34話
「なんだなんだ! 今度はどこのどいつだ!?」
爆発した扉から帯剣した人間が押し入ってきた。
ウチに来た不審者三人とは違って機敏だ。手慣れた雰囲気がある。
これ、ちょっとまずいんじゃ……!
「くっ……出でよ我が召喚獣! ティンダロスの猟犬!」
「なんだ!?」
「一瞬で召喚獣を呼ぶだと!? そんな手練れがいるなんて聞いてないぞ!?」
私が呼び出したのは一〇匹を超える猟犬……みたいな何かだ。
自称猟犬なのでそう呼んでいるが、稲光のような凶悪な真っ赤な体毛、がらんどうの暗闇のような目、曲がりくねった注射針のような舌。そして、そこからしたたり落ちると地面さえ溶ける強酸性の唾。
「なんだこりゃ!!!???」
「うわああっ!? 助けてトライン! 気持ち悪いよおおお!!!!」
あ、しまった、味方も大混乱している。
ていうか仲間のノミ屋二人も居たの忘れてた。家に置いてくれば良かった。
「ご主人様、とにかく逃げますよ!」
「裏口がある、おぬしらついてこい!」
「逃げるな盗人のクズどもめ……! 追え……あ痛あっ!?」
「隊長! なんですかこれ!? 振り払えないんですけど!?」
アキラさんと酒場の主が私達をせかす。
酒場の主は厨房に私達を招くと、いきなり置いてあった木樽を蹴っ飛ばした。
「……地下への扉?」
「地下道が別の建物に続いてる、逃げるぞ!」
そして私達はエンライの案内の下、狭い穴蔵を走って行った。
◆
地下道から別の空き家へと出て、そこから更にスラム街を抜けて私の家までとんぼ帰りした。
壊れた玄関やダイニングも全然片付いて無いが、逃げられる場所はここしかない。
「あー、疲れた……」
「まったくだな」
「ひでえ目にあった」
私がそう呟くと、エンライも不審者三人組うんうんと頷く。
「……って! なんであなた達がいるんですか!」
「つっても、帰る場所も無くなっちまったし、もう一蓮托生だろう」
今ここには、15人もの大人がどやどや集まっている。
私とアキラさん。
音楽家のラングさんに絵描き兼用心棒のエレナさん。
ライバルノミ屋のトラインさんとキトゥリスさん。
そして不審者三人組。
盗賊ギルドの上役のエンライ。
ついでに、盗賊ギルドにいた酔っ払いが4人ほど。
「言っておきますけど、建物の中には入れませんよ?」
「ケチな奴め……わしらはもうノミ屋仲間だろう」
「知りません! なんでこういうことになったんですか!?」
「ノミ屋全体が、競竜場に睨まれているのだ」
えっ。
という声が、スラム街の連中以外の全員から漏れた。
「わしらの他にも、おぬしらがやってる商売を見た奴がいるんだろう。わしらの店だけじゃなくてスラム街にも……更には繁華街にも広まっている。競竜場を出禁になった者も喜んでやってる有様だ」
「それでは……さきほど酒場に襲いかかってきた方々は競竜場の関係者ですか?」
アキラさんが尋ねると、エンライが重々しく頷いた。
「おそらくドラゴンオーナーの誰かの私兵だろう。やろうとしたことはわしらと同じ。脅しつけよ」
「なるほど……。しかし疑問があります?」
「なんだ?」
「私達は何の問題も無く競竜場の窓口に出向いています。何か警告を受けたということはありませんが」
「おぬしらが競竜場の人間に心付けを度々渡したりしていたのを見たぞ。それで見逃されたのではないか?」
「なるほど」
アキラさんが競竜関係者に袖の下を渡したり酒をサービスしたり、色々と気配りを欠かさなかった。おそらくそれが功を奏した、ということだろう。
「だが遅いか早いかの違いだと思うぞ。わしらは駄目でおぬしらは良い、なんて理屈がいつまでも通るはずもない。あれだけ派手なノミ屋をやってるのだ、うるさく言うオーナーもいるだろう」
「それは……」
その通りだ、と言わざるを得ない。
私達は首の皮一枚で助かってるだけだ。
「で、でも、だからっていきなり襲いかかるなんて短絡的じゃないですか!」
「人間が話し合いで理解できる賢い人間ばかりなら盗賊ギルドなんか立てておらん」
「それはもう少し恥を覚えてください!」
「仕方なかろう。ともかく、おぬしらがノミ屋をやらないで居てくれたらわしらもそんなに目立たず細々とやっていける。……コテンパンに負けた上に助けられた以上、文句を言う筋合いも無いのだがな」
「いや、あなた方を助けたのは成り行きで……というか、その、邪魔です」
「おぬしひどいな」
ひどいも何も、襲いかかってきた暴漢どもの頭目に言われる筋合いが無い。
「ふーむ、状況は大体わかりましたね……。私から提案があるのですが、みなさんよろしいですか?」
そこで、アキラさんが声を張り上げた。
全員の視線が集まる。
アキラさんの大人びた声を聞くと、ああ、良かったと安心する。
私が頑張ろうとするときは見守ってくれるが、苦しいときは手を差し伸べてくれる。
