第50話 双頭の罠ー水獣区アマルフィー編
※今回は戦闘などの場面で残酷な描写を使用します。苦手な方はご注意ください。
空も海も嘘の様に穏やか、それが逆に何処か不自然に思えて不安が過る。ソフィア曰く、水のマナは問題は無いが不安定だと言う。謎の水柱は水飛沫となり霧散し、それが何なのか不明のままだった。
編成は私とケレブリエルさんがヒッポグリフにて低空を駆り、ゴッフレートさんの船にフェリクスさんとファウストさん、ソフィアはその翼を活用して援護と回復を担当。勿論、男性二人は彼女の護衛も兼ねている。
そして、船の両脇からイクサに乗り、案内を兼ねて戦闘を進むのはロッサーナさんとフランコさんだ。
「シーサペントの巣は海から背の高い針山の様な岩が突き出していて、その海底に巣が在る。まあ、直に巣穴を拝んだ事は無いだけどな」
「でな、其処に逃げ込んだ水生の魔物や、岩の先端に留まった中型の鳥系魔物をガバーッと!!!食っちまうわけよ!」
ロッサーナさんの茶々を入れる様にフランコさんは、脅えさせようと低めの声で語ると突然、大げさな身振りをしながら大声を上げる。其れを聞いたソフィアは「ひっ・・・」と短く悲鳴を漏らし、自身の翼で体を包み込む様に体を丸めた。
「こら!フランコ、怖がらせてどうする」
ロッサーナさんの怒声が響く。不服そうに口角を下げるも、フランンコさんは頭を傾け肩を竦める。
「俺は生体を教えただけだ。魔物が敵の狩猟方法の際、動きのパターンを把握しておいた方が良いだろうが」
「怯えさせる必要は無いだろ」
ロッサーナさんが呆れた様子で溜息をつき腕を組むと、フランコさんは勝ち誇った顔をしてほくそ笑む。
船上を見ると、ソフィアを励まそうとするフェリクスさんに操縦席からゴッフレートさんの怒号が飛び、ファウストさんが岩人形の横で苦笑いを浮かべていた。
「そう言えば、シーサペントの巣へは直行しないんですよね?」
「ああ、直接行かずに近くの小さな岩礁に設営された休憩所に案内するぜ。狩猟用生物を飼っているんだ」
「狩猟用生物?」
「シーサペント並みの大きさで、十本の触腕を駆使して相手の首をへし折る頼もしいヤツだぜ。大型の魔物には大型の魔物で仕留める!定番だなっ」
「へっ・・・へぇ」
そう説明されても私には想像もできないが、頼もしい仲間になりそうだ。然し、ケレブリエルさんだけはその正体に気付いたらしく青褪めていた。
「・・・それって、クラーケンかしら?」
「ああ、一般的には海の脅威とされる魔物だが、リヴァイアサン様を通じて水の精霊王様から頂いた、水生の魔物を使役する隷属魔法の一種が我々には与えられている。なぁに、心配は無用だ」
フランコさんは振り返り、何処か得意げな表情を見せる。
「くらーけん?」
「海洋魔物の中でも凶悪な部類の一角、巨大な烏賊よ」
ケレブリエルさんの顔には心底気持ち悪いと書いてある。
「烏賊・・・ですか」
確かに烏賊は私は好きだけど、シーサペントサイズとなると・・・。流石に怖気が走った。
身震いをした処で船に目をやると、ファウストさんが興味津々と言った様子で甲板から此方を覗き込んでいる。
「クラーケンか・・・気を付けた方が良い。奴の息はくさい、そして吸うと鼻が取れる」
ファウストさんは表情を崩さず、そのまま鼻を抑え目を逸らす。
「ヒィ!」セレスが悲鳴が聞こえて来る。甘いとは思うが説得する時間が無く、妥協して船室から出ない様にと約束させたんだけどな。
「それにしても・・・鼻・・・」
取れるって、臭いが其れだけ強烈だと言う事・・・?
