第21話 穢れた翼
爆発の衝撃の影響だろうか?手を掛けた金のノブは歪み、カタカタと僅かに動くのみで、その役目を果たさずにいる。
強引に内側に扉を引っ張ると、僅かに空いた隙間から瘴気と共に濃い鉄錆の臭いが漏れて来た。どうりで静かな訳ね・・・
皆も気づいたのか、ある者は不安げにある者は顔を顰める。此れは開けるべきか?不思議そうに私を見つめるセレスを見ると、扉を打ち破る事を躊躇してしまう。だがしかし・・・
「此処は案ずるより産むが易しですよ。僕、早急に本を大祭司様にお届けしなくてはいけないので、お先に失礼しますね」
「ま、待って!」
ゼノスは私達の様子に痺れを切らしたのか、平然とした様子でノブを掴むと片足を勢いよく振り下ろしドアを蹴り上げた。ガン!と耳を劈く様な音を立て、華奢な足から繰り出されたとは思えない勢いで扉が解き放たれた。
途端に押し寄せる咽かえるよう臭気に私達は思わず顔を歪め口を押え吐き気を堪える。床一面に広がる赤は絨毯などではない。部屋には瓦礫と多くの兵士だった物が転がる凄惨な光景が広がっていた。
その中央に向かい瘴気が収束し、その澱みから黒くぬらぬらと光沢を持ち泡立ちながら蠢く巨塊が鎮座していた。
「・・・何これ・・・・怖いよぉ」
セレスは顔面蒼白になり小刻みに体を震わせると、私の首元に顔を埋める。此処までとは思っても居なかったが、やはり開ける前に何処かに退避させておくべきだった。
放たれた臭気が扉から逃げた事により僅かに薄まったが、動きに支障が無いとは言い難い。
「何て禍々しいの・・・」
部屋の中央に存在する巨塊は悍ましく、まるで生きているかのようヌラヌラと複数の触手を伸ばし獲物を探す様に漂わせている。
「これは恐らく穢れ・・・瘴気が浄化されず濃度を増し生じた澱み。本来ならこうなる以前に聖職者や際職者が祓い浄化を行う物でこの様な状態にはならない筈ですが・・・」
ソフィアは杖を突き、苦し気に肩で息をしながら、目の前の穢れを見上げる。
「クソッ・・・つまり此奴は誰かがワザとやったってのか?」
ダリルは中を見渡しつつ、濡れた床を慎重に踏みつけ探りを入れる様に室内へ入っていく。しかし、流石に先走り過ぎた為か、ケレブリエルさんに杖で肩を叩かれていた。
「あら、冴えているわね。でも、此処での単独行動は足を掬われるわよ?」
ダリルはケレブリエルさんからの忠告に不服そうに眉を顰め、納得できないのか私達へと向き直る。
「だとしてもよ、突っ立て居ても仕方ないだろ?」
「其れは間違っていないけど、無策のまま突っ込むのは如何かと思うよ」
肝心の犯人は思い当たる節が有り過ぎて特定できないのがもどかしい。今、一番怪しいのは一人・・・
「先ずは此処を開けた張本人に思い当たる節が無いか聞いてみるのが一番じゃないかな?」
フェリクスさんは虫の居所の悪そうなダリルを鼻で笑うと、チラリとこの部屋の扉を開けた張本人に視線を送る。其れを見て困惑の表情を浮かべるダリルとソフィアだったが、私達と共に一人に人物を見やると表情を変える。
視線が注がれるその先、ゼノスが赤い海の中央で穢れの傍に立ち、本を片手に満面の笑みを浮かべていた。
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突如、前方の瓦礫の山が崩れた。音に反応し視線を動かすと、大怪我を負いながらゆっくりと立ち上がるエヴァルト大祭司の姿が在った。
しかし、其の奇蹟を喜ぶ間も無く、私達を見て驚愕の表情を浮かべると、その顔は徐々に険しい物と変貌した。その矛先は何故か私達へと向いていた。
「ギルベルトは如何したんですか!此処に奴を・・・邪なる者の分け御霊を連れ戻すだなんて・・・!」
其処まで叫ぶとエヴァルト大祭司は杖を突きながら膝から崩れ落ちた、意識は如何にか有る様だが苦しそうに肩で息をしている。
「今、お助けします・・・!」
取り敢えずはソフィアのおかげで命に関する危機は退けられただろうけど、祭殿での時と違い冷静さを欠いた様子から大きな過ちを犯してしまった事に気付かされた。
取り付く島もないほど激昂したギルベルト、不穏な動きをするゼノスと名乗る少年。
「・・・貴方は何者?」
私の問いかけにゼノスは答える事は無く、狂気を感じさせる表情を浮かべながら、愛玩動物を愛でるが如く伸びて来た穢れの触手にうっとりと頬ずりをした。
「ふふ・・・僕が誰か何て如何でも良いだろう?茶番に付き合ってくれた君達には僕から取って置きの贈り物をするよ。あの女の駒なのが気に食わないけどね」
「・・・贈り物なんて結構よ!」
私の拒絶に対しゼノスの口から何か言葉が紡がれる、其れに呼応する様に手にた本は発光し、風も無いのに開いて行く。
「アメリア!」
セレスの危険を知らせる声が耳元で響く。穢れは意思を持っているかのようにボコリと大きく泡立つと大きく膨れ破裂し、私を覆い尽くそうと襲い掛かってきた。
セレスがしがみ付いている現状での応戦は不利だ。仲間の支援を受けながら、咄嗟に背後に飛ぶ、何度も光の剣で掃えど絶える事無く穢れは私へと襲い掛かる。
せめてセレスを安全圏にと思った瞬間、何故か肩が急激に軽くなるのを感じた。まさか・・・!
