第17話 暴くーエリン・ラスガレン(闇の森編
突如、振り下ろされた凶刃は清浄なる場を赤く染める、私の問いかけへの答えは返らず、互いの剣が擦れ合う金属音が響くのみ。
「ふふっ」
ガラドミアさんの口から笑い声が漏れる。不意に自身の剣に加わる力が緩んだかと思うと、剣身を滑る様に剣が降ろされ、死角を突く様に私の横をガラドミアさんが抜ける。石床が靴で擦れる音と空気を切る音を聞き取り、踵を返しギリギリの所で其れを受け止める。
「くっ・・・!」
足を踏みしめ堪えると、衝撃で痺れる手に力を籠めてガラドミアさんの剣を薙ぎ払い、互いに後退する。巫女である、ケレブリエルさんの母親はフェリクスさんに介抱されつつ、未だに眠り続けるメルロスの隣で苦し気に呻いている。彼女の真の目的は巫女では無いようで、大祭司様へと狙いが定られた。
「成程、次は大祭司か・・・」
妖精の盾・・・もといレックスは私と目が合うと顔を逸らし溜息をつく。ガラドミアさんは肩を左右に揺らし、此方の不意を突き一直線に走り出す。
迎え撃ち激しい金属音と火花が散る中、隙を突かれ相手の蹴りが脇腹に突き刺さる。
「ぐぅ・・・っ!不味い!」
思わず膝を突きかけるも如何にか踏み留まるが、その横をガラドミアさんは風の様に擦り抜けて行く。
慌てて踵を返すと、無数の羽音と共に風の妖精がレックスの周囲に群れを成している。少数なら可愛らしい妖精だが、此処まで多いいと寒気がする。
「我は妖精の王と女王の僕にて代行者 風よ呼び掛けに従い応えよ 【突風撃】」
レックスが詠唱を終えると、妖精達は一纏まりになると一斉に手を突き出す。
直感に従い射線上から外れると、『えーい!』と妖精達が一斉に叫ぶと同時に、風の塊が巨大な拳になり、ガラドミアさんの体が何度か床に打ち付けながら転がる。
「ちょっと、私も居たのに」
「馬鹿か、教えたら逃げられるだろ?」
巻き込みそうになった事への謝罪は無く、レックスは小馬鹿にした表情を浮かべる。ガラドミアさんは体を打ち付けた事により足元が覚束ない状態で立ち上がる。
だが、懲りずに再び剣を取るガラドミアさんを見て、私は彼女に違和感を感じた。魔法騎士団に所属しながらも魔法を使用しないのは何故だろうかと。
此方に向い走り出すガラドミアさんだったが突如、何かに勢いよく足を掬われ転倒する。
「あ、ごめん!足が勝手に動いてしまったようだ」
フェリクスさんはへらへらと喋っているが、どうみても勝手に動いたと言う物じゃない。如何見ても回し蹴りだ。立ち上がろうとした所を背後から首元に剣を突きつける、物を尋ねるにとても真面じゃない方法だが話を聞くにはこれしかない。
「答えてください、何で大祭司様達を襲うんですか?」
正直に言うと恩人にこんな事をしたくなかった。しかし、精霊王やこの国の危機的状況を思えば、此れを許す訳には行かない。真剣に問い質す私を嘲笑う様にガラドミアさんの口が弧を描く。
「そんな事か・・・決まっているだろう?精霊なんかに祈りを捧げるつもりは無いからだ」
眉根を寄せ私を睨みつけると、吐き捨てる様に言い放つ。
今まで感じていたのは出会って間もない人物の真意を理解できないが為の私の思い込みなのだろうか?
