第11話 祝福の儀ーブレッシングー前編
約束の時間が迫る中、待ち合わせ場所である中央広場の噴水を目指し歩きながら貧民街での事をふと思い返す、血が薄まったとはいえ外見に部分的に残る、教科書などで見た祖先を思わせる角等の容姿に何故か既視感を覚えた。
思い出そうにも頭がチカチカとしたかと思うと霞がかった様になり思い出せそうにもない。
「アメリアちゃん?可愛い顔が曇っているけど、心配事ならお兄さんに話してよ」
私はどうやら難しい顔をしていたらしい。
心配をするフェリクスさんの声で思わず我に返った。
「・・・え?」
「どーせ、また食い物事でも考えてたんだろ?いじきたねぇな」
「なっ、違うよ!」
そんなダリルと私の姿を見て、フェリクスさんはヤレヤレと言った感じで肩をすくめた。
「デコ助、お前は女心が解ってないな・・・」
「デ・・・そんな事ねぇよ!」
「アメリアちゃん、嫌だよなデリカシーの無い奴は」
「・・・そうですね」
ジトっとした目で見るとダリルは下唇を噛み、悔しさの滲む顔を此方に向けてきた。
そうこう言いながら三人で歩くうちに中央広場に到着。
美しい花々が咲く花壇に囲まれた中央に立派な噴水が見える。
人々の行き交うその場所で一人のエルフの姿が目に留まった、黒い肩ほどの髪にヘッドドレスと黒いワンピースに白いエプロンをしている。
「あの人かな?」
そう思い近寄ろうとする私達より早く彼女に話しかける人が此処に一人。
「華奢で可憐な君はまさに咲き誇るどの花よりも美しい一輪の黒百合の花。もしかしたらオレは君と出会う為にここに導かれたのかもしれない」
キメ顔で彼女の手を取ると、歯が浮くような口説き文句を並べるフェリクスさん。
見ていてゾワッと鳥肌が立つ感覚が全身を走った。
「節操なしかよ」と呟きながら呆れるダリルと一緒にチラリと彼女の方を見る。
少しだけ頬を赤らめたものの、泣きそうな顔をしながらプルプルと小刻みに体を震わせている。
そして、何故かフェリクスさんに向かって両手をかざす。その手が次第に青く発光していき、次の瞬間。
「ごめんなさい!【ウォーターコメット】」
大量の小さな水の粒がフェリクスさんに降り注いだと思うとフェリクスさんは吹き飛び、花壇に倒れこんでしまった。
「自業自得だろ・・・」
ダリルが花壇に倒れこむフェリクスさんを見下すような視線をしながらニヤリと笑った。
「フッ・・・・水も滴る良い男とはオレの事を言うのさ」
「ああ゛?」
子供のような喧嘩をする二人は放置し、私はメイドさんに近寄り声をかける事にした。
「あのー、すいません。ランドルフさんのお屋敷の方ですか?」
彼女は私が話しかけると、ハッとしたような顔をして視線を向ける。
「え?あ、はい。サザランド様のお屋敷で務めさせて頂いております、メイドのララノアと申します。あの・・失礼ですが・・・クロックウェル様でしょうか?」
「はい、アメリア・クロックウェルと申します。私の連れが失礼な事をしてしまってすみませんでした」
「いえ、此方こそ申し訳ございません。その・・・知らなかったとはいえ、お連れの方にとんでもない事を・・・」
どうやら急に迫って来たフェリクスさんが怖くて自衛の為に魔法を放ってしまったらしい。
その後は本人に反省してもらったりと、色々とあったけども明日に備える事にした。
「それじゃあ、今日はお別れだねアメリアちゃん。お兄さん、寂しいな」
「今日はってなんだ。二度と現れるな」
「ダリルは黙ってて!フェリクスさん、今日は本当に色々とありがとうございました」
「なぁに、楽しい一日を過ごさせてもらったし、此方こそ感謝しているよ」
その後、フェリクスさんに別れを告げ、息まくダリルを宥めながらララノアさんの案内を受けながら屋敷へ向かう事にした。