思わず鼻を撫でると、ケレブリエルさんが私とファウストさんを呆れ果てた目で見てくる。
「・・・それ、冗談よ」
そんなやり取りをしていた所、船首の方からロッサーナさんが何か物申そうと、大きく口を開ける。
「あの子の臭いは良い臭いだ。鼻が取れるなんてとんでも無い!」
「え・・・?」
「へ・・・?」
其処・・・?
唐突な主張に唖然とする私達を見てロッサーナさんは、周囲を見話して困惑の表情を浮かべた。
「・・・え?」
「俺もアイツには愛情があるが、普通にねーわ」
フランコさんまでも苦笑いを浮かべた所で、ロッサーナさんは怒りと恥ずかしさが混ぜこぜとなった表情を浮かべて海へ潜ってしまった。再び海上を進む中、ケレブリエルさんは横に並ぶと、無言のまま杖で何かを指す。
促されるままに海へ視線を向けると、船の斜め後方に白波が大きく線を引き、此方に気付いたのか、スーッと姿を消す。
「ケレブリエルさん・・・」
「皆に一応、警告をしておきましょう。警戒して損は無いわ」
しかし仲間達に警告した後、私達は再び其れを見る事は無く、船は順調に大海原を航行する事となったのだった。
**************
それからどれだけ、青い海原に見続けたのだろうか?
徐々に欝々とした澱みの様な色彩が遠くの空を染めているのが見えてくる。
「クラーケン・・・」
元は船を襲い、その巨大な食腕を巻き付け海の藻屑に変えると言われる海洋の悪魔と呼ばれる凶悪な魔物らしいが、それを卵から育て使役するとは驚いた。
少し不安は拭えないけれど、対シーサペント用と考えると、味方として此れ以上に頼もしい物は無いだろう。
暫くすると前方に、魚人の里で見かけた様式の簡素な建物が姿を現した。
私達は一足早く木製のデッキに着陸し、室内を覗き見ると、中は本当に漁の為の待機所といった雰囲気。机に椅子に厳つく大きな銛などの漁具が立てかけられている。
海が荒れた影響か小窓に据え付けた木製の雨戸は傷み一部が腐り落ち、潮気を帯びた風が吹き込んでいた。
「よしっ、船は離れたな。俺達の相棒を呼ぶぜ、腰ぬかすなよ!」
安全の為、船は離れた場所で停船してもらい、振り返るとフランコさんはニヤリとほくそ笑む。
ロッサーナさんは深呼吸をし叫ぶ様に大きく口を開く、口の前に小さな魔法陣が描かれたかと思うと、辺りの空気が大きく振動した。
すると、徐々に小島の周囲に白波が立ち、幾重にも円を描く渦潮が生み出された。
その中央から、浮上する大きな何かの影が見え、それは大きな吸盤が複数ついた触腕だと判明する。
「ふふふっ、我等の相棒を紹介しよう!」
ロッサーナさんは満面の笑みを浮かべると、私達に注目させようと渦潮の方へと大きく手を振る。
その向かい側から渦潮を見ていたフランコさんは腕を組み胸を張ると、目を輝かせながら堅く拳を握りしめた。
「おっし!来い!マリリン!」
呼声に応える様に水飛沫が上がったかと思うと、上空から何か大きな物体が複数、落ちて来た。
大多数は海へと落下したが、中にはデッキに落ちてくる物も。
「危ない!」
声を張り上げ、警告をすると皆で左右に散る。落下物でデッキが壊れると、バキッバキッと言う音との直後、ベチャ・・・!と異様な音が響いた。
ゆっくりと目を開けると、フランコさんとロッサーナさんが顔を青褪めさせ呆然としているのが見える。
「何が遭ったんです・・・これは?!」
大きさは人の三人分、ブヨブヨとした白く吸盤が複数ついた、滑る巨大な肉片。烏賊の触腕と酷似しているが幾ら何でも大きすぎる。
何者かに噛み千切られた痕跡が在り、壊れたデッキと、その下の岩場に張り付ていた。
「おい、此れは如何言う事なんだ?」
フェリクスさんは千切れた触腕を見て顔を顰めると、衝撃が隠し切れない様子の魚人族の二人に問いかける。
