第19話 風招く精霊の舞ーエリン・ラスガレン(闇の森編
儀式に参列するガラドミアさんと別れ際に軽く言葉を交わし、私達は祭殿の中へと進む。
儀式の準備で慌ただしくなる祭殿の隅で、一人の女性が男性に杖を突きつけ壁際に追い込んでいる。これは所謂、修羅場と言う物?真相はまったく違う物の様だけど。
「妖精から貴方達が攫われたと言う知らせを受けたまでは良かったのだけれど・・・。魔法契約をした妖精は龍脈を通じ、契約印から発せられる魔力を感知し位置を特定する事が出来る筈よね?」
妖精が契約魔法により龍脈を通じて契約相手の位置を特定できるとは知らなかった。実際、道中で精霊だけでは無く、妖精とも関わる事も少なくない。もっと妖精の事も勉強しておけばよかったかな?
妖精の盾ことレックスに尋ねてみた所、空間転移を得意とする特殊な妖精は数は少ないが存在するそうだ。感知するのは契約者のみで探知範囲に際限は無く、命さえ有れば地の果てまでも可能らしい。
「そ、そうだけど、もしかして・・・空間転移が?」
迫るケレブリエルさん圧力に気圧されたのか、フェリクスさんは戸惑い顔色を窺いつつ、そっと突き出された杖を手で押しのける。
そう言えば以前、フェリクスさんからフォンドールに取り残された皆に此方の状況を伝えたと聞いたけど、その子が何かしてしまったのだろうか?
「え・・・空間転移?」
緊張の面持ちで見る私とフェリクスさんを見て、ケレブリエルさんは不思議そうな表情を浮かべる。
暫し渋い顔をしつつ考え込むと、髪を掻き分け一つ溜息をつく。
「一応、成功・・・ね。ただし、四人全員ちりぢりになってしまったけどね。ちなみに、色々掛かったけれど妖精に頼んで安否確認済みよ。どうやって希少な魔法を操る妖精とどうやって契約したのか知りたいぐらいね。でも何故、契約主の許にではなくバラバラなのかしらね・・・」
ケレブリエルさんはフェリクスさんをジットリトした目で見つめる。確かに最後の質問は的を得ている。
無事なのは解ったのだけど、心境は複雑だ。フェリクスさんはそっと目を逸らし、蟀谷から冷や汗が伝い目を泳いでいた。何て解り易いんだろうと思っていると、フェリクスさんは助けを求める様にレックスへと視線を送る。
それをレックスは無言のまま黒い笑みを浮かべ鼻で笑う。一瞬、顔を曇らせるフェリクスさんだったが、急に表情が明るくなった。
「後は、この先の事も含めて追々っと言う事にしよう!それより、儀式がそろそろ始まるんじゃないか?」
フェイクスさんはぎこちない笑顔を浮かべ、私達の後を指さす。つられて振り向くと、大祭司様が祭具を手にメルロスと共に歩いて来るのが見える。何時の間に意識が戻ったのだろうか?
