第27話 不条理な裁きーベアストマン帝国編
次第に襲撃者のモモンガの獣人の男の口から紡がれる詠唱の声が掠れて行く。あの石が本当に精霊殺しと言うもので、彼の魔核に宿る精霊の命を脅かしているとしたら、此のまま見捨てるわけには行かない。精霊には罪が無いのだから。
「エミリオさん!精霊殺しを・・・石を奪い返してください!」
私が叫ぶと不意を突かれ目を丸くするエミリオさんだったが、足元をふら付かせ呻く男へ接近すると石を固く握った手の側面を掬い上げる様に払い除けた。手首と共に腕が跳ね上げられ、叩かれた反動から石は弧を描き落ちていく。エミリオさんは其れに気付くと、地面に滑り込む様に手を伸ばす。
「か・・・確保したぞ」
エミリオさんは服を土に塗れさせ、擦り傷だらけの手を寝ながら掲げ、私達に見せる。精霊殺しの効果の発動の鍵が魔力なのは確か。襲撃者からどれだけの魔力と精霊自身の命が石に喰われたのかは不明だが不安は残る。石や土に宿る土の精霊の影響がいか程の物か、私には計り知れないからだ。
「危機一髪でしたね・・・」
私は倒れたエミリオさんへと手を伸ばす、彼は戸惑う様子を見せたが、石が纏う光が弱まるのを確認すると其れを懐にしまい、手をゆっくりと掴む。如何やら私への石の影響を気にしてくれたらしい。
エミリオさんは立ち上がり土を掃うと、私達を見て申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「・・・ああ。しかし、思い付きで持って来たとはいえ、こんな目に遭わせてすまない」
「いえいえ、大丈夫ですよ。私が此れから歩む道に立ち塞がる者に繋がる重要な手掛かりになりそうですし!」
問題は無いと言いたいが為に思わず勢いで言ってしまったが、エミリオさんの私を見る目が唖然としているのに気が付いた。精霊の剣である事を隠す意図をもって話してこなかったが、今更だけれども此れは話しても良いのだろうか?
「歩む道・・・?」
「アメリアちゃんは故郷でとある御方から命を受けて世界を渡っているんだ。まあ、オレ達はその志に感銘を受けて憑いて付いて行ってるってわけ。まあ、襲撃の事なら気にしなさんな、オレもケレブリエルも迷惑だなんて思っていないぜ」
フェリクスさんがぼやかして説明すると、何やらエミリオさんから尊敬の眼差しの様な物を感じるようになったが、強ち間違っていないので言いづらい。
「そうね・・・でも、まだ此の件は解決していないわ。所で貴方、正直に話して下さらないかしら?」
ケレブリエルさんは襲撃者の一人、犬の半獣人を跪かせ、スカーフを指に絡ませ手繰り寄せると、妖艶な笑みを浮かべ問いかける。相手は頬を赤らめ、動揺し舌足らずな言葉で返事をする。
何だか見てはいけない光景を見せられている気がして、思わずセレスの目を隠した。
「は・・はいぃ。いやいや、良いから石を渡せ!」
「あら、其方ばかり要求して不平等じゃないかしら。私達に雇い主の名前を話して貰えないと・・・」
ケレブリエルさんは屈みこむと、襲撃者を体を撫でる様に触れる。すると、彼女のある一点を凝視していた襲撃者の顔がだらしがなく緩んだ。こいつ最低ね・・・。
「わ、解った話すよ。へへへ・・・」
軽蔑の目を彼に送った直後だった、目が覚める様な女の大きな怒声が辺りに響く。
「何をやってるんだい!雇い主の情報は明かさない契約だろ!」
振り向くと、倒れていた襲撃者の一人が怪我で体を押しても尚、立ち上がり何かを掲げていた。其れに気が付くと、犬の半獣人の男は慌ててケレブリエルさんの手を振りほどき、他の意識を取り戻した仲間達と共に懐から何かを取り出し掲げると、一斉に其れを地面に叩き付ける。
その次の瞬間、何かが破裂する音と共に閃光が放たれ、私達の視界は徐々に物の形が解らなくなる。目に映るのはただ、ただ真っ白に染め上げられた世界だった。
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視界が開けた時には人影は無く、寂れた街が広がっているのみだった。手掛かりを引き出すのは此れからだと言うのに。落胆と共に悔しさが込み上げて来た。
「主犯者は最後まで分かりませんでしたが、石の正体が判明したのは良い成果でしたよね」
「充分さ、何より奴が精霊殺しを狙っているのなら。再襲撃を仕掛けて来たっておかしくない、次こそ吐かせてやれば良いさ」
私の失敗した自分を慰める様に言った言葉に、フェリクスさんが励ましの言葉をくれる。それに勇気づけられて頷くと、ケレブリエルさんがニヤリと口角を上げ、拳を開き私達の前へと差し出す。
それは剣を持つ獅子の獣人と矢を構えた鳥人が背中合わせに立ち、王冠と土の精霊の紋が入った盾を護る姿が描かれた一枚の金貨だ。
