第 2話 襲撃ー商業自治区フォンドール
活気に溢れていた市場は、威勢の良い客寄せの声も、商品を買い求める人々の声でも無く、逃げ惑う人々の悲鳴や叫び声が響き渡っていた。通りの端に身を寄せると、錯乱する人の波が押し寄せ埋め尽くしていった。
「あれは・・・ガーゴイル?何故、街の中に魔物が?」
「石を購入した親子が呼び出したように見えたが・・・」
ソフィアとファウストさんは驚愕し、空中に留まるガーゴイルに視線は釘つけになっている。そうか、二人は知らないんだった・・・。
「あれは結晶獣と言って、ある国で作られた魔結晶を変異させ、魔物を複製する疑似生命体です」
私の言葉に二人は驚き困惑の表情を浮かべる。まあ突然言われて、はいそうですかと理解できないのは仕方がないだろう。
「そんな物が・・・。あの、其れは本来の魔物と変わらない物なのでしょうか?」
「確か、操者により動かされる人形の様な物と考えて。主が操獣する召喚石を放棄したからには、誰かが悪用しない限り心配ないよ」
「・・・しかし普通、店の者が何らかの対処をするものじゃないか?」
ファウストさんの言う事は尤もだ。再び空を見上げた所で突如、甲高い悲鳴が上がった。
動けない筈のガーゴイルの手足がカクカクと動き出したかと思うと、滑空し人混みを掻き分け、脅え切った一人の少年を掴み上げると、風を巻き上げ飛翔する。捕らえられたのは結晶獣の持ち主の少年だ。
動き出したと言う事は近くに操者がいる?一体誰が?
泣き叫び脅える少年、必死にガーゴイルの腕から逃れようともがくが、地上を見下ろすと短く悲鳴を上げ気を失い、ダラリと脱力するのが見えた。事態は最悪の事態を予感させる。如何にか空を飛ぶ事が出来れば・・・そうだ!
「ダリル!厩舎へ着いて来て!フェリクスさんはソフィア達と一緒に召喚石をお願いします!」
一瞬、二人とも怪訝そうな表情を浮かべる。フェリクスさんは直ぐに合点がいったらしく、「成程ね」と呟く。
「厩舎って・・・どうすんだよ!」
「ほら、行くぞ!アメリアちゃん、コッチはオレ達が何とかしとくよ」
「なんっ・・・痛てぇ!」
尚も合点がいかない様子のダリルの言葉を遮り、ケレブリエルさんはダリルの頭を小突き、私の方へ向く。
「空から行くつもりなのよ」
其れを聞いて漸く私の狙いに気付いたらしく、ダリルも納得したと言う表情を浮かべた。
「ああ、成程な。んじゃ、とっとと行ってこい!」
「ありがとう、ガーゴイルは私に任せて!悪いけど、皆は召喚石をお願いっ。セレスは落ちない様にしっかりと肩に摑まって!」
「あい!」
セレスの元気な返事と共に私の肩へ確りとしがみ付く。
「ならば、些か強引だが僕が道を開こう・・・」
ファウストさんは地面に魔法陣を画き土人形を召喚すると、其れを人の流れへ割入れ道を切り開き、仲間達もファウストさんに続いて行く。
私は勢いの落ちた人の流れの中へと飛び出すと、店と真逆の商業ギルドの緑色の屋根を目指し駆け出した。
助けを求める人々は家だけでは無く、商業ギルドの倉庫にまで駆け込む。私達は、この異常事態に興奮した魔獣たちの鳴き声が上がる専用厩舎の扉を開ける。中に入ると獣使いらしき人物が目を丸くし、怪訝な目で此方を見てくる。
「何なんだ、あんた!」
「ごめんなさい、説明している時間が無いんです。先程、預けたヒッポグリフを出してください」
預かり証を無理やり押し付けると、獣使いは怪訝そうな表情を浮かべ其れを凝視するが、無言のまま二つの鍵を私達の前へ差し出す。
「・・・んっ」
「ありがとう!おじさん!」
「おじさんは余計だ、良いからさっさと行け!」
鍵を握り絞め、アルスヴィズの寝床の戸を開ける。カチャリと言う鍵を開ける頃には、アルスヴィズは敷き藁の上に立ち、壁に掛けてある鞍と手綱を嘴で突いていた。
感謝しつつ、アルスヴィズに素早く鞍と手綱を装着し握ると、私は鐙を蹴り厩舎を後にした。
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地上は混乱が治まりつつある、だが其れでも尚、緊張感が漂う一角が目に留まる。ソフィアが少年を抱え、ファウストさんが土人形を盾にすると、フェリクスさんが土人形の体を駆け上り、ガーゴイルに斬りかかる。雷を帯びつつ叫び声を上げると、三撃目に入った所で上空への逃避、其れを逃さずケレブリエルさんが追撃で風の矢を放つ。何だか美味しい所だけを掻っ攫うようだな・・・
