第 8話 探り合いのちクマ(エリン・ラスガレンー闇の森編
妖精を魔物と勘違いしていたとはいえ、此れが自身の知識不足が招いた事態とは・・・悔しい。
何にしても、妖精の盾の発言を信じざる得ない状況に置かれているのは確かだ。
恐らく、現状からしてこの森にはダークエルフには入る事を防ぐと言う結界と言うのも嘘なのだろう。
「此れで判ったな?お前達は試されていたんだよ」
吐き捨てる様に言われた言葉と現状に自責の念と焦燥感に駆られるのを、息を吐き抑え込む。
「・・・そのようね」
ふと、視線をサエルミア達に向けると、戸惑う私達に対し憐れむような表情を浮かべている。奇襲をかける訳でもない所から、狙いは依頼の完遂と人質を捨てての逃走の何方かを警戒した物と思われる。
「さて、用は済んだかしら?嘘も試していたのも認めるけど、其処のドライアドを必要なのは本当よ」
「何の為に?」
「そんなの訊いてどうするつもりかしら?教える訳ないでしょ」
サエルミアの目は人質がいる事を忘れるなと訴えかけて来る。そうだからと言って精霊の友である妖精を殺させるのは見逃せない。その傍で黙って立っていたメルロスは、珍しく神妙な面持ちを見せたかと思うと、溜息をつく。
「良いんじゃないですかぁ?妖精の遺骸が閑古鳥の心臓の材料だって」
「なっ、妖精の遺骸?!」
「やはり、そうか・・・」
困惑する私と、解っていたように頷く妖精の盾を尻目に、サエルミアは烈火の如く怒り、隣のメルロスに掴みかかる。其れが、メルロスの言葉が事実であると私達に示した。
「それ以上は許さないわ!貴方が、長の身内だとしてもね!」
メルロスは目を丸くした後、彼女から威圧に慄くが怯まず口を開く。
「アタシはあの賢者って言う人も、あの・・・・」
その言葉に怒りが頂点に達したのか無言のまま、サエルミアの手がメルロスの頬を強く打ち付けると「喋り過ぎよ」と頬を抑えるメルロスに吐き捨てた。賢者・・・?
直後、深い息を吐くと我に返ったのかサエルミアは動きを止める。唇を噛みしめ、その双眸を私達へと戻す。
「戯言は気にする必要は無いわ。さあ、ドリアードの木に閑古鳥の心臓を木に宿る命の根源と摩り替えなさい。できないのなら、解っているわよね?」
摩り替える?確か妖精は森羅万象に宿る魂と神又はその地に精霊の加護を受けたマナの集合体、其の一部が具現化し、個としての形を成したもの。摩り替えると言う事は、魂を死骸に移すと言う事?
