第15話 焦燥感の中で
私は目的が一致していると告げたエヴァルト大祭司の言葉の真意が汲み取り切れず困惑した。
捕らわれ連れ込まれたあの大広間で誓約の解除には私の命を奪う必要が有ると唆したのは見まごう事無く、目の前で協力を求める人物だからだ。
臣下が国を取ろうとしている現状から主を救いたいと言う思いは解る。そして、私達が引き受けた依頼も、先程の言葉が真実なのなら合致する。しかし・・・
「何故、殺すように命じられている私に協力を求めるのですか?」
祭殿なら国の中でも高位に位置する為、現状に物申す事も可能なはずだ。まさか、共闘に見せかけた罠なのだろうか?
私の問いかけにエヴァルト大祭司は眉を顰め、腕を組み俯くが顔を上げると、眼鏡をクイッと指で押し上げ、心底困ったかのような表情を浮かべた。
「おや、意外と疑い深いですねぇー。貴女方と同じく陛下を救い、クラウスの愚行を咎める為ですよ」
少しお道化たような口振りを不快に思ったのか、ダリルが机に片手を付き立ち上がった。
「どうせ祭殿と無関係の俺達を向かわせ、後は知らぬ存ぜぬで使い捨てるつもりなんだろ?」
「いやー心外ですねぇ・・・流石の私も其れには傷ついちゃいましたよ」
エヴァルト大祭司は心底悲しそうに目頭を押さえ涙を滲ませた。しかし、口調は何処か余裕があり、明らかに揶揄っている様に見える。
「あー、恐れ入りやがりますが。大祭司様、おふざけは止めて本題に入りましょ?戦は待ってくれねぇですよ」
ギルベルトは「また、始まった」と言う呆れ顔を見せると、エヴァルト大祭司を諭す。すると、ピタッとエヴァルト大祭司の涙は止まり、表情は一気に真顔になる。本当に・・・この人なんなの?
「確かに強引にでも協力をして頂く必要が有りますね。・・・フランツ、後でお話があります」
エヴァルト大祭司は念を押す様に言うと、ギルベルトを横目で見る。向けられた笑顔にギルベルトは小さく「ヒッ」と怯え声を漏らしていた。
其れを見たケレブリエルさんは溜息をつくと、前方へ流れた銀糸の髪束をサラリと掻き揚げる。
「それで、何を話して頂けるのかしら?」
「では、問い掛けの答えに付け加えましょう。実は理由は二つ在ります、一つは先程の通り、もう一つはアメリアさんの動向をこの子を通して見ていたからです」
そう言うと、エヴァルト大祭司は指をパチリとならす。すると、私の肩のあたりで火の妖精が舞う様に姿を現し、主の許へ飛んで行く。なるほど、王都に侵入するまでの過程を全て見られていた訳か。つまり、私達が来るのを見ていて、祭殿の前で張っていたのね。
「それじゃあ、私が戦の原因では無いと知っていたのですか?」
「勿論!仮にも協力関係を結ぶ相手の為人を知ろうとするのは当然ですよ。虚言を吐き、諂い命乞いをする様な方を協力させては、此方の身が危ういですからねー」
エヴァルト大祭司は平然とそう言ってのける。つまりは、あの会話が生死の境目と言った所なのだろう。
「つまりは、貴方の御眼鏡にかなったと言う事ですね?」
私の問いかけにエヴァルト大祭司は静かに頷く。
「それで、引き受けて頂けますか?」
祭殿前の時の様に白々しく問いかけられる言葉に苦笑しつつ、私はエヴァルト大祭司の目を見つめる。
「勿論、ご協力させてください」
「では、本題に入りましょうか・・・」
満足気に弧を描くエヴァルト大祭司。私達は思った以上に強かで恐ろしい相手と協力関係を結ぶことになったようだ。
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私の承諾の返事の後、思わず息が漏れ、緩みかけた空気が再び向かい合う事によって引き締まる。
「では先ず、協力体制についてお話しましょう。我々は祭殿を離れる事はできません、しかし城に侵入する為の助力および、陛下に戦を止めて頂く為の親書と策を授けます。そして、貴方がたにはそれを基に陛下と接触してください」
その言葉に疑問が沸く、なぜ祭殿から離れられないのか?
