第17話 立ち塞がる者
薄れゆく紫煙から響く声は忘れたくとも強く耳にこびり付き離れない。私は煙の先の人物、欺き貶めた人物が寡黙な王ではなく誰か確信していた。
紅く燃える太陽の様なディアーク陛下の髪は、海の彼方へと沈むが如く、その色を宵闇色に染め上げられる。大きな体躯は耳を覆いたくなる様な音と共に骨格が瞳の色が、性別すら別物へと変貌させた。
「カルメン・・・!」
名前を呼ばれたカルメンは、其の紫がかった紅い瞳を愉快そうに細め口元で弧を描く。背の二対の翼をはためかせる。その変貌に周囲は動揺を見せず、恐怖や驚きなどでは無く好意を抱いているかのような恍惚の表情を浮かべる者さえいる。
「魅了魔法か・・・。姿を現さないから、城で悠々自適な生活を満喫しているかと思ったわ」
ケレブリエルさんも気がつき、皮肉交じりの言葉と共にカルメンへと杖を向ける。風の噂でカルメンはベアストマン帝国にて拘束されていると私達は聞いていた。しかし、現実に目の前にその姿が在る。
「うふふ・・・優雅な生活も続けば飽きる物なのよ」
カルメンに見事に欺かれていた事実に悔しさから奥歯を噛みしめると、この状況を打開する為に私は頭を巡らせた。
ただ、私達を消そうと言う狙いにしては大掛かり過ぎる気がする。地上の多くの兵士の怒りの矛先はただ一つ、其れは同胞を欺き死に至らしめたと思わされているドワーフ族だ。この場で他種族を殺めても士気が上がる訳でなく、理由を付けても効果も薄いとしか思えない。エヴァルト大祭司の言葉は本当に偽りと判断すべきか?
そんな私の思考を切り裂く複数の金属音が戦いの始まりを知らせる鐘の様に鳴り響く。
「そんなの承知の上よ・・・。皆!殲滅より、この場から逃げる事を優先して!」
私は剣の柄を強く握り絞めると、切っ先を天井へと掲げる。其れに呼応する様に皆の声が返って来る。
「了解っ!さて、前門の魔女に後門の傀儡ってとこか・・・」
フェリクスさんは腰の双剣を引き抜くと、カルメンと背後の兵士を交互に見やり苦笑いを浮かべる。
其れをダリルは鼻で笑うと、カルメンに背を向ける。
「要は活路を開けば良いんだろ?」
「馬鹿ね、何人いると思ってるの?ただ、叩けばいいって訳じゃないわ」
「・・・僕も加勢する、冷静に確実にいけ。ざっと兵の数は三十強と言った所だな」
ケレブリエルさんが杖を構え、仲間達が各々の武器を構えると同時に部屋を鎧が擦れ合う音と足音が波のように押し寄せて来る。カルメンは其れを見て愉快そうに高笑いをし、翼を羽ばたかせ黒い霧を巻き起こす。其れは床を染め上げ、部屋を彩る花の命を奪い去った。
「此れは・・・?!」
闇の魔術は秘匿されて居る部分が多いい為、知識は世間一般にあまり明るくない。ともかく、此れを止めなければ。闇に対なすは光、取るべき行動は自ずとわかる。
「アメリア、あれは穢れです!しかし、何とかして見せます。あたしの領分は癒しだけではありませんから」
私と背中合わせに立つと、ソフィアは杖を前方へと突き出す。無言で頷き合うと互いに詠唱を始める。
「偉大なる精霊にて光の王 我が剣に宿りて 不浄なる者に安らかな眠りを・・・」
出来たばかりのオリカルクムの剣がこんなに早く初陣を迎えるなんてね。私が光の精霊王の名を告げると、其れに呼応する様に剣は輝く光の剣へと姿を変えた。
第一波、二波と穢れは剣が放つ光により祓われ霧散していく。
「天におわせし我が主よ その慈愛に満ちた御心で 我らを守る盾を【神光障壁】!」
ソフィアの神聖術による白銀の光が半円状に展開し、私が祓い切れなかった穢れを防ぐ盾となる。
だが攻撃の手は止む事は無く、穢れを祓う私達へ更なる追撃が容赦なく浴びせられる。カルメンの爪がソフィアを襲う。其れに寸前で気づき、風の精霊王の力で壁を蹴り、間に入り込みカルメンの鋭い爪を斬り落とした。
しかし、カルメンの表情に怒りが僅かに見え隠れしたが、其れでも引く事は無く、逆に楽しむかのように攻撃が繰り出される。背後では激戦が繰り広げられている様で、様々な音や声が聞こえてくる。
「・・・キリが無いな」
「愚痴は後にしろ、攻撃の手を止めるな!」
突破口を開ききれず焦るファウストさんの声と余裕が無く苛立っている様子のダリルの諍いが聞こえる。その直後、魔法による援護と落雷の様な音が響き、悲鳴と怒号が飛び交う。
思わず振り返ると、倒れては起き上がりを繰り貸す兵に苦戦する仲間達が映る。
「アメリア!」
ソフィアの呼声に体を捻ると、カルメンの魔法による黒紫の矢が雨の様に私達へ降り注ぐ。ソフィアの張った障壁より前に出ていた私は退避する間も無く応戦する。
「させるか・・・っ!【光剣舞】!」
一矢目が上腕を掠め、服と皮膚を浅く裂き、僅かに腐臭が漂う。其れに構わず、身を翻し手を休める事無く矢を弾き続けると弾かれた矢は燭台に当たり、其れはゆっくりと腐食され、立てられていた蝋燭は床に転がり落ちる。なるほど、此れはやっかいね・・・
