第37話 大地は鎮まりてーベアストマン帝国編
熱い・・・燃える、一面が赤に染まる。手を引かれながら、地面も木々も人も何もかもが一色に染まった、あの夢の中を走っていた。火に飲まれながら思いだす夢は、妙に生々しい。火など関係ないのに、鮮烈な紅が夢の光景を連想させる。
あの土の精霊王様の「まるで、死に直面した経験が有る様な口ぶりじゃな」と言う言葉から感じた凍りつく様な恐怖は、きっと此れが失われていた実際に経験した事だからだ。
まさか、火達磨にされて思いだすなんてね・・・
皮肉めいた微笑を浮かべると地面が崩壊する、誰なのかは判らないけれど何度か見た二人の人間が何かを叫んでいる、どう足掻いても体は奈落の様な谷底に落ちて行く。あ・・・私、此処で・・・
宙に身を投げ出すと、激痛と共に頭の中で無数の星が瞬いた。
「痛っ!!うう・・・」
涙を滲ませながらゆっくりと瞼を開けると、何故か何処かの一室に居るようだった。しかし、どれも可笑しい、家具が全て天井へと張り付いているのだ。しかし、何であんな夢を今更見たのだろうか?
何かが思いだす様に啓示?何にしても不明な為、取り敢えず目の前の事へと考えを移した。
「アメリア、おきたぁー?」
青い瞳の白い幼竜、セレスが頭を逆さにして飛んでいる。ん・・・?
「え・・?起きた?」
頭がズキズキと痛むのと状況が理解できずに困惑していると、セレスは遠慮なく声を上げて笑い出した。
「あははー!アメリア、逆様ー!」
「ん?え・・・あああ!」
セレスに言われて我に返ると、頭からベッドの下へと落ちていた事に気付かされた。恥ずかしさで先程まで心の中で燻っていた物が一気に薄れ、同時に冷静さが戻って来るのを感じる。
確か、巨大な化鳥と崩落現場で戦っていて・・・
「何で・・・火傷一つないの?」
全身を包むほどの火に包まれたのにも拘らず、私もセレスも完全に無傷。そんな事が有る分けが無いと頭が混乱しだした所で、セレスが如何だと言わんばかりに胸を張る。
「あのね、火竜さんが出て、がおーって火を食べたの」
「食べ・・・?」
竜が火を食べたと言うのは如何言う事だろう?如何にもセレスの説明だけでは要領を得ない。詳しくは皆に訊くしかないかな?しかし、解らない事ばかりだ。
すると、扉ををノックする音が響く。慌てて態勢を整え、部屋に招くとケレブリエルさんが部屋に入って来た。
「ふふ・・・良かった目が覚めたのね、安心したわ。アメリアが火に包まれたかと思ったら、鎧から火の竜が出て来て火を飲み込んだのよ。むしろ、落ちてくる貴女を助ける時の方が危なかったぐらいね」
ケレブリエルさんは困った様な表情を浮かべ溜息をつく。鎧から火の竜が出て火を食べたと言う二人の言葉から察するに恐らく、救世主は加護。
「・・・もしかして、火の精霊王様の加護かもしれません」
「ああ、それなら合点がいくわね。再びシュタールラントへ訪れる事が有った時は御参りをしなくてはね」
まさか、こんな所でお世話になるとは。
一つの疑問が解決し、遠く北の地を守護する精霊王様に感謝をした所で我に返った。
倒れた私を担ぎ籠める所があると言う事は、帝都は無事と言う事。カルメンが化鳥を引きつれて向かったにも拘らず妙に静かなのが逆に不安を掻き立てる。
「あの、カルメンは・・・化鳥はどうなりましたか?!」
必死の形相で訊ねる私を見て、ケレブリエルさんは溜息を人突くと、真剣な顔を浮かべる。
「帝国も大地の陥没も、今の所は大丈夫よ。ただ・・・困った事になったわ」
「困った事・・・?」
「あの化鳥は・・・業火の鶏蛇は帝都へ飛来し、帝都と眷族を護る土の精霊王様の魔法防壁を破壊に掛かっているわ」
「それじゃあ、直ぐにでも迎え撃たないと!」
嫌な予感がし、溜まらず息を飲み立ち上がった所で、ティーナさんがリエトさんを引きつれ慌てた様子で息を切らしながら部屋に入って来た。つまり、此処は祭殿ね。
何事かとその様子を静観すると、ティーナさんは息を整えながら顔を上げる。