しかし実際に耳にしても、何故か釈然としない思いが心に浮かんだ。
「・・・取り敢えず、拘束して憲兵に引き・・・しま・・ょ」
突如、頭の中が掻き回され、意識が何かに深く仄暗い泥沼に引きずり込まれる妙な感覚が私を襲う。足が震え力が抜けて行くような感覚と眩暈がする。
「アメリア!」
「アメリアちゃん!」
レックスとフェリクスさんの声が頭に繰り返し響く。歯を食いしばり我に返った時にはガラドミアさんは扉の前に立っていた。此の魔法はまさか・・・
「闇・・・魔法?」
「この国の守護者たる者が妻を傷つけただけに飽き足らず・・・己の贖罪の機会を無下にするとは!」
彼女を睨みつける大祭司様の声は怒りに震えていた。
それをガラドミアさんは鼻で笑い、よろめきながらも大祭司様を庇おうと立ち上がる私を見て憐れみの視線を向ける。
「ふふふ・・・精霊の儀も巫女がそんな状態じゃ無理だな・・・。不満は残るがまずまずの成果か、せめて情けをかけてやろう」
ガラドミアさんは横たわる巫女に大祭司様が寄り添う姿を見て満足気な顔をすると、立ち去ろうと背を向け歩き出す。まさか、国の転覆と此の風の護る地が消える事を望んでいる?
やはり、何かが可笑しい。
「儀式の事は私が如何にか執り行えるよう取り計らう、君達は奴を追ってくれ!」
心配になり振り返ると、大祭司様は私達の迷いを発つ一言で背中を押す。
頷くと私達は振り返らず走り出す、真実を暴く為に。
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ガラドミアさんを追跡し、ひたすらに駆け巡る。石畳の道を割り、突き出した世界樹の根を飛び越えつつ、瓦礫を飛び越えながら。
祭殿での殺気に満ちた動きとは違う翻弄する様な動きに惑わされず走る中、彼女が闇魔法を使用した事について考えていた。
軟禁状態の私達を城から連れ出した時に使用したのは風魔法、混血の者でも成長するにつれ、魔核に宿る精霊は血の濃さや適性で片方の精霊は宿主を離れると村の学校で習った気がする。
つまり、成長を終えた一人の人物が二属性の魔法を所持する事は先ず無い。
其処でガラドミアさんでは無い顔が頭に過る。
「如何やら、良く思われていない様だな」
妖精の盾ことレックスの周囲を警戒する声が聞こえる。ふと視線を逸らせば、憲兵らしき兵士が数人、此方に向かって走って来る。其れも当然か、何も知らない兵士からすれば大将が冒険者に命を狙われている様に見えるだろうから。
「如何する?三人で別れる訳にも、彼等を説得する暇は無いよ」
「こうなったら、無視して追うしかないでしょ」
取り敢えず捕まらずに追い続けようとフェリクスさんと示し合わせると、レックスが舌打ちをし足を止める。
「我は精霊の王と女王の僕にて代行者 大地よ我が呼びかけに応え 光りを奪い覆い尽くせ【砂塵壁】」
レックスの詠唱に呼応する様に土の妖精達は風の妖精が集まり、手をつなぎ楽し気に回りながら舞い踊る。そんな愛らしく見えた光景は徐々に密度が増す、其れにより兵士達の視界を妖精達が舞い上げた砂が奪い、私達との間に厚い砂の壁を形成していく。
「アメリアちゃん、あの方なら心配ない、それより前まえ!」
背後を気に掛けて居た所、前方からフェリクスさんの声が聞こえて来た。我に返り、ガラドミアさんを捕捉する、世界樹の根を伝い幹の方へと走って行くのを確認し、私達もフェリクスさんに続いて後を追う。
しかし世界樹狙いかと思いきや、根から飛び降り彼女は再び街中へと駆け翻弄する。
此れは完全に遊ばれている、ガラドミアさんは軽々と蔦が這う壊れかけた石造りの建物へ軽々と登り、此方を煽りだした。
罠を覚悟で瓦礫を足場に建物に登る最中、襟元で銀の鎖が小さな音をたてる、其れは水の精霊王の加護を受けた雫型の青い石の重みで垂れ下がり胸元で揺れていた。そうだ・・・!
