第 7話 緑の守護ーエリン・ラスガレン(闇の森編
月と星が輝く濃い藍色の空の下、突然投げかけられた言葉の不可解さに、私は首を捻った。精霊王を御する?私が意のままに精霊王様達を使役すると言う事?
「それじゃあ、まるで・・・」
出かけた言葉を私は慌てて噤んだ。私は人間であって、その役目は天上の身座に鎮座する神の所業だ。現に私は、女神様に役目を与えられ、各王から力を借りているに過ぎない。
混乱する頭に、あの火山での光景が思い浮かぶ。土の精霊王様から「世界に選ばれた」と告げられた。それも関係あるのかと頭に浮かべると益々、頭がこんがらかった。
ふと、無意識に抱えていた頭から手を離すと、メルロスとフェリクスさんが不思議そうな顔を浮かべながら立っていた。
「もしもぉーし、アメりーん、ブツブツ言ってるけど大丈夫?良い闇魔法医、紹介しようか?」
何故、闇魔法医?二人に在らぬ心配をされてしまったようだ。前にも誰かさんに同じような事を言われた気がするなぁ・・
「ううん、仲間の心配をしていただけだから大丈夫だよ!メル、心配してくれてありがとう」
しかし改めて考えると、同族の人達は露骨に他種族への嫌悪感を露わにするにも拘らず、まるで真逆の振る舞いをするのは何故だろう?異国に対する興味?好奇心?
「そっかー、うーん」
私が笑顔を浮かべるとメルロスは怪訝そうにしつつ、ジッと私の表情を窺う様に難しい顔で見ると、何かを考え込む様な仕草をし、ハッとしたように目を丸くした。
「如何したんだい?」
フェリクスさんが尋ねると、彼女はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。何だろ?
「実は昼間のお礼をしたかったの。でっ、危険が伴うけどアメりんのおかげで思いついちゃった」
「え?私のおかげ?」
思わず驚きの声を挙げると「静かに!」と抑えつつも焦りの混じる強調した声と仕草で止められる。
廊下に足音が響く、身を隠しながら暫し息を殺し沈黙すると、数人の足音がその横を通り過ぎる。思いっきり頼むよ!と言う顔を二人にされてしまった。ハハハ・・・
「うーん・・・仲間の様子なら見せる事は出来るかも何だけど、危険だけど如何かな?逃がす事はできないけどさ・・・」
メルロスは私達の顔色を確認しながらお伺いをたてる様に自信なさげな表情を浮かべ、尋ねて来る。
つまりは場所の見当はついているけど、確信をもっていないと言う所だろうか。
黙って話を聞いていたフェリクスさんも、何か引っかかった様で小さく唸ってからメルロスに問いかけた。
「待って、メルちゃんは何時、オレ達の仲間の居場所を知ったんだい?」
私達がこっちに着いてからほぼ離れずにお目付け役として私達の傍に居たし、一人は傍にいる。
もし、妖精の盾の事を仲間と考えるなら、わざわざ会いに行く必要も無いと思うけど。
気になって私も彼女の様子を見るが、もごもごと口を動かし言い淀む。
「えーとぉ・・・会議の最中に仲間に教えて貰ったんだ。本当だよ!」
うーん、この言い回しだと噂程度の情報で断言できないと言うところかな?