「大祭司様は一緒に来て下さらないのかしら?」
「申し訳ありませんが現在、此処を離れる事が難しいのです。火の妖精の数が減り、大本たる精霊達まで影響が及ぶしまつ。精霊はを求め望みや願う人々の祈りによって存在し、世界へ安寧をもたらす存在。信徒や其れを大切に思う人々の祈りを捧げなくてはならないのです。原因が何か判明しないのが歯がゆい所なのです」
しかし、其れを聞いていたフェリクスさんは眉を顰めると、訝し気にその顔を見る。
「アンタが同行できないのは理解した。だが、策や親書があれど実際に会えたとして、陛下はオレ達の言葉に耳を貸してくれるんですかね?おまけにアメリアちゃんの殺害を命じた張本人だ」
その問いかけにエヴァルト大祭司は呆れた様な表情を浮かべ、余裕の表情を浮かべると、ヘルガに近くに来るように命じる。そして私達に「どうか御内密に」と一言を添え口を開く。
「・・・フランツの言い回しには些か語弊がありましたが、彼女が鍵を握るのは真実です。このローゼは嘗ての陛下の思い人であり、衣服商家の娘でありながら才を見出され火の巫女に選出されたルイーゼ・シュナイダーの妹。お二人でが駆け落ちをし、陛下のみが強引に連れ戻され心を病まれるまでは良く可愛がられていたのです」
駆け落ちをし、一人連れ戻され憔悴した王。そして、私達が王の許に運ばされた玉子。
私の中で合点がいった、どうりで誓約の解除に宰相達が躍起になっていた訳だ。母親であるルイーゼさんの安否が不明なのがひっかるけど・・・
「なるほどな、せめて救えなかった愛しい人の身内を救った訳か。つまり、心を許している彼女に説得役を任せると。でも、当のローゼちゃんは乗り気じゃ無い様だが?」
フェリクスさんはエヴァルト大祭司の言葉に腕を組むと、青褪め震えるヘルガを見た。
恐らく本人は知らされていなかったのだろう、何かを口にしようとする唇は震え、硬く握られている手まで動揺が現れている。
「問題はありませんよ。ローゼの監視役の任として皆さんについて貰い、セレスタイト殿下が軟禁されている部屋から連れ出し、ディアーク陛下の御前へお連れし戦の事をお伝えし説得をお願いします」
エヴァルト大祭司はヘルガを一瞥すると「頼みましたよ・・・」と呟く。其れを聞いたヘルガはビクリと肩を震わせた。ヘルガに監視役?取り入り戻ったが周囲からは信用されていないのだろうか。
「は・・・はい、承知いたしました」
ヘルガのこの脅え方は異常だ、緊張や不安から来るものと言うより、何か脅えている様に見える。其れは、エヴァルト大祭司?其れとも、あの寡黙な王様の事だろうか?私がヘルガを注視していると、ファウストさんが目の前の長机に手を付いた。
「失礼だがこの取引、利益の公平に欠けていないだろうか?」
ファウストさんは耳を左右斜めに釣り上げ、前のめり気味に突っかかって行く。白金色の尾がパタパタと苛立つ様に椅子に叩き付けられた。それに対しエヴァルト大祭司は眉根を寄せると、気だるげに溜息をもらした。
「はあ、気付いてしまわれましたか。そうですね、此方から提示できるとすのなら・・・命名誓約の件でしょうか?」
エヴァルト大祭司はファウストさんからゆっくりと視線を外すと、その視線は私へと移る。なるほど、この中で交渉成立が早いと睨んだ訳ね。此れは私にとって僥倖かもしれない。
「どの様な提示をと言いたい所ですが、それは私からでも構いませんか?」
紅い髪の下の眼鏡越しの瞳が驚きの色を見せるが逡巡した後、其れは興味深げに弧を描く。
「構いませんよ、聞きましょう。祭殿側に付いて貰うつもりでいたのですがね」
其れは実質、セレスを留めておく為の軟禁じゃないの。やはり、話を出して正解だった様だ。
「火の妖精を通し私の事もよくご存じの筈です、私には複数の精霊の力をこの身に宿していると。その力の影響を受け誕生したのがセレス殿下、必ず火の加護を与えると約束します」
エヴァルト大祭司は俯き、眼鏡を指で支え考え込むと、暫くの後に背凭れから体を起こし、机に両腕を置き手を組む。
「なるほど、そう言う事ですか・・・実に興味深い。どおりで、火の精霊の様子が落ち着かない訳ですね。もし、其れが虚偽や実現が不可能な場合は此方の要求に従って頂きます。宜しいですね?」
完全には信じて貰えないけど、融通は聞かせて貰えそうだ。ただ、火の妖精の様子が落ち着かないと言うのが引っ掛かるけど。
「・・・承知しました」
仲間達に視線を寄越すと、異論は無いと言う表情を浮かべていた。
エヴァルト大祭司に無事に事を治めた後、祭壇の間への立ち入る事を許可して貰い、私達は祭殿の礼服に袖を通す。
城門の内側は相変わらずの様子だったが、城内の警備は数は疎らだが怠る事は無く、要所と廊下等に見回りの兵が巡回している。あまりに問題なく進むもので暇を持て余したダリルが兵へちょっかいを出そうとした時は肝を冷やされたな。
セレスの世話係を任されているヘルガからは城内での応対は全て自分に任せる様にと言われているが、其れでも擦れ違う兵士からは鋭く訝る目線を感じる。肝心の部屋の前には居る筈の警備兵がおらず不思議に思った。ノックをするが何故か反応は無い。
「開けるわよ・・・」
私は蝶番に手をかけ、ゆっくりと捻った。カチャリと言う金属音と共に木製の扉が軋む。開いた扉から見た光景に私達は全員で驚愕した。
窓から差し込む光に照らされ炎の様に紅い髪の男性の姿が瞳に映り込む、その手には脅え切った様子のセレスの姿が在った。
本日も最後まで当作品を読んで頂き真に有難うございます!気を抜かず此れからも頑張って行く所存です。
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徒党を組み、その先の思い掛けない再会と出会いは何を引き起こすのか?様々な不安要素が渦巻き、アメリアの成すべき事は増すばかり。
ヘルガの恐れるものとは?そして、セレスを捉え佇む男性の目的は如何に?次回へ続きます-