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「あらら、其れだけかしら?真剣に相手してくれないと退屈してしまうわ」
カルメンは不敵な笑みを浮かべると、アーチ型の天井を利用し飛翔すると、私の一閃を躱す。其れは宙を舞う蝙蝠の様にも蛾の様にも見え、カルメンは現状を楽しんでいるとさえ思える。
相手が宙を利用するならとレヴィアで宙に飛び上がり、回転をつけ身を翻すと降下する勢いを合わせ、翼を庇うカルメンの側面を斬りつける。傷は浅かったのか、悲鳴を上げるもののカルメンは怯む事無く、私と距離を取ると執拗に攻撃を加えて来る。
応戦してくる相手の消耗を狙った戦術?狙いが以前の通りなら、こんな場所で私達を足止めをする為に留まっているのも不自然だ。仮に足止めが真の狙いだとしても説明がつかない。
次の瞬間、雷鳴が轟き、余裕綽々と言った様子のカルメンの一翼を切裂いた。雷撃を受けて翼を傷めたカルメンは高度を徐々に落としていく。
「いやー、如何したもんかだね。二人をを守りながらはキツイなー」
そう言って私の横に立つフェリクスさんの背後には剣を握りつつ、セレスを肩に乗せ、項垂れるヘルガの姿が在った。仲間を討つ事に踏ん切りを付けられないのかもしれない。セレスは腕に抱かれヘルガを心配そうに見つめていた。不意に「陛下の許へ連れて行ってください」と言うエヴァルト大祭司の言葉が頭に浮かんだ。本物のディアーク陛下は別の場所に居る?
「フェリクスさん、今の突破口の状況は?」
「・・・三人で対処して六割って所だね」
「後、四割・・・」
カルメンと多数の兵士。危機に精霊王様達が姿を現さないと言う事は、危機とは言えない状況か世界の気まぐれか。しかし考え込む事は許されず、カルメンの腐食の矢が容赦なく放たれようとしている。
「なぁに、諦めなければ光明は指すもんさ」
フェリクスさんはそう言うと口笛を吹き、呑気な笑顔を私に向ける。すると、何処からともなく二匹の銀色の蝶が飛んできた。蝶は二手に分かれ、私の前で渦巻くと人の姿を模る。
黒髪に顔の半分を覆う仮面をつける少年、その姿は良く見知った姿だった。精霊の剣と対成す、妖精王と女王に仕える妖精の盾と呼ばれる存在。判るのは敵では無い事だけ。
「何をしている・・・お前は成すべき事が在る筈だ」
其れだけ私に言うと杖を構え、カルメンと私の間に入ると種の様な物を取り出し掌に乗せ、息を吹きかける。息を吹きかけられた種は膨張し、亀裂から植物が芽吹くと共に植物の妖精が生まれ、植物の成長を促すように両腕を何度も上下させる。その動きと共に成長した植物は根を張り、茨がカルメンを絡めとろうと伸びる。
戸惑いながら振り返ると盾と同様の仮面を身に着けた狐の半獣人の女性が風の妖精と共に槍を振り回し旋風を巻き起こすと、兵士を薙ぎ払うとニカッと白い歯を見せて笑う。
「ささっ、今のうちですよー!」
「え・・・はい!有難うございます!」
新たな謎の人物の登場に困惑しつつ、突然の僥倖を逃すまいとヘルガの手を引き、仲間と共に兵士達の転がる部屋を駆け抜けて行く。背後から聞こえるカルメンの怨嗟の声と其れを嘲笑する妖精の盾の声が聞こえる。
「ねっ、だから光明が射すって言ったでしょ?」
フェリクスさんは私と並走しつつそう言うと、上機嫌と言った様子でウィンクをする。
「あはは・・そうですね」
思わず釣られて笑うと、ダリルが間に割り込んでくる。
「でっ、何処から逃げるんだ?」
しかし、私はその問いかけに首を振る。
「まだ逃げないよ、会うべき人がいるから」
最上階には部屋数は限られており、その中で一際、豪華で重厚な造りの大きな扉が目の前に現れた。物陰に隠れ、全員で一気に衛兵を昏倒させ縛り上げると小部屋に隠す。
「本物のディアーク陛下に会いに行くのね?」
ケレブリエルさんは扉をノックしようとする私に問いかける。
「今、この戦を治められるのは陛下のみ。病に伏せ、表に出ていないとするのなら邪険に扱われず軟禁されている筈です」
確信は無いが、ディアーク陛下の許へ私達を向かわせない為にカルメンは妨害していたと推測していた。しかし、妖精の盾の言っていた「成すべき事」と言う言葉が頭にこびり付き何度も思い浮かぶ。
私は頭を振ると、頭の中の疑問を消したつもりのまま、扉へと手を伸ばすのだった。
本日も当作品を最後まで読んで頂き真に有難うございます!感謝!
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突如現れたカルメンの謎の思惑、惑わさつつも其の真実を探るアメリア達の意思と選択は事態を治め、平穏導く事になるのだろうか?そして妖精の盾の言う“成すべき事”とは?
まだまだ何かを予感させる其の先には何が待ち構えているのか?次回へ続きます・・・




