第47話 海が咆えるー水獣区アマルフィー編
※対魔物戦です。今回も幾らか残酷な描写が含まれます。柔らかめですが苦手な方はお気を付けください。
風は荒れ、海から押し寄せる波が幾度も押し寄せては岩礁へと打ち付ける。
そんな中、胴が長く巨大な魔物は小石の様な人間が騒ぐのを気に止めず、目の前の食事を貪り食っていた。
その魔物・・・シーサペント亜種は海を赤く染め上げ平らげると、恐怖と驚きで固まる私達を嘲笑う様にニチャアと不気味に口角をあげる。
「・・・・っくそ!全員、意地退避!対亜種に向けて陣形を整え直す!」
静寂を掻き消す、フランコさんの声があがる。続いて悔し気な声と共にロッサーナさんの誘導により、兵士達は亜種に背を向け、武器を構えながら後退して行く。
如何したものかと誰もが目の前の驚異に睨みつける中、ある人物だけは真逆に武器を握り掛けて行く。
「お、お前のせいで海が・・・里の稼ぎが・・・皆、殺られる前にやるぞ!!」
直前の気弱な姿が別人の様に小判鮫の魚人族、ドミニコは武器を振り上げ、賛同者を募り駆け出す。其れに焚き付けられ者が数名、後を続く。
「何をやっている、ドミニコも皆も早く隊に戻るんだ!」
ロッサーナさんの呼び声も空しく、頭に血が上り切ったドミニコ達に苛立つ様に亜種は体を大きくうねらせる。
「戻って下さい!無暗に突っ込んではいけません!」
「早まるな!」
「だ、駄目です!皆さん、考え直してください!」
フランコさん達と共に退避していたが、堪えきれず二人と共にドミニコ達を呼び戻そうと仲間達と共に声を張り上げる。だが・・・・海は魔物の咆哮と共に鉤爪の如く波が押し寄せ、彼等を飲み込んでいく。
先程まで立っていた場所には海水が満ち、波が引いた後には何の痕跡も残ってはいなかった。
「あ・・・ああ・・・」
ソフィアが顔を青褪めさせ、口元を抑ると、短く言葉にならない声を漏らす。
ファウストさんは舌打ちをすると、海の中で鎌首をもたげる亜種の顔を見上げ、無言で睨みつけていた。
唖然とする私の傍でロッサーナさんとフランコさんは目を合わせると頷き合い、立ち尽くす兵士達に対し指令を出す。
「早急に陣を組み直せ!槍を持つ者は再前列へ!盾を構え、後列の魔法使い達を護れ!」
「弓を使う者は矢を魔法矢を番えよ!詠唱の時間を稼げ!」
二人の声に兵士達は破棄を取り戻し陣形を整え始める。
決して皆、何も気持ちが揺らいでいない訳じゃない、ただ失った者達の為にも里を護らなくてはならないと言う気持ちが原動力なのだろう。
私にできる事は何か・・・風の加護は滞空時間はさほどない、そうなると訓練もしていないあの子達を戦場に出すのは不安だけど。ただ、立ち尽くしている訳には行かない。
「私・・・里を護るわ」
「え・・・何を言っているんですか?!」
ソフィアは驚き慌てた様子で私の腕を掴む。
「アルスヴィズに乗ってシーサペント亜種に立ち向かおうと思う。私も此の里の人達の役に立ちたい」
自分の決意を言葉を口に出すと、ソフィアとファウストさんは苦笑する。
「ヒッポグリフ達をですか・・・?!だ、だったら、あたしも連れてって行ってください。歌で隙を作れるかもしれません」
「まさか、また一人で行くなんて言うつもりじゃないだろうな?」
ファウストさんは私の顔色を伺い、怪訝そうな目で見つめて来る。どれだけ、私は二人に信用が無いのだろうか。
「勿論、そんなつもりは無いわ。二人も来てくれるなら嬉しいし助かるし!」
「アメリア・・・!あたし、頑張りますねっ!」
ソフィアは真剣な瞳を輝かせ、杖を握り絞める。そんな後ろでファウストさんは頷くと、私とソフィアに早く行くよう促す。
「僕の魔法は空では役に立たない、地上から投擲で立ち向かおうと思う。もし歌を聞かせるなら、耳にしない様に気を付けるんだな」
そう言うとファウストさんの岩人形は大岩掴み、空へ掲げる。
「できるだけ、早く戻ってくるから!」
一時でも留まっている訳には行かない、私はファウストさんと魚人の里の兵士達を背に里へと駆け戻った。
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急ぎ厩舎に戻った私達を見て魔獣使いの世話係の女性は困った様な表情を浮かべていた。
それは、魚人族の間ではイクサ等の水生の魔獣しか居らず、戦闘に出すと言われても魔獣用武具が無いからだ。此のままで大丈夫と言うと、せめてもと一粒の真珠の飾りをアルスヴィズの手綱に結ぶ。
