◆後日談 「和平と展望」
ディアーク陛下の牽制により戦いは治める事になった訳だが勿論、此れで二種族間の争いが集結した訳ではない。
陛下からの勅命により互いに軍を引き上げ、火の祭殿を話し合いの場をとし、和平へ向けて集まる運びとなった。勿論、私達は他国の者として宿で英気を養う・・・等と言う訳にもいかず。
「他国の事にも関わらず、此の度は我国の為に・・・我が仔の為に尽力してくれた事を感謝する。そこで、疲れているところ恐縮なのだが君達にも功労者として招きたいんだが」
国王陛下の直々のお言葉に断れる訳もなく、祭壇の間の向かいに在る広間にて長机を挟み互いに緊張の色を顔にのぞかせ向かい合っている。
「先ず、此度は私が至らぬが故に、この様な事を引き起こしてしまった事及び其方らの名誉を著しく傷つけてしまった事を謝罪する」
ディアーク陛下の謝罪の言葉につづき、竜人達は深々とドワーフ側へと頭を下げた。
その後、焦げ茶の髪と髭を蓄えたドワーフの領主である、エルスハイマー公爵から原因と説明が求められた。
「其方の兵士と冒険者により事前に難を逃れましたが、宜しければどの様な事情が有ったのかお話願えますかな?」
「此度の争いは、クラウス・シュターデンの企てた謀反に起因する。兵からはカルメンと名乗る魔族の残党に唆され精霊の間へと忍び込み宝を盗み出した後、ゼノスと言う名の人物と合流し、国家転覆を実行に移した言う供述が有ったと聞かされている。そして、これが盗まれた宝・・・魔導書だったものだ」
ディアーク陛下の言葉が終わった直後、兵士の一人が布に包まれた一冊の黒い蝋で固められた魔導書を差し出す。此方へ魔導書を渡すと聞いていたけど、本当に残していくなんて。
会場にどよめきとヒソヒソ声が響く中、エルスハイマー公爵の咳払いにより静寂が取り戻された。
「ふむ・・・確かに、事情はよく理解できました。本題に・・・と言いたい所ですが、其方の他国の若者はいったい?」
エルスハイマー公爵は怪訝そうな表情を浮かべ此方をみると、たっぷりと蓄えた髭を片手で撫でつけ、窺う様にディアーク陛下の顔を見ながら訊ねる。
「紹介が遅れて申し訳ない、今回の件を解決に助力してくれた者達だ。此の者達が居なければ、こうやって二種族間で顔合わせる事は二度と無かったと言える立役者だ」
大げさな紹介で気恥ずかしい、照れくさくて思わずふやける顔を引き締め、その場に立つ。
「只今、紹介に預かりました。冒険者のアメリア・クロックウェルと申します」
私が軽く会釈をすると、一部の人が此方を見つつ何故かヒソヒソ話をしだす。何か失礼な事をしたかと考え込んでいると、ディアーク陛下まで驚いた様な目で此方を見ていた。
「失礼だが、君は種族戦争の英雄、エドガー・クロックウェルの縁者か?」
「はい、エドガーは養父です」
此処で祖父の名前が出るとは、人望と功績の凄さを見せつけられた気がした。また爺ちゃんか・・・!
其処からは話は脱線して、竜人及びドワーフ双方から戦争時には世話になったや近況等、質問攻めにあった。其の影響か、皆の紹介も順当に済んだ。
「それでは、クロックウェル一行はこの後に重要な役割がある為、引き続き出席して貰うつもりだが異論がある者は居るか?」
ディアーク陛下の言葉に困惑する様な声が飛び交うが、其れをエルスハイマー公爵はスッと手で制する。
「俺は構わない。今回の事は和平の話しだ聞かれても、干渉や妨害が無ければ問題は無い。此処は立会人と言う事にして、話を本題へ進めようじゃありませんか」
「ふむ、協力感謝する」
こうして和平に向けての話し合いは、私達の目の前で続いて行く。今後の関係の修復についてや、お互いの損害額の保証等が取り決められていく。
「ファウストっちゅう奴と其方の兵士が知らせてくれたおかげで、此方の損害は最小限で済んだ。強いて挙げるのでしたら、鉱山での採掘の許可を頂ければと存じますが」
エルスハイマー公爵からの申し出が予想外だったのか、ディアーク陛下は「ほう・・」と呟くと驚きと戸惑いが綯交ぜになったような表情を浮かべていた。
「構わないが・・・此方は一方的にお前達の名誉を傷つけ、戦を仕掛けた。真に良いのだな?」
「ドワーフに二言はありませんな。俺達は背は小さくとも、器の大きさに関しては世界一と自負しております」
エルスハイマー公爵は口元で弧を描き、白い歯を剥き出すと胸を張る。如何やら話は良い方向に纏まりそうだ。しかし、私達の役目とは何なのだろうか?