少し怪しいから突っついてみよう。
「それ、確かな情報なの?その仲間って集会所にいた奴なら、さっきも会ったから別にいいけど?」
「違う・・・人質の竜人の子だよ。此処、合成獣とか・・・魔物や魔法の研究をする場所が在って、其処の実験体を補完する部屋があるの」
適地にいる為、少し警戒していたけれど此れは僥倖だ。捕らわれている所が、場所なだけあって不安は拭えないけどね。
「アメリアちゃん、その位にしてあげたら?」
二人の目線が私に刺さる、如何やら選択は私に任されたらしい。まあ、此処まで話して出る答えは・・・
「メル、私達の事につき合わせて悪いけど、良ければ案内して貰える?」
「うん、まっかせて!」
メルロスは胸を張り、思わず出した声の大きさに気付いたのか口元を抑える。何かこう言うところ、セレスや義妹のケイティーを彷彿とさせるな。
「まあ、怪しまれる前に自室に戻る事が必須として。ささっと会いに行こうか」
その後、何度か三人で肝を冷やしながらメルロスに案内されて研究棟へと、盗賊の様に様々な物陰に身を潜め進んでいく。特に魔法兵が集まっている場所だけあって、なかなか魔法罠が巧妙で、罠の位置を知るメルロスが居なかったら辿り着くのは容易じゃ無かったと思う。
「建物に近付くだけで、石化に拘束、それと毒って・・・確かに危険だね」
「まあ、即死系の罠が無いだけましだよ」
潜入できたのは研究所の建物の裏であり、本来は人が通る場所では無い事が明らかだ。道は狭く、草等の手入れもされていないうえに、足元は泥濘ができていて歩きづらい。
「ん?即死は建物の中に在るよ?」
さらっと怖い情報が耳に入る。幽閉するとしたら室内、今は細い建物の裏を歩いているけれど、何処からか侵入口があるのだろうか?
「・・・なるほど。ところで、何処から侵入するの?」
「後、ちょっとで着くよ」
何か答えになっていないような気がするけど、此れは黙って付いて来てと言う事かな?
メルロスは私達の前を泥濘を避け、雑草を踏みしめ跳ねる様に歩いて行く。私達は泥濘に残る足跡を踏み消し、同様に雑草の上を歩いて行く。其処で突如、彼女は短く「あっ」と短く声を漏らし、立ち止まった。私も足を止め、建物の外壁や地面に隠し扉でも在るのかと周囲を見渡すが、一切見当たらない。
しかも、そんな私の横を通り抜けて様子を見に行ったフェリクスさんまでも同じ態勢で固まっていた。
「如何したんです・・・か?」
二人に近付き、その視線の先を追う。其処はごく普通の窓、ゆっくりと其処を覗き込むと、視界に入ったのは研究所と言う場所に似つかわしくない光景だった。
動物の人形にレースで縁取られたクッションや愛らしい柄の家具が並べられ、そのソファにセレスを抱きかかえ、頬を紅潮させ至福の表情を浮かべるサエルミアの姿が在った。
思わず三人で口を塞ぎ、しゃがみ込み目を合わせ、その場を物音をたてない様に離れる。
「メ、メルちゃん、アレを見せたかったんじゃないよね?」
流石のフェリクスさんでも衝撃的だったのかメルロスに苦笑い浮かべ尋ねる・・・・。あ、これ笑いを堪えてるだけだ。
「えーとぉ・・・副団長は此処の研究資料の管理を担当してるんだけどね・・・特別に管理していると聞いたけど・・・予想外と言うか」
メルロスの返事は歯切れが悪く、目も泳ぎ激しい動揺と困惑が見て取れる。
「まあ、セレスが無事なのは解ったし良いとしよう」
まさか、あの敵意剥き出しのサエルミアが可愛いもの好きとは、かなりの想定外のを見せられたな。
場所も大凡、把握できたし、取り敢えずは収穫はあったから良し!