其処でリエトさんは私達へ頭を下げると彼女を気遣いつつ、私達に向けて口を開く。
「突然の事で申し訳ない、此れは急を要する事なんだ。如何か巫女様の願いを聞いては貰えないだろうか?」
「・・・この地を護る防壁は今や、盤石とは言えません。業火の鶏蛇を討つと祈りを中断し、飛び出した皇帝陛下を含めた一個小隊を引き留め連れ戻す事に御協力をお願い致したいのです」
先ず、エリン・ラスガレンの様子と相反し、眷族達の足並みが揃っていないと言う事に驚く。
それに加え、襲撃へと向かい討ちに出たと言うのは全くの予想外だ。
少し状況が飲み込めず困惑したが、かなり切羽詰まった様子に私は引き受けると決意した。
「私個人としては引き受けるつもりです。如何か、今の戦況と外の状況をお教え願えませんか?」
私に続き引き受けると言い頷くケレブリエルさん。ティーナさんは悦び安堵しつつ、息を整え落ち着きを取り戻していく。
「はい、色々と粗雑で申し訳ありません。説明は他の方が揃われた後で宜しいでしょうか?」
「否、其れは俺が・・・・巫女様は儀式にお戻りください」
「え・・・そうですか、頼みましたよリエト。御協力して頂けるお二人には心より感謝を・・・。では、真に申し訳ありませんが、私はここにて失礼させて頂きます」
私達へと振り返り、何度もお辞儀をしながら立ち去って行く。リエトさんは私達と共にティーナさんを見送ると、扉を開き振り返った。
「この部屋でも構わないが、人を呼ぶには狭すぎる。申し訳ないが、説明は別室で行わせて貰う。案内をするので着いて来てもらえないだろうか?」
「勿論です!」
私達はリエトさんの言葉に頷くと、案内を受けつつその後を追う。再び眷族同士とはきな臭い。
案内に導かれるまま靴音を響かせ、私は廊下を歩いた。
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その後、精霊の前へ向かう私達は土の精霊王様とお話をする機会を頂けることになった。そうは言っても芳しくない状況に許された時間は僅か。
歩く廊下から見える街の風景は、治まってはいたが陥没の影響は色濃く地面は破壊され道とは言えない状態。地下の岩獎の熱により、祭殿に在る庭の池の水は高温となり、独特の臭気を放っている。
「おぉ、揃っておるな。なぁに現状、人払いをしてるのと同然じゃ、話したい事が有るなら遠慮はいらぬぞ」
まさか当人から会いに来て貰えるとは思わなかったけれど。
土の精霊王様は私達を引き留めると、近くの岩を撫でるように触り長椅子へと形を変え、其処に座るようにと促した。私には事前に精霊王様に聞いておきたい事がある。
「何故、風の精霊王様を交えてお話をした際、盟約の必要が無いと仰ったのですか?」
風の精霊王様と盟約を結んだ理由、其れは精霊の力となる祈りの力を阻害する物を浄化する為に必要だから。確かに気安く行う物じゃ無い、けれど今は皇帝陛下達が業火の鶏蛇と戦っている今、其れを止める為にも必要が有るのではと思った。
しかし、土の精霊王様は眉根を寄せるとピクリと片眉を上げ、鋭い目つきで此方を見据える。
「何故と言われてもな・・・必要が無い。そうとしか言えないのう」
「必要が無い・・・?」
今の様な時こそ必要なのではないのかと思わず聞き返すと、土の精霊王様は困った様な顔をしながら髭を撫でた。
「ちと、先走りおったが、皇帝も儂自らこの地を預けている者。考え無しで戦いなど挑まない筈じゃ。話を戻すとじゃな、アメリア・・・強大な力を得ると言う事はその危険は付きなの物じゃ。それは自身を代償・・・そう言っても過言でも無い物を代償とする可能性も有る。要は易々と結ぶべき物じゃない」
この言葉から何故、土の精霊王様が風の精霊王様と真逆の言葉を言うのか府には落ちない。話は理解できたが、途中でお茶を濁らせた部分が妙に引っ掛かった。