そんな事が出来る何て思えない、其れこそ神の御業だ。ん?賢者ってまさか・・・
「・・・妖精は神の友と言うべき存在なんですよ、其れが如何言う事か解っていての言葉ですか」
この時点で言っても無意味だろうけど、此処までの事をした真意を知りたい。
私の言葉を受けてサエルミアは嘲笑う。何を今更と、自分達は引くつもりは無いと目が語る。
「エルフ達は脅威に追い打ちを自らかけ、取り戻したと虚偽の安寧に溺れ、真実から目を逸らしている。我々と分け隔てた頃から、自ら崇める精霊王とこの地を蝕んでいると知らずにな。そんな奴等に思い知らせる為なら、神罰を受ける覚悟はできているわ」
成程、やり方は間違ってはいるが、エルフもダークエルフも精霊王とこの地を思う気持ちが根底に在る様だ。ただ、二種族の間にできた蟠りと言う溝は深く、恐らくは話し合いすら出来ていないのだろう。此れは一方だけで済む話では無い、同じ問題を抱えるエルフ側の動向も気になる。
「・・・貴方がたがどれだけ精霊王を思い崇めているのか理解できました。そして、どれだけエルフを憎んでいるかを。しかし、私達は種族同士の争いに協力はできません」
此処で断ればセレスが如何なるのか、無事でいられる保証は無い。しかし、此れはエルフとダークエルフの行き違いが巻き起こした問題だ。其れを取り除かなければ、此の地は平穏を取り戻せない気がする。
「そう、この森を守る門番を奪い、エルフ側に争いを仕掛けると言う推測は見事だわ。でも、悪いけど、何時までもエルフに世界樹を任せるつもりは無いのよ!」
そう言うとサエルミアは杖を構え、ベルトの革袋から何かを取り出す、それは魔法被膜に包まれた黒紫色の液体だった。直後、サエルミアが「爆ぜよ」短く小声で唱えたかと思うと、中の液体が霧散した。
「煙幕・・・まさか!」
サエルミアにぶたれてから黙り込んでいたので意識が逸れてしまっていたが・・・
「アメリアちゃん!口を押えて、吸っては駄目だ」
フェリクスさんからの警告はありがたいが、彼女達の狙いはドライアドで変わりはないだろう。何処だろう・・・?その時、左の鎧靴から風が巻起った。
「風の精霊の導きってヤツね」
正確な位置は解らないけれど・・・!口を堅く結び、風の吹く方向へと地面を蹴りだす。それと、同時に甲高い悲鳴があがった。
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「きゃあああああ」
剣を構える私の目に映るのは、蔓に絡み取られたメルロスの姿だった。その蔓は、銀色の蝶の群に囲まれたドライアドの髪。その蝶の群は妖精の盾の杖へと繋がっていた。そして、近くには潰れた閑古鳥の心臓が転がっている。なるほど、メルロスは失敗した訳ね。
「既に見極めるには十分すぎる程の答えは出た。これ以上は時間の浪費は必要は無いだろ?」
妖精の盾の仮面の下の銀色の瞳が怪しく光り、口角が弧を描いた。メルロスに絡みついた蔓は、徐々に緩められ、解放されたその体は地面を転がる。
サエルミアは其れを助けようともせずに一瞥すると、狙いが外れたにも拘らず、余裕の表情を浮かべ片手を上げる。すると、その背後からは森の外で待機していた筈の魔法兵達が次々と草木を掻き分け姿を現しだした。
「あら、其れは此方の台詞よ。手間を取らせないでくれるかしら?」
サエルミアの背後に控える兵士達は杖を構えると、一斉に詠唱を始めると同時に黒い霧が立ち込める。その周囲の木々が徐々に枯れ始め葉が落ち、枝が黒ずみ腐り落ちて行った。此れは霧じゃ無く穢れだ。
つまり、ドライアドを宿る木ごと失う事も厭わないと言う苦肉の策なのだろう。
「偉大なる精霊にて光の王 我が剣に宿りて 不浄なる者に安らかなる眠りを与えん 光の精霊王!」
私の声に呼応するかのように剣が光りを帯びる。サエルミア達の驚愕の表情を尻目に駆け出すと、詠唱する兵士から杖を断ち斬って行く。後、六人と言った所で私の物とは別の金属音と兵士の悲鳴があがる。
「いっちょあがりっと!固まっていた奴等も片付けておいたよ」
声を聞いて振り向くと、フェリクスさんが自慢げな顔で此方を見て来た。辺りには折れ掛けた杖や傷ついた杖が散乱している。思わず二人で互いの掌をぶつけ合い勝利に歓喜していると、妖精の盾に鼻で笑われた。あれ、フェリクスさんの表情が一瞬で消えた様な?
