第31話 奇襲ーベアストマン帝国編
国に住む人々の心の拠り所の一つであり、最も崇められている土の祭殿に突如として訪れたのは、其の危機を知らせる凶報だった。
今は奇襲には不向きな昼間、街は崩落現場で起きた事など知るよしも無く、穏やかで平穏な光景が繰り広げられていた。波風一切立てずに祭殿へと攻め込む事が出来た事のは、背景にいる存在の仕業か否か。
「外は薄暗い、夜目が利く者は前線に。それ以外の物は土人形で入口に壁を造り、祭殿の護りと敵の侵入を阻止せよ!」
リエトさんの祭殿兵への命令が飛ぶ。豹の獣人であり、ファウストさんの親友の彼は役割からして、かなり昇進した様だ。
「闇魔法ね・・・益々、あの神が関わっている線が濃くなったわ」
ケレブリエルさんはベルトに下げた一冊の手帳を取り出し、その紙面を眺めては小さく溜息をつく。
「何が書いてあるのぉ?」
セレスが其れを覗き込むと、慌てた様子で其れを閉じてしまった。そして残念そうにするセレスの頭を撫でると、体を掴み私に押し返して来た。保護者なのだから、きちんと面倒見なさいと言いたいらしい。
「此れはダークエルフの長から頂いた本の写しよ、持ち運びに便利なように書き出しておいたの。大まかな呪文や魔物の類をね」
あの文字だらけの厚い本を大まかとは言え写したとは・・・
しかし、いざ直面したとき相手の情報や対処法が解るのはありがたい。
「へえ・・・マメだねぇ」
そんな彼女の後ろからフェリクスさんは手帳を取り上げると、必死に取り返そうとするケレブリエルさんを躱し、パラパラと流し読みをする。
「貴方ね、人の物を借りる時は許可を求めなさいよ!」
「あはは、ほら返すよ」
笑いながらも観念したのか、フェリクスさんはケレブリエルさんへと手帳を返す。差し出した手帳は彼女の胸元に挟まった。
「・・・何て返し方するんですか?」
「いや、アメリアちゃん、誤解だって!此れは事故だから!幸運る何て思ってない!」
何か更に墓穴を掘っているような気が。しかし、この茶番を止める間も無く、ファウストさんのお説教治まった。
「君達は現状が見えていないのか?エミリオは留守番として、ふざけていないで僕達も祭殿の防衛に参加するぞ」
「「「ごめんなさいっ」」」
思わず勢いに押され、気が付くと二人と共に謝っていた。
ファウストさんの言う通り、外へ向かった私達は驚きの光景を其処で目にする。日差しは遮られ、まるで暗い森に居るみたいだ。
入口を照らす松明が横一列に並ぶ祭殿兵と土人形を視界に映る中、後ろから次々と獅子に豹に狼と夜目の利く獣人の兵士がその間を縫う様に擦り抜けて行く。
「私達もついて行きましょう・・・!」
「此れは・・・幻影天蓋?」
前線の様子が気になり、祭殿兵達の後を追おうと声を掛けると、ケレブリエルさんは何度も手帳を捲っては驚きつつも興奮した様子で空を見上げている。
「あの空は其の魔法の影響ですか?」
私が尋ねると、ケレブリエルさんは手帳と睨めっこした後、私と仲間達を見て首を捻る。壁の向こうから聞こえる音や声が、戦いの火蓋が切って落とされたのだと知らせた。
「いえ、確証はないわ。けれど、幻覚を外界に見せる事により隔離空間へと対象を封じると言う幻影天蓋と言う幻影天蓋と言う魔法の特徴と酷似していると思ったの。それでは待たせてごめんなさい、行きましょう」
「はい!」
「急ごう、その金の覆面に一泡吹かせてやらないといけないな」
「ああ、土の祭殿を襲った事を後悔させてやるさ」
私の言葉に続き、意気揚々と意欲を示すフェリクスさんとファウストさんに頼もしさを感じつつも、胸が何故かざわつく。頭にこびり付く鈴の音が、不安を掻き立てるのだ。
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祭殿を守る防衛陣を抜け、目にしたのは濁った虚ろな目で私達を見つめ、腐敗臭を漂わせる鳥人族達の姿だった。あまりの光景に目を逸らすのを堪え、口を手で覆いながら眉を顰める。
彼らには生気が一切感じられず四肢が歪み、体を欠損させた者まで唸る様な声があげ祭殿の庭を似つかわしくない空間へと変えていた。
「何でこんな・・・惨い。故郷と命を奪われてもこんな仕打ちを受けるなんて」
