第38話 破砕せし黒塊ーベアストマン帝国編
木々をの合間を恐れる事無く、枝葉を踏み潰しながら私達は敵陣へと踏み込む。
侵入者として捕らわれるか、斬り捨てられるかなど如何でも良い。各々の武器を構えた私達の目の前に居る人々は生気のない目をしたまま、まるで命じられる通りの行動を粛々と熟すかのように無関心のまま通り過ぎて行った。一切の意思が感じられない。
「明らかに様子が可笑しいですね。其れに・・・精霊の儀を放棄するなんて」
困惑しているのは私だけではない様で、私に続く仲間達も戸惑いつつ周囲を警戒している様だ。そんな中、フェリクスさんだけは兵士達へと近付き、反応を見ようとしているのか様々な事を仕掛けていたかと思うと、つまらなそうな顔をしてスタスタと一人で防衛拠点を勝手に歩き出した。
「ちょっと何処に行くのよ?!」
そう警戒の声を上げるケレブリエルさんの声にフェリクスさんは肩を竦める。
「オレ達は正真正銘、悪事を働きに来た訳じゃない。時間は有限だ、慎重すぎるのもどうかと思うね」
「確かにそうだけど・・・あの様子じゃ、何かしらの術が掛けられているのは間違いないわ。其れに罠かも」
ケレブリエルさんはグッと何かを飲み込む様に口を閉じると、指を突きつけ警告をする。
何方の意見も悪くない。しかし、あの冷えた溶岩の塊の様な体を持つ巨大な鶏蛇へと攻撃を仕掛けている中に意識がある人いるかもしれない。
「それでは慎重かつ臆さず、皆で現状を探りましょう。ファウストさんも良いですか?」
「ああ、異論は無い。兵を此処から引かせる事を優先するのなら、皇帝陛下の天幕へ向かうべきか」
山と同系色の天幕の群の中でも一際造りが確りとした物が、解り易過ぎるくらい存在を主張している。
大切な祈りを中断してまで打って出た理由を突き止めたい。
皆の意思が固まった所で私達は武器を納め、警戒を緩める事無く山路を歩き出した。
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その後も人々と擦れ違うが反応は変わらず。ケレブリエルさんの言う通り、魔術に掛かっていると思われるが、術師は何時まで経っても姿を現す事も仕掛けてくる様子も居ない。
とうとう目的の天幕の前まで来てしまった、入り口に近衛兵が立っていない事を疑問に思い見回したたその時だった。
「其処の人族!其処が何方の天幕と知った上の、狼藉か!」
一人の兵士が険しい表情を浮かべ、問答無用と言った様相で剣を引き抜き此方へ駆けて来た。
「狼藉って何もしていない・・・って話が通じなさそうですね」
話し合いで解決など望める様子は無い、ここで剣を交えるのは厄介だ。
「ごちゃごちゃ言うな!混乱に乗じて、陛下を狙うなど許されると思うか!たわけ者め!」
その兵士の声に反応する者がポツリポツリと集まって来る。こうなったら思い切って皇帝陛下の天幕に飛び込んで直談判するしかない。流石にあの人達も剣は収めるだろう。
「ああ!もう!行きましょう!」
「おい!退避するんじゃないのか?!」
「いーの、良いの。とやかく言わずアメリアちゃんに続きなさいな」
ファウストさんの困惑の声と其れを去なすフェリクスさんの声、そして諦めた様なケレブリエルさんの溜息が聞こえる。私は躊躇いなく、上質な布で出来た天幕を掻き分け飛び込んだ。
直ぐにでも私達を追い、兵士が踏み込んでくると思われたが周囲は途端に静まり返り、足音が遠ざかって行くのを感じた。まさか、誘導?