「・・・ふん、まあ良いだろう。其れでまだ引くつもりは無いのか?」
何か引っかかる言い方だけど、形勢逆転だ。私達を一瞥すると、妖精の盾は未だに引く様子を見せないサエルミアに視線を移す。その傍らにはメルロスの姿も在り、杖を構え同様に退散する様子を見せない。
「無いわ、引く訳には行かない。此処までする訳等、エルフと肩を組む人間には解るものですか」
「アタシ達の祈りこそが風の祭殿に必要とされているの!」
必死に食い下がるサエルミアとメルロス、そして二人を護ろうと折れた杖を握る兵士達。確かにメルロスの言う通り、精霊には求め願う気持ちが、その存在を確かにしていると言うのは正しい。
ただ、シュタールラントでの事を鑑みると、其れだけじゃない可能性も考えられる。
「この地を、風の精霊王を救う事を求めるのならただ祈るだけじゃ解決になりません」
一瞬で私へと大勢の視線が集まるのを感じる。何を言っているのかと言うものと嘲るような視線だ。
悲願がなにか何となく解ったが、何処まで引き出しを開いて良いものかと迷う。
「如何言う事かしら?精霊は崇める人の祈りがあってこそなのよ?」
メルロスは信じられないと言った表情を浮かべ、サエルミアは私を小馬鹿にする様にニヤリと笑う。
此処でエルフの名前も存在も出すのは危険だ。一方だけの祈りでは正立しないと言う事を伏せて話すかな。
「祈りだけではいけない理由は現在、世界に綻びが生まれ不安定な状態に在るからです。それ故に精霊王が司る地が衰退の様子を見せているんです」
「何を言うと思えば、そんな虚言を私達が鵜のみにするとでも?こっちには人質が居る事を忘れないでもらえるかしら?其れで体よく協力を拒めるとでも?」
サエルミアが笑うのを切っ掛けに周囲も笑いだす。やはり、唐突過ぎて信じて貰えないか・・・
悔しさに俯き拳を震わせていると、フェリクスさんが何時の間にか私とサエルミアの間に立っていた。
「まあまあ、此れを見て貰えるかい?」
フェリクスさんの手にはピンクのフリルの付いたドレスを着た小さなクマのぬいぐるみが握られていた。ん?何処かで見た様な・・・?
突如、変な空気が流れる。時が止まるような感覚の後、サエルミアは赤面し絶叫すると、フェリクスさんの手から其れを取ろうと必死にもがく。あ、あの部屋の・・・
「そ、其れを何処で?如何やって?!」
「相棒に頼んでちょっとね?」
サエルミアは苛立った様子でメルロスを睨むが、彼女は顔面蒼白になりながら首を横に振る。
「其れを返して欲しい様に見えるが、タダで返して貰えるなんて虫が良すぎないか?」
フェリクスさんのノリに妖精の盾も便乗する。中々、返してくれない二人の様子にサエルミアの顔が赤から青に変わっているのが目に見えて判る。
「解った、解ったってば。信じるから!寄越しなさい、人質の無事も保証するか・・・ら」
部下の困惑の表情に我に返ったのか、人形に伸びる手の動きが止まる。青い顔が再び赤く染まった。
「ほら、何だか可哀想だから返すよ」
フェリクスさんが人形を差し出す。だが、其れは後方から伸びてきた蔓によって絡み取られた。
「甘いな、お前達を騙した連中だぞ?此れは担保として、俺が預からしてもらおう」
妖精の盾はドライアドから受け取った人形とサエルミアを交互に見つつ、不敵な笑みを浮かべる。絶望するサエルミアを心配する部下達が声を掛けようとするが、「忘れなさい!良いね?!」と一喝された。
これでは、何方が悪役なのか解らないなあ・・・
本日も当作品を読んでいただき誠にありがとうございます!今年も更新二回目、引き続き気合を入れて行こうと思います!
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半ば強引に開いた解決への道。其処でアメリアは壊れた繋がりを仲間たちと迷わず歩いていく。
其処で拾う布石と衝突しあう思想は、互いを許し分かち合う事ができるのだろうか?
精霊の力を取り戻す、ただそれを考え進んだ先にには何が?
*次回へ続く




