第30話 火蓋を切るーベアストマン帝国編
未だにあの音色が耳に残る、生み出された世界の綻び、街で暴れた男の様に精神を苛まれた兵士の姿、そして紫の閃光と共に消える金の覆面の人物。頭は酷く混乱してしていた。
あの金の覆面からはゼノスの力の片鱗も傀儡となった人形の様な動きも無く、むしろ其れには脅威から己を護ろうとする防衛本能すら感じさせていた。
自我を保ちつつ邪なる神に手を貸す翼を持つ狂信者か、又は強いられているのか。鈴の音色が判断力を曇らせる。
「金貨に精霊殺しに覆面か・・」
何にしろ、その背後にいる者は変わらない。ただ頭に見覚えの有る顔が過るのみ。
考え込む私の前に風が吹き、髪が掻き乱れる。髪を抑え整える私の前に嫌味な顔が現れた。
「高みの見物か?」
目の前にはクスクスと笑う風の妖精と嫌味な表情を浮かべる妖精の盾ことアレク。
確かに考え呆けてしまったのは良くないかも知れない。しかし、私とて怠けようなんて気は微塵も無い。
わざわざ、私を揶揄う為に来た訳でなければ良いけど。
「違うわよ・・・考え事をしてただけ」
私は面倒に思いつつも、素っ気なく答える。
「今は幾ら考えても、時間の浪費になるだけだ。手の届く所から解決しようとせず、結論から出そうなんて言うのは甘いとしか言いようがない。現実は待ってはくれないぞ」
何で此の人、上から目線?と思いつつも、その言葉には納得できてしまうのが悔しい。
「そうね、先ずは一歩づつよね。必ず此の地を世界を護るわ」
眼下には瘴気が渦巻く中で必死に退避を命じるメルクリオ団長と其れを助ける仲間達。
「ふん・・・」
アレクは満足そうな顔をしながら、私を鼻で笑う。態度はアレだけど悪い奴と言いきれないのがもどかしい。
「あっ!それと、助言ありがとうね」
笑顔を作って返事をすると、アレクは珍しく虚を突かれた様に仮面の下の目を丸くする。其処から不服そうに口角を下げると、早く行けと言わんばかりに手で追い払われた。
彼に背を向けると、私は風の加護で地上へと滑空する、仲間と合流すると私は瘴気からの避難を優先しながらその場を離れ、安地で一息つく。
メルクリオ団長は部下との話に区切りをつけ、岩壁に凭れ掛かり周囲を見渡す。目が合った、鋭い月の様な瞳は訝しむ様に細められる。私は黙ったまま、ただ静かに金貨を差し出した。
「・・・金貨なら、唯の記念硬貨と伝えただろ?」
「確かにそう訊きました。しかし直前、再び襲撃を受けました。狙いは呪具だけじゃ無く、此の金貨も
です。本当に唯の建国記念硬貨なんでしょうか?」
「それは如何言う意味だ?」
眉間に深く皺を刻むと感情的には成らず、冷やかで低く唸り声の様な声で喋りながら私達の心内を探る様に視線を泳がす。その視線を遮る様にファウストさんが前へ出る。
「上流階級への贈り物を報酬してまで依頼したとはいえ、失敗すれば精神を破壊する罠を仕掛けているのは異常じゃないか?」
ファウストさんの言葉は疑っている事を隠さず、メルクリオ団長の関与を露骨に疑う物だった。
しかし、怒り狂い暴れると思いきや、予想外に大人しい。
「ハハハッ!揺さぶりか・・・だが、とんだ的外れだな。俺はこう見えて成り上がり何でな、確かに貴族に対して贈られた物に見えるが、如何しても疑うならレナータにするんだな。アイツはあー見えて何処そかの御令嬢だ」
「其れは自分の罪を逸らす為の詭弁じゃ無くて?」
ケレブリエルさんは眉根を寄せ、メルクリオ団長を睨みつける。それを聞いて、メルクリオ団長は舌打ちをし、長い尾を地面に鞭の様に何度も打ち付ける。
「では、あの金の覆面の人物は貴方の仲間じゃないんですか?」
「あんな者は知らない。そもそも、俺の精霊は火だ。誰が好んで闇魔法を使用する奴を飼うものか!」
流石に苛立ちを隠せないようで、メルクリオ団長は牙を剥き出しにし獰猛な獣の様な顔で怒鳴りつける。
それを黙って聞いていたフェリクスさんは私達に落ち着くように言うと、周囲を見渡す様に指さす。