私が手綱を打ち付け、鐙を蹴ると錐揉み状に滑空する。ガーゴイルは寸前で此方に気が付いたのか更に高く飛び回避としようとしたが、其れは叶わなかった。
「燃えちゃえー!」
セレスは深呼吸をすると、開いた口から灼熱の炎がガーゴイルを捕らえ包み込む。擦れ違い様に、剣を振り払い燃え盛るガーゴイルに横一閃。グラリと揺れる落ちる体を炎が緑色の光の粒子に変え焼き払うと、ポトリと一握りの結晶が地上で砕け散る。
「結晶獣の中に取り込まれているとは・・・」
ふと、視線が頬に刺さる。其れを感じる方に視線を寄越すと、屋根の上に結晶獣を売っていた店主らしき人物が立ち、頭巾を掴み顔を隠しながら口元を歪め呟いた。
「実に興味深い魔物だ・・・近い内にいただきに上がるとしよう」
「いただきに上がるって、何を言っているんですか!」
怖気の走る不気味な其の姿は、瞬きの直後、まるで最初から誰も居なかったかの様に跡形もなく消えていた。魔物・・・アルスヴィズの事だろうか?何にしても召喚石が破損し、手に入らなかったのが心残りだ。地上に降りると、一ヶ所に仲間達が集まっているのが目に入った、何をやっているのかと近付くと驚きの光景が広がっていた。
「アメリア、店が・・・忽然と目の前で消えてしまいました」
困惑気味のソフィアの視線を辿ると、店だった場所には木箱が二つだけ並んでいた。ケレブリエルさんは木箱をなぞる様に触ると、ピクリと眉を動かし、顔を顰める。
「術の痕跡が在るわ、幻覚術かしら・・・如何やらこの島の住人も私達もまんまと騙されていた様ね」
「まさか、ゼノス達が・・・?」
安直な考えだが、直ぐに思い浮かんだのはこの名前。しかし、精霊と無関係の此の地で奴等が狙う物が思い当たらない。
「確証もないし、決めつけるのは早計だわ。私が気になるのは、騒動により製造が縮小した筈の結晶獣が海を越えて売られていた事。しかも、ガーゴイル程の物を作る為のマナ濃度の高い媒体は例の件により採取は禁止になっている。つまり製造禁止よ」
「あの時は確か世界樹の根が・・・此れは気になりますね」
新たに代用品を見付けたか、兵の目を盗んで根を採取したか・・・。いずれにしろ、現地に行くよか知る術は無い。
「何にしても現状では憶測でしかできないわ」
「あの・・・でしたら、その結晶獣と言う物に関係する場所を旅の順路に入れては如何でしょうか?」
ソフィアは少し躊躇した後、おずおずと尋ねる。ファウストさんは耳がピクリと動かすと、座っていた木箱から飛び降り、腕を組む。
「確かに僕も其れが早いと思う。しかし、祭殿の場所を優先するべきではないか?」
「はい!話し中に悪いけど真面目ライオンも皆も、話し合いは其処までな」
突如、フェリクスさんが入って来た事により、話は遮られる。不思議に思って首を捻ると、ダリルはウンザリと言った顔を浮かべ、通りの先を指さす。その先には自警団らしい集団が、漸く到着した所だった。そう言えばこの二人、シュタールラントで役人に散々な目に遭わされていたな。
「ごほん、すまないが一同、御同行願えるかな?」
犯人とは思わ無いが、率先して此の件に関わった事により事情を聞きたいらしい。理不尽だけど此処は自警団に従う他ないようだ。
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事情徴収は思いの外、煩わされる事無く済んだ。寧ろ本来の役目を果たせずに私達に任せてしまった事への謝罪をされたうえに、お礼として宿の手配までしてもらってしまった。
その帰り、すっかり空は銀色の星々が瞬く濃藍色に染まっていた。私は宿までの道中、アルスヴィズの手綱を握り、再び魔獣専用厩舎へと向かっている。しかし、昼間の屋根の上から聞いたあの一言が胸に引っ掛かる、此処に預けても良いのだろうか?思わず足を止めると、ゴチンと脳天を衝撃が襲った。
「痛っ・・・ダリルかぁ、考え事していたのに何すんの」
「ぼーっとしてんじゃねぇよ、通行人の邪魔になるだろうが!」
「ピイイッ!!ピギャ!」
「痛ぇ!止めろって!」
アルスヴィズは私に拳骨をお見舞いした事にご立腹だったらしい、何度もダリルの頭を啄む様に突きまわした。私の為に怒ってくれたのかな?何て主人思いの子なの?
