第12話 祝福の儀ーブレッシングー後編
たどり着いた先は、様々な花々と精霊や妖精などのレリーフが壁に掘られた白亜の美しい神殿。
私達は花々や飾られている彫刻等を横目に回廊を通ると、広間に通されて地域ごとに整列し順番を待つ事になった。
一陣また一陣と祝福の儀を終えた団体が嬉しそうに喋りながら祝福の間から出てきては、さて火だ水だ風だと教えあいながら歩いたり、簡単な魔法を使っては神殿を管理する神官達に叱られたりしている声が外の回廊から漏れ聞こえている。
いったいどの魔法が使えるようになるのだろう?村で見た可愛らしい妖精の姿を見れるのかしら?
正直、期待半分不安が半分ってところ・・・
それは周りも同様なようで、ヒソヒソ言葉が交わされる中、神官が広間に呼びに来る度に広間は色めき立っていた。
ふと、教会の前での事を思い出し周りを見回すがしかし王子様の姿はない。やはり流石に高貴な方は別室よね。
「何をキョロキョロしているんだ?」
「いや~・・・まだかなって」
「まあ、俺達の村は遠いいからなぁ」
などとダリルと話していると、一人の神官が紙の束を片手に持ちながら私達の地域の列の前まであるいてきた。
「皆さん、お待たせ致しました。祝福の間までご案内させて頂きます」
私達の喜びの声が上がる中で神官は軽く微笑み会釈をすると、腕を伸ばし扉の方へ進むように促してきた。
整列しながら廊下を進むと、呼ばれた時の様子が嘘のように一同に無口になっている。
冷たい廊下にコツンコツンと靴音が響く中、目の間に現れた大きな扉の存在に思わずゴクリと唾を飲んだ。
「ここが・・・」
「祝福の間か・・・」
見上げる私とダリルの目の前で扉が重量感のある音を立てながら、ゆっくりと開いていった。
その荘厳な雰囲気の部屋の中には幾つもの長椅子が並び、その壁の上部の三方向は色とりどりのステンドグラスによって彩られ、祭壇には女神ウァルを模ったと思われる像が飾られている。
場の空気に圧倒されながら立ち尽くしていると、像の後ろの扉から祭具を持った神官を従えた、立派な祭服を身に纏った男性が現れた。
恐らく服装からして司祭様かしら。
「皆さんお待たせ致しました、どうぞ近くの席にご着席ください」
おつきの神官に促されるように席に着くと、複雑な文様が刻まれた銀色の鈴が各自に配られた。
「綺麗・・・」
姿勢を正して前を向くと、司祭様は錫杖を正面に掲げ、自分に続いて唱和するようにと言葉を紡ぎだす。
【目覚めを導く女神ウァルの大前に、恐み恐みも白さく】
【全ての者に等しく福音をもたらす】
【その慈愛に満ちたお心によりて】
【内に秘めし種を芽吹かんとする我らに】
【魔力息吹をもたらす祝福を】
【恐みも与え給わんことを望み奉る】
舌を噛みそうになりそうになりながらも唱え終えると、最後に皆で「祝福」と言いながら鈴を掲げて一斉に鳴らす。
司祭様の持っていた錫杖が眩い光を放たれ一面を白く染めたかと思うと、大きな鐘の音と共に白い羽が宙を舞い、人に触れると溶け込むように入り込んでいく。その度に小さく歓声が上がっていた。
しかし、私の目の前には・・・
祭壇の上に有る白磁の彫像ではなく、その姿そのままの大きな翼を持つ美しい女神の姿だった。
辺りを見回しても、私以外には見えていないみたい・・・
薔薇色のその唇が微かに動いた。
『見つけた』
そう聞こえた気がした。
「・・・・え?」
すると視界は段々と暗くなり、不思議な浮遊感に体が包まれたかと思うと、意識が失われていくのを感じた。
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浮遊感が失われていくのと同時に背中に冷たく硬い感触が伝わるのを感じて意識が徐々に戻っていく。
ぼんやりとした頭では状況を把握しようにも無理な話なわけで、現時点で私が把握できたのは寝かされている事だけ。
そんな私の耳に複数の声が届いた。
「失せ物が戻ったと聞いたが小娘じゃないか・・・」
低く不満そうな男性の声がする。
その声に涼やかな女性の声が答える。
「火の・・・剣が無事であっただけ良いじゃないのかしら?」
「水の・・・俺はこんな脆弱な生き物に託すなど我慢ならんのだ」
「火の・・・は短気だなぁ。そんなの気長に賭けて見なきゃ判らないじゃん。それこそ風の吹くままにさ」
「ふむ・・・儂も火の・・・に賛成じゃな。大事を成すにはどっしりと構えられなくてはならない」
「そんな・・・土の・・・まで。ボクは信じられると思っています」
私を信じると言っているらしい声には何故か聞き覚えがあるきがした。
「光の・・・それは何を根拠に言っている。・・・瞳だけでは無理だぞ」
火のと呼ばれている男性が怪訝そうに低く唸るような声を出す。
「ふむ、嘗ての儂等の祭殿が失われ・・・今では存在を信じる者すら僅かじゃ。そうなった今、儂等に接触するどころか・・・視認する者すらおらんじゃろうて」
火に共感するように土のと呼ばれた老人の声が響く。
「光の・・・それに関してはどうなんじゃ?わたくしも聞きたいわ」
「水の・・・もかぁ。でも、光の・・・は自信ありげな顔だねぇ。オイラにも聞かせてよ」
「常人では仮の姿とは言え、接触するのは不可能です。しかし、彼女はボクの腕を掴んだのです・・・」
その声を聞いたとたんに捲し立てるような声が静まり返った。
腕を掴んだ?