「セレスっ!?」
「ボ・・・ボクだって竜人。ボクがアメリアを守るんだぁ!」
セレスの震える声、必死の形相。穢れはセレスを捕らえると飲み込み、再び主の許に戻って行った。私は声を失いかけるが、己の不甲斐の無さへの怒りで奮い立ち、絶望する感情を無理やり押し込めた。
「ああ、残念。唯の瘴気の集合体の頭じゃこんな物かな?まあ、元から脳なんて無いけどね。あははは・・・!!」
ゼノスは私を仕留め損ねた事に不満げな表情を浮かべるが、穢れの様子を見ると笑い声をあげた。
私は濡れた床を踏みしめ、仲間達と穢れの主へと駆け寄る。だが、相手はピクリとも動かず、目に涙を浮かべ腹を抱え笑っていた。
「何が可笑しいってんだ!セレスを帰せ!」
ダリルは形振り構わずゼノスの許へと走り、火を纏った拳を振り下ろす。
その拳はゼノスの脳天を焼くかと思いきや、黒く大きな鉤爪が其れを妨げ、ダリルを薙ぎ払らった。
ダリルは床に叩き付けられながらも、其れでも素早く態勢を整えるが、足元が滑り入り口付近へと引き戻される。未だにゼノスの余裕は崩れない、その根幹は何処に在るのだろうか・・・
「思わぬ収穫だよ、こんなに染まりやすい無垢な器が居る何てね。それじゃあ、僕は用事が有るから頼んだよ」
その傍らに居るのは不定形の巨塊などでは無い、闇夜の如く漆黒の鱗を持つ巨大な黒龍が姿だった。ゼノスは其れを後ろ手に手を振ると奥へ向かい歩き出す。
黒龍の姿は不安定なようで、表面が泡立ちドロリと形を崩し垂れては戻るを繰り返している様だった。
「何が守るよ・・・・!」
私は水音を立て、足元を赤く染めながら禍の大本を目指し駆け出す。
黒龍の攻撃は思いの外、緩慢で瘴気を堪えれば、ゼノスへ懐に飛び込めそうだ。
一撃を躱し、またその次をと剣を振り上げようとした瞬間、セレスの顔が頭に浮かんだ。
「あ・・・」
不意に生まれた躊躇は、振り下ろされた黒龍の尾の接近を許す。動揺しすぎだ・・・!
せめて、剣で受けて衝撃を和らげようと剣を縦に構える、それでも不十分だった為か衝撃で体が吹き飛んだ。叩き付けられ・・・・る?
「馬鹿か!何様だお前は?はっ、人に無策で飛び込むなだなんて良く言えたな!」
気が付くとダリルに抱えられていた。浴びせかけられる毒舌と暴言の嵐にぐうの音が出ずに押し黙ると、ケレブリエルさんが含み笑いを浮かべ、近づいてきた。
「ダリルの跳梁足のおかげね。良い雰囲気のところ悪いけど、今は戦闘中よ?」
「良い雰囲気・・?」
私が頭を傾げると急に突き飛ばされ、思わず前のめりに倒れそうになった。こんな滑りやすい所で何と言う事をするのだと振り向くと何故かダリルの顔が紅潮していた。
「な・・・何言ってんだ年増エルフ!」
「あ・・」と声こそ出ないが周囲が一瞬だけ凍り付く。しかし、ケレブリエルさんは穏やかな表情を崩さぬまま無言で杖を天に掲げた。
「荒ぶる風よ 我が許に導かれ 其に戒めを与えん【ウィンドオブストレインド】!」
無数の風の帯が振り下ろされたケレブリエルさんの杖から渦巻き伸びて行く、その軌道線にいたダリルは思わず身を捩り魔法を回避する。
「あっ、ぶねぇ!」
人に向けるもんじゃないだろうと言う表情を浮かべるダリルが避けた魔法は、ゼノスに命じられるまま襲い掛かる黒龍を捕らえる。
だが、耳を塞ぎたくなるような悲鳴と共に黒龍の体は粘性の有る液体の様に崩れ落ち四散すると、頭部を中心に収束し再構築される。其れを見てケレブリエルさんは何度も頷き呟く。
「やはり・・・セレスが居るのは頭部の辺りで間違いなさそうね」
「試したんですか?」
その問いかけに対する答えは肯定だった。
「ええ、そうよ。アレはまだ不完全なのかもしてないわ。面倒だけど四散させ、潰していけば救出も可能かもしれないわね」
「余裕はありません・・・其れに賭けましょう!」
此れだけの騒ぎに火の精霊王様が現れない事を疑問に思いつつ、私はセレスと散って逝った人々の為にも剣の柄を強く握り駆け出した。
本日も当作品を此処まで読んで下さり誠にありがとうございます。とても励みになっております!
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突如現れた穢れを操る謎の少年ゼノス。その正体と狙いとは?
果たしてアメリア達は取り込まれたセレスと火の祭殿を取り戻す事が出来るのか?
次回へ続きます。
※どうでも良いおまけ※
祭殿はいわゆる、聖ウァル教会の中の宗派の様な物にあたります。