私達は行きと同じく、口を噤むと、ゆっくりと静かに自室へと導かれ歩いて行く。
明日、サエルミアの顔を見た時、変な顔をしない様に気を付けよう・・・
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翌朝、窓辺から指す柔らかな朝日が差し込み、爽やかな風と共に小鳥の囀りで目を覚ます。
などと言う事は無く、窓から指す光は弱々しく、湿った風と共に烏の鳴き声が響く。
身支度を済まし、簡単に朝食を終えると、休む間もなく街を後にする事になった。
徒歩で数時間、目の前には闇の森とは正反対の美しい緑が茂る、大きく美しい森が広がっている。
作戦への参加人数は私達を含めて十五名ほど、その背後には私達を誘拐した際にも使用された合成獣、蚯蚓土竜が土の中から大きな肌色の巨体を突き出し、大きな爪と黒い体毛に覆われた前足で其れを支えている。あんなのに飲み込まれていたのかと思うと気分は良くない。
「そこの人間達、良いかしら?今日は私の命令に従う様に。先ず目的はこの森の結界の役目を果たす、ドライアドの魔結晶の回収。できれば生け捕りが好ましいわ」
やはりドライアドか、まさか魔物に境界の護りを任せているとはね。今回の目的の本当の狙いは結界の解除による、エルフの支配地への進入路の確保と思われる。ただ、ドライアドの生け捕りの理由と、合成獣を作成する理由は未だに謎のままだ。
妖精の盾は相も変わらず無言のまま私の隣に座り、フェリクスさんは昨晩の事を思いだしたのか、必死に肩を震わせ笑いを噛み殺している。
「承知しました・・・。ところで、他に同行される方はいますか?」
「いいえ、途中まで連絡係としてメルロスを付けるけど、森へは三人で行ってもらうわ。結界はエルフと森に対する敵意を持つ者を拒む為の物だから。後、此れは御情けよ」
サエルミアの部下達が持って来た木箱の中には、私達の装備一式が入っていた。流石に丸腰は避けられたらしい。装備を整えると、小型の閑古鳥の心臓を魔法被膜に封じた物を渡された。正直言って気持ち悪い。
「此れを何処に放り込めばいい?」
妖精の盾はまじまじと表情も変えず、閑古鳥の心臓見つめる。放り込む?魔物の口に?
「まあ、少しは知っている様ね。奴等の巣に放り込めば、被膜を破り浸蝕が始まるから何もしなくて大丈夫よ」
其れを聞くと、妖精の盾は短く「そうか・・・」と呟いて再び黙り込む。此処は一人で考え込まないで何か在るなら話し合うべきじゃないの?
しかし此処でサエルミアへの質問は打ち切られ、否応なく私達は森へと向かう事となってしまった。
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森の入り口にはかなりの年季が入り半分朽ちた木製の橋が在る。其れに森から複数の蔓が伸び巻き付く事によって破損部分を補い、辛うじて対岸に渡る事ができる状態だ。
「それじゃあ、アタシは此処まで。成功したら魔法を放ってねー。ちなみにドライアドは美男子に弱いらしいよ?」
「お兄さんの番かな?」
「あはは、フェリ君の自惚れ屋ー!」
メルロスの呑気な声に見送られ、私達は森の奥へと進んでいく。緑が濃くなり、視界に仲間以外は映らなくなる頃、背はそれほど高くは無いが青々と葉を茂らせる美しい樹の下に此方を見つめ、佇む少女姿が在った。彼女は若葉色の髪に色とりどりの花が生え、胸や下半身を覆う樹皮の様な露出の多いい服を身に纏っている。
「もしかして、ドライアド?魔物とは思えないわ・・・」
私がそう言うと、妖精の盾は其れを嘲るかのように鼻で笑うと、憐れむ様な目線を向けて来た。
「当然だろ?この子達は魔物なんかじゃない、正しくは樹の妖精だ。奴等は森を守る、彼女達の生命の源である樹を穢そうとしている、恐らく閑古鳥の心臓の実験だ」
すると、ドライアドが妖精の盾に擦り寄り、不安そうな表情を浮かべる。
「つまり、騙したと言う事?」
「そうだ、俺は其れを許すつもりは無い。呪いなど、問題ないからな」
そう言うと、妖精の盾は首筋に手を当てると短く詠唱をすると解呪を唱える。小さな光の蝶が呪いを覆い、黒い煙と共に消し去って行く。すると突然、背後から人の気配がした。
「其れでは、困るわね・・・」
「な、入れない筈じゃ・・!」
振り向いた先にはサエルミアとメルロスの姿が在った。
今更ですが、明けましておめでとうございます!長くなりましたが、本日も当作品を読んで頂き真に有難うございます。
本年も背一杯、執筆して行くつもりですので今後とも宜しくお願い致します。
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騙された真実を知り、困惑をするアメリア達の前に現れたのは、結界により入れない筈のダークエルフ達の姿だった。その真意、ドライアドを狙う本当の理由と目的は何か?
*次回へ続く




