第29話 大地の悲鳴ーベアストマン帝国編
一人通るのが精一杯の路地に壊れた石壁沿いの道に建物の隙間と到底、山から下りた事の無い人物とは思えないような道程を隼の鳥人族の少女は成れた足取りで進んでいく。
憲兵を撒く事に成功し、辺りが鎮まったのを感じると少女は立ち止まり、懐から何かを取り出し、器用に其れをチリンと音を鳴らしながら足に着ける。鈴の付いた銀製のアンクレットだ。
物珍し気に見ていたのがばれたのか、大きな黒褐色の瞳で此方の様子を黙ったまま見詰め返して来た。暫く反応を待つと不安そうに両手を握り、黄色い口元から伸びる灰色に黒味がかった嘴を震わせ、何か言いたげにパクパクと動かす。
「遅れたけど、助けてくれてありがとう」
「・・・・うん、恩が返せてよかった」
お礼を言うと彼女はホッとした表情をし、コクコクと何度も頷く。
私に続いて皆もお礼を言うと、少女は恥ずかしそうに目を細めて微笑んだ。ニッコロの話からして祝福の儀は受けていた様だし、歳は私やダリルと近かったりするのだろうか?
「ボクはセレス、君のお名前は?」
セレスは何の物怖じもせず無邪気に彼女に近付くと、興味津々といった様子で顔を覗きこむ。すると、声を振り絞る様な小さい声で応える。
「・・・ルーナ」
「ルーナって言うんだ、素敵な名前だねぇ」
「あ、ありがと・・・。えっと、貴女は・・・竜人族?」
名前を褒められて照れ臭いのか、ルーナはモジモジとしながら片翼で顔を隠す。
「うん、そうだよー!」
二人のそんな仄々とした遣り取りに誘われ、自己紹介も兼ねて他愛も無い話をしていると、ケレブリエルさんはルーナに尋ねた。
「そう言えば、病院で貴女のお見舞いに行こうとしたら、看護師さんがご家族が迎えに来られたと聞いたのだけど、別の無事な集落に戻ったのかしら?」
皆もケレブリエルさんと同様に疑問に思っていたのだろう。ルーナへと複数の視線が集中する、其れに脅える様に彼女は視線を逸らしつつ、恐るおそると言った様子で此方を見る。
「帝都で暮らしています・・・山は危険だから」
「そう・・・早く山へ戻れるようになれば良いわね」
ケレブリエルさんが優しく声を掛けると、ルーナは安堵の息を漏らす。
つまり帝都に居る理由は仮住まい。しかし、ルーナの家族はどうやって彼女があの病院に入院していると知ったのだろう?幾ら何でも早すぎるのでは?
思わず考え込む私の耳にチリンと言う鈴の音と、おずおずと顔色を窺うようなルーナの声が聞こえて来た。
「えとっ・・・」
「既に遅刻は確定な訳だけど、考え込んでいないで行こうか。北門まであと少しだから案内するってさ」
フェリクスさんに言われてルーナに目をやると、近くの水路へ降りる梯子を指さす。如何やら北門に着くまでは慎重に行こうと言う話になったらしい。
錆びついた金属製の梯子を下りると生活用水等の臭いが空気に混じる、御世辞にも真面と言えない通路だったが、おかげで訊き込み中の憲兵と上下で擦れ違い冷や汗をかいたが、無事に北門の近くに全員で辿り着く事ができた。
「助かったけれど、最後に質問しても良い?ルーナは何でこんなに抜け道に詳しいの?」
「ボクも気になるー」
ルーナは私の質問に戸惑う表情を浮かべると、便乗したセレスにより更に困り果てた顔を見せる。
一体、何がルーナの意思を抑えているのか、その答えは返って来る事は無く彼女は私達に静かに背を向ける。
「お母様に教わった・・・もう、帰らなくちゃ・・・」
そのたった一言と私達を残し、ルーナはふらふらとしながらも翼を広げて羽ばたきながら空を舞う。
鈴の音と謎と共に彼女の姿は何処かへと消えて行くのだった。
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周囲を警戒しつつ水路から上がり、身を隠す様に脇道を歩く。冒険者の列に紛れると思いの外、すんなりと崩落現場へと辿り着く事ができた。昨日と変わらない肉体労働が待っていると思うと、二頭のヒッポグリフ達を置いてきてしまった事を後悔してしまう。しかし、そんな考えは昨日と打って変わった現場の光景により吹き飛んだ。
