第10話 王都エーリュシオン -後編ー
今回はかなり長文になってしまいました、ごめんなさい。
「魔族・・・混血?」
今は懐かしいバーウィック村の学校での授業でも野営地でも踊り子と吟遊詩人の二人の歌と踊りの中で、かつては魔族とも共生できていたような話を聞いた気がする。
それはあくまで過去の歴史の一部で、現実に血は薄まっているとはいえ、その子孫が残っているなんて聞いた事がなかった。
「アメリアちゃんとダリルは”闇の巫女”の引き起こした災厄について知っているかい?」
「闇の祭壇に仕える巫女が世界の均等を崩したと言う話なら聞いた事が・・・」
「ああ、たしか野営地でんな事を聞いたな」
私たちの返事を聞いて一瞬、フェリクスさんはダリルまで知っていた事に意外そうな顔をすると、感心したかのように頷く。
「それなら話が早い。これにはお伽噺では無く現実に起きた事で、二千年前にマナの均等を崩したのは巫女一人じゃないのさ」
「一人じゃない・・・?」
「その通り!正確に言うと巫女と闇の精霊を崇拝する信徒である魔族達だよ」
フェリクスさんの顔が徐々に得意げになってきている。反応したダリルはそれに対し苦虫を潰したような顔をしていた。
「でも、歴史として伝えられてる通りなら滅ぼされた筈なのに何故・・・?」
「滅ぼされる?正確には別の世界・・・魔界へ追放されたんだよ。この世界に残っているのは文字通り、他種族と血を分けて追放を免れた連中の子孫ってわけだ」
私は驚愕のあまりに息を飲んだ。
色々と多くの情報が入ってきて混乱しそうになりながらも理解した事実は予想を上回る物だった。
真剣に聞き入る私をよそにダリルが口を開いた。
「・・・だけどよ、なんで魔族の混血だって判ったんだよ」
フェリクスさんは予想外の相手からの瞬きする。
「だいたい予想はつくさ。紫の髪は魔族に多いい髪色だからね」
「フェリクスさんって・・・学者さんなんですか?」
「いいや、これは学生時代にそこのアカデミーで齧った知識だよ。それなりの職に就くには武力だけじゃなく知識も必要なのさ」
バチンと私に向かってウィンクをするフェリクスさん。さっきまでの真剣な顔がどこへやら、元のノリの軽い人に戻っていた。
「話は判った。行くぞアメリア」
「えっ・・・ちょ!」
話し終えるや否やダリルが私の腕を強引に引っ張り上げる。
「私のお財布の心配してくれるのは嬉しいけど、腕を引っ張ることないじゃない」
「そうそう、探しに行く前にオレに言う事があるんじゃないの?」
そう言うとフェリクスさんは私の肩に腕を回し私達の話の間に入ってきた。
「魔族の事を教えてくれてありがとうございます。でも・・・肩を放してくれませんか?」
「アメリアちゃんは誰かさんと違って律儀だねー」
「・・・感謝してやるから肩を放してやれよ」
ダリルは私の両腕を掴むと、フェリクスさんから引き剥がす。
「それは人に感謝する態度じゃないだろ」とフェリクスさんは抗議していた。しかしその後、何故かダリルの顔を見てニヤリとほくそ笑んでいた。
「ほら、今度こそ犯人を捕まえに行くぞ」
「それじゃあ、とりあえず馬車の停留所に行ってみようか」
「これも何かの縁だ、オレも協力するよ」
ダリルに続いてフェリクスさんも歩き出す。
「二人ともありがとうね!」
「・・・俺は使いの奴との待ち合わせ時間に間に合わなくなると不味いから協力してやるんだよ」
「お兄さんは全女性の見方だからね!」
「・・・お前は黙れ」
「お前は目上を敬う心を学ぶべきだデコ助!」
「あははは・・・二人とも路上で喧嘩をするの危ないよー」
何だか二人とも打ち解けるのが早いなぁと思いつつ、三人で足早に馬車の停留所へ向かう事にした。
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私達が到着居た時に比べて人数は減ったものの、そこそこ馬車の往来は有り賑わっているようだ。
まだ確信は持てないけど、たしかあの少年とぶつかったのは停留所前の花壇だった気がする。
ふと二人を連れて人や馬車に気を付けながら歩いていると、見覚えのある黄緑色の髪と赤紫色の髪の二人の姿が見えた。
二人も此方に気が付いた様で此方に手を振っている。
「おねえちゃーん!」
やっぱりケイティーだ。となると横の女性はジェニーさんに違いない。
ケイティーは思わず私の方へ駆け寄ろうとするが、ジェニーさんに襟元を掴まれ足止めされていた。
「ケイティー」
「久々の再開のところ済まない、これから隣町に行かなくてはならないんだ」
「いやー、元気そうな顔を見れただけで十分っす。俺達もアメリアの財布を探しに行く最中なんで」
私もケイティー達の方に行こうとしたものの、ダリルに肩を掴まれてしまった。
「そうか、それは君達も大変だな。もし探すなら貧民街は避けた方が良いぞ」
そう言うとケイティーを連れててジェニーさんは馬車に乗り込んでいった。
「あの子がアメリアちゃんの義妹ちゃんかぁ。って怖っ!アメリアちゃん睨まないで」
ふざけていたフェリクスさんを一喝していると、背後で「泥棒!」と大きな声があがった。
