第22話 黒き囚われの竜
精霊の間へと歩みを進めるゼノスを黒龍の背後に視認しつつ、祭壇の間を駆ける。黒龍から零れ落ちる穢れは触れる物を取り込み黒龍の許へと還る。その度にもがき苦しむ怖気のする悲鳴のような鳴き声が上がり、その身から滲む瘴気がいっそう濃くなるのを見た。アレはきっと取り入れた者の負の念が蓄積している影響かもしれない。其の苦しみを、恐怖をセレスも味わっているのかと思うと苦しくなる。
「恐らくゼノスは精霊の間へ入れないわ。例外はあったけど基本、あの部屋には証を持つ者や精霊の許しを受けた者しか入れない事になっているのよ」
以前に影に潜んだカルメンが精霊の間へ侵入すると言う事が遭った、何かしらの事態が起こる可能性は無いとは言えないが、黒龍を祓うには問題ないだろう。
「私とダリル、フェリクスさんでケレブリエルさんの詠唱が終わるまで黒龍を扇動。四散させ、各部位を弱らせたら私とソフィアの浄化魔法でセレスを救出するよ!」
「ああ、解った」と二人の返事が聞こえる。ソフィアからはエヴァルト大祭司の治療と安全圏への避難が終わり次第、参戦すると了解の返答があった。
杖が床を突く音と共に、背後からケレブリエルさんの声が掛かる。
「言っておくけど、穢れに対して風はあくまで一時的措置にしかならないわ。決定打はアメリアとソフィアに掛かっているから頼んだわよ!」
「ええ、任せてください!」
「はい・・・!」
私とソフィアが返事をすると、フェリクスさんとダリルは私を中心として左右に別れ駆けて行く。
「オレがアメリアちゃんと一緒にたんまり時間を稼ぐから、安心して詠唱してくれよ。あ、デコ助も居るんだったな」
「うるせぇ!さっさと行くぞ!」
私達はケレブリエルさんの詠唱を耳にしつつ、それぞれ穢れに注意を払う。襲いくる黒龍の腕に瓦礫が砕かれ腐り落ちる、冷や汗を滲ませながらも炎の蹴りがその爪先を焼き、雷が襲いくる巨大な足を穿ち歩みを弱め、光の剣が其れを断ち斬ると光の粒子に呑まれる様に霧散して行く。
やはり光は有効な様だが気懸りが有る、精霊の間の直前で沈黙を守るゼノスの事だ。
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劈く様な悲鳴を上げる黒龍は倒れまいと尾をその後方へと叩き付け床を削りながら巨体を支える、それと同時に部屋の奥で火柱が上がりゼノスの苛立ったような声が響く。
「力を奪ったと言うのに小賢しい・・・。あぁ!もう、煩いんだよ!」
直後、その苛立ちは私達では無く黒龍へと向けられる。
ゼノスの指先から黒い塊が放たれ黒龍を直撃したかと思うと、再び耳を塞ぎたくなる様な雄叫びを上げ、腹部を中心に体を膨張させていく。下手すれば私達が手を打つより早く、黒龍の身が爆ぜたりする可能性も在り、起きれば二重の大参事だ。穢れには関係が無いが、其れに取り込まれたセレスの命は・・・
私の許にダリル達も集まり黒龍と対峙する、此処は私が斬り裂き膨張を食い止めるか・・・。
「力を奪った・・・なるほどね」
フェリクスさんがゼノスを睨みながら小さく呟くのが聞こえた。
「え・・・?」
其れに気を取られていると、ダリルに背中を強く叩かれ、私は思わず前方に倒れそうになるのを必死に堪えた。
「おら!敵の真ん前で呆けるな、何がなんでもアレを止めるぞ!」
「・・・ごめん、行こう!」
セレスの居場所は憶測だが、可能性が高いのはケレブリエルさんの言う頭か胸。そして覚悟を決め、息を飲んだ其の時だった。
背後から突風が吹き荒び、待ち侘びていた物が巻起るのを感じる、詠唱が完了をが近い様だ。
「おい!皆、捌けるんだ!」
フェリクスさんの声に従い一縷の望みを賭け、私達は左右へと散る。苦しむ黒龍の咆哮にも負けず朗々とケレブリエルさんの声が響いた。
「我に応えし 遍く空を駆ける風の精霊よ 風は渦巻く槍となり矢となりて 其を穿たん 【裂空刃】!」
杖の軌跡を追う様に風が円を描き幾重にも重なる、其れが拡張すると風の刃は捩れ、其れは矢の様に降り注ぎ又は槍の様に黒龍を穿つ。
地響きと共に散りじりに引き裂かれた黒龍の体はその場にボタボタと床へと落ち、再びもがき苦しむ胴体へと収束していく。
「ソフィア!」
「はい、お待たせしました!」
ソフィアは部屋の隅へエヴァルト大祭司を寝かせると、ベルトに付けた硝子の小瓶を持ち黒龍の許へ駆け寄り中身を振り撒き、杖を構える。
「離れて、ソフィア!」