きっと今回も、まるっと解決してくれるアイディアを……
「我々の目的はあくまで目標金額まで稼ぐことです。ノミ屋をやることが目的ではなく、あくまで手段に過ぎません。これ以上仕事を続けて競竜場の運営をするような尊き身分の方々に睨まれることはないでしょう。リターンとリスクが釣り合いません」
「え……?」
え、ちょ、アキラさん、何を言って……
「皆さん。楽しい楽しいお金稼ぎの夢は今宵までとして……そろそろ足を洗いましょうか」
◆
ああ……と、皆から溜め息が漏れた。
「割り切り良すぎだろう……わかるけどよぉ」
「ま、冷静な判断だろう」
ラングさんとエレナさんがさみしげに呟いた。
「……惜しいんだがなぁ」
「ボクも不満だが……まあ、ドラゴンオーナーみたいな人に睨まれるのもね……」
ライバルのノミ屋二人組、トラインさんとキトゥリスさんも諦め気味だ。
「それが利口だろうよ。わしらもしばらく雲隠れする」
「ええっ、親分、本気ですか!?」
「仕方ないだろが、馬鹿者!」
スラム街の酒場の連中は……まあどうでも良いとして。
こうなると、明確に反対意見を出せるのは
「……ちょっと待ってください、アキラさん!」
私しか居ない。
「はい、ご主人様」
「そりゃ確かにリスクはありますけど、お客さんがすぐに納得するかは……!」
「そうですね、文句のある人はいるでしょう。ですがトラブルに発展したことを説明すれば納得するでしょうし、最悪納得して頂かなくとも構いません。あくまで彼らにとっては娯楽であって仕事ではありません」
「そ、そうですけど……責任っていうか、そういうものが……」
「責任?」
アキラさんが微笑んだ。
その微笑みに、ぞくっと背筋に悪寒が走った。
子供の悪戯を眺めるかのような大人の微笑みだ。
多分私は今、この人の手の平の上に居るんだ。
「責任とは、具体的にはどのようなものですか?」
「お客さんへの、責任は……」
「責任とは重い軽いで表現されるものですが、重ければ重いほど罰が大きいと言うことです。では逆に、誰も罰や弁償を求めない責任に意味はありますか?」
「え、ええと、通すべき筋というか……。それに、関わった人はお客さんだけじゃありません。ここにいる人達のみんな、稼ぎがなくなっちゃうじゃないですか!」
「それは仕方ありません。このまま続けて捕まって売上が没収でもされたら元も子もありません。今撤退すれば、今までの稼ぎは守れます。それも責任では?」
「それでも、いきなり辞めるのは……もうちょっと軟着陸するやり方って言うか……」
「テレサさん」
下の名前で呼ばれて、どきりとする。
「は、はい」
「諦めるときはすぱっと諦める。それが一番傷が少ないんです。もしかしたら上手く行くかも……という儚い希望を頼りに長続きしても、結局皆が疲弊するだけです。誰かのためにやろうとした結果、誰にも感謝されない……」
普段流暢なアキラさんにしては珍しく、ゆっくりと、言い聞かせるような口調だった。
「間違いなく、そういう結果になりますよ?」
「……違います」
「違う?」
「私がやりたいから、他の方法は無いかって言ってるんです!」
「……それは本当に、自分のためですか? 浮ついた同情であったり、撤退がイヤだという見栄であったり、自分のためにならない物ではないと言えますか?」
「言えます!」
「では、何故?」
「……楽しかったからです」
「楽しかった?」
「みんなで工夫して、お金を稼いで、学校の人に拍手喝采されて……これが楽しくないわけないじゃないですか! アキラさんは、楽しくなかったんですか!?」
「それは……」
最初のアイディアは確かに、アキラさんが持ち込んだものだった。
彼の言う通りに動いた。
手取り足取り、指示してもらった。
でも、ライバルノミ屋のトラインさんとキトゥリスさんが現れてから少しずつ変わった。
私も積極的にアイディアを出した。
音楽家のラングさん、絵描きのエレナさんを雇った。
二人が四人になった。
そしてライバルと競い合って、四人が六人になった。
みんなで盛り上げていった。
だから、今、私達はここにいる。
「だから私は、この仕事が生き残る道を探したいです……」
「……そうですか」
やれやれ、とばかりにアキラさんは溜息をついた。
流石に怒らせてしまっただろうか。
不安でどきどきする。
「ご主人様」
「はい」
「私としては反対ですし、そもそも私には有効な打開策が思い浮かびません」
「はい」
「ですので、私ではなくあなたが主体となって策を考えなければいけません。私は、あなたに何かを命じたりはしません。支援や応援のみです。それでもよろしいですね?」
「……アキラさん!」
「はい、ご主人様」
「そうです、私が主人です。私が命じます!」
「はい、仰せのままに」