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それに逸早く気が付いたのは私だけだった。素早く声のする方を振り返ると、走り去る帽子を深くかぶった紫色の髪の少年の姿が目に入った。
逃がすものかと思った瞬間、気が付いたら走り出していた。その後を追いかける二人の声と足音が聞こえる。
反射的に追いかけてしまったとはいえ、みすみす手掛かりを逃すわけには行かない。
一緒に探してくれる二人に迷惑をかける事は申訳ないけど、目の前を走る小さな姿を追った。
相手も気が付いたのか、私を振り切ろうと細い路地に入って行く。その瞬間、ドンと何かが衝突する音が響いた。
慌ててチラリと衝突した相手の方を見ると、それはアールブヘイムで出会った人物、ウィリアムが居た。
偶然の再開に歓喜しつつも、犯人を見失うわけには行かない。
頭が混乱した結果、困惑する彼の手を掴んで走り出してしまった。
「ちょ・・ちょちょ・・アメリアさーん?!」
「ごめん、事情は後で話すから兎も角走って!」
何をやっているんだろ私・・・
そんな私の様子を見て何かを察してくれたようで、ウィリアムは私の手を離すと「あの子を追っているのですね?」と言い一緒に追いかけてくれた。
暫く後を追い続けると段々と綺麗な石造りの建物から、外壁が一部はがれた建物が多く並ぶ通りに出た。
辺りを見回すと崩れた壁や塵が散らばり、道行く人の私達への視線は鋭い。
「ここ・・・貧民街?」
「そう・・・みたいですね」
息をきらしながら見回していると、追いかけていた少年を見失ってしまった。
とりあえず走って行った方向へ走ると、何かが叩き付けられる音が聞こえてくる。
「やみくもに走っても仕方がない、行ってみよう!」
「はいっ」
辺りを警戒しながら耳を欹てて音を頼りに通りを走る。その間にも幾度となく響く打撃音と共に、すすり泣く声と怒声が混じるのが塵の山から聞こえてきた。
その方向に向かうと少年の者と思しきボロボロの帽子が落ちていた。
更に近づき物陰から覗くと、帽子を被ていた時は少年と思っていたが、正体は濃い紫色の髪に羊の様な角を生やした幼い少女だった。
同じように角の生えた五人の男達が盗んだ財布を摘みあげ、少女を踏みつけている。
「なんて事を・・・!」
そう言って身を乗り出した途端、掴んだ塵の山の一部がガラリと音を立てて崩れてしまった。
一斉に男達の視線が此方に向かい、一人が此方の方に向かってくる。
「アメリアさん・・・!」
「流石に気づかれたわね・・・・これ」
恐らくウィリアムは戦闘ができない。此方に来たら庇いながらの戦闘は厳しい。
街中で剣を抜く訳には行かない。ウィリアムには隠れていてもらい、鞘を抜かずに男達に向かい駆け出す。
「【ブレイドバッシュ】」
素早く走り込み、胴体に連続で剣を叩き込む。それを受けて不意を突かれた男は体をくの字に曲げて低く呻き倒れる。
間髪入れずに剣を横に薙ぎ、続いて少女を踏みつけている男の脇腹に蹴りをいれ、その隙に少女を抱え上げ全力でウィリアムの下に走り出した。
「ウィリアム!この子を連れて逃げて!」
ウィリアムに少女を預けると踵を返すと後続の敵に備え構える。その時、聞き覚えのある声が後方から響いてきた。
「こんな所に居たんだね子猫ちゃん。財布泥棒はみつかったかい?」
「ったく置いてくんじゃねぇよ!」
「二人とも来てくれたんだ!」
フェリクスさんは私の前に飛び出すと、私に向かってウィンクをした。
「此処はお兄さんに任せて逃げなさい。祝福の儀式を前に事を荒立てるのは良くない」
「でも・・・」
「心配するな殺しはしない。それに、こう言う時は大人に頼っていいんだよ」
ニコリと微笑むと腰の後ろで交差させた短剣を二本抜く、魔力の籠った刃が淡く光りだした。
「おい!行くぞ!」
ダリルに呼ばれ、ウィリアムと共に少女を連れて表の通りへと走り出した。
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そして、捕まえたと言うか助けた魔族の混血種の少女、エセルにお財布の事を聞き出す事には成功したんだけど・・・既に財布は巻き上げられて、取り戻すことは不可能に。
エセルの事は事情も汲み取って、言い聞かせた後に今回は許す事にした。
落ち込んでいると、ウィリアムが一粒の魔結晶を私に手渡した。
「これは光の魔力を込められた魔結晶です。宜しければこれで工面してください」
「そんな・・・これは貴重な物じゃ」
「僅かな魔力しかない消耗品みたいなものですので、どうかお気になさらないでください」
ウィリアムはそう言うと、受け取るようにと、返そうとした私の手を両手で握らせた。
「ありがとう・・・」
「どう致しまして。では、ぼくは教会の用事がありますので、ここで失礼します」
そう言って立ち去ったウィリアムの後姿をつまらなそうな表情を浮かべるダリルと共に見送った後、帰ってきたフェリクスさんと共にエセルに案内をして貰い、彼女を家に送り届けた。
その後、ウィリアムから貰った魔結晶を感謝しながら換金すると、そこそこの金額になった。
そんなものを簡単に出せる彼は、別の意味で何者なんだろうと三人で悩んだのは言うまでもない。