「ふふっ、私がただ相手をあんな事をする訳ないでしょ。親切な襲撃者さんから情報を頂いたのよ」
ケレブリエルさんは胸を張り、少し得意気に更に金貨を私達の前へ差し出す。皆で金貨を凝視すると、エミリオさんだけが驚き目を見開く。
「その紋様はこの国の国章だ、何かの記念の金貨だとは思うが・・・」
其処まで言うとエミリオさんは複雑そうな表情を浮かべ、考え込む様に口を噤む。神聖な場所であり、大切な土の祭殿の分殿を崩壊させた原因に国が関わっている可能性を目にしてしまった。その心境は複雑なものだろう。
「仮に、国が一枚噛んでいる又はその内部の何者かの差し金の線が濃くなって来たわね」
「・・・裏に潜む可能性が在る者を考えると、焦点を其処に定めて考えるのは早計かもしれないぞ」
ケレブリエルさんの意見に対し、慎重に答えるフェリクスさん。現状はあくまで不確定、私も情報が足りていないように思える。山の事も経緯を知らなくては。
「何にしろ、今は手掛かりが金貨しか無い以上は、其処から当たるしかありませんね」
ケレブリエルさんから金貨を受け取り、手の上で転がす。此れは前金と言った所かなと思いつつ、眺めていると困惑した表情で見ているのに気が付いた。
「今更だけど、君達は何を調べようとしているんだ?唯、クエストを受けに来たわけでは無い様だが」
私達の顔を順番に見るエミリオさんを見て、ケレブリエルさんは頭を抱えつつ溜息をつく。
「・・・精霊殺しを彼が持つしかない以上、今回の目的なら話しても良いんじゃないかしら?」
「それもそうですね・・・。此処はアルスヴィズ達も待ち惚けをくらっているでしょうし、歩きながらにしましょう」
「其れなら、今度こそ俺の家に案内しますよ。厩舎の代わりになるかは判りませんが、物置がありますので」
私達はエミリオさんの後を追い、都の端の方に在る彼の家に案内される。古びているが小さく住み心地の良い家の中、話をする内に空はすっかり漆黒に染まり、そのまま彼の厚意に甘えて一晩の宿を借りる事にした。
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翌日、始業時間が遅れるとの知らせを冒険者ギルドから受けた。連絡をしてくれた妖精にお礼をし、朝食を済ませた私達はファウストさん達が入院する病院へと向かう事にした。
「ぴいぃい!」
「痛ててっ、ごめんてば。後で迎えに行くから、我慢ねっ!」
出かけ際、置いて行かれる事への抗議としてアルスヴィズに嘴で突かれてしまった。
澄んだ空気の中、大通りを歩くと大きな建物が目に映った。
「さすが、国の用意した病院・・・と言う所ですか」
以前、エミリオさんが入院していた病院とは規模が違う。然しそれも当然か、怪我人だけではなく、怪我をしていない人々も此処に避難していると言うのだから。
その後、ファウストさんの部屋を訪ねると、すっかり元気を取り戻した様子で自分の荷物をまとめていると事だった。
「ああ、見まいに来てくれたのか。皆には心配を掛けてすまなかったな」
少し気まずげに微笑むと、ファウストさんは鞄を手に取り立ち上がる。部屋を案内してくれた看護師さんと何かを話すと、エミリオさんに荷物を押し付け、渡されていた紙を読み始めた。
「もしかして、弟さんですか?御退院、おめでとうございます。精霊の治療は無事に終えましたが、あまり無理をさせない様に言ってあげてくださいね」
荷物を持たされ、兄の態度に呆れ顔を浮かべるエミリオさんに看護師さんからお祝いの言葉が伝えられる。それにエミリオさんはお礼を言うと、苦笑いを浮かべ頭を掻く。
そう言えば倒れていた鳥人族の少女は如何なったのだろうか?少しお節介かもしれないけど看護師さんに尋ねて見る事にした。
「あの、彼と同時期に運ばれた鳥人族の女の子は元気になりましたか?」
そう尋ねると、看護師さんは思いだそうと頭を捻った後、少し戸惑いつつ答えてくれた。
「ああ、その子なら覚えているわよ。元気になってお家の方が迎えに来られたの、帝都に住んでいる鳥人族の方は珍しいから驚いたわ」
「ありがとうございます、安心しました」
敢えて魔法を失った事は触れていないのだろうけど、元気を取り戻せたのなら良かった。私達が胸を撫で下ろす中、ファウストさんは顔を上げると眉根を寄せる。
「いや、其れは可笑しくは無いか?鳥人族には先祖代々、山を護る為に平地へ居を構える事を禁ずる風習が在る筈だが」
「え?」
ファウストさんの言葉に驚き、思わず彼へ視線を向けると、窓の外に騎士団のメルクリオ団長が文官らしい人を連れて歩いて行くのが見えた。こんな所に騎士団が何の用で来たのだろうか?