慌ただしく声を掛けながら走り回る騎士団、何処から湧いたのか所々で冒険者達が手に持つツルハシを武器に変え、魔物達を相手に立ちまわっている。
助太刀しつつ話を訊くと、陥没した場所の周辺から地面に亀裂が入り、其処から溢れた瘴気が魔物を引き寄せているらしい。やはり精霊王の弱体が関連しているとしか思えない。
「僕には何が起きて居るのか皆目見当がつかないが、如何する?行ってみるか?」
ファウストさんは私達の方を見て、徒ならぬものを察したのか眉根を寄せつつ此方の反応を窺う。魔物との戦闘が繰り広げられる中、のんびりと事情の説明する事も立ち止まっている訳にいかない。
「勿論・・・行きます。取り敢えず、質問は後回しでっ」
「ふむ・・・解った、百聞は一見に如かずか」
私達はエミリオさんを庇いつつ、魔物を斬り裂き薙ぎ払いながら駆け抜ける。混乱しつつ荷車を走らせたが・・・。まあ、迷う筈は無いか。
目の前を漂う瘴気が徐々に濃くなっていく、その様子を初めて見たファウストさん達は驚き唾を飲む。
騎士団は魔法で其れを散らそうと試みている様だったが一切通用せず、近寄る魔物を退けるのが精一杯の様子だった。やはり、世界の綻びが・・・
「おい、祭殿への協力要請は如何した?白魔導士はまだか?!」
瘴気が漏れる地面に開いた禍々しい大地の裂け目を目にして、メルクリオ団長の檄が飛ぶ。苦戦はしていない様だが瘴気による魔物への誘因効果が厄介なのだと思う。
此れを解決するのは眷族からの土の精霊王への心からの祈りの力。それを、土の精霊王が弱る原因を作った疑いが有る相手にも何れは協力させなくてはいけないのが問題だ。
「そこの冒険者、此方へ近寄らない様に命じた筈だ」
一人の騎士が此方に気付き、魔物の血がこびり付いた剣を片手に警告をする。
「此処から離れてください!直に瘴気は治まります」
「ふざけた事を言うな!お前達は大人しく、帝都への魔物の侵入を防いでいろ!」
騎士への説得はやはり通じず。妖精達の犠牲に心が痛まない訳では無いけれど・・・
「なんだ此れは!妖精・・・?」
しかしその直後、困惑の声が上がる。辺りを見回すと所々から草の服を纏い、宝石や石の髪を持つ小さな妖精達が綻びに向けて押し寄せる。ガチャガチャと音をたてながら足元を埋め尽くしそうな勢いで迫る其れは中々の迫力だ。
「お、おい、来るな!」
始めてみる光景に動揺した兵士が妖精の群を蹴り飛ばし、蹴られ転がると他の仲間に当たり次々と倒れて行く。其れだけに飽き足らず、数人が剣を薙ぎ払おうと振り上げた。
「止めてください、この妖精は瘴気がでる穴を塞ごうとしているだけなんです!」
私とフェリクスさんは剣を引き抜き、私が一人をフェリクスさんが双剣を両側に開く様に其々の首元を捉える。
「情けないな、誇り高きベアストマンの騎士が・・・」
わなわなと怒りに震えるその三人を制したのは意外にもメルクリオ団長だった。睨みつけられ蛇に睨まれた蛙の様な三人にメルクリオは世界の綻びを見る様に促すと、何時の間にか彼等の足が徐々に土に沈んで行くのを見て舌打ちをする。悲鳴を上げる三人の手を引っ張ろうとした所で何処からともなく聞き覚えが有る声が聞こえて来た。
「まったくだ、護るべき大地の為に身を捧げる者を排除しようなどな」
風の妖精と共に妖精の盾ことアレクが現れると、騎士団員達は流砂の様になった地面から解放され、土塗れで放り出された。メルクリオ団長は其れを見ると、突如として現れた仮面の男を睨みつける。
「・・・お前は何者だ?妖精が何故身を捧げるとは如何言う事だ」
「名乗るつもりは無いが・・・これ以上は邪魔されても困る。人に尋ねる前に自身の目で見て見る事だな」
アレクは私達に目をくれる事無く、世界の綻びへと目を向ける。その様子にメルクリオ団長は眉間に皺を寄せ訝しむが、部下達が驚き目を丸くしているのを見ると、世界の綻びへ向かう妖精達を見て動きを止めた。
「妖精が・・・地面に変わって行く?この奇怪な大地の裂け目を修復していると言うのか?」
「女神より世界を構成する役割を与えられた精霊王により創られた森羅万象から生じたのが妖精。その命を精霊王に返しているだけさ」
アレクはそう言うと綻びへと身を投じる妖精達を見て無言のまま顔を曇らせる。