此れは何かと訊くと、海を渡る際の安全祈願のお守りだと教えてくれた。
そして、急ぎ厩舎を後にしようとする私達の前にレオニダが現れ、道を塞ぐように立ち塞がる。
「僕を連れて行かないか?必ず役にたってやるからさ」
彼なりの必死の思いからの申し出だったのだろう、私が其れに対し首を横に振ると、今度はソフィアの腕を掴み、懐から再び小さな石の付いた首飾りを握り懇願する。その拳に力が籠ると同時にレオニダの瞳が紫色に光る。それは瞬きの直後に、元の色へと戻っていた。
「・・・レオニダ先輩、その石は何なのか教えて貰えませんか?」
「強いて言うなら隠し玉。この僕なら今、まさに里を襲う脅威を掃う事が出来るぞ」
ソフィアの問いかけにレオニダは以前の姿を彷彿とする傲慢な雰囲気を漂わせる。
島を訪れた直後とは違った雰囲気に違和感を感じた。
「武器・・・其れはこの前、分殿で倒れた時にも使ったんですか?」
試しにそう尋ねると、目を右上に逸らしながらギクリと肩を震わせる。どう見ても図星だ。
如何言う物か解らないけれど、汚名返上の為に同じ過ちを繰り返す必要は無いと思う。
「つ、連れて行かないなら教えられないな・・・フンッ」
レオニダは腕を組み、交渉材料として使えると思ったのかチラチラとふんぞり返りながら此方を見て来る。
「・・・はぁ」
思わず苦笑いと共に溜息がもれる。現状、あの状況から予測するに怪我人の治療ができる彼なら十分に戦場に赴かなくても活躍できる筈なのに。
そろそろ、きっぱりと断ろうそう思った所でソフィアが私の腕を強くつかみ、引っ張りながら歩き出した。
「申し訳ありませんが、先輩の御活躍は別の機会に見せて頂きますね」
「ちょ・・あ・・・」
呼び止めようと声を掛けようとするレオニダを無視して、ソフィアは歩いて行く。ソフィアったら、強くなったのね・・・。
レオニダには取り敢えず、後で話してみようかな。
「アルスヴィス、いきなりで大変だけど宜しく頼むわね」
私達は鐙に足をかけ、急ぎ鞍に跨る。アルスヴィズの首回りをふわりと撫でると、前足で地面を掻きながら興奮気味な声が返って来た。
「ピィッ!クェーッ!」
手綱を引き、足で合図を送るとアルスヴィズは意気揚々と大きな翼を広げ、薄暗い空を駆け出した。
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再び舞い戻ると、巨大な魔物と魚人族の争いは苛烈を極めていた。
矢と魔法は弧を描いては、魔物の胴体へと雨の様に降り注ぎ、赤い液体を滴らせた魔物は怒り狂い、首が伸び、瞳の無い頭についた大きな口が兵士達を飲み込んでいく。
しかし、彼等は何時もと勝手が違えど、近縁種を普段から狩っているからか戦い方に危うさは無い。
「よりにもよって、結界が壊れた時を狙ってくるとはね。戯れに一つの里を滅ぼそうだなんて・・・此れはやっかいね」
「見る限り、術者の姿はありませんね。如何します?」
「術者が居ないのなら好都合ね。私達はロッサーナさん達が攻撃に集中できるように魔物を翻弄しよう」
「はい!気を付けます」
この並大抵じゃない巨躯、同じ大きさの魔物や兵士を貪り食う暴食の化身に、何処まで私の剣が通じるか解らない。両足でアルスヴィズの腹部を軽く蹴り、手綱を首元に打ち付ける。
飛び方は時折、遊ぶ様に乱れるも、亜種のぬらぬらと光沢のある後頭部を目がけ、アルスヴィズは急降下して行く。
幸い相手は此方に気が付いていない、片手に握った剣を更に強く握り絞め、接触直前で剣を振り下ろすと、厚く弾力のある皮膚を幾度となく切り裂く。
魔物は鞭の様にしなる首を此方へ引き付け続け、私達への視線はずれず、後を追い続ける。
「此れで十分ね、ソフィアは機を見て歌をお願い!」
「ええ、扇動の方お願いします」
何時までも気を引き付けるのは難しいが、やるしかない。機を見極め、ソフィアは羽搏き空を舞う。彼女の成功を祈りつつ、陸方面へと出来る限り離れて行く。
ソフィアの母譲りの催眠効果のある歌が広がるのを感じ、出来る限り早く地上へ向かわなければと急いだ所でアルスヴィズが動きを止めた。
「アル!如何したの?!え・・・」
焦りながらも下降する様に促した私は手を止める、手綱に付いた真珠の飾りが淡い水色の光を放ち、私達を包み込む。そう言えば、御守があったんだ・・・!
