第20話 不穏の芽
建物が半壊するほどの爆発が起きたのにも拘らず、逃げ惑う人も隠れている人物すらいない事に気が付いた。所々、部屋を覗くが襲撃が在ったと言う様子は無く、ただ慌てて出て行ったと思われる様子が見受けられた。
「唐突で申し訳ない。此処で提案が有るんだが、僕をドワーフ領へ向かわせて貰えないだろうか?戦を知らせるにしても、顔が通っている者が向かった方が相手も安心するだろう」
其れはファウストさんからの本当に突然の申し出だった。緊急の連絡とは言えど、冒険者が突然訪れて領主と話す事が出来るのだろうか?つまりは・・・成程。
「鍛冶ギルドを通じて上に報告して貰う・・・と言う所ですか?」
私がそう尋ねると、ファウストさんはその通りだと言う表情を浮かべると頷く。
「大勢で押しかける必要は無い、話し合いは僕一人で行く」
「山道は軍と出くわす可能性が有りますし、妖精にしておいた方が良いのでは?」
私が心配をすると、ファウストさんは首を横に振る。
「一人でと言うには語弊があったな」
ファウストさんは悪い顔をしながらチラリとヘルガを見る。
「あっ、成程・・・」
「へっ?あたし?!まさか、ドワーフ領に連れて行けとかじゃないわよね?」
正に寝耳に水と言った様子で困惑の表情を浮かべるヘルガ。言葉の意味を察したのかみるみる、顔が強張り口角がヒクッと引きつる。
その後、強引であると抗議するが如何にか説得すると渋々、ヘルガが承諾してくれる形で話は纏まった。
「何で一人で行く気になったんだろ?」
「大方、寒さが耐えられなかったのかもな」
ダリルの言葉に先程、寒さを訴えて硬直していたファウストさんの姿が頭に浮かんだ。そんなに耐え難かったのかと思いつつ、私は根性論を唱えていたフェリクスさんをじっとりと見るが、一切本人は我関さずなのであった。二人の健闘を祈りつつ、空を眺め見送ると慌ただしい足音が響いてきた。
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不気味なほど静かだった祭殿内にバタバタと足音が響く、それに交じり空気を切る音と何かを破壊する音が響く、徒ならぬ雰囲気に一同、其々の武器に手をかけた。
私とダリル、フェリクスさんの三人を先頭に音がする方へと慎重に進む。近づくにつれ、足音に加えて荒い息遣いに交じり涙声で助けてほしいと懇願する声が響く。長い廊下を走る小さな人影が視界に入る、其れは祭殿使えの礼服を纏った淡藤色の髪の幼い少年だった。其の腕には古書が抱えられている。
私は思わず走ってきた少年を抱き留め、驚きと不安の表情を浮かべるのを見て安心するように宥め賺し背後へ隠れるよう促す。
「私達は味方よ、取り敢えず後ろに隠れて貰えるかな?」
少年はウンウンと無言で頷く。やや困惑している様だけど、どうやら聞き訳が良い子な様で助かった。
その背後から殺気が迫ってくるのを感じ、少年をケレブリエルさんとソフィアに任せて剣を抜く。セレスが脅えつつ、敵の接近を知らせてくれた。
「あわわ、来るよっ!」
聞こえて来たのはガチャガチャと言う金属音と重量感のある足音だ。一体、どんな人間?それてとも魔物か?突如、空気が一瞬で凍り付いた。
「氷魔法よ!渦巻くは旋風の如く 旋風は半球を描き 退く盾となる【風防護】!」
ケレブリエルさんの放つ風が私達を包み込むように渦巻き、降り注ぐ氷の矢を捕らえ粉砕する。其処に間髪を入れず、何かが襲い掛かって来た。
「氷は目眩ましね・・・くっ!」
受け止める事はできたが、上空から浴びせられた一撃は相手の体重も乗って想像以上に重い。石畳の床で足が滑るのを堪え踏み留まった。
「何なんだって・・・お前?!」
ダリルは犯人を蹴り飛ばそうとした足をピタリと止め、目の前の人物に釘付けになる。
紺色の髪の竜人、歯を食いしばり眉間に皺を寄せ、その青緑の瞳は怒りを湛え光り、怪しい狂気を称えていた。
「ギルベルト・・・?」
「そいつを大人しく俺に渡せ!良いか!此れは頼んでんじゃねぇ、命令だ!」
余裕なく捲し立てる様に浴びせられる怒号、訳も分からず此方は一方的に浴びせられる殺気に警戒を禁じ得なかった。そいつとは、逃げて来た少年の事なのは間違いない、何故のこの剣幕なのだろうか?
