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Stroke

 満身創痍の身体を緩慢に動かしながら、イザルは、最後の一匹に止めをさした。何もかもが赤く染まった樹海の中で、彼の身体を彩る赤色の大部分は、彼が打ち倒した敵の血だ。だが、彼自身の血も、そこには少なからず含まれていた。

「自分の分は数えて……おくべきだったな……」

 彼の呟きは、ティアナの行為によるものだ。彼女は、怪我一つ負うことなく、真夜中からこの時間まで、イザルの背中を守りつづけた。

「いいわよ。全部あんたの手柄で」

 傷を負っていないとはいえ、かなり疲弊しているのか、彼女は肩で息をしている。ただ、イザルに比べれば、十分に余力を残している様子だった。

「……身体が動きさえすれば、今ここで貴様を倒せばよい話なのだがな」

「諦めなさい。どうせ勝負にならないわ」

 少女にそう諭されたところで、イザルは膝を屈した。

「…………まったく」

 拳士は、ずっと閉じていた目を開き、ティアナの姿を認めると、長々と息を吐いた。そこに滲んでいるのは、悔しさと満足感が半分半分といったところだ。彼は狂信者ではあったが、自殺志願者ではなかった。

「それにしても、あの狙撃手はもう諦めたのかしらね。仕掛けてくるなら昨日のうちだと思っていたんだけど」

「いいや。仕掛けてくるなら、そろそろだろう。ああいう卑怯な輩は、我慢強いものだからな。一晩中、こちらを伺っていてもおかしくない」

「でも、追加で獣寄せってのも、この血生臭さじゃあ上手くいかないだろうし、そんな警戒することもないんじゃない?」

 イザルはともかく、ティアナの方は、銃弾を叩き落とせる程度の体力を残していた。

 それゆえの安心であり、それゆえの慢心だった。

「それはそうかもしれんが――」

 イザルが少女に応じようと口を開いた直後、その弾丸は飛来した。

 イザルは頭と臓器を守るように、拳甲を構える。

 ティアナはイザルと弾の間に身体を滑り込ませながら、弾丸を捕捉して、飛来した弾丸を突き払いにかかった。

 もう、獣寄せはないと判断していたがゆえに、突き払いにかかってしまう。

 彼女は、その弾丸の異常な色を見逃した。夜を徹して戦うため、昨日の日暮れ時に彼女が点眼した液体は、暗視の代償として、色彩を彼女の視界から一時的に奪い取っていた。

 それでも、彼女が万全な状態なら、違和感に気づいて飛び退いただろう。だが、今の彼女は疲弊していたし、何より、彼女の後ろには、すでに戦えなくなった人間が控えていた。

 ティアナが自らの過ちに気づいたのは、突剣が弾に触れたとき。その過ちがどういうものか彼女が理解するよりも速く、黄土色の弾丸は破裂する。

 赤い液体を撒き散らしたときのように、弾丸の中身は無秩序に広がっていきはせず、標的へと向けて、本来の弾道から支流ブランチのごとく伸びていく。それは、親指ほどしかなかったはずの弾丸から、何十回も枝分かれして、両者の視界一杯に広がった金属の枝が二人へと襲い掛かった。

「――ッ!」

 回避も防御も間に合わない。可能なのは、急所を外れるように身体の位置をずらす程度だった。もはや、イザルをかばうことすら適わなかった。

 刹那の後。ティアナとイザルは、全身を黄土色の槍に貫かれ、地面に縫い止められていた。


 ◆ ◆ ◆


『決着です。放っておいても血の流しすぎで死ぬ……かどうかは怪しいので、とどめを』

 青年は、次の弾を装填するため、遊底を動かすことで声に応える。そして、彼は、先ほどと同じ、脈打つ黄土色の弾丸を取り出した。

『あれ、次も九番ブランチですか』

「一発使ったんだ。二発目だって変わらない。だいたい、普通の弾でとどめになるか」

八番ゴブレットと違って九番ブランチの弾は土から作れるわけじゃないんですから、もうすこし大切に使ってくださいよ。いえ、おっしゃることはもっともですけど』

 青年は少女の不満にそれ以上取り合わず、黄土色の弾を黄土色の銃身にこめた。

 照準に、再び標的を収めた青年は、引き金に手をかける。一晩中、相手方を監視していた疲労からか、眉間にしわを寄せた青年のほほには、一滴の汗が伝っていた。


 ◆ ◆ ◆


 ごふっと、血のまじった咳をティアナが吐きだした。

「……何よ、これ」

 彼女の口には、自嘲の笑みが浮かんでいた。

 自分の身体を串刺している黄土色――複雑な枝のようで弾丸とは言いにくい――は、あまりにも致命的だった。ときおり、脈打つように震える枝は、傷口に刺さっているところから、紅く変色しはじめていた。血を、吸われているのだ。

