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金色の瞳の剣姫は今日も世界を奔走する  作者: 世良きょう
第五章 炎と鋼の国「シュタールラント」
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第19話 黒煙

沸き上がる黒煙、城の最上階と言う高所から見ても一目瞭然、建物の一部が損壊しているのが解る。一体、何が起きたと言うのだろう?私の視線は祭殿へと釘つけになっていた。


「祭殿が心配か?」


此方の心の内を探る様にディアーク陛下の鋭く大きな瞳が私へと向く。気が付くと固く握られた手は汗に塗れていた。カルメンが表舞台に出てきた以上は賊の侵入に対する交戦より彼女の手の者による可能性が濃厚だ。あの火の精霊王が座する祭殿だ、万が一は無い・・・と言いたいが世界を巡り見て来た祭殿で起きた騒動と危機の数々が心に不安を過らせる。

火山の異常に世界の綻び、其れを直す為に捧げられる多くの妖精の命。私は頭を振り、邪念を退けると相手に向き合う。


「勿論、この国に来た理由の一つですから」


この私の言葉にディーアーク陛下は一瞬、眉間に軽く皺を寄せた後、表情を戻し尾を軽く床に打ち付けた。


「そうか、ならば急いだ方が良い。お前達にとって望まぬ客が来たようだ」


外からとバタバタと足音が迫るのが聞こえる、それも一人や二人では無い。妖精の盾の助力に気を緩め過ぎたのかもしれない。私は脱出口が無いか見回す、目につくのは大きく割れた窓と正面扉。


「まさか・・・」


ダリルが言葉を全て紡ぐより早く、ケレブリエルさんの杖が其れを制止させた。扉の前で複数の足音が止まる。ディアーク陛下はチラリと正面扉へ視線を寄越し、再び此方を見る。


「・・・何時まで此処に居るつもりだ?」


「・・・逸早く祭殿に向かいたい所なのですが」


秘密の脱出路が在れば良いのだけれど此の場所に在る物など、王族が非常時に使用する物だ、聞き出すのは不可能だろう。正面扉がノックされ、入出の許可を求める声が耳に届く。ディアーク陛下は待つように命じると、私達の顔を見て苦笑した。


「お前達には翼が有るだろう?」


ソフィアは扉とディアーク陛下を交互に見て戸惑う様子を見せながら、おずおずと口を開く。


「・・・ヘルガさんとあたしだけでは皆を抱えて飛ぶのは不可能かと思われます」


ディアーク陛下は、その言葉に呆れた様に溜息を吐く。


「・・・二人どころか一人で十分な筈だが?」


翼・・・一人で十分?そんな力が有る中は・・・思案しつつ視線を泳がせ視線を止める、仲間に換算して居なかったが、渡りに船とは正にこの事だ。


「・・・ヘルガ!事は急を要するわ、是非とも頼みたい事があるんだけど!」


私は思いもよらぬ名案に心を躍らせ、ヘルガの両手首を掴み期待の眼差しを送った。ヘルガは何か嫌な予感がしたのか、困惑の表情を浮かべつつ頬を引きつらせる。


「あんた、まさか・・・」


私の言いたい事を察したのか、ヘルガは心底嫌そうに顔を歪める。


「そのまさかよ!お願い頼れるのは貴女だけと皆、思っているから!」


そんなやり取りを見てディアーク陛下は無言のまま、ゆっくりと体を起こし扉を塞ぐように立った。


「フン・・・。ヘルガ、此れは王名だ協力しろ。それと、時間稼ぎは期待するな」


遠回しに急かされている事に気が付いたのか、ヘルガは悔しいが渋々と言った表情を浮かべている。


「アメリアちゃんに協力してくれたら、セレスを誘拐した事を帳消しになるかもよ?」


フェリクスさんは適当に言うとチラチラと横目で私に視線を送って来る。私としては特に追及するつもりは無かったけどな。しかし、ヘルガに発破をかけたようだ。


「・・・勿論だよ。お願いできるかな?」


「はぁ・・・解ったわ。でも、男共は後ろ向いて居なさいよ!」


ヘルガは話しながら竜化をしようと服に手をかけ止めると、ジロリと男子陣を睨む。察しの良いのが二名、悪いのが一名。ダリルは不思議そうな顔で私達を見ていた。


「・・・何をするつもりだ?」


「良いからアンタも後ろ向いて居なさい!」


ダリルを強引に後ろを向かせた後、三人で彼女の姿を隠す。足元に伸びる影は私達の前方へと伸び、ヘルガの肉体が変貌を遂げる音と共に次第に巨大化し竜の姿へと形を変えた。

振り返ると翡翠色の鱗を持つ、翼の生えた大蛇の様な竜が鎌首を持ち上げ私達を見下ろしていた。


「ヘルガ・・・?」


驚く私達の耳に、入室を求める兵と食い止めようとするディアーク陛下の押し問答が響く。二者の話しは噛みあわず平行線の様子を挺していた。


「何をぼっとつっ立っているの?!」


竜と化したヘルガから背中に乗る様にと苛立ちが混ざる声が浴びせられる。

私はヘルガの服を回収すると、急ぐようにと仲間に合図を送る。其れを受けて頷き横を通り抜ける仲間達を見ていると、フェリクスさんがセレスに何か耳打ちしているのが目に留まった。


