36話
その日以降、私は散財しまくった。
「それでは王都の繁栄を願いまして、乾杯といたしましょう」
「かんぱーい!」
お姉さんに紹介された店に通ってジャメール公爵の噂話を聞き出した。
だがそれは手始めに過ぎなかった。そこから得た情報を元にしてハイソな階級の競竜愛好家の集いに顔を出したり、あるいは競竜に仕事で関わるの貴族が出席するパーティに行ったり、とにかく動き回った。時には飲んだことも無い高い酒を頼み、時にはおごり、時には多めにチップを渡す。情報収集とロビー活動を兼ねているため、けちることはできなかった。私のような小娘が怪しまれない振る舞いや物言いはアキラさんとエンライさんが教えてくれた。
「ふう……ここのところ飲みすぎかな」
「ご主人様、大丈夫ですか?」
「大丈夫です、お酒は強いんで。それよりダンスやら何やらが面倒で……。エレンさんあたり連れてくれば良かった。美人だし」
「本人が絶対イヤだと固辞しましたからね……。すみません、私もできる限りフォローします」
そして今日、私とアキラさんはとある晩餐会に来ていた。
と言っても、王宮の外にある多目的広場で開かれてるフランクなもので、宮中晩餐会のような格式張った席からは程遠い。公爵サマといった王族の血に連なるような高貴すぎる人達は来ていない。私のようなコネのない小娘でも何とか潜り込めるような集まりだ。
当然、政治的に重要な話し合いなどはなく、田舎の貴族が「王都の晩餐会に出たんだ」という満足感を与えるためのエンターテイメントであったり、あるいは貴族の息子、娘の婚活の場であったりと、まあ体の良い飲み会と言って良い。
「それよりも、目当ての人がいました」
当然私達は遊びに来たわけでは無い。競竜の審判団の男達が仕事終わりに合コン感覚で来ているという噂を聞きつけていたからだ。そして情報通り、彼らは酒を飲みながら歓談している。だがナンパは失敗してるようだった。
「よし、適当に飲ませて酔わせて、話を聞き出してきます」
「お気を付けて。話がややこしくなりそうなら割って入りますよ?」
「お願いします」
私は気合いを入れて、どやどやと飲み交わしている男共に近付く。
まずは笑顔と朗らかさだ!
「いやしかし、最近は流民も減ったし仕事も楽になったな」
「騎士どもにでかい顔をされなくて済むぜ。聖盾騎士団の連中は書類も遅いし仕事も雑だからな。関わりたくねえや」
「そう言うな、向こうも大変なんだ」
「だがよぉ、あいつら多分横流ししてるぜ」
「マジか? 何を?」
「竜舎に落ちてるウロコとかあるだろ、ああいうのを田舎者に売りつけてんだよ」
「それって良いのか?」
「多分マズいな。竜のウロコならなんでもマジックアイテムになるとか薬の材料になるとか、出鱈目を言って詐欺で捕まった奴も居るし……そうでなくとも竜の素材はけっこう利権がうるさいし……」
……なんか私とは全く関係無い危うい話をしてる。
これ、聞いて良い話なのかなぁ。
「しかもよぉ、それを誤魔化すためにスラムの浄化だとかノミ屋禁止だとか言い出して。あの連中、競竜場を仕切ってるのは俺達だとか言いながらやってるこたぁ……」
「おいおい、あんまり大きな声を出すな」
あ、ちょっと関わりある話をしている。
よし、今だ!
「こんばんは、良い夜ですね」
「んん? あっ、ああ、良い夜だな。お嬢さん、俺達に何か用かな?」
「ああ、いきなりすみません。もしかして競竜場の運営の方……ですか?」
「ん? ああ、すまんが今の話は……」
「いえ、そうではなくて……私、魔法学校で勉強中で、官庁勤めを目指してるんです。それで就職先に競竜場の運営も悪くないぞって先生に勧められてて……」
「ああ、それで話を聞きたいってか」
「お邪魔でなければ……。ああ、もちろん差し支えの無い範囲で良いので」
「あー……、まあ、他の役所勤めよりは待遇は悪くないだろうが、地味だぜ? 競竜は王都の華だけど、俺達はあくまで裏方だからな」
「そういう華を支えてるお仕事って素敵だと思います」
「えっ、そ、そうかなぁ!?」
よし、掴みは悪くない。
このまま飲ませて話をどんどん聞き出すぞ……!