「命を育む水瓶よ 慈悲深き水の精霊王よ その名の許に命ず【氷狼の牙】」
石が呼応するように光ると、空気が一瞬で凍りつき雪交じりの旋風が吹き荒れる。その中から雪のように白い狼が飛び出し、ガラドミアさんに飛び越え進路を塞ぐと鋭い牙が光る口を開け、そこから凍てつく息が放たれガラドミアさんを足元から氷像へと変え足止めをする。
「く・・・っ!クソッ」
もがき足掻くも勢いは治まらず、這う様に足から胴体へと冷気が登り、彼女の周囲の空気中の水分が氷結し動きを封じて行く。私達はその隙をつき、ガラドミアさんの目前へと迫る。
「よし!良い子ね!」
氷狼は悦び、まるで犬の様に尻尾を千切れんばかりに振る。気付けば周囲に私達以外の姿は無く、街中にレックスが造りだした砂の山が異彩を放っていた。
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「さあて、いい加減。覚悟は決めたかい?」
フェリクスさんは片方の剣をガラドミアさんに突きつけ、低く冷たい声で語り掛ける。
「・・・・・・・」
やっとの事で追い詰め、抱いて来た疑念による考えをまとめた所である言葉が頭に浮かぶ。
“僕もあの女も此処にはいない”
徐々に今まで感じて来た違和感が繋がっていく、ガラドミアさんの登場に驚く兵士に突然の蛮行と放たれた闇魔法。
「ガラドミアさん・・・否、貴女でしょカルメン!」
「ふむ・・・」
「え?ええ?闇の巫女ぉ?」
予想的中と言った様子のレックスと対照的にフェリクスさんの素っ頓狂な声が上がる。気付いてなかったのか・・・
私が目を逸らす事無く光を帯びた剣を構えると、問いかけに応える様に氷が軋む音が響く。内側から破裂音と共に氷にひびが枝の様に広がり、砕け散ると同時に一対の黒い被膜が張られた翼が突き出す。氷を砕きながら姿を変え姿を露わにする光景は、まるで孵化をする雛の様にも見える。
孵るのは魔族だけど。
カルメンは乱れ湿り気を帯びた宵闇色の髪を掻き揚げる、その下から覗く青味が射す紅の瞳は動揺する色を見せ無い。
「ふふっ、もっと掻き乱したかったのに・・・でも残念、もう時間みたいね」
カルメンはそうとだけ呟くと、私達を無視し翼を広げ羽ばたく。だが、此処で易々と逃がす訳には行かない。そう思ったのは私だけでは無かった、レックスが植物の妖精に命じたのか、建物の壁を這っていた蔦がカルメンの体の自由を奪い去る。
「時間が無いとは・・・如何言う事なの?」
警戒しつつ、フェリクスさんと共にカルメンを取り囲むと、心の余裕が無いのか眉根を寄せ舌打ちをする。
「如何言う事、どうして何で、そもそも何でも問いかければ答えて貰えるなんて思わない事ね。アタシが包み隠さず全てを晒すのは闇の精霊王に対してのみよ!」
怒りに震えるカルメンを拘束する蔦が突如、腐敗し崩れさり黒い塵と化して宙を舞う。翼を羽ばたかせ塵を払い、今まさに飛翔するカルメンを取り押さえようと剣を抜き放つ私とフェリクスさん。
其処で聞き覚えのある声が耳に響く。
「風の王より賜りし風よ 旋風を魔を討つ槍へと変えよ 穿て!【風槍】」
一瞬の事だった、風をきる音を耳にしたかと思うと、逃げようと羽ばたくカルメンの片翼に風穴が空き、咄嗟に避けたのか中心をずれ、カルメンの右肩を穿つ。彼女は苦痛に顔を歪ませ、短く呻くと肩を抑えながら地上へ落ちて行く。
其処に意気揚々と姿を現したのは、ガラドミアさんだった。足を止め、カルメンが落ちた方面を眺めると、その視線は私達の方へと向く。
「ほ・・・本物?」
「こんな絶世の美女が他に居るか?」
ガラドミアさんは槍を片手に、自信有り気に胸を張る。半信半疑のつもりだが、思わず気が緩み安堵の息が漏れる。その時だった、青が褪せ灰色が空を染め上げると地鳴りと同時に轟音が響く。
複数の黒く禍々しく不気味な柱が立ち登り、エリン・ラスガレンを更なる不安へと駆り立てた。
今回も大変長くなってしまいましたが、本日も当作品を最後まで読んで頂き真に有難うございます。
呼んで下さる皆様にも、ブックマークをしてくださった方にも感謝が尽きません!
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それでは、来週も何事も無ければ3/22の18時に更新予定です!