「・・・彼女が剣である可能性は高いわね。実体のない貴方達に触れる程の力を持つ娘・・・興味深いわ」
「しかし、女神ウァル!闇の・・・が力が戻らず弱ってマナの均等が不安定な状態で呑気な事は・・・」
「うふふ・・・尚更でしょう。次を待っている猶予はないわ。それに、お姫様はお目覚めのようよ」
ウァル様らしき女性の声に恐る恐る目を開きながら立ち上がると、先程までの声の主たちの姿が目に映る。
服や容姿は様々だけど共通するのは全員、私と同じ金色の瞳。
すると、何度か顔を合わせた事のある顔によく似た青年と目が合う。
「ウィリ・・・アム?」
すると青年はコクリと頷くと、私の下に歩み寄り真剣な面持ちで口を開く。
「アメリアさん、突然で申し訳ございません。どうかボク達、精霊王の願いを聞いて頂けないでしょうか?」
「お願い・・・?」
突然の事に頭がついて行けず困惑する私を見て、ウァル様が口を開いた。
「平たく言うわね。精霊王の遣いである精霊の剣としてマナの均等をと取り戻し、対となる存在の妖精の盾と共に開きかけた魔界の門を再び封じて欲しいの」
「・・・はっ?」
女神さまのご前とは言え、あまりにも唐突で大量の不穏な情報の波に頭が混乱してしまった。
平たくじゃありませんよねそれ!
でも、これでウィリアムのくれた光の魔結晶の件に納得がいくかもしれない。
「ふん・・・俺はこんな小娘を頼るつもりはない。帰らせてもらうぞ」
火の精霊王様は私を鋭い目つきで一瞥すると、炎の渦と共に消えていった。
「儂もお嬢さんも理解できていないようだし、帰らせてもらうかのう」
「わたくしもお暇させていただきますわ」
「オイラもー。またね、剣の姉ちゃん」
次々と勝手に私達を残し消えていく精霊王様たち。
情報を頭で知りするとマナの均等に関しては、少しだけ覚えがあるかもしれない。
バーウィック村から王都の間の旅路で戦った魔物の変異種の存在や異常発生。
ウァル様は私と向き合い、真剣な表情を浮かべる。
「何も直ぐに決めるように言ってるわけないわ。しかし、此れは世界の存亡が関わる事。どのみち、貴方には選択肢はないわ。じっくりと覚悟を決めなさい」
ウァル様の声には厳しくも切実なものを感じる。
世界の存亡に魔界の門そして精霊王・・・とてつもない重圧を感じるけれども、選択肢が無いなら答えは決まっている。
「承知しました・・・精霊の剣になる事をお引き受け致します」
「さて、光の精霊王ウィル・オ・ウィスプよ、貴方はどうするのかしら?」
「アメリアさん、光の精霊王の祝福を受け取って頂けませんか?」
ウィリアムこと光の精霊王様は少し申し訳なさそうな顔をしながら、柔らかく微笑んだ。
「はい・・・お願いします!」
私の胸が緊張と喜びで高鳴る。
眩い光が私を包み込むと、その光は体に吸い込まれ全身に広がり、胸の奥で温かな何かが芽吹き花開く感覚がした。
その後、急激な眩暈に襲われ足元がふらつきだす。
「アメリアさん・・・!」
床に倒れる寸前でウィリアムもとい、精霊王様に抱き留められ大事には至らずに済んだ。
「これは、精霊界に長く居すぎたせいね。いいわ、精霊の剣は私が送り届けるわ」
ウァル様に抱きかかえられると、再び意識が遠のくと同時に浮遊感に襲われるのだった。