気になりファウストさんを加え全員で部屋をでると、大きな宿舎の様な建物の中に入っていくのが見えた。
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病室を後にした私達は騎士団の後を追い、建物の前へとやって来た。入口には訓練棟と書かれた表札が在り、扉の取っ手には緊急避難所と書かれた板がぶら下げられている。
「傷ついた同じ眷族の許へ慰問とは騎士団も殊勝な心掛けを持っている様だな」
ファウストさんは苦々しい表情を浮かべ、メルクリオ団長が入って行った扉を睨む。きっと、昨日の現場での彼の鳥人族への発言を受けて快く思っていないのだろう。解らなくも無いけど今は冷静に行きたい。
扉に手を掛けた所で中から怒鳴り声が聞こえて来た。
「どう言う事だ!私はそんな事は聞いていないぞ!」
徒ならぬ様子の男性の声に慌てて建物に入ると、メルクリオ団長が腕を組み眉一つも動かさず冷やかな視線で避難者達を見つめている。その横でイタチの文官が鷲の鳥人族の代表者らしき男性に怯えつつ、眼鏡をたくし上げ咳払いをする。
「で、ですからですな、お前達が祈りを捧げる土の祭殿から今回、山脈の部分崩壊の要因となる物が発見されたとの報告があったのだ。話のみだが、教会に各当するものは無いか訊いた所、精霊の命を絶つ恐ろしい呪具の可能性が在るとの事だった。よって、嫌疑が晴れぬ以上、危険と見做してお前達の山脈への居住権を剥奪するに至り・・・ヒィッ!」
文官の長く不条理な説明に苛立った代表の背後に立つ、鷹の鳥人族の男が鋭い鉤爪で床を踏みつける。硬いタイルに罅がいっているのを見て、代表者の男性は其れを制する様に背中の片翼を広げる。
病院のあの部屋で何をレナータと話していたのかと思いきや、あれを根拠にこんな事を考えていたなんて・・・
「待って下さい!」
堪えきれず叫び、話に割り込むと全員の視線が私へと向く。当然と言えばだけれども。
メルクリオ団長は不快だと言う感情を隠そうともせず、振り向き際に私を射抜くような眼差しで睨み付ける。思わず緊張してしまうが、この冤罪を弱っている鳥人族に負わせる訳には行かない。
「何だ冒険者か・・・立ち聞きとは良い趣味だな」
「昨晩、私達は其の石の存在を知る者を消そうとする集団に襲われ撃退しました。この件に関係性が在ると思いませんか?そして其の際、奴等はこんな物を落としたのです」
流石にその石の破片を今も持っていて襲われた等は言えないけれど、此れで鳥人族へ向いた矛先を逸らせるはず。私が差し出した金貨を見て、ケレブリエルさんは呆れた様な表情を浮かべ、フェリクスさんは困り果てた顔をする。メルクリオ団長は私の手から金貨を摘まみ取ると、まじまじと其れを眺めた。
「・・・建国記念金貨か。その話が真なら、実に興味深いな。然し、此れが鳥人族の嫌疑を晴らすに至るとは言えない。まあ、要因究明への礼に頭の隅にでも置いてやろう。くくく・・・」
此れは完全に此方を馬鹿にされている。メルクリオは金貨を私の手に戻すと、鳥人族達に話し合う様に言うと、全員に背を向けて去って行った。
本日も当作品を最後まで読んで頂き真にありがとうございます。
危険な目に遭うも、漸く手に入れた手掛かりは通じず悔しい結果となりましたが、まだまだ諦める事無く話は続いて行きます。
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それでは何事も無ければ、次回は5月31日18時に更新します。