◆
と言った感じで色んな人の話を聞き、そしてコネを作った。
ノミ行為というあやしげな商売をしていることはあまり隠さなかったが、意外と受け入れてもらえた。芝居じみた演出などを紹介することで、「私達は競竜が好きで、同じく競竜が好きな人のために頑張っているんですよ」というアピールが上手くいった。また、新聞やエレナさんの竜の絵画なども好評だった。
だがあくまでこれは話の種として見せたものであって、対価を求めなかった。ノウハウを教えてくれれば金を出すと言ってきた商人もいたが、これは話を蹴らざるをえない。ノミ行為そのものは中止している状態なので収入が乏しい。今まで築き上げた財貨を切り崩してアキラさんを除く皆の生活費を賄いながらの生活が続いた。収入が無いのにドレスを買ってパーティに参加するのは胃がキリキリと痛む。アキラさんが何かを察して、アキラさんの世界の胃薬や頭痛薬をもってきてくれた。特に「ろきそにん」はすごく良く効いた。
……という、高級貴族のごとき悩みを抱えていた一方で、レベルの低い悩みを抱えていた。
「ほら、きりきり働く! 荷物はまだまだあるし時間には限りがあるのよ!」
「「「へーい」」」
大家に、借家がぶっ壊れたことがバレて大目玉を食らった。
しかも勝手に数名を寝泊まりさせていたり、家の近くの空き地に不審者が寝転がっていたりが芋づる式に露見して追い出されてしまったのだ。なんとか引っ越しをするための時間は作ってくれたので、首の皮一枚で助かった。
そして、大急ぎで用意した新居は……
「しかし、スラム街にまた戻ってくることになるとは因果なものよのう」
「スラム街じゃありません! スラム街の近くってだけです!」
「立地条件や治安が悪くて住む人間がいないのだ、近くも中も変わらん」
「口答えしない!」
「まったく、人使いの荒いボスだのう」
……スラム街の近くのうらぶれた屋敷だった。
私は今、そのおんぼろ屋敷のダイニングで不審者達に指示を飛ばしている。元々は立派なお屋敷で、大きなダイニングや厨房がある他、寝室が五部屋、鍵付きの倉庫など、素晴らしい住環境が整えられている。だが近くに盗賊ギルドの本拠地はあるわ、泥棒どころか強盗は多いわ、野良犬どころか野良狼は出るわ、とてもじゃないが住めたものじゃない。だが四の五の言っている暇も無駄にできる金も無い。ティンダロスの猟犬さんとフラッドウッズモンスターさんに、この屋敷に近付く連中や獣達をとにかく脅しつけてようやく住める状態になり、超特急で引っ越しを敢行したところだった。窓が割られていたり床板が抜けてるところがあったりして全体的な修理が必要だが、とりあえずダイニングだけは応急処置してイスとテーブルを並べることができた。
「それよりエンライさん、頼んだ仕事は大丈夫ですか?」
「うむ……これが、王都の主要なノミ屋のリストだ」
私はエンライさんから紙束を受け取り、ざっと目を通す。
そこには、スラム街にいる主要なアンダーグラウンドの組織と、ノミ屋を営業してるかどうか、そしてどういう営業形態を取っているかが一覧となって書かれていた。
「ふむふむ……なるほどぉ……」
王都のスラム街ってこんな風になってるんだ……。
必要な情報がまとめられているという実利だけでなく、シンプルに興味深い。
「ギルド『梟の巣』は厄介だぞ。汚職をして不名誉印を刻まれた貴族が絡んでいて知恵が回る。『不死者の集い』は、腕っ節はあるが読み書きも計算もおぼつかない連中だ。さほど面倒はなかろう」
「それでどうやって賭け事やってるんですか」
「銅貨や銀貨をおはじきのように扱ってるんだ。おかげで他のスラム街連中から計算を誤魔化されたり騙されることも多い」
「なんかちょっと可哀想ですね……」
「このあたりは弱肉強食だからな、仕方あるまい」
「……よし、オッケーです! エンライさん、これでウチの家を壊した件はチャラにします。火球の杖もお返ししましょう」
「ありがたいが……これでどうするつもりだ?」
「……アキラさんに教わった言葉があるんです」
「ふむ?」
「敵を知り、己を知れば百戦危うからず、って言葉です。競竜場の運営が何を考えてるかは大体わかってきました」
「ふむ、何を考えているのだ?」
「別にノミ屋なんてさほど大事には考えてないんです。よくわかんないけどうざいから潰そうっていう、蚊や蠅に対するスタンスと同じです。あとはまあ、仕事してますよってポーズだったり雇ってる騎士が暇になるくらいなら何か仕事させとこうって感じですね」
「ま、そうだろうな」
「だから、危機感を抱かれてるわけじゃありません。交渉の余地は大いにあります……。ですが、次は王都のノミ屋みんなが何を考えているか、それを知らなければ交渉を持ちかけようにも材料が足りません」
「ノミ屋を知ると言っても、別に統一した見解なんぞ無いぞ。組織ですら無い。あぶく銭を稼げばそれで良いという刹那的な連中ばかりだし、わし自身もそうだ」
「そうですね、全くその通り……。だからみんな好き勝手やって、競竜場に睨まれるんです」
「うむ、だからアキラの言う通り、このへんで……」
「だったら好き勝手させず、統一した見解を作っちゃえば良いって」
え?
という声が聞こえそうな驚きの表情をエンライさんはしていた。
「そんなわけで、このリストを元にして他のノミ屋全て、征服しようと思います」