「本当に始まりそうね・・・・解った、また今度にするわね。後、うちの白魔術師がメルロスについていた穢れの浄化に成功したそうよ」
解り易く納得いかないと言う顔を隠すと、ケレブリエルさんは杖を下ろし大際様の許へと歩いて行く。
フェリクスさんは安堵の息と共に胸を撫で下ろすが、苦笑いをする私に気付き狼狽する。
「な、何とかなるさ!」
フェリクスさんは心配の必要はないと、片方の腕を上げると胸元で拳を握ぎりしめた。反応にやや困るけれど、過ぎた事はしょうがない。
「妖精も失敗しない訳じゃありませんし、皆が無事らしいので安心ですけど・・・。今後、けっこう骨が折れる事になりますよね・・・」
「ソウダネ・・・」
仲間を探して飛び回り、奔走するにも世界は広すぎる。肩を落とすと、二人して思わず天を仰ぐ。其処にパタパタと此方へ駆け寄る足音が耳に入った。
足音がする方へ顔を向けると、大祭司様達に背中を押され、戸惑いながら私達へ歩み寄るメルロスの姿が見えた。その背後から笑顔のケレブリエルさんが短く「手短にねっ」と声を掛けるのが聞こえる。
メルロスは私達の前で立ち止まると、震えながら下唇を噛みしめるのを止め、ゆっくりと前を向いた。
「皆を利用してごめん、あんな事をさせられるなんて思わなくて・・・賢者様に頼ったのは藁にも縋る気持ちだったの」
「もしかして、憑依されている間も私達の事が見えていたの?」
メルロスは俯く様に小さく頷く。確かに動けず自分の意思に反し体が動き、自分の物じゃない声で考えてもいない言葉が紡がれるのは恐怖だろう。完全に擁護はできないけれどね。
「私はメルを王都に連れて行った事は後悔していないよ。でも謝罪すべき相手は私達じゃない、一番に謝るべき相手は風の精霊王様じゃないかな?」
ゼノスとカルメンが一枚噛んでいるなら、他の手段を取る可能性のもあり得るしね。
「アメりん・・・」
「ふん・・・エルフ達にもだろ?」
レックスは私達を見て呆れ交じりに淡々と言い放つ。
其れを見てフェリクスさんは苦笑いを浮かべると私達の合間に入り、苦し気な表情を浮かべるメルロスの手をそっと握りしめる。
「メルちゃんが今すべきは精霊王様へ願いを捧げ祈る事。エルフ達や此の地の事は君が間に入り、お爺さんやあの島を護る立場の人達の言葉を仲介役になるんだ。後は自然に任せるしかないよ」
フェリクスさんからの優しい言葉に、メルロスは胸を抑え涙を目に溜め頷く。
「うん・・・あたし頑張るよ!」
メルロスは俯いていた頭を上げ目を擦ると、大際様とケレブリエルさんの許に掛けて行く。
「・・・フェリクスさんって優しいんですね」
「ま、慣れてるからねっ!って、もしかしてアメリアちゃん、オレに・・・」
フェリクスさんはハッと目を見開き輝かせ私を見つめた。何か期待されている?
「ん?えっ??」
「ダークエルフの子供の次はコイツか、節操なしのロリコンが・・・」
私を見つめるフェリクスさんに対し、レックスは汚物を見るような侮蔑の視線を送る。メルロスの次は私?良く解らないな。
「酷い!誤解だ、オレはロリコンじゃない!」
フェリクスさんは必死の形相でレックスの襟首を掴み揺さぶり否定するが、当の本人は興味無さげに目を逸らす。それより、節操無しは否定しないのだろうか。
兎も角ここは・・・
「精霊の儀を見たら王都の方へ行ってみましょう。ガラドミアさんから別れ際に、エルフ以外の種族の冒険者で警戒に当たっているらしいですよ」
レックスのを護る様に妖精達がフェリクスさんを襲う。私は些かボロボロになったフェリクスさんとレックスの二人の承諾を受け、再び祭殿の外へと爪先を向け歩き出す。
未だに正体不明の不穏な影が頭の隅にチラつくが、只管願うのは儀式の成功と二種族の関係修復だった。
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儀式を前にエルフとダークエルフ、其々の長からの民へ話がされる事となった。
私達はその様子を階段下の人気の少ない近くの木に背を預け祭殿を見上げる。
先にアグラレス女王陛下が前へ出ると、歓声を上げるエルフに対しダークエルフ側からは騒ぐ者はいなかったが、空気が淀むのを感じた。
しかし其れに意に介さず、女王陛下は中央に立つと何かを唱えながら空中に魔法陣を描く。すると、声が拡張され周囲へ響き渡った。
「妾はこの国の王、アグラレス・エリン・ラスガレンじゃ。我が民と新たなる民よ、関係の断絶が長く続いた故に生まれた宿怨は決して絶えぬ事だろう。屈辱と怒りに心が満ちるのも、忌み嫌う者達を受け入れる事の不条理に解せぬ者もおる筈、それらは妾が引き受けよう。この先、二種族の形がどのように変じて行くかはお主ら次第。だが一時だろうと、心を通わせ風の王へ心からの祈りを捧げようではないか」
女王陛下は前を向き、揺るぎない意思を澱み無く民へと示す。しかし、凛としたその姿と言葉に胸を打たれる者も居れば、理解を示さない人も当然の様にいる。
そんな、どよめき立つ民達を沈めたのは、女王陛下の傍らに立つダークエルフの長の老人だった。此の人がメルロスのお爺さん?
