第 3話 シンセシスビーストー商業自治区フォンドール
暗闇に僅かに目が慣れ、周囲の輪郭が薄っすらと認識できるようになってきた。警戒する兵士の声や足音も、異変に気付いた魔獣達の鳴き声も聞こえない。正確な数は不明だが、気配が確かに増えているのを感じた。厩舎への襲撃に備えているのか、それとも私達を狙っているのだろうか?
「既に厩舎を襲撃済みで、偶然やってきたオレ達を消そうとしている・・・とかだったりしてね」
「縁起でも無い事を言わないでください!それより、相手の狙いが何方に向いているのか出てみませんか?」
此のまま相手の真意も解らず動くのを待っていても埒が明かない、商人の仲間か、そうじゃないとしても相手が何者か見極めなくては対処のしようがないからだ。
「アメリアちゃんて意外と大胆だね。オレは相手の姿を確認してからでも遅くないと思うけど?」
「もし、勘違いだったら謝れば良いし。そうじゃなくても、こんな時間にこそこそ歩き回っているのは不審者以外ないじゃないですか?」
「それ、オレ達が言う?」
何も大胆に名乗りを上げて、相手を誘うつもりは無い、先ずは茂みから出てゆっくりと開けた場所に出る。其処で、相手の反応から狙いが何方かを見抜くのだ。
立ち上がり、剣の柄を握りつつ低木の枝を掻き分けると、背後からフェリクスさんの溜息が漏れた。
「セレス、何処でも良いから私に確り摑まって、離れない様にね」
「うん、アメリアから離れない!」
セレスの震える背中を撫で、再び柄を握る。サワサワと冷たい風が頬を撫でる中、雑草を踏み分け進むと、何者かの足音が聞こえたかと思うと止まり、辺りは静まり返った。
少し離れた位置には魔獣専用厩舎が見えるが、近づく影は見えない。少しだけ身を引き、剣の柄を引く。
風が吹き去ったかと思うと、大きな地鳴りが響き同時に野鳥や魔獣の鳴き声や、人が騒ぎ出すのが聞こえてくる。よろけそうになり踏ん張る私の背中をフェリクスさんが支えてくれた。
「此れは、アメリアちゃんの狙い通りだったかな。地鳴りは土魔法か何かか?取り敢えず、敵さんは木の上と茂みに二人、岩陰に三人いるみたいだ」
「それ、どうやって気付いたんですか?」
フェリクスさんに尋ねると、少し考え込む様な顔をした後、微笑みながらウィンクをする。
「内緒!目を潤ませて上目遣いで「フェリクスさん大好きv」と言ってくれたら教えてあげても良いけど?」
こんな時に何を言っているんだこの人。如何でも良いけど、何かはぐらかされた気がする。
「・・・・・別にいいです。其処まで知りたくは無いので」
私が呆れ切った顔でフェリクスさんを見ると、心底残念そうな表情を浮かべるが、次の瞬間には両腕を開き掌を上にすると、肩を竦めお道化るような仕草をした。
「そっか残念!何方にしても、敵さんにはお喋りをしている時間は与えてくれやしない様だ」
相手は私達から離れる事は無く寧ろ、自分達の存在を隠そうともせず草木を掻き分け、私達を包囲して行く。
「これって、完全に私達が狙いって言う事ですよね・・・」
しかし、納得がいかない。魔物を貰いに来ると言いながら、魔物では無く人間の私達を襲おうとしているからだ。まさか、取り返しに来る事を未然に防ぐためだろうか?
此方にはセレスも居る、安全の為に良かれと思ったけれど、やはり生まれたばかりの此の子を連れて来たのは誤算だったか。
暫くすると一人の黒い頭巾付きの外套を身に纏った人物が姿を現した。昼間の商人の着ていた物と似ている気がするが・・・
「約束通り、魔物を頂きにあがりましたよ。勿論、交渉に応じて頂けますよね?」
深く被った頭巾から漏れる声は、感情が籠らない女性の声だった。ヒッポグリフを狙っているのなら何故、厩舎では無く私の許へ現れたのだろうか?ふと、疑問が浮かんだ。
***********************************
この状況で、言葉通りの交渉をしに来たようには当然、思える訳が無い。勿論、売り渡すなどもってのほかだ。
「・・・商人じゃないよね。貴方は何者なの?それに・・・魔物って、此処には居ないわよ!」
「ハァ・・・エルフと組する輩は如何にも心も捻くれていて困る。しかし、嘘は不得手のようですね。言っているのは、その幼竜の事ですよ・・・」
「幼竜・・・・?何を言っているの?」
相手はほくそ笑むと、スッと私の方へ指をさす。まさかと思ったが、嫌な予感が的中した、魔物とはセレスを指す言葉だったのだ。しかも、竜人ではなく、唯の竜の子供だと思っているもよう?戸惑って居ると、何者かが横から飛び出してくるのを感じた。
地鳴りの中、金属同士が衝突し、耳を劈く様な音と共に火花が散る。私が反応するよりも早く、フェリクスさんの双剣が私を狙う凶刃を退けた。
「おっと、君達はオレ達と交渉に来たんじゃないのか?」