その場を立ち去ろうとした時、フェリクスさんからハンカチを借りていた事を思い出す。
「フェリクスさーん!ハンカチー」
フェリクスさんは何時ものウィンクをした後、「また、今度返してくれたらいいよ」と手を振って立ち去った。
「・・・ちゃっかりしてやがる」
「うーん、涎が付いた物をそのまま返さなくて済んで良かったかも」
「そこじゃねぇよ・・・」
呆れるダリルに連れられながら待っていてくれているララノアさんと一緒に今度こそランドルさんの待つ、サザランド家のお屋敷へと歩き出す。
屋敷についてからは食事をしながら村の事に加え、ランドルさんの師匠である祖父についてなど色々と語明かした。
ついに、明日は祝福の儀だ。
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早朝、私達を含めた大勢の少年少女が種族問わずの状態で聖クラルス大聖堂に集まっていた。
話し声などで騒がしい中、静かにするようにと言う指示を受けた後に丁寧に儀式に関する説明を受ける。
それによると、王都の北に位置する聖地には古から残る光の精霊を崇める祭殿と、女神より祝福を受ける神殿が在るらしい。
祝福の儀は聖ウァル教会の管理する神殿で執り行われるそうだ。
魔法管理局等から多くの人材が派遣され、地域ごとに書状に書かれた魔法印を基に本人確認が行われた。
勿論、地域ごとに分かれているとはいえこの人数だ、時間がかかるのは仕方ないけど・・・
「・・・だりぃ」
「気持ちは解るけど・・・シャキっとしなさいよ」
どの位かかるのだろう・・・
ふと視線を泳がせると、その先に見覚えのある金髪が。
髪型も服装も制服できちんとしていて、すっかり別人のようだけれども間違いない。
「フェリクスさんだ・・・」
「ゲッ・・・」
それなりの職とは城勤めの事だったのね・・・・
フェリクスさんは私とダリルの声に気が付いたのか、口の前に指を一本たてて微笑んだ。
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本人確認も終わりかけていたその時、辺りがザワザワと騒がしかったのが嘘のように静まっていく、徒ならぬ雰囲気と緊張感が広まって来るのを感じた。
何事かと振り向くと、祝福の儀を受ける私達の数列先の方に護衛らしい立派な鎧を着た騎士を従えて歩く貴族のような姿の少年が見えた。
歳は私達と同じぐらいかな?
彼が近くまで来た時、その短く毛先に緩い癖の付いた黒髪の隙間から覗く瞳と視線があった。
「銀色の瞳・・・」
お互いに視線が交わると、一時だったが、不思議な感覚に襲われ胸に何とも説明しがたい何かが込み上げるような気分になる。
その場で釘つけになっていると、不意に後ろから何者かに両肩を抑え込まれ座らされた。
ダリルかと思って振り向くと、私を座らせたのはフェリクスさんだった。
「急にごめんね。あの方は、アレクシス・ローレンス・カーライル王子殿下だよ」
私が身を低くしたのを境に王子様達は再び歩き出した。それ確認すると、フェリクスさんが小声でこっそりと教えてくれた。
「あ、名前なら聞いた事が・・・・そう・・あの方が」
未だにあの瞳が目の奥に残っている、思い返すと何故、お互いに一時とはいえ釘つけになってしまったのだろう。
黒髪は決して珍しいものじゃないし・・・
そんな思案する私の横に、よく聞きなれた声が響き思考が遮られる。
「フェリクス・・・どこから沸きやがった」
「・・・・デコ助。呼び捨ての件もそうだけど人を虫みたいに言うなよな」
「ふふ、こんな時まで二人は変わらないのね」
そんな二人を見てモヤモヤとした気持ちは晴れていく。
そして、仕事仲間に呼ばれたフェリクスさんの後姿を見ながら、私達も祝福の儀を受ける為に列に並び聖域を目指し歩きだすのだった。