「お忘れですか?あたしの半分は魔物なんですよ?其れに強力な相手には直撃が一番ですし」
ソフィアは体をセイレーンと似たような姿へ体の一部を変化させる。歌う様に詠まれる呪文に撒かれた液体は呼応する様に広がり魔法陣を描く。
「天におわせし我が主よ その慈愛に満ちた御心にて その御力を分け与える事を乞い願う!水が杯を満たすよう 穢れを清浄なる力で満たしたまえ 【女神の慈悲】」
詠唱と同時に輝く水は柱となり、黒龍を呑み込み穢れを洗い流す。其れでも尚、中央から穢れと濃い瘴気に包まれた何かが転がり出る。
「セレス?!」
私は駆け寄り慎重に其れを剥がしにかかる。光の魔力で穢れがゆっくりと融ける様に消えると、眠るセレスの姿を現した。しかし、揺すろうと叩こうと起きる様子が無い。
「何故?穢れは祓われた筈・・・」
ソフィアの困惑する様な声が背後から響く。それどころか、瘴気が再びセレスを包み込む様に集まりだす。
「もしかしたら、セレスの体に穢れが馴染んでしまっているのかもしれません。仮説ですが、魔力との親和性が高い体質なのやも・・・」
確かに思い当たる節がある、城の脱出の際の戦いでは私の力を増幅させているかのように思えた。
そんな褪せる私をゼノスは何故か妨害する訳でも無く、不気味にほくそ笑んでいた。
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「・・・無駄だから止めなよ、ソイツにはちょっとばかり仕込ませてもらったからさ」
ゼノスは精霊の間の前の石段に腰を掛けると、頬杖を突きながら本を開き頁を捲るとパタリと閉じる。その表紙には紋章と不思議な文字が書かれているのが見えた。何故か其れに既視感を私は感じた、何処で見たのだろうか・・・
「まさか、さっきの呪文が?」
ゼノスは私の問いかけに肩を竦めると、見下すような表情を浮かべ其れを鼻で笑った。
「・・・だから何なの?此れからもっと愉快な事が起きるんだ、たかが一匹が穢れに呑まれようと大した事ではないじゃないか」
冷たく残酷な答えが当たり前の事の様な声で返って来た。
「愉快な事が起きる?たかがですって・・・!」
「扉一つ空けられない奴が随分な口振りじゃねぇか」
ダリルが青筋をこめかみに立てつつ、ゼノスを挑発するが応えは返らず。ゼノスが呆れ果てた様な溜息をつくと、影が伸び中からある人物が姿を現す。
長く芥子色の髪に白い角を持ち、冷たい琥珀色の瞳を持つ人物。易々と群衆の目の前で反乱分子の命を斬り捨てた張本人だ。
「クラウス宰相・・・?!」
ソフィアから驚愕の声が漏れる。其れに当人は我関せずと言う態度で困惑する私達を他所にゼノスの姿を目にすると、膝まづき恭しく頭を垂れた。
「主よ、馳せ参じる事が遅れてしまい大変申し訳ございません。これに対する御咎めは何なりと・・・」
「その件に関しては本に免じて許してやろう、こうして此の場に存在するのもお前のおかげだからな。それより用意できているか?」
「はっ、寛大なご処置を賜り心より感謝致しております。本と同様、入手するのに苦労しましたが此方に・・・」
クラウス宰相は懐から火の紋章が刻まれた首飾りを取り出す。
「精霊紋の首飾り・・・エヴァルト大祭司から盗んだのね」
「此れは主をこの世にお戻りになる為に必要・・・ぐ、申し訳・・ございません」
ケレブリエルさんの怒りの声にクラウス宰相は淡々と語りだすが突如、胸を抑えもがき苦しみ出した。
「余計な事をせずお前も群れに戻れ・・・」
ゼノスは首飾りを受け取ると扉に手をかざす。すると、首飾りの紋章が光り、扉が幻覚の様に徐々に姿を消していく。
「行かせてたまるものですか!」
セレスを抱え走り出す私達だったが、耳に響く異変に血の気が引き、思わず足を止めた。
「こんなに早く始めるとはね・・・どうりで街が静かなわけだ」
「クソッ・・・!」
空気を伝わり建物にまで震えるほどの脅威。見上げると、破壊された天井から覗く先には何かが押し寄せ、空を黒く染めて行く。其れは空を飛ぶ竜人の軍勢だった。
本日も当作品を読んで頂き真に有難うございます!
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穢れに取り込まれ、救出されるも未だに目覚める事の無いセレス。
ゼノスが持つ本と彼自身の正体とは?
一難去ってまた一難と襲いくる危機と不穏な空気の先にどの様な展開が待っているのでしょうか?
◆次回へ続く◆