「・・・此方は何も知らないんだ、事情を話して貰わなきゃ応じる事は出来ないな」
フェリクスさんは双剣に雷を纏わせ、静かにギルベルトとの距離を詰める。双剣から伸びる雷は蛇の舌の様に伸び、床に突き刺さる氷片を包み込み粉砕した。其れに対して、ギルベルトは舌打ちをすると眉間に深い皺を刻んだ。
「持っている物ごと、ソイツを消さなければならない其れだけだ!」
ギルベルトに冷静に話す余裕はない様だ、紅潮した顔に青筋を浮かべ苛立ちを抑えられずにいる。何か事情が有るにしても、殺されると解っていながら小さな命を差し出すほど私は非情にはなれない。
「有無を言わさず殺すと言う狂人に渡せるわけないでしょ!」
「うるせぇっ!」
ギルベルトは氷竜で有りながら、炎の様に怒りを滾らせ私へと槍を突き出す。彼の中の焦燥感の原因を知りたいが答えて貰えそうにはない。
私は直線状に突き出される槍の切っ先を避け、下から掬い上げながらの一撃を繰り出す。私の剣は槍の刃先を寸前で捉え、金属通しが噛みあい火花が散った。如何やら相手の槍は刃毀れを起こしたようだ。剣に使用されている、幻の金属?は伊達では無い様だ。
しかし、其れに臆する事無くギルベルトは追撃を繰り出してきた。
「なめんなっ!」
「天に轟く雷よ 我が剣に集い力となれ【雷撃】!」
私が咄嗟に剣を縦に構え、強襲に備えた所で、交差する稲妻がギルベルトを直撃した。フェリクスさんだ。
ギルベルトは白目を剥き体を痙攣させるが、その場に踏み止まると煙を立ち昇らせながら走り出す。此処はギルベルトを説得するより、襲われている本人に聞いた方が速そうだ。
私は体を捩る様に剣を振り上げるとギルベルトの武器を狙い、非武装化を図る。彼の狙いは唯一人、其れなら動線はある程度予測できる。
「【斬撃】!!」
硬質な木材で作られている槍の柄がひび割れる音が響く。柄を断ち切るより早く反動が返り、互いに後退る。睨みあい互いの出方を見たまま、動きを見ていると「・・・バキッ!」と言う音がし、ギルベルトは白目を剥いて体を地に伏せた。
「この手に限る!」
如何やらダリルは手刀を後頭部にお見舞いしたらしい、右手を横に構えニヤリ笑う。暴れていたギルベルトを此のまま放置するのも不安なので、取り敢えずは軽く拘束を施し、近くの部屋へ放り込んでおく。さあ、此処からが本題だ。
「大丈夫?もう心配はいらないから安心してね」
俯く少年に対して視線を合わせる為に前かがみになると、ビクリと怯える様子を見せ、本を強く抱きしめたが、ゆっくりと顔を上げてくれた。淡藤色の髪の下から、不思議な紅い瞳が私を見つめている。
しかし其れは一瞬の事で、再び俯き視線を逸らされてしまう。困ったなと首を捻ると、ソフィアが任せて欲しいと言って少年の前にしゃがみ込んだ。
「あたしはソフィアと申します、貴方のお名前は?」
ソフィアは優しく微笑むと、少年は何やら口籠るが、ゆっくりと呟く様に口を開いた。
「ゼノ・・・ゼノス。僕、大祭司様に頼まれた本を届けに来ただけなんだ・・・」
「では、ゼノス君と言うのですね。あたし達も大祭司様にお会いする予定なので、良ければ一緒に向かいませんか?」
ソフィアの言葉にゼノスはコクコクと頷くと、差し伸べたソフィアの手をおずおずと握りしめた。
「お前、ガキの扱い得意なんだな?誰かさんと違って・・・」
ダリルは感嘆の声を挙げると、チラリと私へ視線を送る。こいつ・・・
「いえいえ、教会で孤児達のお世話をしていただけで・・・」
ソフィアは照れくさそうにはにかむ。其れを見てフェリクスさんも興味津々といった感じで間に入って来た。
「じゃあ、ソフィアちゃん。お兄さんも・・・」
「「「気持ち悪い!!」」
「・・・ゴメンナサイ」
そんな緊張感の無い空気に変わった中、ただ一人だけ怪訝な表情をケレブリエルさんだけが浮かべていた。
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濃度が薄いとはいえ、瘴気による影響は軽微だが出てきている。破壊の爪跡が残る中、私達はエヴァルト大祭司が居ると目星をつけた祭壇の間へと向かっていた。その最中、私は一人だけ距離を取り、後方を歩くケレブリエルさんに疑問を持ち話し掛けた。
「如何かしましたか?」
「アメリア、ゼノスに何か違和感を感じないのかしら?」
ケレブリエルさんはチラチラとソフィアと歩くゼノスを見た後、私以外に気付かれたくないのか小声で私に問いかける。
「違和感?確かにあの瞳の色は珍しいですけど」
「其処じゃないわ、ギルベルトは大祭司付きの護衛兵、ならば彼が主を放置して躍起になってゼノスを追いかけた理由は何かしら?其れに、大祭司様に本を渡す事が目的なら、とっくに達成できている筈よ」
「確かに言われてみれば、この状況下で本を渡す為に子供が祭殿をうろついているのも・・・」
そうだ私は何故、気付かなかったのだろうか。そう思った次の瞬間、三人の私達を呼ぶ声が耳に届いた。
声の方向には大破した祭壇の間の扉だったと思われる瓦礫の山。
「ともかく、中に入りましょう。中の状況を把握する必要が有るわ」
皆に声を掛けると、一同無言で頷いた。ゼノスを中に連れて行こうか悩んでいると、無意識に視線がゼノスへと向かう。その口元は静かに弧を描き不気味な笑みを湛えていた。
本日も当作品を此処まで読んで頂き真に有難うございます!
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祭殿の異変に、火蓋を切ろうとする内戦。深まる謎に人物と、事態は混迷を極める。
祭壇の間、その先でアメリア達が目にする物とは何か?
様々な物が複雑に絡む中、良い結果に辿り着く事が出来るのか。
次回へ続きます。