暫し、視線が固定されたままでいた二人だったが、ゆっくりと此方に振り返った。ロッサーナさんは俯き気味だったが、溜息をつくとゆっくりと顔を上げた。
「解らない、しかし・・・。否、まだ可能性は有るな」
「可能性?再生したりとかか・・?」
「ああ、触腕が切れた所で再生は可能だしな・・・よし、様子を見て来るか」
僅かに希望を見出すも、ロッサーナさんもフランコさんも何処か不安気だ。
フランコさんは其れを確かめると、海へ飛び込もうと身を乗り出す。
だが、しかし・・・
「待って下さい!続いて海底から何か来ます!」
ソフィアが焦った様子で叫ぶ。そして、其れは高く水柱をあげると、海水と何かの粘液を滴らせ、巨体を私達の前に曝け出す。
其れは瞳が無いのにも拘らず前傾姿勢を取り、クチャクチャと不快な音をたてながら口から垂れ下がる白く大きな三角形の何かをズルリと飲み込んでは舌なめずりをする。其の姿には私は覚えがあった。
「シーサペント亜種・・・!」
恐らく、怪しい影の正体はコイツだと思う。普通の魔物なら捕食や縄張りへの侵犯などの理由付けが有るが、これらは合成獣である以上は操者がいる筈だ。
港には大勢の見送りの兵士、海上は当然、操者は身を隠す事はできない。姿を隠蔽する魔法も長時間、かけ続けるのは難しいだろう。それなら、操者は何処に?
「あれが・・・アメリアちゃん達が戦ったと言うシーサペントの亜種ってやつか大きいな。そこのお二人さん、失意のどん底のところ悪いが、退避するか?」
フェリクスさんが慌てた様子でそう訊ねると、二人は悔し気に体を震わせ、己の武器に手を伸ばし海へと飛び込む。やはり、クラーケンは食べられてしまったのね・・・
「馬鹿ね、どんな敵だろうと逃げ場がない以上、戦うしかないでしょ!」
ケレブリエルさんも呆れた様にフェリクスさんへと言い放つと、ロッサーナさんに続いて杖を構える。この建物で足場が無い状況で戦うには・・・
「ケレブリエルさん、私達はアルスヴィズ達の許へ!空から行きましょう!」
「ええ、解ったわ!」
私があくまで前面に出て、ケレブリエルさんが後方から魔法。ともかく地上組の支援をしながらと言う所か。
ヒッポグリフ達を隠した建物の裏側へと走る、しかしその後ろを誰かが走って来るのを感じ、振り向くとソフィアが息を切らしながら走って来る。
「ど、如何か支援だけで・・・も!天上におわせます我が主よ 慈愛に満ちた御心を用いて 愛しき子らを包む鎧を与えたまえ【神鎧】!」
ソフィアが翼を広げ詠唱を終えると、降り注ぐ白光が彼女を包み込み神々しさすら感じさせる姿に見えてくる。その光は掲げられた杖に収束し光の帯となり私達を包んだ。
成程、呪文のとおり女神様の御力で編まれた白魔法の鎧と言う訳ね。
「ソフィア、ありがとう!」
振り返る事無く走り二頭のヒッポグリフの許へ走ると、二頭とも私達が来るのが解っていたのか、頭の飾り羽を逆立て、やる気に満ちた鳴き声を上げる。鐙に足をかけその背中に跨ると、アルスヴィズはゆっくりと立ち上がり、まさに血が疼くと言わんばかりに前足と後ろ脚で地面を掻く。
表の方からは亜種の金切り声の様な雄叫び、魔法や何かが衝突したような音が響いた。
「私達も行きましょう!援護をお願いします!」
「承知したわ!」
手綱を握り足でアルスヴィズの腹部を蹴る、表に向けて走ると勢いがついた所で手綱を打ち付け、私達は空を駆ける。
岩人形が投擲武器の様にファウストさんの造り出した大岩を拳で叩き付ける様に投げつけ、それでも近づかれた場合はフェリクスさんが合図を送り、雷撃を剣から放ち怯ませる。
其処にロッサーナさん達が水中からイクサに乗り、槍や剣で追撃を入れると言う見事な連携が繰り広げられていた。
