第13話 目覚めた後に
体が温かな物に包るまれとても心地が良い、何だか精霊界に呼ばれてとてつもない事を引き受けてしまった気がする。
うっすらと瞼を開くと、温かな柔らかい日差しの中で白いふかふかの布団に寝かされていた。
「なぁーんだ、夢かぁ」
ヘラッと笑いながらふと、窓とは反対側を仰ぎ見るとニコニコと微笑むウィリアムと腕を組みながら不機嫌そうな顔で此方を見るダリルの姿があった。
「夢じゃねぇよ。面倒かけやがって」
「ごめん、私どうなっていたの?」
面倒って何がどうなったんだろう?ウァル様に連れられて気を失って・・・
その問いかけに答えてくれたのはダリルではなくウィリアムだった。
「ダリル君が儀式の途中で倒れた貴女を診療室へ運んで下さったのですよ」
「・・・重かったんだからな」
ダリルはニヤニヤしたかと思うとハッとなって鳩尾あたりで腕を構えた。
呆れた・・・。分かっているなら言わなければ良いのにと思う。
まあ、心配してくれていたみたいだし水に流しますか。
「・・・ダリル」
「なっ・・なんだよ」
「ありがとうね」
「べっ・・・別に礼を言われる程の事じゃねぇよ」
ダリルは驚愕の顔を見せた後、私達に背を向けると「目が覚めた事を知らせに行く」と言って慌てて部屋を出て行った。
「私がお礼を言うのが珍しかったのかしら?」
「そんな事は無いと思いますよ・・・たぶん」
それを聞いて、ウィリアムは私の顔を見ながら苦笑した。
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そして、もう一つ確認したい事が思い浮かぶ。
「私が目覚める前に起きた事・・・夢だったりしませんよね?」
飽きられるかと思い、恐る恐る顔を見るとウィリアムは少し困ったような顔をしただけだった。
「紛れもない事実ですよ」
それを聞いてはっきりと理解する、精霊界であった事は現実で、目の前に存在するのは人間とは違う偉大な存在であると。
そして、あの時は雰囲気に流されて聞けなかった疑問が胸に沸く。
「光の精霊王様、お聞きしたい事があるんですけど良いでしょうか?」
「・・・はい、何でしょうか?」
「本当に今更なんですが、“精霊の剣”って何ですか?」
「え・・・?あー・・・」
私の質問にウィリアムもとい精霊王様は片手で頭を抱えると申し訳なさそうに顔をしながら頭を上げる。
「?」
「申し訳ありません。説明不足でしたね・・」
少し思案する表情を浮かべながらゆっくりとウァル様や自分達の喋った事への捕捉をしてくれた。
でも、どうにもウァル様の何とも性急な説明だけでは知識が足りない気がする。
「精霊の剣とは全ての精霊に愛され、その姿を瞳に映し触れ、精霊の力を借り受け行使ができる唯一の存在です。そして対なる存在である精霊の盾と共に魔界の門を封じる者・・」
「なるほど・・理解できました。ありがとうございます」
背負った役割の大きさには自分で決断したとはいえ、思った以上に大きい事に覚悟を決めなければと心で呟く。
「魔界の門が開きかけていると言うのは本当なんですか?」
「はい、残念ながら。徐々にですが開きつつあります」
その影響らしき事象を目の当たりにしたけど、魔界の門が開くとはどれ程の脅威なるのだろう。
考えたくもない、でも知らなければ始まらないわ。
「たしか、マナの均等を整える必要があるんですよね?どうすれば良いんですか?」
「マナの均等は全ての精霊王からの祝福を受けた者が失われた祭殿を復興させ、その力を各地に満たす必要があります」
精霊の祭殿が失われている?
全ての精霊王様から祝福を受ける必要があるって言ったよね?
精霊界であった精霊王様達は私に対して全員が好意的とは言えない。
色々と苦労をしそうだわ・・・
「でも、どうすれば精霊王様達の居場所を知る事が出来るんですか?」
「貴方が光の精霊王祝福を受けた事により、世界に流れるマナを通じてその存在を感じ取れる筈です。ゆっくりと瞳を閉じてみてください」
言われたとおりに瞳を閉じる。脳裏に浮かぶのは無数の光の粒とそれが流れ込む大きく暖かな眩い光。
その流れは様々な色や形に変化し広がっていくようだった。
「見えました・・・」
「そう、それを決して忘れないでください。それとコレは、ぼくからの贈り物です」
そう言うと光の精霊王様はベッドのわきに立てかけてあった私の剣に手をかざした。
すると、剣の鍔に填められている魔結晶が一瞬、淡い光を放った。
「これに魔力を込めてみてください」
「・・・はい」
内から沸き上がるものを感じながら、力を注ぎ込むのを思い浮かべ剣の柄を握る。
胸の奥が何かが沸き上がり剣を握る手から何かが溢れ出てくるような感覚がしたかと思うと、手が光に包まれ、それは瞬く間に魔結晶へと吸い込まれていく。
すると魔結晶は融けて剣を包み込み、握られていた剣は白銀の装飾を施された美しい姿へと変化していた。
「クラウソラスです。きっと剣士でもある貴女の力になってくれる事でしょう」
「ありがとうございます。でも、精霊の剣とはいえここまでして頂くなんて何だか申し訳ない気が・・」
「ぼくは成長し続け輝きを増していく人間が好きなんです。これは細やかな応援の気持ちですよ。それと・・・ぼくの事は変わらずウィリアムと呼んで頂いて構いませんよ」
「そんな、とんでもないです!」
「仮の姿の時の便宜上の名前ですが気に入っているんです」
そう言って唇に指をあて微笑む姿は何だか人間くさい。数多の光とその精霊を司る偉大な存在とは思えない気さくさに驚かされる。
まあ、色々と丁寧に質問に答えて貰ったりして今更だけどね。
「まあ、幸い貴女は一人じゃないし、気負いすぎない事ですよ」
そう言うと光の精霊王様もといウィリアムは光を放ち姿を消した。
「はぁ・・本当に人間じゃないんだなぁ」
そう呟くと同時にガタリと大きな音を立てて衝立が倒れてきた。
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「あっ・・・危ないわね。誰よ!?」
「あっ・・・」
衝立と共に倒れて来たのはダリルだった。
「あんた・・・どこから聞いて・・」
「魔界の門が開きかけているあたりから・・・」
「ほぼ、最初からじゃないの!」
どうやら直ぐに治癒士の人に知らせる事ができたらしいけども、私の状態を知らせるや否や慌てて何処かに行ってしまったらしい。
「それで話している私達の声を聞いて間に入る機会を窺っていたと・・・」
「・・・そう言う事だ」
「まあ、隠す事じゃないから良いけど」
ウィリアムが一人じゃないと言っていたのはこの事なのね。
口外してはいけない事じゃなさそうなので儀式の最中に私自身に起きた事をダリルに全て話す事にした。
最初は信じられないと言った様子だったけども徐々に納得し、理解してくれたようで真剣に話を聞いてくれた。
しかし、溜息交じりに「安請け合いし過ぎじゃないか」と相談するように言われてしまった。
なんだか儀式を切っ掛けに運命の歯車が大きく動き出してしまった気がする。
これからどうなって行くのだろうと思いを馳せていると、廊下の方から複数の足音が響いてくる。
私達の居る診療室の前でそれは止まると、扉がゆっくりと開かれ、人が入って来た。
「貴女がアメリア・クロックウェルですね?」
「はい、そうです・・・」
驚く私達の目の前に現れたのは治癒士ではなく、御付きの神官を従えた司祭様の姿だった。