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如何やら和平を結ぶにあたり誓約を立てる際の精霊王との橋渡し役を頼みたかったらしい。
私達とディアーク陛下とセレス、ドワーフ側からは公爵が代表として呼ばれ、案内されたのは祭壇の間だった。人の手が入り初め、瓦礫が隅に寄せられていたり、敷石にひび割れや抉れている箇所が見られること以外は、あの戦いの痕跡は殆ど残ってはいない。
其れでも如何にか祭壇だけは作り直されており、精霊の間への導き手としてシグルーン・カペルと名乗る赤髪に二つの白金の髪束が混じる祭司の女性がエヴァルト大祭司の代理として出席していた。
「兵士に訊いたんだけど、あの子は火竜族と光竜の混血で、エヴァルト大祭司以上の実力が有るらしいよ、と言っても武術だけな。スタイルは良いんだけど・・・」
フェリクスさんはダリルとファウストさんを相手に、祭壇の前に立つカペル祭司を見ながら目を輝かせ熱く語りだした。此の人は相変わらずだなと私達、女性陣が軽蔑しつつ適当に受け流していると、良く通る凛とした女性の声が響く。悪く言えば男勝り、良く言えば頼れる姐さんと言った雰囲気だろうか。
「これより、双方に現状をご理解いただく為、精霊の間にて清浄の儀及び和平への誓約を交わして頂く。宜しいか?」
「勿論だ、案内してくれ」
「ああ、俺も構わない。進めてくれや」
二人の返事を聞くとカペル司祭は「承知いたしました」と前置きをすると、精霊の間の入り口へと歩いて行く。首にかけられた首飾りの鎖を引っ張ると、スルリと胸元から紅い宝石の付いた飾りを取り出す。
「では、ご案内致します。クロックウェル殿達も御同行願いたいが、宜しいだろうか?」
「ええ、勿論です」
私達の返事を確認すると、カペル祭司は扉の方へと向き直り宝石を扉に当てる、扉は忽ち炎へと変わり、私達を招くように大きく口を開けた。中々、派手な開扉方法だ。
導かれるままに精霊の間へと向かうと、火の精霊王が精霊石の前で胡坐をかいて待っていた。
「漸く来たか、眷属と鍛冶師。よく俺の後ろに在る物を見ろ、此れがこの地の全ての火のマナの根源の姿だ」
火の精霊王に言われるまま其れを見ると、カルメンやゼノス達の影響が色濃く残っている。帯びる火のマナは弱く、瘴気を僅かに漂わせる穢れの残滓が精霊石を未だに蝕んでいるのが見て取れた。
ディアーク陛下とエルスハイマー公爵は其れを見上げ驚愕する。ディアーク陛下は悔しさと罪悪感に顔を歪め俯き、拳を震わせていた。
其れを見兼ねてか、エルスハイマー公爵は眉尻を下げながら、ディアーク陛下に語り掛ける。
「陛下・・・お顔を如何か挙げて下され。此れは其れに気付いておきながら、何もせず近付きもしなかった俺達にも責任は有りますゆえ」
私からは火の精霊王はこの姿に若干、苛立っている様に見えた。お互いに責任を感じあっている様子に、関係改善の兆しは見えるが、火の精霊王が求めているのは其処では無い。
「俺は責めてはいない。現状を知らせただけだ。火のマナの減少により均等は崩れ、此の地から世界が綻び始めている。仲を違える事無く、火への祈りを祭殿へ集め、此の地を害成すものを寄せ付けぬ地へと戻す事を誓え」
此の言葉に二人は膝まづき頭を垂れ、明瞭に「誓います」と宣言をした。すると、赤い火の文様が二人の額に浮かび、消えて行った。其れを確認すると、カペル祭司は私とセレスを精霊石の前に行くよう促した。
「次は祈りを妨げるには、この穢れを完全に祓う必要が有る。本来なら眷属のみで執り行うやつだが、其れが可能なセレスは余りにも幼い」
火の精霊王はセレスを屈み、見つめると、私の方へと視線を向ける。
「つまり、私の力が必要と言う訳ですか?」
「ああ、そうだ。光の精霊王の加護を持つお前なら問題ないだろう。なぁに、力を少しばかり分けてやれば良いだけだ。やれるよな?」
こんな妙に圧力をかけずとも、私には断る理由などない。むしろ、やらなくてはならないと考えている。
応えは勿論・・・
「お任せください!」
事前に堅苦しく清浄の儀と聞いたが、要は精霊石の清浄化。如何やら戦場でのセレスの白銀の炎を見て、力を見出したらしい。火のマナの全てを焼き尽くす力、光りのマナの邪なる者を滅する力・・・二つを合わせる事は本当に可能なのだろうか?
