
見上げる其処には幾筋もの氷が線となり、それは青白く光る巨大な氷塊を中心に魔法陣を画く。
「水の精霊王様・・・!」
目を凝らし氷塊を見つめると、其の中に瞼を閉じ眠る水の精霊王様の姿が在った。
この事に関しては嘘偽りの無い事実だった。然し、精霊王様が囚われていると言うのに見張りの一人も居らず、簡単に侵入できるのは可笑しい。覗いただけで投獄されたと言う話があるのにも拘らずだ。
私が考えを巡らせていると、ドミニコさんは勢いよく押しのけ、泣きながら氷上へ飛び降り、氷柱へと駆け寄り叫び出す。
「あ・・あああ!な、何ておいたわしや!・・・ささ・・・さあ!水の精霊王様をどど・・如何か!」
ドミニコさんは涙や色々な物でぐしゃぐしゃになった顔を此方に向け、懇願する様に私を見つめる。
レックスは無言のまま氷上へと下り、氷塊を見上げると、ドミニコさんに杖を突きつけた。
ドミニコさんに何をする事は無いと思うが解らない。
安全はレックスが飛び降りた事により証明されているし大丈夫だろう。
「・・・仕方ないかっ」
私も二人に続いて降りる。氷は多少の事では壊れる事がないと確信できるほど分厚い。
立ち続けていると足元から体が冷え、動かなければ凍えてしまうのではと思わせた。
然し、氷越し映る漆黒は煙の様に渦巻き、見ていると言い様の無い寒気が走る。
「お前の役割は終えた筈だ。俺は帰してやると言っている、何故に其れを拒む?」
レックスの肩の辺りにエリン・ラスガレンでも見た妖精が退屈そうな顔をしながら浮遊している。
杖を突きつけられ、帰還を促されているドミニコさんは助けを求める瞳を私に向けていた。
「お、俺はやはり、一眷族として此処に水の精霊王様が囚われているのを・・・ほ、放って置けないんだ。だ、だから、俺に協力させて・・・貰えないか?」
「心配なのは解ります・・・然し、此処は魔物の巣窟。酷な事を言いますが、貴方を護りながら、此れから先を進むのは難しいと思います」
私がそう突き放すと、ドミニコさんは酷く打ちのめされた様な顔をして俯く。
その心情とはどの様な物だろうか?
武器が無くとも何かしらの形で役に立てればと言う思いが叶わず気落ちしたか、思惑が上手く行かず感情を押し殺しているのだろうか。
「・・・だそうだ、帰る気になったか?」
レックスは無遠慮に淡々と、俯いたままのドミニコさんに問いかける。
返って来たのは、舌打ちとギリッと言う歯軋りの音。頭を上げた其の顔は感情が剥き出しで、沸々と湧き上がっていた物が噴出したかのようだった。
「帰る・・・?俺はあの女と鮫野郎の居る里には帰るつもりは無いぞ・・・真に仕えるべき主を見付けたからなぁ」
ドミニコさんの様子が明らかに怪しく、ゆらりと体を起こすと目を爛々と光らせ、滑らかな口調で話すとニタリと笑う。考えてみれば氷の下が瘴気なら、何方にしろ此処に辿り着けていたのかも知れない。後の祭りであるが、始めから遠ざけようとしていたレックスの方が正しかったようだ・・・
「ほう・・・新たな居場所を見付けたと。つまり、その主とやらはお前が裏切った眠り姫を起こす術も無く、小者を仕向けたと言う事か」
レックスは蔑む様にドミニコさん・・・ドミニコを見下すと、嘲るように口角を上げる。
もともと気位が高いのか、ドミニコの顔は一気に赤く染まり、こめかみに青筋を浮かばせると、唾を撒き散らす様に喚き立てる。
「ふざけるな!俺は後の世界を創造する、神の使いだぞ!」
後の世界を創造する神か・・・。まさか、眷族として崇拝する精霊王様を捨て、自らの意思で邪な神の許に降る人が出るなんてね。そこで、此方のとる手は・・・
「私は水の精霊王様を目覚めさせる心算はありません。貴方の主に水の精霊王様を貴方に渡すつもりは無い、そう伝えてください」
今はね・・・。私は氷柱の前に割り込むと、剣をドミニコの鼻先へと突きつける。
切っ先が鼻に触れると、「ひっ」と短い悲鳴をあげ、ドミニコは顔を青褪めさせると蟹股になりながら仰け反った。
「はっ!・・・そんな脅しに負ける程、俺のカルメン様への愛は負けねぇ!!」
突然、何を言いだすと思いきや、まさかの愛。此れは、開いた口が塞がらない。
確か、相手は闇の精霊王様に一途で、他は見えていない筈だったような。
私達に煽られ無下にされた怒りは、魔法と言う形となり、出鱈目に小さな水塊が私達に向けて乱れ飛ぶ。
レックスと二人で対処し、打ち消していったが、数が多いいのが難点と言える・・・
「あ・・・!」
たった一撃だった、私達から逃れた水塊が氷柱を浅く抉る様に削った。
すると、氷の魔法陣が発光しだし、シーサペントの巣の全体を震撼させる様な様な咆哮が響き渡る。元から脆かった壁は振動で更に崩れ出し、海水が徐々に流れ込んでくる。
それに気付いたドミニコの攻撃は流石に止むが、それよりも瘴気を封じている水の精霊王様が心配だ。
「此のままでは、海水に呑まれる。一時、此処を離れるぞ!」
レックスは一足早く、風の妖精の力で宙に舞い、今いる場所より高い入口の方面から逃げる様にと誘導してくれている。此処は命あっての物種と言う事かもしれない。
踵を返し、私も風の加護で飛ぼうとした所で突然、腕を強い力で引き寄せられた。
「待てよ!逃げるのは後回しだ。此処には危険が迫っている、水の精霊王様の封印を解かなければ瓦礫の下敷きになるどころか、氷の下のどす黒い物に呑まれちまうぜ。ひひひひっ・・・」
ドミニコは薄ら笑いを浮かべ、逃すまいと手に力を籠める。精霊王様達と縁の深い私の力が必要と睨んでいる様だが、こんな姑息な手を使って来るなんて許せない。
振り解こうともがく間にも壁はボロボロと崩れて行く。「放しなさい!」そう私が言ったその時・・・
ドロリ・・・
巣を構成する魔物の残骸が、其れを塗り固める何かと共に融け小山を築くと、壁に大きな口が開く。
其処から見えるのは海底でも無く、空でも無く、怒りを瞳に灯す、リヴァイアサンの巨大な顔だった。
本日も当作品を最後まで読んで頂き真に有難うございました。
ブックマーク登録の方も大感謝です!(^ワ^)
漸く本性を露わにしたドミニコに氷の魔法陣、其の下の瘴気と色々と複雑になってきましたが、めげずに頑張りますので、宜しければ今後も如何かよろしくお願いします。
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次回も何事も無ければ、11月22日18時に更新致します。




