32話
私が召喚獣フラッドウッズモンスターさんを呼び出して幾つか魔法を使ったところ、全面降伏して不審者達は自分の身元や襲ってきた目的をべらべらしゃべり出した。どんな魔法を使ったかフラッドウッズモンスターさんに尋ねると、
「自分の中で恐ろしかった記憶を思い出すだけよ」
と、さらりと言ってのけた。
幻覚を操る魔法としては相当難易度が高い部類のようだ。それをさくっと使ってしまう自分の召喚獣の能力の高さに軽くドン引きする。他の召喚獣は直接的な戦闘力が非常に高いのだが、フラッドウッズモンスターさんとアキラさんは、なんていうか敵に回ってなくて本当に良かったと思っている。アキラさんもなんだかんだで色んな隠し球持ってそうだし。パッと見の横顔は人畜無害な良い人なんだけど……。
「ん? ご主人様、私の顔に何か?」
「いっ、いえ、何でも! それより……どうしましょう?」
「ふむ。そもそも彼らの出自……盗賊ギルドと言いましたっけ?」
聞き出したところによると、三人はスラム街にある「盗賊ギルド」に所属する者なのだそうだ。
盗賊ギルドとはなんぞや。
私は、「泥棒同士が寄り集まってる組織」くらいの認識で、それ以上はよく知らない。
他の人もだいたい同じ認識で、当然アキラさんはまったく知らない。
エレナさんを除いては。
「スラム街にいるゴロツキの一派だよ」
「やっぱり盗賊なんですか?」
「そんな立派なもんじゃない、箔を付けるために大仰な名前を付けてるだけだ。中身はカツアゲ泥棒サークルだぞ」
「……えーと、ギルドなんですよね?」
「それはただの自称だ。スラム街には他にも闇ギルドだとか地下ギルドだとか暗黒魔術ギルドだとか、ならず者が自分で名乗ってる組織は色々あるが……正式なギルドなんか一つも無い」
エレナさんの説明によれば、盗賊ギルドとは冒険者ギルドや職人ギルドといった相互扶助のための組織とはちょっと性格が異なる、というわけだ。ただのヤクザだった。
「さ、サークルなんかじゃねえ! 俺達ぁその名を王都に轟かす……」
「別に国からお墨付きをもらってるわけでもなし、逆に賞金が掛かるほどの悪党もいないだろう」
「そっ、そりゃそうだけど……」
そして、エレナさんの説明が淡々と続く。
その説明が出る度に不審者達は肩身狭そうにしている。
ともかくエレナさんの説明によると、まともなギルドからは「アレをギルドなんて呼ぶな」と思われてるか、あるいはそもそも知らないかのどちらかだそうだ。仕事が泥棒である性質上、普通の住宅街に住むこともなく、スラム街の空き家を根城にしてカツアゲしたり泥棒したり、あるいは盗品や禁制品を売りさばいたり詐欺をしたり等々、文句なしの非合法の活動をしているらしい。
「その手のグループの中でも腕っ節は一番弱いだろう。構成員も2、30人程度だし」
「へぇー……」
よく知ってるんだなぁ、という私の視線を受けて、エレナさんが頭をがしがしとかいた。
ちょっと恥ずかしそうにしている。
「まあ、仕事柄詳しいだけだ、普通は知らん。ともかく国の騎士団や在野の傭兵団に比べたらくしゃみで吹き飛ぶ程度のものだ。お前の魔法学校の研究室とかの方が強い」
「しかし、それで非合法組織としてやっていけるんですか?」
アキラさんがエレナさんに質問した。
エレナさんが溜息をつきながら答えた。
「強い弱いはともかく……ちょっと厄介なところがあるんだよ。せせこましい金稼ぎに耳聡いんだ」
そこで、エレナは不審者三人組をじろっとにらみつけた。
以心伝心で不審者は口を開く。
「く、詳しいことはわからねえよ。ただ、お前らの商売が邪魔だから脅しつけてこいって上役が……」
と、不審者のリーダー格の男が言った。
まだ声に震えがある。
フラッドウッズモンスターさんの幻覚が相当怖かったらしい。
「それでどうする? テレサ」
「どうしょうかな……なんかめんどくさいですね」
エレナさんが丁寧に説明してくれたことはありがたいけれど、それで得られたことは頭の痛い問題が増えたというだけの話だ。露骨に溜め息を漏らしてしまう。
「まあまあご主人様、難しく考える必要はありません。選択肢は三つくらいですから」