声を殺し、仲間達と顔を合わせて頷き合う。天幕の中は不法侵入者が押し入って来たにも拘らず、尾とも声も何も聞こえない。それが何とも言えず気味が悪い。
天幕内は皇帝の物だけあり、床には細やかな刺繍が施された絨毯が敷かれている。しかし、其処に置かれた豪華な椅子に座る人物は近衛兵数人と白魔術師と共に拘束され、眠らされていた。そして・・・
「ルーナ、何で気味が此処に?病院へ送り届けた筈・・・?!」
驚きのあまり、声を上げるファウストさんの問いに応える声は無く。彼が見つめる先のルーナは黙したまま、ただ此方を見ていた。鶏蛇から救い出す際、精霊殺しは確かに発動し、解放された筈なのに。
こんな動揺を誘う罠を仕掛ける人物はただ一人。私が黒幕を探し視線を泳がせているが、ルーナは相も変わらず無表情のままだ。
「・・・カルメンは此処に居るの?」
私の問いにピクリと僅かだがルーナに反応が見えた。表情を変えないまま、彼女はゆっくりと首を横に振る。
「母様は居ない・・・」
カルメンを母様と呼び、ポツリと呟かれた声に、最初から彼女はカルメンに関わっていたのだと気付く。しかし祭殿への襲撃の際、土の精霊王様を傷つけたくないから殺して欲しいと言う彼女の救いを求める声は如何にも嘘には思えない。
「今のうちに、皆で帝都へ帰ろう」
ファウストさんが手を差し伸べると、その手を取らずにジッと其の手を見つめる。
困惑する私達を見て、彼女はクスクスと笑い声を上げた。
「帰る?・・・此れはぜーんぶ、あたしがやった・・・神様の導き。帝都に連れてって貰ったら・・・皇帝陛下と一緒に此処に来なさいって言ってた・・・案内してくれてありがとう」
ルーナは満面の笑みをファウストさんへと向ける。ファウストさんは衝撃を受けた顔に悔しさと怒りの色が滲ませる。突拍子もない言葉に私達も思わず言葉を失う中、意を決した様にケレブリエルさんはルーナの前へ出た。
「精霊無しで、魔法を?信じられないわ」
「闇の精霊は鍵・・・開いてしまえば不要・・・神様に力与えられる・・・理解できた?」
冷たい汗が背筋を伝う。あの時、意を決して精霊を消滅させたのは無意味だった?
否、邪神との繋がりが断てていないのなら、万が一が有る。
「・・・それなら尚更よ。眷族を分断させたまま何て容認できない、私は皇帝陛下達と貴女を帰すわ」
「そうはさせない・・・神様が力を与えてくれる・・・貴女達も皇帝陛下達と一緒になる・・・!」
私の言葉に声を荒らげ、噛みつく様に反論をしたかと思うと魔法を杖も無しに放とうと手の平を此方へ突き出す。それにも拘らず、フェリクスさんは余裕の笑みを湛えながらルーナの前に立ち塞がった。
驚く私達とルーナを全く気にする様子も無く、其の手を摑み問いかけた。
「・・・本当に神様とやらが力を与えてくれているのかい?」
「触らないで・・・神様と魔核で繋がっている。懐柔なんてされない・・・話なんて聞かない!」
先程まで私達へ向けていた殺意は消え、フェリクスさんの手を錯乱した様子で強引に振りほどくと、ルーナは周囲の物を薙ぎ倒しながら天幕を飛び出して行った。其れを見たフェリクスさんは手を擦りながら、満足気な表情を浮かべる。
「・・・また、誘導か?」
ファウストさんがルーナが飛び出して行った先を訝しむ様な目線で見ていると、フェリクスさんはその肩を叩いた。
「いや、アレはただ単に痛い所を突かれたって所だな。まっ、勘は外れていない自信あるよ!」
臆する事無く前向きに突き進むフェリクスさんに今度は呆れ顔を浮かべるファウストさん。
慎重になるのも悪くないけど、今は彼女を追うべきだと思った。
しかし、術者が離れた今が皇帝陛下達を救出する好機、此れを逃すは無いと後ろ髪が引かれる。
「・・・・僕は此処に残る。此処は任せてルーナを追え」
ファウストさんは私達を横目で見ると、皇帝陛下や近衛兵たちと一緒に眠っている白魔術師へと目線を向けた。其れを見てケレブリエルさんは呆れた様な顔をしながら腕を組む。
「やれやれね・・・悪いけど私も此処に残るわ。ルーナは貴女とフェリクスで追って」
ケレブリエルさん達のおかげで迷いは振り払われ、私達はルーナの後を必死に追う。山道を駆け登り、追いついた所で私は言葉を失う。
見下ろす西へ広がる大陸には、皇都とその周囲を囲む一本線の様に世界の綻びが起き、土の精霊王様と祈りの力による魔法障壁が進行を阻む。二つが鬩ぎ合い反発が起きては石獎が噴き出し、溶岩となり地上へ流れ出して固まっては砕けるのを繰り返していた。
その要因たる鶏蛇は尾を大地に噛みつかせ、溶岩で出来た赤黒い巨躯から伸びる足の鉤爪を障壁へと突き立てている。
「なるほどな・・・妖精の力だけでは此れは無理だな・・・」
フェリクスさんは、先程までの前向きな言葉も出ず、険しい顔をしながら黙り込む。
「地脈を通じ、此の地は直に異界の神を招く門となる・・・解ったでしょ?」
姿を再び現したルーナは無表情のまま、破滅は逃れられないと淡々と告げる。
しかし此れまでの彼女の事を考えると、彼女の行動と発言はやはり、本心であるとは私には思えなかった。
「いいえ、諦める何て出来る訳ない。私達は地の精霊王様の司る大地で生きているのだから」
「ああ、アメリアちゃんの言う通りだな・・・。ルーナちゃん、此れからオレ達がする事を止めるつもりなら自身の力で止めて見てごらん」
フェリクスさんは何故、ルーナに自分達を攻撃する様にと煽っているのだろうか?