「お主らと儂の心根に在る物は変わらぬ。だが、此の度の事は儂が至らぬが故に招いた事じゃ、渇望する気持ちに抗えず、世界樹の命を絶ちかねない悪行を冒す輩を許してしまった。今から行われる事は儂等の贖罪であり、此れは精霊の王から与えた最後の機会と捉えよ。どうか此の儂、クルゴンを信じ此の大陸、エルスウェイトを救ってくれ!」
突然、双方の熱弁に応える様に周囲が静まり返る。長命の彼等にとって瞬きする様な時でも、耐えがたく心に刻まれた隔たりは、共通の思いと目的の為に埋められようとしている。願わくば、彼等が手を取り続けられる様にと私は願った。
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ついに大祭司様と巫女の代理のケレブリエルさんが姿を見せる。風に閃く銀の髪を世界樹の葉で作られた冠が飾り、耳元の羽根飾りが、美しい衣装が風を受けて揺らめく。大祭司様も礼服に身を包み、前を見据えると深呼吸をし祝詞を口にする。
「数多なるを吹き渡りし風を司る王に・・・」
其れに合わせ、ケレブリエルさんが祭具を片手に舞う。
「我等、風の王に傅きて願い捧げ求める・・・」
祭具の先で煌めく透明な鉱石が風に揺れる事により、透き通った音色が巫女の舞に合わせ鳴り響く。其れは風の精霊王様に捧げる音楽となる。
「命を運び芽吹く風 邪悪を祓い凪ぐ風 自由の象徴する風 全ては尊きものと冀う」
只管に祈りを捧ぐエルフ達から風が吹き、其処から風の精霊が生まれては巫女の踊りに誘われる様に収束する。其れは風の妖精王を招き寄せる・・・筈だった。
「何コレ・・・」
粛々と行われる美しい儀式の中、私達だけが其れに気付く事ができた。眷族達の願いから生まれた風は此の地に満ちる事なく何かに阻害されている。
要因は世界の綻びより生まれた樹、一斉に花開き黒いがくに浅紫の花弁を持つ其れは風に揺らし、次第に腐り落ちる。その一つが祭殿近くの林に落ちるのを目視し様子を見に向かうと、巻き込まれ枯れ果てた木々の合間に腐敗臭を放つ花の残骸が瘴気を漂わせていた。
「いやー、完全に影響してるねあの黒い樹。お兄さん、己の勘が良さに恐ろしくなるよ」
「ええ・・・其れに精霊の儀が本来の効力を発揮できていないのが心配ですね」
今更ながらカルメンの言っていた言葉を思い出し、怒りと悔しさが込み上げてくる。
あの魔族が時間が無いと言っていたのは、例え儀式が執り行われようと、此の地の崩壊は防ぐ事はできないと確信していたからだろう。
「まだ心配はない・・・此れをよく見てみろ」
レックスは腐敗した花を杖で指し示す。花は徐々に風化をし、姿を塵へと変える。少しずつ儀式の成果は出ている様だが此れでは足りない。
「なるほど、お楽しみは此れからって訳ね」
フェリクスさんが頬を引きつらせ樹を見上げる。花が落ちた枝には熟れた果実が実り、其れが破裂すると中から魔物が産声を上げた。
「兎も角、冒険者さん達を助けに行きましょ!見殺しにはできないわ」
剣の柄を握りしめ地面を踏みしめたその時だった、片腕を強く引っ張られ引き戻されたかと思うと、レックスに杖を突きつけられる。
「・・・如何言う事?」
「お前は未だ行く必要は無い。言っただろう?お前を導くと。あの時の崖の様にお前を危険に晒す事は無い、その先はお前次第だがな。オイ・・・頼んだぞ」
「えっ!何を言って・・・」
「あいよー!お呼びか旦那ァ」と威勢の良い声が聞こえる。振り向いた瞬間に私の視界は歪み意識諸共、渦巻く時空に引きづり込まれてるのだった。
再び話が長くなりましたが、本日も当作品をお読み頂き真にありがとうございます。
ブックマーク登録し下さる方が増えて、元気を貰えました!感謝!
それでは次回も何事も問題が無ければ、4月5日18時に更新予定となります。