だが然し、亜種の方は鳴き声を上げるも深手も負わず、寧ろ怒りで乱れ荒いが其の脅威が増している様に思える。襲撃した物より警戒する必要が有りそうだ。
「アルヴィズ、頼んだわよ!」
「ピィッ!!」
私は怯む事無く剣を引き抜くと、相棒の手綱を強く握り共に敵を目がけ降下して行く。
背後からケレブリエルさんの声が聞こえたかと思うと、細い矢の様な旋風が私を避け亜種を目がけて降り注いでいく。
次々と巨体を貫かんばかりに風の矢が降り注ぎ、その鱗を砕き抉る様に突き刺さる。
私はアルスヴィズの首を人撫ですると、その背中から飛び降り、風の加護で宙を駆け、其の眉間と思わしき場所に深々と剣を突き立てると、耳を塞ぎたくなる奇声とよめきながら振り解こうと頭を振り暴れ出す。
それでも弱ったのを感じ、剣を引き抜こうとするが思いの外、その皮膚と肉は固く剣が引き抜けない。
必死に剣にしがみ付きながら、良く観察すると複数の傷口は血が流れてはいるが、皮膚が厚くて深く傷を負わせるに至ってない。
「成程、手強いわね・・・っ!」
足と腕に更に力を籠め引き抜こうと力を込めた所で、低く唸る声と同時に私は剣を握ったまま宙に放り投げられる。あ、不味い・・・
思わず冷や汗が頬を伝った所で、翼が羽ばたく音と風が吹き、落ちて行く私をアルスヴィズが受け止めてくれた。
「ぴゃあー!」
「良くやったわ!流石、私の相棒ね!」
アルスヴィズは亜種との距離を取り、ゆっくりと旋回する。その隙に態勢を整え、剣を構え直すとフェリクスさんの放つ雷が追撃を狙う亜種を動きを封じた。
纏わりつく雷に抵抗するが、亜種の抵抗は何処か緩慢な物になっている気がする。
「如何やら相応の防御は持っている様だけど、私達の攻撃も無駄じゃないみたいよ」
ケレブリエルさんは私の横に並び、特に亜種の頭や首に大きな傷がある事を伝える。
「成程、怪我の蓄積ですか・・・!それなら、狙うとしたら一つしかありませんね」
「ええ、支援は任せて」
ケレブリエルさんは正解!と言う顔をすると、私に続き詠唱しながら降下して行く。
高度を下げ、声が届く所に差し掛かった所で私は叫ぶ。
「首を!狙ってええぇぇ!!」
アルスヴィズの手綱を強く握りると、直前で左側へと引き力いっぱい、首にできた傷を薙ぐ様に斬り裂く。悲鳴を上げつつも私を捕らえ様とする亜種の眉間の傷へと、風魔法が突き刺さり、最後は大岩が深く首に刻まれた傷を穿つ。暫しの静寂の後、誰しもが勝利を確信し、歓喜の声をあげた。
だが、しかし・・・
「ふひっ!ぶひゃひゃひゃっ」
何処か覚えのある笑い声が何処からともなく周囲に響く。不快に思い辺りを見回すが、姿は一切見えず、声のみが其の存在を示す。
ぼこっ・・・・
妙な音が響き倒した亜種の死骸に目をやると、失った部位の横が膨張する様に膨らむ。そして、其処に口の様な器官が誕生したかと思うと、其れは島にいる油断した仲間達を目がけ伸びて行く。
まさか、二つ目の頭ができるなんて・・・!
私は風の加護で再び宙を飛び、剣を振り下ろす。間に合って・・・!
「アメリアさん!!」
「アメリアちゃん!」
「アメリア!」
危険に気づいた仲間達が何故か私の名前を叫ぶ。如何したと言うのだろうか?
ゴン・・・!!
大きな音と共に何かが後方から、私の全身を打ち付けかと思うと、意識は潮の香りと共にプツリと途切れ暗転した。
本日も当作品を最後まで読んで頂き真に有難うございました!
前回は箸休めとなりましたが、今回から再び戦闘が多くなると思います。
それでは、どうなるのやらと言う所ですが、次回も宜しければ読んで頂ければ幸いです。
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何事も無ければ、次回は11月8日18時に更新となります。