私は彼の意図が酌めず、敵対する意思を示しているルーナを真っ直ぐと見つめ詰め寄る姿に懸念を抱いていた。
「言われなくても・・・止めるっ!」
其れに釣られたルーナは胸に片手を当てつつ、もう片方を前に突き出し何かを詠唱し始める。
しかし、彼女から出るのは額からの汗のみ、其の手は震えていた。
「アメリアちゃん、もしかして心配してくれている?」
何時もの調子で近づいてくるフェリクスさん、辟易とした表情を向けている私の耳に口を近づけ「今の彼女は洗脳され、魔法を使えるとカルメンに思い込まされている」と呟いた。
確かに此処に来るまで彼女が魔法を使おうとした所を見てはいない。事実なら、カルメンは傍観できる範囲に居る可能性が高い。警戒する私達の耳に、困惑と焦りの入り混じる、ルーナの呟きが聞こえた。
「何で・・・なんで・・・帝都では・・・城では出来たのにっ」
「ルーナ・・・・」
思わず手を差し伸べようとした所で、焦るルーナの影から何かが這い出して来た。それは徐々に人を模り、広がる宵闇色の髪の下の青味がかった紫の瞳が不快そうに細められる。
ルーナはカルメンに気付くと安堵の表情を浮かべ振り返った。だが、其れは彼女が期待と相反し、噛みつく様に首を鷲掴みされた。
「魔法も使えないうえに、足止めも出来ないとは情けない子ね・・・!」
吐き捨てるように言うと、カルメンはルーナを投げ飛ばし近くの崖に叩き付ける。慌ててルーナに駆け寄り、気を失ってるだけと知って胸を撫で下ろすと、私達はカルメンへと剣を向けた。
「あら?アタシは戦うつもりは無いわよ?」
カルメンは嘲笑を浮かべつつ肩を竦める。フェリクスさんの雷が左右から鞭の様に伸び、絡め取り焦がそうとカルメンの足元を襲う。
「アンタには無くともコッチには有るんでね!」
しかし、僅かに届かず空へと躱されてしまう。カルメンは鬱陶しそうに眉を顰めると、山肌の際へと降り立つ。
「乱暴ね・・・でも、そんな事は今はどうだって良いわ。気分が良いの、だってあの溶岩の塊と一緒に愛しい人の枷が一つ、外れるんですもの」
それだけ言うと、カルメンの体は背面へと傾く。其のまま飛んで逃げる何てさせないと、剣の柄を強く握り駆け出すが、其れは紫の閃光と共に姿を眩ます。
其のまま、踏み留まるとカルメンの発言の意味がはっきりと理解できてしまった。世界の綻びは消失していないが、鶏蛇の尾と足が祈りの力に負け、琥珀色の光に包まれ砕け始めている。
其処でファウストさん達が駆けつけるが、此方の状況説明を訊く間も無く愕然とした表情を浮かべ固まった。
「不味い、あんな巨大な岩の塊が落ちたら・・・・如何にかできないのか?!」
故郷と家族を失う可能性にファウストさんは半狂乱しなり叫び出す。こんな大岩砕く事なんてと絶望しかけたが、有る事に気付く。
「土の精霊王様!」
必死にこの状況を見ているであろう一柱の名前を叫ぶ。ともかく必死だった。
其れに応え姿を現した精霊王様は、必死に平静を装う私達を見て、全てを悟ったように口を開く。
「儂等と盟約を結べば、大地もこの国の民も救われるやも知れぬ。しかし其れは同時に己を失い、女神様へと全てを捧げる事に繋がるが、お主は其の時が来た時の覚悟はあるのかの?」
己を失い女神様へと全てを捧げる、その全ての意味に確信は持てないけれど。現状、正直言って其れは卑怯だ。しかし、それが確定では無いのなら、私に迷う理由は無い。
「覚悟はあります!」
「承知した、儂に続き復唱をしてくれ」
土の精霊王様は私の返事を訊き頷くと、予想通りと言った表情の後、何処か申し訳なさげな悲しい表情を浮かべていた。
『数多なる命を育み抱くもの』
『躍動する灼熱の血潮の流るる』
『此れ即ち万物を抱く大地なり』
『神より賜りし力を宿す者へと傅き、銃属する盟約を結ぶと堅く誓う』
そう唱えると同時に琥珀色の閃光が山肌を染め上げ、大地の様々な記憶らしいものが頭を過ると同時に、それでも弱りつつある大地に巡る躍動を感じた。
「さあ、儂の力を行使すれば岩も土もお主の魔力の限り自由に扱える。盟主殿、何をお望みかのう?」
「あの大岩の鶏蛇を砕く槍を、可能な限り!」