「フェリクスさん、いったいセレスに何を?」


「なぁに、気付け・・・弱った炎に燃料を注ぐように言っただけさ」


フェリクスさんは疑問を投げかけた私をはぐらかすと、セレスが戻ってくるのを確認し、私の背中を軽く叩き、不服そうにするヘルガを指さす。

私は飛んできたセレスを抱きとめると、急いでヘルガの許へ駆け寄り背に飛び乗る。直後、「扉からお離れ下さい!」と言う掛け声と共に扉を何度も突く大きな打撃音が響く。

脱出直後、背後から扉が開く音と怒声が響き、何かが焦げる臭いが鼻腔に届いた。



************************************



上空から眺める街は火の祭殿と言う心の拠り所の一つで爆発があったにも関わらず静かだった。

否、静かと言うより通りは人っ子一人存在しないのだ。

其処で思わず、ベアストマン帝国の街中を瘴気が(おお)い尽くす其れは不気味な光景が頭を過った。上空からの火の祭殿の様子は変わる事は無く、不気味な黒煙が噴出している。

空は異様なほど静かだ、竜化したヘルガに乗り、脱出と言う我ながら派手な手段を選んだにも拘らず追手が姿を現さないのだ。


「ヘルガ、祭殿裏側の少し離れた場所へ降りて!」


何の考えも無しに、目的地に飛び込むのは愚策だ。此れにはカルメンが一枚噛んでいる、得物を仕留め損ねたとなれば逃亡の予測は容易い。

暫く旋回した後、街の一角に身を隠す様に着陸するが瘴気に蓋われておらず、替わりに肌を射すような冷気が街に広がっていた。

頭を上げ、祭殿の様子を建物の合間から見やると、黒煙は天に伸びる事は無く、中空で留まり続けている。


「黒煙か・・・しかし、派手に逃亡劇を演じたのに、国の防衛に配備された兵が動かないのは可笑しくないか?」


何時の間にやら私の横にファウストさんが立っていた。同じように祭殿を見ていたらしい。呆ける私にファウストさんは怪訝そうな表情を向けているのに気が付いた。


「確かにそうですね。でも、不気味ですよね?これじゃ、街と言うよりまるで廃墟街の様・・・。ともかく目的地へ向かいましょう」


振り返り皆を呼ぶ息が白い、寒冷地である北方にも関わらず温暖だった国の気候が変じている、本来の気温を取り戻したかのような・・・。不穏な空気は増すばかりだ。



*************************************



目の前の光景に私達は絶句した、祭殿の損壊箇所から漏れる物は煙などでは無かった。黒く溢れ出る其れは気体と呼ぶには存在が濃く。ゆらゆらと揺れる様子はまるで炎、その正体は凝縮された禍々しい瘴気の塊。体を這いあがる怖気と嫌悪感が自然に沸いてくる、体に取り入れずに済んでいるのは不幸中の幸いと言った所か。要因となる物の健闘はついている、疑問も躊躇もいらないだろう。今更、恐怖なんて物は感じてはいなかった。私は片足を石段に足を掛け皆を手招くと一人だけ姿が見えない。


「あの、フェリクスさんが居ません!」


「んん?大人なのに迷子ぉ?!」


ソフィアとセレスは不安そうな表情を浮かべキョロキョロと辺りを見回している。あの人の事だからと言う理由は、人気の無い現状では通じないだろう。それにしても、年長組が迷子になるとは情けない。

突然、ふわりと体を温かな物が包み込んだ。


「アメリアちゃん、お兄さんの事を心配してくれるなんて嬉しいな・・・」


肩を触るとふわりと柔らかい厚手の生地の外套が掛けられた。


「あ、有難うございます。でも、一体何処で仕入れたんですか・・・・」


私が嫌疑の視線を送ると「気にしない」と何度も笑いながら受け流されてしまった。外套はケレブリエルさんとソフィーにも贈られたが・・・?


「おい!何で俺達には無いんだよ」


「ぼ、僕は南の出身なんだぞっ!」


ダリルとファウストさんが震えながら抗議するのを見ると、フェリクスさんはニターと悪い顔を浮かべると、二人を鼻で笑った。


「軟弱だなぁ?お前達。野郎は根性で耐えれるだろ、甘えるなよなー」


そう言う本人は確りと着こんでいると言う不条理が目の前で展開されていた。


「ってめ、ふっざけんな屑!」


ダリルは此処は敵の本陣である事を忘れているらしく、激高した勢いで此方へ走って来る。その横でファウストさんは無言で小刻みに震えていた。もう、何をこんな時に・・・


「落ち着きなさいよ!」


ダリルと真逆の方へと全力で走り、鎌の先の様に曲げられた私の肘の裏が、弧を描きダリルの首を捉える。短く低い呻き声と共に、ダリルの体は石畳に転がった。皆の引きつる顔に気付いて私は思わず咳払いした。


「さっ、気を取り直して、行きましょうか!」


チラチラと白く小さな粒が天より降り注ぐ。


「雪でしょうか?」


ソフィアは舞い降りる其れに手を伸ばす。


「珍しいけど、取り敢えず急ぐわよ。一人、心配な人が居るから」


そう言ってケレブリエルさんの指先を見ると、ファウストさんは立ったまま動く様子が無い。


「フェリクスさん、ファウストさんを頼みます!」


「え?オレぇ?!」


皆で石の階段を駆け上がり、祭殿の中は進むにつれ、少しづつ空気に溶けだした瘴気が濃度を増していく様だった。

今回も当作品を此処まで読んで頂き、皆様には感謝の念に堪えません!宜しければ此れからもお付き合い頂ければ幸いです。


**************************


火の精霊王に護られた地は冷気に包まれ、街は活気を無くし、象徴たる祭殿は瘴気の塊に侵食されていた。アメリア達の胸に去来する不安は何を示すのか。

姿を消した宰相に破壊された祭殿、未だ止められずにいる戦。どう展開するのか・・・

次回へ続きます。

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