「ピィイ!ギャッギャッ」
アルスヴィズの鳴き声に目をやると、シーサペント亜種を眠らせる事は出来ないものの、動きをかなり鈍化させる事に成功。其れは眩暈で倒れる様に海へと体を強く叩きつけた。
「好機だ!一気に倒すぞ!」
眼下からフランコさんの勇ましい掛け声があがり、兵士達も続く。
魔法は水より攻撃と守りに適した氷魔法が中心となり、ファウストさんが投げたらしい大岩を大きな槍に変え、亜種の体を貫く。魔物の絶叫が空気を震わせ、歌をも掻き消し海へ響き渡る。
私はソフィアと共に耳を抑え地上に戻ると、其れと同時に近くで大きな水柱があがり海水を思いっきり浴びてしまった。
「ぷは・・しょっぱい!」
「想像して居た効果・・・けほっ!違いますけど良かっ・・けほっ・・・」
咽かえながらも私達は水柱の起きた方向へ歩を進める、前方には体の所々に深く損傷を受けながらも最後の悪足掻きか、近寄る兵士達を寄せ付けまいと抵抗するシーサペント亜種。
「僕が盾になろう、岩人形が攻撃を防ぐから構わず魔法を撃ってくれ!そのまま機を狙い攻撃するより戦い易い筈だ」
ファウストさんはそう叫ぶ様に周囲に呼びかけると、岩人形を繰り攻撃を受け止める。岩石で出来た腕を盾に受け流す。魔法で繋がり強化されてるとはいえ、何時までもつか保証は無いのが不安だ。
「吹き渡る風にて 其の精霊を統べる王 シルフよ私に天駆ける力をっ!」
空に風と共に勢いよく跳ねあがると宙で身を翻す、剣を逆さに構えると重力と共に亜種の体を穿ち引き裂く。大地を確りと踏みしめ反撃を避けて後退すると、その場の全員の武器が亜種へ向く。
此処で気を緩めないのは正に成功だった。
「ウォオオーッ!!!」
体を揺らし血を滴らせながらも首を膨らませ、天を仰ぎ見て雄叫びをあげる。
「苦しいかっ!ならば、終わらせてやる!」
ロッサーナさんが槍に氷を纏わせ、その刃を長く鋭利な物に変える。足を開き弓を引き絞る様に腕をしならせると、フランコさんも大剣を振り上げほぼ同時に駆け出す。
私達の入る隙も無くしっかりと息の合った連携は最後の抵抗をする魔物の体を穿ち、その体を分断する。
互いに武器を収めると、其の背後で激しい水音と波が押し寄せた。
ファウストさんは魔物を打倒し、満足気に胸を張る二人を見て口笛を吹く。
「ハハッ、中々の名コンビじゃないか」
その言葉に周囲も賛同し、はやし立てる声で賑わい、一気に戦場は勝利に酔いしれ、お祭り騒ぎになる。ニヤニヤと其々の上司を揶揄い、多くの笑い声で賑わう。
否定する二人の声が飛び交い、此処で漸く一難が去った。
誰もがそう思った瞬間、其れは嵐と共に現れた。一瞬で全てが沈黙し、誰もが海に現れた更なる存在に釘付けとなっていた。青銀色の鱗に海の如く深い青から翡翠へと変じる美しい鰭は逆立ち、鋭い牙が覗く口。殺気を帯びるも長く美しい姿をくねらせる姿は正に龍。
「龍型の魔物・・・?!」
相手は海面から巨躯を躍らせると、空中に海水が吸い寄せられ渦巻いて行く。凄まじい魔力の流れを嫌が応にも感じる、今まで出会った魔法とは比べられない規模だ。
「いや、あれは・・・あの方はそんな物じゃ無い、我らが捜していた霊使リヴァイアサンだ」
ロッサーナさんは槍を構えるとギリッと歯軋りをする、しかしその声は振るえている。
海から更に陸地側へと退避する兵士達。
だが、突如として宙で渦巻く水流は止まり沈黙する、其処に青白い光を放つ魔法陣を描いて。
本日も当作品を最後まで読んで頂き真に有難うございます。活力になっています!
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それでは、次回も何事も無ければ10月18日18時に更新予定です。