「こいつらは山脈の部分崩壊の犠牲者だと言うのか・・・くそっ」
ファウストさんは握った拳を震わせ、ギリリッと歯軋りをする。種族は違えど、同じ精霊王を崇める者として、人として其の死を侮辱するような事が許せなかったのだろう。
私達も立ち尽くしている訳には行かない。こんな事を仕掛けた術師を討たなくてはと、魔法や鞘に収めた剣で屍人を退けて行く。祭殿兵に混じり、薄暗い中での人探しは容易では無い、姿を見せない敵に仲間達と祭殿兵達に戸惑いの色が見える。
「敵は鈴を身に着けています・・・難しいかもしれませんが音を頼りに探してください」
「・・・鈴?それはどういう事かしら?」
ケレブリエルさんを始め、皆が鈴と聞いて不思議そうな顔を浮かべた。街で助けてくれた恩人を疑いたくないが為に、詳しく喋らずにいたのが仇となり混乱を引き起こしている。
「山で覆面の人物と交戦した時、鈴の音を耳にしました。其処でアンクレットの鈴を思い出したんです」
断言できず唇を堅く結ぶと、ケレブリエルさんとフェリクスさんは眉尻を下げ、少し困った様な表情を浮かべた。
「鈴の付いたアンクレット・・・アメリア、もしかしてルーナを疑っているの?」
「ええ、其れだけでは人違いの可能性も捨てられませんが・・・」
確かに鈴の音だけでは金の覆面の正体がルーナだと言うには証拠不足なのかもしれない。
しかし、山や帝都に住むと言う親族による早すぎる強引な退院、歩き慣れて居無い筈の帝都での逃走経路の案内、考える程に怪しさだけが増していく。
「・・・相手が何者かなんて如何でも良い。祭殿を害そうとする輩に違いないんだからな!」
ファウストさんは乱暴な口調でそう言い放つと、無言のまま土人形を操り屍人を払い除ける。当たり散らす様に振る舞う様子に思わず唖然としていると、私とケレブリエルさんの肩をフェリクスさんが叩いた。
「あー、あれは自分の大切な古巣を荒らされて気が立ってるんだ、気にしなさんな」
「え、ええ・・・」
成程ねと暴れるファウストさんを遠目に、肩に置かれたフェリクスさんの振り払う。鞘に収めたままの剣で屍人の脇腹を突き怯ませ転倒させる。
「ええ、それもそうね。でも、何にしろ捕まえれば判るのは事実よ。遍く風よ 荒ぶり集いて薙ぎ払え 【ウィンドオブリストレインド】」
ケレブリエルさんは足元から渦巻く旋風の中、舞う様に風の波を操り屍人を狙いを定め吹き飛ばしていく。何かと衝突する嫌な音が響く中、すっきりした様な表情を浮かべるケレブリエルさん。
周囲の祭殿兵さえ青褪める中、主の姿が見えないまま鈴の音だけが不気味に響いていた。
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音はすれども金の覆面は姿を見せず、戦う私達を攪乱する様に屍人の声と鈴の音だけが響く。混乱する頭に響く、地面を震わす目が覚める様な轟音。
背後から来る其れは祭殿を護る土人形が操者から送られる魔力を失い、祭殿前に岩の山を築く土人形の成れの果てだった。
「まさか・・・」
言葉の続きを唇が紡ぐ前に、屍人が力無く倒れる姿を目にすると共に複数の鈴が、その体から零れ落ち足元へと転がってきた。
「おい、何があった!」
信じられない物を見るような目でファウストさんは祭殿兵を揺さぶる。祭殿兵の顔には恐怖が張り付き、涙と涎をだらしなく垂らしていた。あまりにも恐ろしい形相に目を逸らすと、私の横を通りケレブリエルさんは祭殿兵達を見つめ、口元を抑えると暫し沈黙する。
「如何やら何かを見て発狂した様ね。それと、恐らく屍人は囮ね・・・」
そう呟くケレブリエルさんの声に、呆然としたファウストさんだったが、冷や汗を流し勢いよく立ち上がった。
「まさか、既に侵入されている?!」
「祭殿内部・・・・いえ、精霊の間に向かっているかもしれません」
「其れなら善は急げだっ!」
混乱する祭殿兵がいる中、フェリクスさんの一言を切っ掛けに私達は一斉に祭殿へと走り出す。焦燥感に駆られながら。
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入口と同様に正気を失う者、それを介抱する者。死人が出ていないのは幸運だが、その光景はこの祭殿だけでは無く、地の精霊王を通じ世界へと刃が向けられ様としている事を示している。
