第 9話 危うい協定(エリン・ラスガレンー闇の森編
フェリクスさんの機転により、ドライアドは命の危機を退けた。だが、其れは一時凌ぎであり、サエルミア達の手を遅らせたに過ぎない。そして徐々に解って来たのは、ダークエルフとエルフの共に風の精霊王を心から崇拝しているという共通点だ。
此処から私達が成すべき事は、二種族を結び付ける事。それについて、私達は知らない事が多すぎる。
魔の血が混じり、闇を引き継ごうとも風を求めるダークエルフ、ただ一途に風の精霊王とその象徴たる世界樹を護り続けるエルフの間に生まれた溝の要因を。
「フ・・・フン、貴女がやらなくても良いわ。でも、私達は何もしない何て言っていないわ。これ以上は自由に何てさせない、ドライアドの骸は頂くわ」
サエルミアの意思は揺るがず、その姿勢を崩そうとしない。何があっても閑古鳥の心臓が必要と言うのね。
「そこまでして、ドライアドを必要とするのは何故?風の精霊王を救うには、何方かの一方の祈りだけで担う事は不可能ですよ」
此れが憶測に過ぎなくても、その願いを叶えるに真に必要な物は何か伝えたい。考えは甘いかもしれないけど、少しでも心を動かせればと思ったが・・・。返って来たのは、嘲笑だった。
戯言をと言いたげな表情を浮かべるとサエルミアは杖を構え、治療を受けるメルロスを除き、杖を失ったものはナイフを片手に彼女を護る様に陣形を取る。
やはり駄目かとドライアドを護る妖精の盾の前に出ると、背後から「そんな事か」と呟く声が聞こえた。
「ドライアドはそもそも、護りに適した種じゃ無い。其れにも関わらず、その役目を担う事が出来ているのは何故だと思う?」
この問いかけに振り向き、私が首を捻ると、妖精の盾は世界樹を指す。
「世界樹?」
「風の依代たる、世界樹と大地を通して繋がり恩恵を受け、ドライアドはその役目を果たす為の力を授かっているからだ。大方、ドライアドを扱いやすい魔物と合成して、世界樹と繋がりを利用しようと言う魂胆・・・そうだろう?」
妖精の盾はドライアドに何かを囁き、私とフェリクスさんの間へ歩み出ると、サエルミアの顔を探りを入れる様に見つめる。サエルミアは頬を引きつらせると、慌てて唇を硬く引き結ぶ。
「人間には関係無いわ・・・。二種族の祈りが必要だとしても、一方を絶やしてしまえば、ダークエルフ達を頼らざるえなくなるでしょ?」
サエルミアのその顔は、敵と組むなど御免だと言っていた。だが、シュタールラントで見た通り、眷属の何方かだけでは安定は成し得ないと言うのは明白だ。
遺恨の深さの違いは在れど、竜人とドワーフ、双方が手を取り合う事が出来たからこそ取り戻せた平穏だと言える。
「アメリアちゃん、左右からナイフ、魔法も来るよ!」
「此れは一先ず、話を聞いて貰える態勢を作るしかないようだね」
フェリクスさんは双剣を引き抜くと、左手へと地を蹴り、弾ける様に駆け出す。私も同様に剣を抜き、右へと駆け出した。突進してきた一人のナイフを薙ぎ跳ね除ける、如何やら魔法以外の扱いには不慣れだったらしく、その兵士はナイフを躱されると、前方から地面に転がるように倒れて行く。
「お前達、其のまま左右に散れ!」
再び妖精の盾の声が響く。言われたとおりに退くと、大きく不快な羽音をたて何かが大群で押し寄せてきた。視線の横を何か黄色い物が過ぎ去る。
「え・・・?!」
その黄色い塊はナイフを振りまわすサエルミアの部下達を忽ち呑み込み、森の外へと追いやって行く。其の末端を凝視すると、其れは無数の蜂の群だと判明した。
「妖樹の槍兵、あれはドライアドの従順な兵士達だ。さて、立場が逆転した所で尋ねたい、このまま妖精の命を奪い破滅するか、鳴りを潜め自分達の島から出ずに大人しく生活するかだ」
蜂が過ぎ去った途に残ったのは、防壁を魔法で張ったサエルミアと治療を施していた兵とメルロスだけだった。
