第44話 海の守り人ー水獣区アマルフィー編
ご機嫌斜めな様子の相棒と主不在の二頭のヒッポグリフを連れて厩舎を出ようとした所、管理をしている獣使いさんに呼び止められた。
「アメリアのお嬢ちゃん、とんでもないのと関わっちまったな、魚人族と組んだと街の連中がピリピリしてるぜ。そして此れはオレっちからの忠告、魔獣は主の影響を受けやすい、苛立ったり不安になったりすれば大参事だぜ」
「ネリオさん、御忠告ありがとうございます。何時も通りに振る舞えば良いんですね」
街に出ると、忠告の意味を思い知らされた。明るく陽気な声が、私達が通ると同時に掻き消え、ヒソヒソと呟かれ、あげく吐き捨てられる捨て台詞。確かに、こんな中を歩いていては気が滅入る、早々に教会へ向かおう。
やっとの思いで教会に辿り着いた私達は教会からの歓迎を受けた後、ガルヴァーニ邸に身を寄せているロッサーナさんとの約束を思い出し早めに休む事にした。
「そう言えば・・・水の祭殿に行ってなか・・・たな」
思えば、水の精霊王の地に異変が起きているのだから目指すべきは祭殿だったと思いつつも意識は微睡みの中に解けて行った。
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朝食を終えた私の出鼻を挫いたのはたった一言だった。
「水の祭殿が封鎖されている?!何故?」
驚きの余りに長机に手を突く。カタカタとお茶の入ったカップが揺れ、思わず落としそうになるのを止めると、司祭様は大きな溜息をつく。あまりの事に呆然としていると、固まる私の肘の辺りを誰が突いた。
「座りなさい、アメリア。話は大人しく聞くものよ」
「あっ、ごめんなさい・・・」
「いや、気にしなくても良い。ただ、言って良い物やら・・・」
嗜められ、椅子に腰を下ろすと、言い難そうに司祭様は口籠る。
其の時、レオニダは眉を寄せて思案し、司祭様に代わりゆっくりと口を開く。
「実はその辺は教会も再三、理由を尋ねているんだが一言「禁則事項ですので」とだけしか答えて貰えていない」
其れを聞いて司祭様は申し訳なさそうに眉尻を下げた。禁則の一言で説明なしじゃ、きっと十分な説明ができず困っていたのかも知れない。
「祭司殿に直接、話をしたいと申し入れたんじゃがな・・・すまないのう」
「いえいえ、助かりました。教えて頂かなければ無駄足になる所でしたし・・・」
教会の司祭様でさえ答えて貰えないなら、私達が正面から行っても結果は同じかもしれない。
以前に脱出した海側から潜入も、船かそれ以外の手段が必要。目立ってしまって潜入どころでは無い。
如何した物かと頭を捻ると、隣に座るケレブリエルさんが俯き、思案していた頭を上げる。
「禁則事項・・・教会にも明かせない何かが在るのなら、調べる必要が有りそうね」
「それなら、今回は若者同士で行って来るのは如何だ?俺達は残って、祭殿の事を調べるからさ」
フェリクスさんはケレブリエルさんの肩に手を置くと、ギロリと冷たい視線が向けられる。
それにフェリクスさんは肩を震わせ、顔が青褪めたかと思うと、慌てて捲し立てる様に喋り出す。
「あ、決して・・・ケレブリエルを若くないと・・・わっ!ふごぉ!!!」
哀れ、口を滑らせたフェリクスさんの顎をケレブリエルの杖が突きあげる。ガキンッと物凄い音と共にフェリクスさんは椅子から転げ、顎を抑え床を転げまわった。
「ふっ・・・口は禍の元と言うやつだな」
其れを見てファウストさんは嘲笑を浮かべると、茶を静かにすする。
心配になり席を外し、手を差し出すと、フェリクスさんは嬉しそうに口角を緩めながら手を摑み立ち上がろうとする。
「まあ、案は悪くないわ。風の祭司の両親のおかげである程度、予測できるわ。後、年齢はともかく、悪意しかない失言は止める事ね」