私はセレスを支える様に抱え、精霊石に向け掲げる。身に宿る精霊の力を感じる、左手からは火の精霊の力を右手からは光の精霊の力を、其れが混ざり合いセレスに流れ込むの感じる。しかし、それと同時に視界が白んだ。
肌と鱗の様な感触が手に感じた、そしてふわりと髪の毛の様な物が頬を擽る。
「え、ええ・・!!」
「アメリア、ボクに任せてぇ!」
私の腕に支えられるのは金の角に珊瑚色の髪の幼い少女、自信満々な口からは戦場の時より大きく強力な白銀の炎が吐かれ、精霊石を包むと穢れを灰に変えながら残さず焼き祓い去ってしまった。
「やったよぉー!」
唯一、変わらない青い瞳が不思議そうに此方を見つめる。
「セレス・・・?」
「ん・・・???そうだよぉ」
「お・・・女の子だったの?!」
私の声に対し、大多数から一斉に声が浴びせられる、「驚く所、其処かよ!」と。
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誓約も和平も結ばれ、城はすっかりお祝いムードに。豪華な食事に舌鼓を打っていると、部屋の片隅で何かを数える商人のライラさんが目についた。
そう言えば祭具の件以降、連絡を取っていなかった事を思い出し近付く、鼻歌交じりとやけに上機嫌な様子だ。
「ライラさん、ごめんなさい。お世話になっているのに連絡もしないで・・・」
私に気が付くとライラさんはジャラジャラと音をたて、慌てて手にしていた革袋を後ろ手に隠すと、首を横に振る。
「いえいえ~、大丈夫ですぅ。此方でも色々と稼がせて貰ってほっくほくですよぉ。何なら取って置きの情報もただで教えちゃいます~」
此れはパーティーの仕込みに一役買って大儲けって所かな?そして背中に隠れた布袋は、その報酬か。
でも、その上機嫌にのってみるのも悪くないかも。
全ての祭殿をまわる必要が有るとするのなら、残るは闇の祭殿になる。其の場所は祭殿を祭る魔族の血を継ぐ者にのみ伝えられているとされている為に情報は皆無だ。手に入る可能性は低いだろうけど・・・
「んん??闇の祭殿ですかぁ、解りませんねぇ。半魔の人達を手あたり次第集めるしか・・・。一緒に旅をすると儲か・・・楽しいですし、闇の祭殿の情報集めも協力しますよぉ」
何やら裏が有りそうだが、引き続き船に乗せて貰えそうで助かる。自国の王都の貧民街や学内に居る半魔の学友から訊く事も思いついたが、気に掛ける点は一つでは無い。カルメンとゼノスの行方、その二人の標的となる可能性はどの祭殿にも在る。
何方にしても私達の旅は各地を転々と巡る物になるだろう、精霊と女神の導くままに。
本日も当作品を最後まで読んで頂き真に有難うございます!ブックマークまでして頂けて感激です!
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いよいよ敵側の動きも徐々に脅威を増し始めた現状、ライラの協力も得て旅は世界各地へと広がる。運命の糸に手繰り寄せられるように、アメリア達に引き寄せられる未来と世界の行く末は如何に?
次回へ続きます!