「みっつ?」
「相手と和睦するか、叩き潰すか、逃げるか」
「なるほど」
「叩き潰す以外の選択肢をとるなら、相手が何を考えているかもう少し詳しく知る必要がありますね。ただ逃げるにしても追われ続けるのも厄介ですし」
うーん、どうしようかな……。
「叩き潰すが現実的な選択肢に上がるあたり怖いぜ。魔術師はやっぱり物騒だな……」
あ、ラングさんがドン引きしてる。
ごめんなさい蛮族主義で……。
蛮族主義を捨てて平和に生きていけるほど王都は楽な場所では無い、方針を示さなければ。
「まずこの三人を突き返しに行って二度としないようお願いしようかなと……。あと壊れた玄関とかダイニングの修理代も貰いたいし」
「なるほど、よろしいかと思います。では行きますか」
「行きましょう」
そういうことになった。
◆
夜のスラム街は意外と明るい。
家々の窓から灯りがこぼれている。
おそらくこのあたりの住民は、夜に活発に行動しているのだろう。
魔法の心得のある者もいるのか、炎とは違った白い光が漏れ出している家もある。
「あなたに仕事を指図した人は、どのあたりにいるんですか?」
「向こうの……ほら、傾いた教会の看板があるだろう。あそこだよ」
不審者三人組は観念して私達を案内してくれていた。
ひどく意気消沈している。
まあ仕事が失敗したんだものなぁ……同情はしないけど。
「なぜ教会を根城にしてるのですか?」
アキラさんの質問に、兄貴分の男が渋々答えた。
「あー……色々と都合が良いんだ。元々はここを浄化するって名目で坊主が赴任してきたんだが、美人局にあって逃げた。それでウチの上役が服をかっぱらって坊主の振りをしてる」
「それは完全に詐欺でしょう」
「そうだよ。で、でもそんなに大した悪事はしてねえんだ。あんまり派手なことはしないでくれよ」
「いや他人の家を燃やそうとしてそれ言います?」
「ちょ、ちょっと脅そうと思っただけだよ!」
まったく、盗人猛々しいとはこのことだ。
私が溜息をつくと三人組は露骨にびくびくと怯えだした。
「まずは話し合いですから大丈夫ですよ。我々は荒っぽいことは苦手ですので」
「嘘つけよ……さ、ここだ」
外から見たところ、教会というよりも酒場という感じだ。
汚くて酒臭さが漂っていて教会らしさの欠片も無いが、スラム街はこんなものだろう。
「テレサ、大丈夫だ。いきなり襲いかかってはこないさ」
「あ、エレナさん、そういうのわかるんですか?」
「まあ気配くらいはな」
エレナさんに来てもらって良かった。
一応私も他の召喚獣を呼び出して万が一に備えては居るが、こういう場面ではプロが居てくれると助かる。
「よし、入るか」
エレナさんがドアを開けてずかずかと入る。
私達もその後に続いた。
中にはカウンターがあり、木樽を使ったテーブル席があり、客達は思い思いにだらだらと飲んでいる。
というか外から見たら教会なのに、中は酒場そのものだ。
そこで私達に気付いた教会の主……というより酒場の主が声を掛けた。
三十絡みの禿頭で僧服を纏っているが、顔に傷がありいかにも物騒な雰囲気を醸し出している。
「いらっしゃ……って、おい、ガイア……失敗したな?」
「す、すみません、エンライさん」
ガイアと呼ばれたのは、恐らく不審者三人組のリーダーのことだろう。
そしてエンライと呼ばれたのがここの主のようだ。
「ちっ……」
「彼らに傷を付けてはいませんよ」
アキラさんが言った。
まあ、うん、体に傷つけてはいない。
少々心に傷を負ってもらいはしたが。
「別に付けたところで構わん。……で、何用だ」
「むしろこちらからお尋ねしたい。何故こんなことを?」
「……わかってなかったのか?」
酒場の主……エンライは、素で驚いた顔を見せた。
「ええ、心当たりがまったくありませんので」
エンライはやれやれと肩をすくめながらカウンターから出てきた。
そして、酒を飲みながら私達の方を眺めていた客達に語りかけた。
「おぬしら、競竜は何に賭けた?」
「あー? フレイムオックスだ」
「シーホースだぜ」
客達が竜の名前を挙げる。
あー、このへんの人達も競竜をやってるのか。
あれ?