どう見ても、気にしている様にしか見えませんが。寿命の差が有るとはいえ、女性として此れも禁則事項の様だ。
「後、同行できるのは二名か。誰が行く?」
ファウストさんが誘いをかけると、ソフィアは司祭様と私達を往復する様に視線を泳がせる。
すると、司祭様は虚を突かれたように目を丸くすると、自慢の髭をバネの様に撓らせながら優し気に微笑んだ。
「よし!ソフィア、レオニダ。両名はアメリアさんに付いて行きなさい」
「「「は?ええっ!!??」」」
一同、驚きの声を上げるが、特に大きな声を上げたのはレオニダだった。
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そして現在、私達は海面に背中を出し進む三頭のイクサを追いながら、その上空から低空飛行で追尾している。そんな中、ロッサーナさんは此方を見上げると、眉根を寄せ口を堅く結んだかと思うと声を張り上げた。
「今更だが突然現れた私を信用してくれて感謝する。父へは祭殿受け渡しに関する教会からの審査が入ると妖精にて伝えた。ただ、娘の私が言うのもなんだが・・・父は短慮を起こしやすい。だが、キレ者だ。決して気を緩めないよう頼む!」
つまりは一筋縄では無いと・・・
「承知しましたっ」
それにしても、ヒッポグリフ達は良く頑張ってくれている。初めての騎乗状態での長距離飛行、しかし喜び燥いでいるのか、飛び方が安定しないのが怖い。
「レオニダと言ったか?何故、司祭様の命を受けた?僕達に同行すると言う事は、危険が伴う可能性があるんだぞ」
ファウストさんは自身の背後に乗る、レオニダに疑問を投げかける。「そうだな・・・」と呟く声が聞こえ、暫しの沈黙の後に再び言葉が紡がれる。
「確かに僕は実戦経験もなく、敬虔な信徒として女神様の許で奉仕して来たのみ。だが、その中で得る物はあった、決して君達の足手まといにはならないから安心しろ!」
その根拠は不明だが、以前の様子を思わせる自信に満ち溢れたレオニダの声が響く。
「あの・・・其れは有事には戦力になると言う事でしょうか?」
流石に疑問に思ったのか、私の背後から根拠は何かとソフィアの声が疑問を投げかける。
「ん?何を言うんだ?さっきも言っただろ?強いていうのなら、自衛手段を手に入れたと言う所か・・・」
レオニダは開きかけた口を閉じ、再び喋り出したかと思うと「とっておきは最後まで取って置くものだ」と何故か誇らしげに言う。モヤモヤとする気持ちと同時に不安が頭に過るのだった。
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何処までも続く水面に異彩を放つ物が見えてくる、其れは色とりどりの珊瑚と様々な形の貝や岩場などで構成された巨大な島だった。
「あそこだ!ようこそ、サンダリオンへ。君達の協力に応え、私も全力を尽くす。共に穏やかな海を・・・穏やかな水のマナが満ちる地を取り戻そう」
まるで物語の先導役の様に、高々と芝居じみたロッサーナさんの声が響く。しかし、此れから調査からの模索と言う段階で、なかなか気が早い。しかし、その位の気迫が必要なのかもしれない。
「ええ、取り戻しましょう」
「はい・・・!頑張りましょう」
「あい!」
背後から、ソフィアとセレスの朗らかな口調の返事が聞こえた。
姿が見えないので誰かに止められたのかと思い込んでいたが、ちゃっかりとソフィアに連れて来て貰った様だ。今度は気を付けなきゃ・・・うーん。
思わず頭を抱えそうになる拳で手綱を握り絞めると、ヒッポグリフのアルスヴィズが「ピィーピギャ!」と大きな鳴き声を上げる。我に返り眼下を見下ろすと、ロッサーナさんが槍を掲げていた。
「アメリア、如何やら魚人の里・・・サンダリオンへの門が開くみたいですよ」