**********************************
力を見せつけ相手の気力を削ぐ、其れは確かに有効だ。しかし、彼女達の企む凶行に至る強い意思は抑えられないだろう。私が二種族の因縁を絶ち、精霊を蝕む物を剣で退けて行かなくてはならない。
此処で彼女が選ぶべき選択肢は二択では無い筈だ。
「いいえ、彼女達が選ぶべき道はもう一通り在ります。私が原因を取り除き、精霊王を救ってみせる。だから、私に猶予を下さい」
ただ、セレスを救いだし、仲間の許に帰る事のみを考えていた気持ちは私の中から消えていた。やはり、命運は巡ってくる物だ。私は妖精の盾と並び、サエルミアに答えを求める。
サエルミアの表情は苦悶の色を見せ、私達を交互に見ながら拳を握り震わせると、唇を震わせ口を開いた。
「・・・人間、何様のつもりなのよ?私達がこれを悲願と呼ぶのは、許し合う事はあり得ないと確信しているからよ!」
実現不可能だと、生半可な気持ちで行っているのではないと、剥き出しの猜疑心が私に向けられる。種族戦争の遺恨は深い、しかし私の言葉に耳を傾けたと言う事は説得の余地があると言うだ。
私も風の精霊王から力を授かった身、彼を称え崇める気持ちはある。
その次の瞬間、一陣の風が私達へと吹き込んだ。
「此れはこれは・・・渡りに船ってヤツ?」
目の前で顕現した存在に皆が驚愕する中、フェリクスさんが歓喜の声を漏らした。
「この人間は女神ウァル様の神子にて、いずれは精霊王が仕える者だ。そう、熱り立つのはオイラが望むところじゃないな」
風を纏い若葉色の髪を靡かせ、金の瞳と蝶の翅を持つ少年が私とサエルミア達の間に舞い降りる。エルフとダークエルフが崇拝する存在、風の精霊王だ。
しかし、いずれ私に仕えるとはどういう事なのだろうか?
「う・・・嘘、こんな・・・顕現するなんて」
サエルミアと其の部下はとても信じられない事だと、困惑の様子を見せる。以前にも突如、私達を助ける様に精霊王様が顕現した事があった。こんな見計らったかのように現れると言う事は、この様子を黙って見ていたと言う事だろうか?
私が様子を窺っていると、視線に気づいたのか、此方を見て「任せてくれ」と言わんばかりにほくそ笑む。弱っていると言う話は何だったのだろう・・・
「精霊王をマナの収束点以外で顕現させる事は、例え祭殿の巫女でも不可能。そして、其れを可能とする者がこの地を救うと言ったうえに、お前達の断たれてしまった望みを叶えるのに一役かうって言うんだ。オイラに免じて信じてみないか?」
サエルミアは崇拝する精霊王様の姿に目を輝かせながら聞き入り、何度も頷いていた。
何か言ってもいない事まで追加されている気がするが・・・
「はっ、精霊王様の仰せのままに・・・」
すっかり言われるがままの様子のサエルミアは深々と頭を垂れる。先程までの騒動が嘘の様に沈静し、纏まって行くのは複雑だ。まさに掌返し。
「あの、本当に私の事を信じて頂けると言う事でしょうか?」
「ええ、精霊王様の前で嘘はつけないわ。人質を帰す事は私の権限では不可能だけど、身の安全は可能な限り保証する。その代わり、メルロスを連れて行くと良いわ。彼女は長の孫だから下手な凶行は行えない筈よ」
「は・・・ええっ!?」
メルロスが長の孫と言う事実には驚かされた。彼女なりの保証と言った所だろうが、これでは此方も人質を取るような形になる。だが、今後の妨げになる可能性も否めない。
地面に横たわるメルロス。サエルミアに名前を呼ばれ肩を揺さぶられ、起き上がると同時に大きな欠伸をした。横になり、治療を受けている内に眠ってしまったそうだ。肝が据わっていると言うか何と言うか・・・。そして精霊王様から直々に説明を受けるとサエルミアと同様、嘘の様にあっさり承諾。
「島から出るなんて初めてだよー。よろしくねアメりん!」
「う、うん。よろしくね!」
騙し討ちを受けた警戒心は拭い切れず、差し出した手に躊躇すると、メルロスは無邪気な笑顔を浮かべ、私の手を握る。ふと、彼女と顔を合う、瞳が一瞬だけだが紫色に光っている様に見えた。だが次の瞬間、目に映ったのは元の赤銅色。気のせい・・・?