「廃都の植物だ。相当深いところで、一度、見たことがある」

 苦痛に顔をゆがめながら、イザルが口を開いた。

「なんで、そんなものが、撃ち込まれてるのよ」

 途切れ途切れに言葉を吐きだす二人は、決着がついたことを理解していた。

 急所は外れていた。いますぐに治療を受ければ、命は助かる。これ以上ひどい怪我だって、廃都の住人にとっては日常茶飯事だった。

 だが、この銃弾を放った者がそれを許すとは思えない。地面に縫い止める枝を無理やり圧し折って逃げるという選択肢は、追撃によって、間もなく打ち砕かれるだろう。

「どちらかが、盾になるといい手はないな」

「冗談。さすがに、あなたのためには死ねないわ」

「同感だ。貴様のために死ぬことはできん」

 二人は、間違っても自分が犠牲になる気はないと表明しながら、自分の身体の状態を確認する。数秒も経たないうちに、彼らは自分が身動き一つできないことを悟った。手甲や軽鎧に覆われた部分は無事だったが、それ以外の部分は地面に縫い止められている。

 二人にできるのは、弾丸が飛来した方向にある廃墟を睨むことだけだった。

 そして、撃ち込まれた黄土色の死は。

 ティアナたちから遠く離れたところで、撃ち落とされる。さらに、弾丸を基点として拡散していく枝は、何もない空中をかきむしった。


 それを認めたティアナは、すこし呆けたのち、顔に満面の笑みを浮かべる。

「――しめた! さすがよ、クロード! ……痛たた」

 大声を出し過ぎたせいで身体を痛めたのか、彼女は笑い声を出しながら顔を歪める。

「? ……誰だそれは」

 状況を理解していないのか、イザルはティアナに問いかける。

「使用人よ。私の頼れる使用人」


 ◆ ◆ ◆


『ああぁぁぁっ!?』

「引き上げる、八番と九番は捨てていっていいか」

『駄目です! 二桁代はともかく、一桁代を私たち以外に渡すなんて絶対に駄目です!

 ……おかしい……ティアナ・ティーユの使用人は動けなかったはず……どうして」

「考えても仕方ないだろ。今は逃げるのが先だ」

「うう……久々にしくじりました……すいません……」

「謝るのも後だ」

 そう言ったとき、青年はすでに自分の身体を縄に預けて、廃屋の外壁を伝って逃げ出していた。彼に促された通り、声の主は彼が辿るべき道筋を口に出していった。

「……しばらくは街を歩けないな」

 廃屋から随分離れた後、青年は誰に宛てることもなく、ため息交じりにそう言った。


 ◆ ◆ ◆


「お待たせしました。馬鹿……ティアナ様」

 死骸だらけの地獄の中に、冷たい声が投げかけられる。その声の主は、声よりもさらに冷たい碧眼を、ティアナに向けていた。

 青と黒を基調としたコートと大小様々な何丁かの銃が、少女のそうした印象を、より一層際立たせていた。ただ、灰色の髪と衣服のそこかしこに着いた枝葉は、彼女がなりふり構わず、大急ぎでこの場にやってきたことを指し示していた。

「馬鹿じゃないわよ! ……とりあえず、助けてくれる?」

「かしこまりました」

 ティアナの要求を聞くと、青い少女はベルトの鞘からナイフを取り出して、黄土色の枝を切り落としにかかる。刃が触れた直後、その場所から枝が少女に襲い掛かったが、彼女は顔色一つ変えずに、それをナイフで捌いてみせた。

「そちらの男はどうしますか」

 枝を断ち切り、ティアナを助け出した後、少女はそう問いかける。

 歯を食いしばりながら枝を抜いていたティアナはいくらかの逡巡の後、

「……助けてあげて?」

 と答えた。

 渋々といった様子で、青い少女はティアナの命令に従った。

 助け出されたころには、イザル・ゴーディルは指一つ動かせない様子ではあったが、目だけを動かして、ティアナを睨みつけていた。

「クロード。さっきの敵、まだ追える?」

「難しいと思います。ほぼ確実に逃げているでしょう」

「なら、ひとまずは放っておきましょ」

 そう言うと、身体に何本かの枝を残したまま、ティアナはクロードと呼ばれた少女の方へと倒れ込んだ。肉体的にはまだ余裕があっても、精神的には、限界を迎えていたのだろう。

「それじゃあ、あとはよろしく。さすがに、ちょっと、つかれた、から……」

 彼女を受け止めたクロードは、複雑そうな顔をして空を仰ぐ。

「…………もしかして、わたしが二人とも連れ帰るんですか」

 その疑問に答えを返す者は、樹海の中にはいなかった

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