「門・・・?」
ソフィアに言われ、様子を窺うと空中に魔法陣が浮き上がり、ロッサーナさんが此方へ手招きをしているのが見えた。
導かれるままに魔法陣を潜ると、其処は唯の珊瑚や貝が密集する岩場では無く、白砂の砂浜に整備された港と奥には珊瑚や螺鈿細工で彩られた立派な御殿を中心に様々な住人が行き交う街が現れた。
「嘘・・・みたい、唯の岩礁かと思っていたのに」
「美しいだろう?」
ロッサーナさんは驚く私達を眺め自慢気に笑う。実はもっと不気味な雰囲気の島を想像していた。此れはまるで、夢物語の世界の様だ。
「・・・確かに、美しいな。もっと荒くれ者が、闊歩する荒んだ印象だったが」
何を言い出すんだ此の人は。ファウストさんはそう呟くと感慨深げに周囲を見渡す。
気まずい雰囲気になるのではと危惧したが、予想に反してロッサーナさんの反応はあっさりしていた。
「少々、誤解があるが・・・まあ、此処の連中の大概はお上品な奴等では無いのは確かだな。あははははっ!」
あっけらかんとした態度で大笑いするロッサーナさんを、部下が「お嬢、酷いっす!」と抗議する。
しかし、その穏やかな時間も束の間、数人の兵士らしき人物が此方に向かって来るのが見えた。
鮫を思わせる姿の目つきの悪いリーダーらしき人物、張り付く様にその後を追う取り巻き、その後にはロッサーナさんの部下と同じく、半魚人の厳つい槍使いが最後尾を歩く。
「よぉ!お姫さん、迎えに来たぜ。長から客人も居るから、屋敷までの案内を仰せつかってな」
「ふん・・フランコか。わざわざ、第二軍団長が客の迎えに走らされるとは・・・よほど暇なのだな」
ニヤニヤとうすら笑いを浮かべるフランコと呼ばれた男性に対し、ロッサーナさんは不機嫌そうな表情を浮かべ皮肉で返す。それを受けてフランコさんは「おー、女のヒステリーこえぇな」とお道化て見せた。
「い、幾ら団長と言えどロッサーナ様に何て口の利き方だ!」
脅えつつも主人を思ってか、ロッサーナさんの部下達がフランコにたてつく。それをフランコは鼻で笑い、大きな口にビッシリと並ぶ歯を見せた。
「喚くな、小魚共!どんな立場の奴だろうと、戦場に出れば等しく戦士だ。お姫様扱いさせたいなら、団長を屋敷に戻らせるんだなっ!ハハッ!」
「ヒェ・・・ッ!」
すっかり脅え委縮した部下を見てロッサーナさんは下がる様に命じると、フランコさんの胸倉を掴む。
「おい!お前は私の部下を脅すように命じられたのか?!長に命じられた役割を果たせ!」
フランコさんは舌打ちをすると、ロッサーナさんを睨み、そのまま此方に目を向ける。
すると、徐々に表情は和らぎ、不敵な笑みを浮かべる。
「人間に獣人、後のは判らないな・・・。客人!教会の審査だか何だか知らないが、先ずは長の御殿まで来てもらうぜ・・・歓迎してやる」
そう言うと手招きをし、部下にも着いて来る様にフランコさんは合図を送り、海岸沿いの階段を昇っていく。その部下の小柄な男がおずおずと近寄り、ニタリと不気味な笑みを浮かべロッサーナさんへと手を差し出す。
「ロッ・・・ロッサーナ様、長旅でお疲れでしょう。御殿まで槍をお持ちします・・・ふひひっ」
その様子を見下す様にロッサーナさんは冷たい視線で一瞥すると、浜辺で待機するイクサを見やる。
「小判鮫の・・・槍は良い。それより、手が空いているのならイクサを厩舎に繋いでおけ」
そう遇われると、小男は不服そうに顔を歪ませブツブツと呟くが、ロッサーナさんが見ているのを思い出したのかニチャリと口角を吊り上げた。
「は、はひ!このヴァンニめが・・・せ・・精一杯務めさせてもらうであります!」
ヴァンニさんは慌てた様子でイクサが待つ砂浜へと転びつつ、立ち上がっては走って行ってしまった。
