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40話

 あまりのどら声に悲鳴を上げそうになるのを堪えた。

 スラム街でイキってる連中の十倍くらい怖い。

 私の召喚獣でも多分勝てることは勝てるだろうが、そこそこ苦戦するだろう。

 親の七光りで威張ってるようなそこらの高位貴族とは一味違うものを感じる。


「まあ、ひとまずはご挨拶をさせて頂いてもよろしいですか?」

「ふん、聞いておこうか。

 して、なんと名乗るのだ?

 ヘルムズ子爵家の長女か?

 魔法学校のノミ屋か?」

「あ、その、ラーディ先生の愛弟子みたいな……」

「それとも、スラム街の新進気鋭の闇ギルドの首魁か?」


 ……はい、思い切りバレてますね。

 やはり何かしらの情報網をもっているのだろう。

 もっとも、そこまで本気になって自分の身元を隠蔽していたわけでもないが。


「えーと、それは、なりゆきと言いますか……」

「なりゆきでスラム街を支配できることが甚だ疑問なのだが」

「で、ですよねー」


 あははー、という乾いた笑いを浮かべてもジャメール公爵はぴくりとも笑ってくれない。


「……今日の私は、ブックメーカーズギルドの長、テレサ=ヘルムズとしてお会いに来ました」

「ふん、そうならそうと言うがよい。で……」


 公爵はちらりとアキラさんの方を見る。


「私の執事のアキラです」


 私がアキラさんを紹介すると、アキラさんは軽く一礼する。

 そして、手に持った包みを机の上に出した。


「ふむ、なんだ?」

「私どもからの手土産です。開いてもよろしいですか?」


 アキラさんがそう言うと、公爵が鷹揚に頷く。

 だが、包みの中のものが現れると、彼の落ち着いた顔は驚愕に染まった。


「こ、これは……!?」

「はい、ジャメール公爵様の愛竜の一匹、レッドアローの模型でございます」


 そこには、手の平サイズの模型があった。

 ただの模型ではない。

 寸分違わぬ正確さの模型だ。


 アキラさんは、ただ竜を録画するだけではなく、シャシンという非常に忠実な模写をする道具を使ってレッドアローを記録していた。その記録を利用して、すりーでぃーぷりんた? とか言う魔道具を使って小さな立体の模型を創り出したのだ。おおざっぱな素体を作った後は手で磨いたり色を塗ったりしたので、異世界の技術を使っていることを伏せることもできる。


 ……いや、その、原理とか説明とか聞いても全くわからなかったが、ともかくアキラさんは一月もかからない程度の時間で精度の高い模型を作り上げた。


「これは……」

「あとはレッドアローの出走したレースの記録や、そのときの様子を絵にしたものなどを取りそろえております。ご興味があるかと思いまして」

「ふん……」


 つまらなさそうにジャメール公爵は溜め息をもらす。

 だが興味を惹かれているのは目線を見ればわかる。


「……ずいぶんと精巧だな」

「あ、あはは……凄いですよね」

「レッドアローは故障で引退してしまった……。

 こうして走っているときの姿を見られるのは喜ばしい」


 よし、手応えが……


「だが贈答品の一つや二つでノミ屋を認めてもらえるとでも思ったか?

 ふん、子供の考えそうなことよ」

「あっ、すみません」

「商売の邪魔だ。さっさと足を洗うことを勧める」


 ジャメール公爵は、まるで虫でも追い払うがごとく冷淡に言った。

 私はそれを聞いて、


「わかりました、そうします」


 と言った。


「え?」

「いや、これで肩の荷が降りました。

 ブックメーカーズギルド解散しましょう。

 アキラさん、皆への説明会の準備をしないと」

「はい、ご主人様」

「おい待て」

「はい?」


 ジャメール公爵が困惑した顔で見ている。


「……なぜそうも素直に話を取り下げる。許可が欲しいのではなかったのか」

「はい、欲しかったです。でも手に入らないのならば仕方ないです」

「……貴様は曲がりなりにもギルドの長なのだろう。それで良いのか」

「ノミ屋が違法になるというのならなるで良いんです。ダメだと言われても続ける人は多分現れるでしょうけれど、そういう人に罰を与えたり管理してくれるなら私としては何の問題もありません」