記憶を頼りに案内して貰った通路を走ると、覆面の人物と対峙するティーナさんの姿が在った。
「誰に命じられたのです?貴方、此処が土の精霊王の祭殿と知っての狼藉ですか!」
しかし、其の気迫に押し負ける事も無く、覆面の人物は考える素振りをするとボソボソと小さい声で喋りだす。覆面のせいで表情が読めないが、苛立っているのを感じられた。
「うるさい・・・邪魔」
覆面の人物はそう呟くと、青紫の光がティーナさんを狙い襲い掛かる。護衛兵が一撃を土人形腕で弾かせるが、息つく間もない容赦ない追撃が隙を突き襲い掛かる。
「あ・・・がぁ」
紫色の光は護衛兵の顔に纏わりつく、光を通して見えるその顔は絶望と恐怖の感情に染め上げられていく。其れを見たティーナさんの悲鳴が上がった。
様子なんて見ていないで直ぐにでも飛び出すべきだった。私達は覆面とティーナさんの間へと躍り出る。
「ケレブリエルさんとファウストさんは兵士さんとティーナさんを!此処は私達が相手します!」
「解った!」
狭い通路で大人数で戦うのは逆に動きを鈍らせる、それならば身軽に動ける私とフェリクスさんで魔法を阻止し、覆面を剥ぎその正体を暴く。
私は危険を覚悟しつつ、光の加護を剣に籠める。すると、肩にしがみ付くセレスが私の言葉を復唱しているのが聞こえてくる。そんな私の横をフェリクスさんが駆け抜け、一足早く雷を纏う双剣で魔法を弾いて行く。
「其処の覆面のお嬢さん、まだ誰かさんの命令に従うつもり?色々とそっちは不利になっている思うんだけどな」
「くくく・・・」
覆面の人物からは低く聞くだけで怖気がする笑い声が漏れ出る。
すると覆面の人物の体が紫の光に包まれたかと思うと、一瞬で姿を消すとティーナさん達の背後へと姿を現した。其れに焦り踵を返すと、ティーナさんは覆面の人物へと杖を向ける。
「偉大なる精霊王よ 如何か敬虔なる我等をお救い下さい 【土壁】!」
闇魔法により倒れた護衛兵の土人形の残骸が詠唱に応え、押し寄せる様に動くと、仮面の人物の行く手を塞ぐ壁となる。再び転移をするかと睨むが、振り向きながら杖を此方へ突きつけた。
其れをファウストさんの土人形が跳ね飛ばし、その体を杖ごと床へと転がした。
「成程・・・此れは転移と見せかけた幻覚魔法の一種ね」
ケレブリエルさんは立ち上がろうとする相手を杖で制す。其れに暫し沈黙を続ける仮面の人物だったが、溜息をつき舌打ちをすると己の杖を掲げ何かを唱えだす。
杖に闇夜の如く漆黒の煙が渦巻き立ち込める。まさか・・・
「瘴気を発生させる事ができると言うの?!」
祭殿の中に瘴気が蔓延したら唯事じゃすまない、光の加護を受けた剣を握り必死に走る。間に合うかと祈る様に剣を振り上げると、セレスが何故か大きく息を吸いこんだ。
「くらえー!ぴかぴかブレスー!」
「えっ・・・?」
「「はあ???」」
視界半分が眩い光に包まれ目が眩む、セレスの口から吐き出された輝く息は私達の視界を奪い去った。
それと同時に私の中の魔力が一気に抜けて行く。ああ、命名誓約か!
何とも予想外の結末だったけど、瘴気を消し去る事が出来たのは僥倖だ。そして・・・
「・・・ルーナ」
セレスの輝く息の影響か、光が治まり目にしたのは苦し気に蹲る覆面の人物だった。ファウストさんとフェリクスさんにより捕縛され、覆面を剥がされた彼女は脅え切った表情を浮かべていた。
私達に見詰められる中、彼女は嘴を震わせながら意を決したように喋りだす。
「・・・て、殺して」
複雑な心境で見る私達に向けられる、縋る様に向けられた彼女の言葉はあまりに悲しく残酷なもの。
背後に潜む邪な神の存在と其の性質が疑念を抱かせ、彼女へ向ける武器を納めず、ただ邪神の企みが理解できずにいた。
本日も当作品を最後まで読んで頂き真に有難うございます。
ブックマーク登録までして頂けて感謝感激雨あられ!
色々と絡んできましたが、此のまま勢いを落とさず頑張って行こうと思います。
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それでは、何事も無ければ次回は6月28日18時に更新となります。