ロッサーナさんは此方が来るのを待つフランコさんを見ると、ヤレヤレと頭を掻く。
「あれやこれは悪いが後日だ、此処は大人しく御殿に向かおう」
「・・・解りました、行きましょう」
「まぁ・・・万事うまく行くと良いな」
レオニダは御殿を見上げると、不安気な声を漏らす。
「レオニダ先輩、何事も初めは緊張するものですが、直面してみないと解らないものです。ともかく此処は、臨機応変で行きましょ」
ソフィアはおっとりと柔らかな声でそう言うと、励ます様にレオニダの背中を押す。
確かにソフィアの意見は言い得ている、私達はロッサーナさん達と共にフランコさんの許へと急ぐと、ゴツゴツトした岩の階段を駆け上がった。
横目で見る街には魚人族のみで賑わい、此処は同じ眷族の水獣族とは交流はあれど異種族を受け入れない隠れ里なのだと推察できる。それを証明する様に私達の姿を物珍し気に見る姿が散見出来た。
「それにしても水獣族以外を里に迎え入れ、しかも持成すとは父も変わったな・・・」
ロッサーナさんは目の前の御殿を眺め、渋い顔をする。確かに妙かも知れない。
フランコさんは入り口で警備に話しかけ、兵士が戻って来たのを確認すると、両手を振り大きな声で「宴の準備ができたらしい」と知らせてくれる。
「え?審査に来ただけなのに宴ですか?」
「ああ、不漁続きだが備蓄はある。珍しい客が来たってんで、張り切っているらしいぞ」
フランコさんは大きな口から尖った歯をのぞかせ、ニカッと笑うと私達を連れて奥へと案内をする。
しかし、ロッサーナさんは広間に着くまで無言のままだった。
広間に着くと既に豪華な食事が長机を覆い尽くす様に並べられ、魚介の豊かで食欲がそそられる香りが漂っている。
通された部屋の正面に位置する席には白髪交じりの青い髪に、ロッサーナさんとそっくりな緑の瞳を輝かせた大柄の男性が座っていた。此の人が里長なのだろう。
一頻り挨拶と自己紹介を済ませると、「俺は未だだったな」と里長は照れ臭そうに笑った。
「おう!遠路遥々よく来たなぁ!俺は里長を務めるシルヴァーノだ。教会からの審査と言う事だが、わざわざ御足労いただいて悪ぃな。食事を用意させて貰った、如何か仕事の前にパーッとやってくれ」
「それはそれは、お気遣いありがとうございます。では、お言葉に甘えて・・・。今日も生きる糧を与えてくれた主と水の精霊王様に感謝と祈りを込めて・・・」
レオニダは恭しく、シルヴァーノさんへと御礼を言うと、感謝を込めて祈りを捧げる。
焼きに蒸しに揚げたりと、どれも魚がふんだんに使われ、アマルフィーでの事を思い出すと心が罪悪感に苛まれた。それと同時に漁師さん達が怒り疑うのも可笑しくないと思えてしまう。
そんな風にぼんやりとしながら食事をしていると、シルヴァーノさんが低く大きなお声で私に語り掛けて来た。
「どうでぇ、平時ならもっと良いもん出してやれるんだがなぁ・・・」
「いえいえ、とんでも無い!とても美味しく頂いています、異変が起きているにも関わらず申し訳ないぐらいです」
正直に感想を述べると、何故かシルヴァーノさんの顔から笑顔が失われる。
「そうか・・・それなら、もっと美味い物を食わせてやるよ!」
そう言った直後、シルヴァーノさんの唇が何かをゆっくりと紡いでいく。嫌な予感がし、警戒する間も無く氷塊が私を目がけて飛んでくる。何故、攻撃をされるのか解らず、私は咄嗟に避けようと身を捩る。しかし幸運に恵まれず、氷塊は回避できない程近くへと迫っていた。
今回も長くなってしまいましたが、本日も当作品を最後まで読んで頂き、真に有難うございます。
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何事も無ければ次回の更新は9月27日18時になります。