土の精霊王様の言葉のまま、私はあの巨躯を打ち砕く武器を選び想像した。
「承知した・・・!」
そう了承する土の精霊王様の頼もしい返事に胸を熱くしつつ、少しでも小さく被害を減らす為に考え、ファウストさんを中心に策を披露し、全員の承諾を得た所で一斉に私達は駆け出した。
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『刃天を臨みし銀嶺よ 大地を司りし王との盟約により 汝の敵を穿つ刃となれ【大地槍】』
土の精霊王様と私の魔力を帯びた、巨大な岩の槍が宙に形成され、私が詠唱し終わり腕を振り下ろすと同時に鶏蛇を貫き砕くと岩と溶岩が宙に散る。
きっとカルメンも私達が如何仕掛けようと、この二段構えが有るからこその余裕だったのだろう。
しかし、其れを想定した策をファウストさんが講じていた。
「大地を司る王の眷族の血に基づき命ず【土人形召喚】!」
唯の溶岩片となり果てた岩と溶岩がファウストさんの呼び掛けに応え、人型を形成し、これにより固まり切れない溶岩を封じる事に成功。
そして、もはや巨人と化した其れを精霊王を何だと思っていると苦笑されてしまったが、風の精霊王様に懇願し、山脈跡である崩落現場へと吹き飛ばす。其れを見ていた土の精霊王様が後は任せなさいと満足気に微笑んだ。
「はあ・・・流石に・・・無茶したかも」
魔力切れ?反動?急な眩暈に意識が遠のく。必死に意識を取り戻そうとすると、羽音と共に「本当にお前は良く落ちるな。昔も今も・・・覚えていないだろうけどな」と言う呟きが聞こえた。
見上げると妖精の盾が風の妖精に囲まれながら私を抱きかかえていた。昔も今も?
意味が解らないまま見上げると仮面越しに目が合った、すると急に宙へ体を放り投げられた。
「意識が確りしたなら、精霊を頼れ。今回ばかりは邪神の力の侵食が強い、妖精も助力しよう。お前達は祭殿で儀式を遂行するんだ」
突然、居なくなり現れたかと思えばこの不遜な態度。少し腹が立ったけれど、脅威が去った後も綻びは塞ぎきれず瘴気が溢れ返り、黒いカーテンの様になっている。此処で反発するのは賢く無い。
「解った・・・頼んだわよ!」
私は妖精の盾を背に、仲間と共に祭殿へと急ぐ。勿論、ルーナも連れて。
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精霊の儀は祭殿や教会に加え、数か所に祭司やそれに準ずる役職の人々が仕切り執り行われる事となった。私達は祭殿までルーナを送ると、ファウストさんが彼女の手を取る。それでも、ルーナは顔を青褪めさせ、震えながら足を止めた。
「あ・・・あたし、此処で祈る資格・・・ある・・・のかな?」
すると、ファウストさんは彼女の頭をわしゃわしゃと撫でると、驚く顔を見て優しい眼差しを向ける。
「君は土の精霊王様を信じているか?」
「う・・・うん」
ルーナは俯き気味に消え去りそうな声で其れに応えた。
「それで十分だ!君も土の精霊王の眷族なのだから」
「うん!」
今度は元気な返事が返って来た。
「・・・いってらっしゃい!」
私達はルーナとファウストさんの背中を見送り、応援の気持ちを込めて送り出す。ファウストさんは後ろ手に、ルーナは振り返りはにかみながら手を振り祭殿へと消えて行った。
そして、音楽や口上が止むと同時に訪れる静寂後、地の精霊王の護りし地は黄金色に輝く。
邪なる神の力すら打ち消し、豊かに生命を生み育み躍動し、マナが大地を満たす様に。
本日は通常の話を逸脱する長さとなってしまいましたが、最後まで読んでいたき真に有難うございます!
本当にお疲れさまでした。
ベアストマン帝国編は此処にて解決余なりましたが、申し訳ないのですが、次へ続く為のアフターストーリーがあります。
以後も続きますが、ぐだらない様に精進して行きますので、今後も読んで頂けれは幸いです。
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次週も何事も無ければ、8月16日18時に更新いたします。