「恍けるな!サエルミア様がご所望する物を早く引き渡すのだ」
突如襲い掛かった人物の頭巾が風に煽られ捲れる。其れと同時に柔らかな黒味がかった銀髪と褐色の肌のエルフの少女の顔が露わになった。フェリクスさんが驚いた様な声を挙げる。
「此の子、ダークエルフか・・・?」
其れを見ると、サエルミアと呼ばれた首領の女性は暫しの沈黙の後、少女の頬を叩く。
「愚かな娘よ、交渉とは常に望む結果を得られるまで決して、心を乱してはならないものだと言うのに。では、見返りなら相応の物を用意させましょう、その肩に乗っている魔物・・・幼竜を譲って頂けませんか?」
本当にセレスが竜人で、ましてやシュタールラントの姫君と知っての愚行ではないようね。
「其れはできません、此の子は大切な友人なんです」
「くくくっ、何を言うかと思えば魔物を友人?世迷いごとを・・・奴等には情による繋がりなど皆無。術により御されているにすぎない。それが、獣使いの常識と聞きましたが」
如何やら本当にセレスを本当に魔物と思い込んでいるらしい。しかも、私を獣使いであると勘違いしている様だ。振り返ってみると確かにそう見えなく・・・無いかもしてない。
恐らく、ヒッポグリフを駆り、ただの幼竜にも見えるセレスに火を吐かせた所を見ていたのだろう。続く地鳴は振動へと変わり、足を確りと踏み込まなければ体が揺らぐ程になってきた。
「私は・・・・」
改めて断ろうとした私の肩をフェリクスさんがポンと優しく叩く。フェリクスさんは「合わせて」と呟くと、サエルミアに向かい不敵な笑みを浮かべる。
「んでっ、随分とうちの仔に御執心の様だけど、相応って何と交換をしてくれると言うんだ?」
「それなら昼間もご覧になった筈、我々が作りだした生ける芸術を。アレと同様の物は生憎、持っておりませんが、合成獣・・・キメラと言った方が良いでしょうか、仲間が所持している物をお見せしましょうか?」
「ええ、お願いします」
フェリクスさんのおかげで、相手を上手く陽動する事が出来た。彼女達の売捌いていた物は唯の結晶獣じゃないのは明白、結晶獣のキメラ化したものとはどの様な物なのだろうか?何にしても表で売られて良い物じゃない。
「アメリア、ボク・・・売られちゃうの?」とセレスが耳元で不安気に呟く。その頭を安心する様に優しく撫でながら「私達を信じて大丈夫だよ」と囁く。
サエルミアに少し訝しむ様な顔をされたが、私は慌てて苦笑いを浮かべる。
目を逸らされたかと思うと、口笛の合図と共に周囲の木々が騒めき予測通り、サエルミアと同様の頭巾付き外套を纏った人物が五名が出てきた。
「さあ、彼女達に貴方達の自慢の獣を見せてあげなさい」
サエルミアがそう言うと、部下達は不思議な色の結晶を取り出す。しかし、其れは明らかに以前に見た召喚石とは違っている。二色の魔結晶が交じり合い、其れを繋ぎとめる中央に張り付く灰色の塊が、植物の根の様な形状に伸ばし覆っていた。
其れは、それぞれ光りだす。如何やら、魔力が発動の鍵になっている所は、以前に見たものと共通している様だ。しかし、媒体としている物が違う。
灰色のだった物は魔力を受け、まるで生きている様に膨らみ蠢く。其れは魔結晶を呑み込み魔物の姿を模ると、魚の頭にゴブリン体を持つ者や大蜘蛛の体に山羊の頭を持つ者など、奇妙な姿を私達の前へ晒す。何て悍ましいの・・・
「・・・この中から選ぶのか?」
「どの子も自慢の品なんですよ?きっとお役に立てるかと」
口元が引きつる私とフェリクスさんに我関さずと言った様子で、サエルミアは嬉しそうな声をあげながら、頭巾の影が落ちる口元で弧を描く。彼女がセレスを欲する理由は材料にする為で間違いない。
「お断りします!」
私の返事に暫し驚愕の様子を見せるが、風が吹き捲れた頭巾の下の表情は冷酷な物だった。
「そう、残念です・・・」
その直後、振動はいっそう増し、地面はひび割れ盛り上がる。嫌な予感がする・・・
気付いた時には地面を割り開いた大穴・・・・ではなく私達は翼を生やした巨大な牙の生えたミミズの口の中だった。徐々に口は閉じていく口からの脱出を拒む様に、甘い眠りを誘う霧が私達を襲った。
ぼやけ始める視界の中、フェリクスさんが何かに話し掛けているのが聞こえた気がした。
「く・・・レ・・ゥス・・・頼んだ!」
何かが勢いよく飛んで行くのを僅かに捉えた所で、私の視界は深い闇に閉ざされた。
本日も当作品を此処まで読んで頂き真に有難うございます。新たにブックマークまでして頂けて感無量です!
*********************************
謎の魔結晶と引き換えに仲間を捧げよと迫る、謎の集団。
引き換えに用意されたのは、強引に繋ぎ合わせられた異形たち。
突如、現れた怪物に呑まれた、アメリアとフェリクスの運命や如何に?
それでは、次回をお楽しみに!