***********************************
その後、私達の様子を見届けた精霊王様はいつの間にか姿を消し、残った私達はサエルミア達を見送る。メルロスは耳と肌の色を幻覚魔法で変え、人に見えるかと自慢してきた。
私の意見が通った後、妖精の盾は終始無言だったが、何やらドライアドと話し込んでいる様子だった。
「色々と助けてくれてありがとう。貴方とドライアドのおかげで此処まで漕ぎ着けたわ」
感謝の気持ちを伝えると、妖精の盾はどうでも良さげに鼻で笑い、私に背を向けた。
「俺は務めを果たしただけ。此れは、最善の道が選ばれ結果が選ばれたに過ぎない」
それだけ言うと妖精の盾はドライアドに別れを告げ、森へ向かい歩いて行く。彼の務めとは何か?目的も考えも解らない。ドライアドを守る為だけなら、ダークエルフの街へ危険を冒して侵入する必要は無い筈だ。一体何処へ向かうと言うのだろう?
「あんたドライアドに異変が起きている場所を教えて貰ったんだろ?どうせなら、オレ達と一緒に行かない?」
フェリクスさんは揶揄っている様な軽い口調で、妖精の盾を呼び止める。すると、妖精の盾はフェリクスさんを睨みつけ舌打ちをした。
「断る・・・」
其れだけ言うと、妖精の盾は再び背を向け歩き出す。妖精の盾は今まで私達と同じく精霊王様の危機に祭殿に現れた。もし、彼も異変を察知して動いているのなら・・・
「綻びを如何にかするつもりなら、私達を同行させて貰えないかな?」
此の引っ掛けに反応が在れば、私の予想は間違いない筈だ。あ、足が止まった・・・
「・・・・知るか、勝手にしろ」
そう言うと私達を無視して再び森へと歩いて行く。置いて行かれまいと後を追い、森を奥へと突き進んでいくと、黒ずみ立ち枯れた木々に囲まれ、開けた場所に黒い旋風が起きていた。綻びを閉じ様と妖精達が集まっているのだ。
「うわぁ、なにコレぇ?」
仲間達から驚愕の声が上がる。その直後、周囲から囲む様に殺気が向けられている事に気付いた。更なる危機的状況に空気が凍り付く。
「動くな!!動いたら撃つ!」
何者かの怒号と共に木々の合間から僅かな陽光を受け煌めく、複数の鏃が此方へと向けられる。気付いた時には完全に包囲されていた。
本日も当作品を最後まで読んで頂き真に有難うございます!ここ最近、一つの話しが長くなってすいません。大丈夫でしょうか?
今後も頑張って執筆しますので、今後も読んで頂けたら幸いです。
************************
風の精霊王の助力も在り、一つ壁を乗り越えたアメリア達。しかし、其れに伴うのは互いに人質を取る様な展開だった。
しかし、此の地の神の安寧を取り戻すには、エルフとダークエルフの因縁を絶ち祈りにより、風のマナをその地に満たす事だ。世界の綻びを目前としたアメリアを取り囲む集団の正体は如何に?
*次回へ続きます