メルクリオ団長の怒鳴り声に反応したのか、慌てた様子の兵士達が誰かを連れて此方に戻ってくるのが見えた。
「落ち着いて下さい、私は決めつけた訳じゃありません」
「そうだな、一個人の仕業と決めるのは早計だとオレも思う。しかし生憎、調べるにしても内部に伝手が無いんだが?」
フェリクスさんは、怒りが燻るメルクリオ団長を静かに見つめ語り掛けて行く。そんな、フェリクスさんの意図が酌めたのか大きな溜息と共にメルクリオ団長は落ち着きを取り戻す。
「解った、可能な限りだぞ・・・」
自分が切り出したとはいえ予想外な事になってしまったが、此れで鳥人族が疑いを晴らす事も犯人を日の下に晒す事も出来る。真犯人へ繋がる糸を末端から手繰り寄せるつもりだったけれど、早々上手く行かないみたいだ。ただ、金の覆面の人物の残した鈴の音が如何にも頭にこびり付いてい離れない。過る者の姿を定められずに。
「・・・土の祭殿から助っ人が来たようだよ」
エミリオさんに言われ、此方へ向かう兵士を見ると、その後ろを白いローブ来た集団が歩いて来るのが見えた、白魔術師だ。良く見ると見知った顔が混じっている。
「お初にお目にかかります、巫女のティーナと申します。騎士団及び冒険者の方々の安全の確保の為、瘴気の大量発生の終息させよと仰せつかり馳せ参じました」
騎士団員に促されメルクリオ団長に挨拶をしたのは、十数人の白魔術師や祭殿使いを従えた土の祭殿の巫女であり、リスの半獣人のティーナさんだった。
その後、再会の挨拶もそこそこにティーナさんを連れて世界の綻びへと案内する。あれほど光を遮らんばかりに霞がかっていた瘴気は治まり、妖精達の余りにも大きすぎる犠牲を代償に綻びは閉じようとしていた。その様子を見てメルクリオ団長とティーナさんは不思議そうに首を捻る。
「此れは・・・妖精達に先を越されてしまったようですね」
ティーナさんが何かを呟き、ローブの裾を軽く持ち上げ礼をすると、土の妖精は其れに応える様にカチャカチャと仲間通しで鳴らし合い、土に潜る様に姿を消した。
「その様だな・・・此れは此のまま治まるのだろうか?」
安堵の表情を浮かべるメルクリオ団長だったが、ティーナさんはそんな容易なものでは無い事を知っているのか、眉尻を下げ残念そうな表情を浮かべると首を横に振る。
「いえ、この状況では妖精達の犠牲による封じ込めの助力、魔法による上掛け程度ですね。此処で治まるとは到底思えません。事によっては大々的な儀式の必要性があるかもしれませんが」
その事態が現実とならなければ良いと願う。真剣に話し合う二人の背中を眺めつつ、この先の事を考えるとメルクリオ団長も土の精霊王様の事も含め、何方を優先するか選択肢が重すぎる。
そうこうしている内にティーナさんとメルクリオ団長の話は終わり、駆けつけた祭殿仕えの物と騎士団で小規模の儀式が行われ、徐々に空気が正常な物へと移り変わるのを感じる。
「アレク、ちょっと良い?」
儀式に見惚れる仲間から目を逸らし、さり気無く少し離れた位置から私達を探るように見つめるアレクに問いかける。其れに対しアレクは頷き、暗い銀色の不思議な瞳で此方を見る。
「如何した?」
「今回も、ゼノス達が異変に大きく関わっている間違いない。其処で協力して欲しい事があるのだけど」
すると無言で此方を睨んでくるので、負けずに睨み返す。仮面で判りづらいが、心底嫌そうな顔をしているのが何故か解る。
「つまり、俺にメルクリオを見張れと言いたいのか?」
「その通り!言っても居ないのに判るなんて双子みたいだね」
冗談交じりに感心して示すと、何故かアレクの目が驚いた様に見開かれる。此れは冗談でもお前と兄妹だなんて御免だと言いたいんだろうな。取り敢えず目を逸らしファウスト兄弟を見ると、何故か不機嫌そうな顔をした。
「まあ、良いだろう。少し強引な事をしてしまったしな」
少し?ああ、精霊の前へ転送した事ね・・・