私はあまりに可哀想なので手綱を強く引くと、アルスヴィズは大人しくダリルを突っつくのを止めてくれた。
「アメリアさん、考え事とは何ですか?何時も一人で悩んでいらっしゃるようですが・・・。良ければ私達にお話してくれませんか?」
遂にソフィアにまで一人で考え込んでしまう癖を見抜かれてしまった。頼り過ぎて人に心配を掛けてはいけないと思っていたたけれど、皆を心配を掛けたと反省する。
其処で私は昼の一件の祭、屋根の上に立つ店主の事を皆に話した。十人十色、皆それぞれ驚きや恐怖に怒りなど様々な反応が見れたが、共通するのはお叱りの言葉だった。
「はあ、何でも自分で解決できるのか?凄いんだな精霊の剣ってヤツは」
「ごめん、もっと早く皆に相談すべきだったね」
私が落ち込んでいると、フェリクスさんが笑い声を漏らした。
「此れだから、デコ助は・・・。そんな捻くれた良い方は損するぞ?アメリアちゃん、お兄さんになら何でも曝け出して良いからね。そう胸に秘めた思いとかね!」
「は、はぁ・・・ありがとうございます?」
「本当・・・馬鹿ばかりね」
ケレブリエルさんは呆れた様子で二人を眺めると深い溜息をつく。ファウストさんは其れに頷くと、私達にを集め、輪を作った。
「取り敢えず、此処は現状を如何するかを優先すべきだ。確か、店主らしき人物は魔物を・・・つまりヒッポグリフを貰いに行くと言ったんだな?」
「ヒッポグリフとは明確に言いませんでした。しかし、あの時点に居たのはアルヴィズだけでしたからほぼ間違いないかと」
「そうか・・・」
ファウストさんは口元に手を当てると、短く唸り何やら考え込み出した。改めて考えても可能性はほぼ間違いない、見間違えられる・・・・何んて事は先ず無いよね。
「警備兵も配備されているかと思われますが、交代で見張ると言うのは如何でしょうか?」
このソフィアの提案に乗り、私はアルスヴィズを再び預けると、島の中央通りに在る宿屋へ荷物を預けた。一応は警備兵の方々に話を通したが、私達は二人一組で組み分けし厩舎周辺に見張りをたてる事に。以前に起きた誘拐が起きた事を踏まえ、セレスは私に同行してもらう事にした。
「何も・・・置きませんね」
「暇だねぇー」
セレスは私の肩にもたれ掛ると大きな欠伸をし、其のまま眠ってしまった。魔物・・・近い内、あれは何だったのだろう?シュタールラントへの連絡を忘れていた等と考えていると、周囲を見回っていたフェリクスさんが帰って来た。顔を見合わせると、お互いに何も起きなかったと報告し肩を竦めた。
「エリン・ラスガレンに何かしら起きているのは確かだけど、次は順路を変えずにカーライル王国に戻るのかい?」
フェリクスさんは木に寄り掛かりながら、チラリと視線を私の方へ向ける。
「そうですね・・・手掛かりを見つけやすそうなのも有りますが、祖父や妹の許へ顔も出したいですし。余程の事が無ければ予定通りにと考えていますけど」
「家族か・・・オレは居ないから羨ましいな。うちの親なんて、女好きで借金まみれだったって記憶しか・・・・」
突如、フェリクスさんの話しを遮る様に周囲がざわつく。
「フェリクスさん・・・・!」
「ああ、如何やら奴さんの目当ては厩舎では無いらしいね」
夜闇を照らす月は身を隠し、風が植物を波立たせる。其れに混じる気配は次第に数を増す、確実に私達との距離を狭めながら。
本日も当作品を最後まで読んで頂き真に有難うございます。
此れからも地道に執筆して行く予定ですので、如何かこれからも宜しくお願いします。
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禁止された魔結晶の売買、幻術を操る謎の店主。事実は明かされずも、着実に変化がもたらされる中、翻弄されるアメリア達。此れは精霊への心の変化か、暗躍する邪なる者の罠なのか。
*次回へ続きます