何かが有るのは確かだが、聞き出す時間は如何やら無さそうだ。帝都の空に大きな影が攻撃を受けつつ、焼ける様な熱風と共に飛ぶ姿が目に入った。カルメンが操る化鳥、業火の鶏蛇だ。
「・・・最後に、それは私の覚悟次第と言う事ですか?」
皆が静かに聞いている中、私の声だけがその場に響く。土の精霊王様は其れを聞いて心底あきれたと言う表情を浮かべ、一際大きな溜息をつく。
「全ては女神ウァル様のお導き・・・。儂は高みの見物と洒落込むつもりじゃ、其れは自身で良く考えると良い」
つまり、自身で見極めて判断しなさいと言う事か。どんな代償を負わされるのかは不明な以上は正直、怖いけれど、迷う間もなく選択肢を迫られる時が有ると思う。
「ええ、全ては女神ウァル様と精霊王様の導くままに・・・!」
「ふむっ・・・頼んだぞ」
私の宣言に土の精霊王様は何故か暗い顔をすると、琥珀色の光と共に姿を消した。
精霊王様が居なくなった途端に緊張の糸が解けた様な溜息が端々から漏れる。不思議に思いながら皆を見ていると、フェリクスさんが苦笑いをした。
「あんな天上の存在と平然と話せるのはアメリアちゃんだけだよ」
「そう言う物ですか?」
何か慣れるなれしくし過ぎたのだろうか?やはり、この緊急時に時間を貰った事が?!
思わず後悔から顔を青褪めさせていると、ケレブリエルさんが首を横に振った。
「そう言う物よ。際職や神職でも無い私やフェリクスとセレス何かは一生に一度会えるかどうかなのよ?貴女と旅をする様になってからの事が異常なぐらいね」
そう言うとケレブリエルさんはちらりとファウストさんを見る。
「僕だって担当は主に警備だ、そんなに頻繁にお目に掛かれる訳ない。それより、戦場は待ってくれないぞ?」
「御尤もですけど、ファウストさんは儀式に参加されないんですか?」
私がそう尋ねるとファウストさんは目を逸らし、小さく鼻で笑う。
「此の地を護るのも眷族の役目。祈りは此の地に居れば、何処に居ようと届くさ」
こうして私達はセレスを祭殿へと預け、帝国軍の居場所を教わると、リエトさんとエミリオさんに見送られ戦地へと赴く。
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傍から見ても圧倒的に有利とはいえない戦況だが、魔法に投擲などの対空攻撃は、カルメン達の着陸を如何にか防いでる様だった。
部隊が対鶏蛇様に陣を組む山地へと踏み込んだ私達は火傷や毒に苦しむ兵士達が目に入る。これ以上の被害が出れば儀式や祈りどころでは無い。
「緊急時とは言え、誰かの言付けも無しに話すどころか会う事が出来るかだな」
フェリクスさんは首の前で手で一本戦を描き、ふざけて苦悶の表情を浮かべる演技を見せる。其れに対し、私達から冷たい視線を浴びると目を逸らし苦笑した。
「まあ、不届きもに対する正当な対処をされても文句を言えないのは確かね・・・」
ケレブリエルさんは真剣な表情で帝国の拠点を眺めては、如何した物かと言った感じで口元に手を当てて黙り込む。
「馬鹿だと思われても良い、非常識と言われようと今はこの人達を帝都に戻し、私達がカルメンと邪神の企てを止めなくてはいけません。行きましょう!」
仲間達の真剣な顔が並んでいる、その中でファウストさんだけがニヤリと口角を上げる。その顔はエミリオさんとやはり似ていた。
「あぁ、そう言う馬鹿は大歓迎だ」
私達をするのを止め、拠点へと踏み入る。其処で目にしたのは侵入を咎める声でも、断罪の為の白刃でも無く、何も映さない仄暗い瞳だった。
本日も当作品を最後まで読んで頂き真に有難うございます!
しかし此処でお詫びと訂正が有ります、先週の後書きでは今週でベアストマン帝国編の最後と
したいと書きましたが、此方のミスで最後は次週となります。
引き延ばして申し訳ございませんが、お付き合い頂ければ幸いです。
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次週、何事も無ければ8月9日18時に更新予定です。