でも、協力して貰えるなら実にありがたい。気兼ねなく私達の役目が果たせるしね。
「ありがとう、助かったわ!」
懸念していた事は一つ消えた。情報を得るとしたら、世界の綻びが広がるか増える前に土の精霊王様の許に顔を出したい。呼び出すのは今は無理だろうけど、話しさえ聞ければ良いのだけど・・・
話を終えたティーナさんは祭殿使えの者や白魔術師を引きつれ、現れたかと思うと神妙な面持ちで私達の前に立つ。
「アメリアさん、突然です居ませんが、私達と土の祭殿まで御足労願えますか?」
それは願ったり叶ったりの申し出だった。
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もしもの事を考えると、此の地を起点とする可能性が在る世界的な災厄について、その背景に居る邪神の存在を今回ばかりは知らせようと声を潜めながら、ティーナさんだけに伝えた。
そして、やはり世界の綻びの存在をしっていたようで、特に精霊殺しによる分殿及び山脈の崩壊の真実に興味が有るらしい。祭殿の廊下を歩く足を止めると身長の半分ほどの柔らかな毛に覆われた尾を風になびかせ踵を返し、此方へと体を向け真剣な表情で此方へと視線を向ける。
「我国には色々な知識が集まりますが、精霊殺しが実在し、実際に使用された可能性が有るとなると色々と合点が行きます。この後、土の精霊王様とお会いして頂ければ色々と明らかになると思います。しかし、ルーナと言う精霊を失った少女、分殿で精霊殺しの傍に倒れていたと言うのが引っ掛かりますね」
確かに、破片でさえ魔力への反応により、半壊した建物を僅かな時間で砂塵へと変えた呪具だ。山を抉り消し去る程の威力の物を、誰を使いどの様にして手に入れ使用させたのか、今は知るよしもない。
其れが有り得ると事となると恐ろしい物なのは解る。
先の事も考えると、あの岸壁で聞き覚えのある鈴の音を聞いた、今こそ彼女が危機に一役買っている可能性があると伝えるべきだ。
「ルーナの事ですが・・・。先程の件で、金の覆面の人物の足に彼女の愛用のアンクレットと同じ物が身に付けられていました」
仲間達が私の言葉を聞き各々、驚きの表情や声を挙げる。当然だろう、意識を失い倒れていたルーナを、憲兵から逃げる際に助けてくれた恩人を裏がっていると言っているのだから。
「偶然じゃないか?彼女は精霊を失っているんだぞ?」
ファウストさんは露骨に訝しみ、半笑いで肩を竦める。それに共感する様にエミリオさんも同様の表情を浮かべていた。
「そうだ、敵は闇魔法を使用していたじゃないか」
確かに頼りは耳と記憶と直感、判断材料が無さすぎか。見切り発車の判断とは思わないけど。
ケレブリエルさんは私の顔を見て苦笑すると、前へ出て落ち着くように皆を身振り手振りで嗜める。
「此処は廊下で議論の場では無いわ。ともかくは土の精霊王様にお会いしましょ、答えが聞こえるかもしれない。ご負担にならない様に注意してね」
その言葉に落ち着きを取り戻した私達だが、それは一瞬で静寂が破られる。慌てて避難する物の中には武装した兵が混じる。困惑する私達の前に一人の祭殿見習の女性が息を切らせ走って来た。
「た・・・大変です。金の覆面を被った者が、複数の見た事の無い魔物を連れて・・・襲撃です!」
それは望まない形で訪れた、それは寝耳に水と言える機会。
邪なる者に近づく好機であり、崇拝する精霊王を救う為の眷族達の戦いの火蓋が切られた証となる。
大地を賭けた戦いの始まりへと誘う物だった。
本日も問う作品を最後まで読んでいただき誠にありがとうございます!
やり取りばかりになりましたが、次週はアメリア達は防衛と退散と活躍していく予定です。
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次週も無事に投稿できれば6月21日の18時に投稿します。
それでは、良ければ次週も読んで頂ければ幸いです。