「だから何故そうなる! 金が目的では無いのか!?」

「一応は金が目的でしたけど、それは達成しました。

 お詫びや迷惑料を払えというのなら払います。

 むしろ、この後ノミ屋の味を覚えた人達の後始末をしてくれるなら助かるというか……」

「では、スラム街のギルドを束ねた理由はなんだ? 正直、お前のような小娘が裏社会でいきなりトップのような立ち位置に躍り出て驚いたのだぞ」


 そのあたりは自分でも驚いてる。

 もう少し苦労すると思っていたから。


「責任を感じたからです」

「なんだ、責任とは」

「ノミ屋の商売を広めてしまって、スラム街に影響が出たり競竜場に迷惑がかかったというなら私に原因があります。スラム街の連中が勝手に真似しただけなんで責任なんて無いとは言えるんでしょうけれども、競竜を運営してる人や、競竜を見れなくて困ってる人を楽しませようと頑張ってる人にまで迷惑が掛かるのが……なんか嫌だったんです」

「ふむ」

「だからできる限りクリーンにして、公に認められる商売にする……。そういうルートを作ろうと思ってギルドを設立してルールを作りました。ノミ屋どうしで喧嘩するのを防いだり、行き過ぎた商売をしないようにしました。でも」

「でも?」

「自分でやるだけのことはやったつもりです。それで認められないならば、潔く「これはやってはいけない商売なんだ」ってことを認めます。それ以降はもう、勝手にノミ屋やる人は勝手にしょっぴいちゃってください。情報提供くらいなら手伝えます」

「……」

「ていうかむしろこれ以上ギルドの運営やるの大変なんで、「やめて良いよ」って言ってくれるほうが助かるんですよね……。社会を上手く渡れない荒くれ者達ばっかりなんで、パワーとか暴力に訴えないとお行儀良くさせられないし……」

「まあ……ゴロツキどもはそういうものだ」

「というわけで、ありがとうございました。

 あ、お見せした品々はあげますので、どうぞ受け取ってください。

 それでは……」

「待て待て待て」

「なんでしょう?」

「いくらなんでも、『やっぱり駄目だった』とはお前は報告できんだろう!?

 ギルドに参加した連中が暴動を起こすんじゃないのか!?」

「あー、まあ、ギルドに加盟した人達には違約金なんかは用意します。納得できなかったら暴力で」

「暴力」

「それに一応、『これ以上やったらどうなるかわからないですよ?』って警告と、『こういう風にルールを決めて交渉すれば許されるかもしれないから、交渉してみる』という手助けはしました。そこまでやれば、まあ、義理は果たしたかなって……」

「義理」


 ジャメール公爵がありのままの驚きの顔で私を見た。

 そんな変なものを見る目をされるのはちょっと心外だ。


「では……お前はブックメーカーズギルドとやらに帰ったら、儂のせいで商売ができなくなったと説明する訳か?」

「それはまあ、足を洗えと言われたので……」

「座れ」

「はい?」

「おい執事。菓子をもってこい。あ、いや、テレサよ。貴様は酒の方が好みか?」

「いえ、お菓子の方が……」

「わかった。ともかく座れ。良いな」

「はい」


 気付けばジャメール公爵は、頭が痛そうな顔をしていた。

 実を言えば、ちょっとこの展開は想像していた。

 多分私がギルドを放り投げたら、きっとこの人達の仕事はずいぶん増えるだろう。

 ゴロツキがバラバラに活動したり闇に潜っているよりも「ここにいますよ」と一箇所に集まってる方が、統治をする側にとって都合が良いはずだからだ。


 ……とはいえ、ジャメール公爵の態度の変わりようは想像以上だ。

 ちょっと投げやりな態度を見せすぎただろうか。


「おい! さっさともってこい!」


 ジャメール公爵が執事を怒鳴った。

 ……うーん、話が長引きそうだ。


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