3話
どうにかこうにかテストが終わり、私達は召喚術を執り行った学校裏の池まで戻った。
結局、アキラさんには数学だけではなく小論文も手伝ってもらった。
流石に魔術の実技試験や古典教養、歴史などを手伝うのは無理だったが、十二分に役立ってくれた。
「ありがとうございました! それじゃあ、報酬の銀貨5枚です!」
私は財布を開いて、彼に銀貨5枚を渡す。
普通の人足の日給の相場が大体これくらいだ。
数学の理解できるインテリの日給と考えると相当安いが、働いた時間は賞味3時間というところだし、相場としてはおかしくない金額だ。
……と、思う。
「ありがとうございました。興味深い体験でした」
アキラさんは微笑みながら銀貨を受け取ってくれた。
良かった、特に報酬に不満は無さそうだ。
「これからあなたを元の世界に戻しますけど、その前に召喚獣の契約書を渡しておきます。あ、魔力のこもった羊皮紙なのでなくさないでくださいね。名前も自署で書いておいてください」
「契約書ですね。日本語……私の国の文字で書いて良いのですか? 他の文字はこの国の文字のようですが」
アキラさんが興味深そうに契約書の紙を眺めている。
「はい。自分で名前を書くというのが大事なので。動物や魔獣だったら肉球に朱肉押しつけてポンポンすれば良いんですけど」
「印鑑の文化があるんですね。なるほどなるほど」
「こちらの世界に来たいときは、水の入った桶とか鏡とか、姿が映るところで「扉よ開け!」と唱えてください。そうすれば私のところへ来られますから」
「凄いですね……そういえば魔法って初めて見ました」
「いえいえ、なんてことはありません!」
アキラさんは素直に感心したようだ。
無邪気な尊敬の念を受けると、やっぱり嬉しくなる。
「あと、アキラさんには私の声が届くようになってるので……。
また困ったときは、来て頂きたいんです」
「このくらいの難易度のテストならいつでも構いませんよ。お安い御用です」
と、アキラさんはにこやかに言った。
私はアキラさんに別れを告げ、チキュウへの門を開く。
アキラさんは落ち着いた足取りで、彼の世界、チキュウへと帰って行った。
……良かった。
穏やかだし、テストも手伝って貰えたし。
きっと上手くやっていける。
「良い人だなぁ……」
と……このときの私は思った。
この先において上手くやっていけなかったわけでも、決裂したわけでもない。
あの人は私の人生において、とっても大きな影響を与えてくれた。
でも、「良い人」「善人」にカテゴライズできるような、人畜無害な人であるというのは、明らかに間違いだった。
チキュウの人をちょっと甘く見ていたと知らされるのは、これから数日後のことだった。