ということは……
「あなた方も同業者というわけですね」
「ああ、ノミ屋をやってる、というわけだ」
酒場の主が、アキラさんの問いに頷いた。
「おぬしらみたいに派手に演出するのは無理だが、良心的な商売をしているとも」
「良心的?」
スラム街の飲み屋には似つかわしくない言葉だ。
だが、私のうさんくさそうな顔を見て酒場の主は笑った。
「そうバカにしたもんじゃあないぞ。一口の値段も安い。それに金が無い者でも賭けに参加させてやることもできる」
一口の値段が安い……と聞いて、なるほどと思ってしまった。
確かにノミ屋の安定した利益を考えれば、割り引いて竜券を売りさばくことはできる。
むしろそれで客が増えるならば賢いやり方だと言える。
でも、これって以前、アキラさんから聞いたような……。
「……なるほど。一口の金額を割り引き、それでも手持ちが無い客には金を貸しているというわけですか」
アキラさんが、険しい目で呟いた。
ビンゴ、と言わんばかりに酒場の主が指を立てた。
「そういうことだ」
「で、あなた方もノミ屋をやる以上、同じ商売敵が邪魔だと」
「この手の商売はできるだけ静かにやりたいものだ。貴族相手に大っぴらにやるなど寿命が縮むだろう。そろそろ大っぴらにやるのは控えてもらいたい」
「脅しつけるつもりならもっと考えろ馬鹿!」
そこでエレナさんが会話に割って入って怒鳴りつけた。
そうだそうだ! もっと言って!
「ここにいるテレサは仮にも子爵家のご令嬢の家だぞ。そんな場所に魔法を撃ちまくって滅茶苦茶にしたんだ、殺されても文句は言えんぞ」
まったくその通り!
これはもう、責任取ってもらうしかありませんよ!
と、内心で応援していたら、不審者達が文句をつけてきた。
「子爵家? おいおい嘘つくなよ」
「そうだ! 子爵家の令嬢があんなしょっぱい商売するわけないだろ」
「だいたいあんなオンボロの借家に男も女も寝泊まりする子爵なんてねえよ! 子爵家を名乗ってる詐欺師だろ! お前達こそ盗賊ギルドにも詐欺師ギルドにも入ってねえモグリじゃねえか!」
「しかもヘルムズ家とか家名まで名乗って……。本物のヘルムズ家とやらにバレたらお前らこそ殺されちまうぞ! 悪い事は言わねえ、こういう商売は一線が大事なんだよ!」
「な、なんですってぇ……!!!
私は! 正真正銘の! ヘルムズ子爵家の長女です!」
「「「うそつけ!!!」」」
不審者三人組が声を揃えて反論した。
私はあらん限りの証拠をもって彼らを論破することになったが、偏見のまなざしを解くのは恐ろしく大変だということを痛感することになった。