「何だとそんな話、聞いた事が無い信じ・・・くっ」
メルクリオ団長は途中まで出かけた言葉を飲む様に口を噤む。其れをみたアレクは冷やかな目で其れを一瞥すると、私達の方へ顔を向けた。
「そう言う事だ、何も気にする事は無い。ただお前なら、此れが如何言う物か解るな?」
その目が此れは一時凌ぎであると、精霊の剣としての役目を果たすようにと言っている。しかし真実が解ったとて決して其れなら良いかと頷けるものでは無いと言う事は変わりない。
「・・・言われるまでもないわ」
仲間と顔を合わせ其れに頷くと、アレクは「・・・・そうか」とだけ呟くと不敵な笑みを浮かべた。
ただ呆然としていたメルクリオ団長は我に返ると部下と共に魔物相手に剣を振るう。
世界の綻びが出た以上、此れが落ち着いたら直ぐにでも騎士団もしくは国と白黒させなくてはいけないのか。
「はは・・・アメリアちゃん、眉間みけん」
フェリクスさんが笑いながら私の眉間を突く。こっちは真剣に悩んでいると言うのにと言う気持ちを込めて睨むと、わざとらしく目を逸らされる。そこでケレブリエルさんの笑い声を聞こえた。
「ふふっ、貴女が悩んでいる事は見当がつくけれど力みすぎないことね」
「まあ・・・あれだ何となく事情はのめた。自国に関わる問題として、仲間として僕達も協力を惜しまないつもりだ」
ファウストさんが私に向かってそう言うと、エミリオさんもうんうんと頷く。
「ありがとうございます、此れから大事になるので御協力して頂けるのなら助かります」
それにしても、精霊殺しを使用した又は命じたのが国側と仮定しても、あの動揺の仕方からして世界の綻びの存在を知らずにいた様に見える。騙されたとして目的は防衛より入国に不便な航路の改善を優先した又は闇魔法による洗脳?
当の本人達は世界の綻びが塞る事により魔物が来なくなった為、唖然とした様子で呟く。
「・・・本当に塞がるとはな」
一時凌ぎだが一先ずは大丈夫だろう、そう思った所で何かに亀裂が入り砕ける様な音が響く。仮初の平穏は儚くも脆く、私達の前で砕け散る。地響きと共に塞ぎ掛かった綻びは再び口を広げ始め、それどころか増えようとすらしていた。
周囲から辺りを警戒する声と避難を促す声が響く。そんな中、一人の騎士団員が崩落現場を挟む山脈を指さす。
「何かがいま・・・あ・・がぁあ!」
団員は体を仰け反る様に天をあおぐと、呻き声と涙や涎を漏らし出し、体は紫色の光に包まれ出した。
皆が其れが闇魔法と気付くと同時に、ケレブリエルさんが兵士が指さした山脈へと向くと杖を構えた。
「遍く地を駆ける風の精霊 我が手に集いて 渦巻く千の刃となれ 【烈風刃】」
ケレブリエルさんの手に集まった魔力が杖を駆け上ると、旋風が巻起り刃となり乱れ飛ぶ様に山脈へと飛び、何度も山肌が砕ける音と共に土煙があがる。
それと同時に地響きは止まり、土煙の中から頭全体を覆う金色の被り物被った小柄な人物が姿を現す。
背の大きな翼を羽ばたかせ、無言のまま此方へと手をかざしたかと思うと、その手に紫の光を灯す。
私は居ても立ってもいられなくなり衝動のまま飛び出した。
「吹き渡る風にて 精霊を統べる王 私に風を翔ける力を 【レヴィア】!」
私は光りを目指し直線的に空を切り裂く様に進む、そして相手の姿を視界に捉えた。怯む様子を見せずに構える相手に、私は空中で身を捩り剣を薙ぐ。チリン・・・
「え・・・?」
聞き覚えのある音が耳に響いた直後、相手の前腕鎧を自身の剣が捉え、耳を劈く様な金属音を響かせると、相手は呻き声一つも上げず紫の閃光と共に姿を消す。私の中に困惑を残して。
本日も当作品を最後まで読んで頂き真に有難うございます。
さて、物語は更に混迷を深めて行きますが、此処から更に盛り上がるよう気を抜かずに頑張る所存です。
『アメリアの精霊王関係のスキル』
〈レヴィア(風の加護)〉・・・短距離を直線状に飛ぶ事が出来る。
〈風の精霊王召喚時(スキルの一部)〉・・・長距離を自由に空中移動。(時間は魔力次第)
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それでは、何事も無ければ次回は6月14日(月)18時に更新します。




