Daily work: prequeL
天然のものでも、人工のものでもない。
そもそも、視ることのできる境界ではない。
それでも、そこには境界があった。
境界の周囲には、いくつもの廃墟が、崩れた積み木のように延々と続いている。積み木の間から顔を覗かせる無数の植物と、崩れ損なった建物の屋上よりも高い場所にまで枝を広げた大樹の数々は、もはや、その地域を統べる生物が人類ではないことを示していた。
その境界に向けて、数匹の獣が駆けていた。遠目から輪郭だけを視たのならば、その獣は、狼のようにも見えたかもしれない。だが、夜闇で塗りつぶされたようなその体躯は、人間一人を丸呑みにしかねないほどに巨大だった。のっぺりとした影のような身体は、ほとんど光を反射していなかった。
獣たちは、音一つ立てずに、廃墟と木々の中を、滑るように奔っていく。その速度は、かつてこの廃墟の間を走っていたであろう、四輪や二輪にすら比肩しうるほどのものだ。
ついに獣たちは、境界のすぐ手前にまでやってくる。しかし、そこまできて、彼らは足を止めた。逡巡するように、何度か、その場で足踏みを繰り返す。
だが、やがて意を決したかのように、獣たちのうちの一匹の腹を食い破るようにして、何本もの脚が現われる。いや、よくよくみれば、それらは折りたたまれていたのだろう。他の個体も、最初の一頭につづくように、脚を広げていく。
唐突に、最初に動いた獣が掻き消えた。いや、彼の異形は駆け出したのだ。その速度は、先ほどまでのそれをはるかに上回っている。
撃ちだされた砲弾のように疾駆しながら、獣は境界を越える。
獣の脚が境界の向こう側へと着地する。
次の瞬間、獣は吹き飛ばされ、近くにあった樹の幹へと叩きつけられた。
周囲に、他の生き物の姿はなかった。
やはり最初の一匹につづくようにして、数匹が境界を越える。そして、一匹目と同じように吹き飛ばされていった。やがて、残された獣たちは異形へと転じた姿のまま、やってきた方向へと逃げていった
獣たちがその骸を曝している場所から、ずいぶん離れたところで、一人の青年がうつ伏せになった状態から上体を起こしてあぐらをかいた。葉や蔓に包まれた彼の姿は、人の形をした植物のようだ。彼の傍らには、その身長の半分を超えるような長大な銃が横たわっていた。
「終わったよ。うまく機能してるみたいだ」
青年は胡坐をかくと、眼下に広がる緑と灰の風景を俯瞰しながら、虚空に向けて、言葉を発する。だが、彼がいるのは大樹に貫かれた廃屋の最上階だ。壁と天井が崩れ落ち、ほとんど屋上といっても差し支えないような空間に、彼以外の人影はない。
「……分かってるよ。でも、それは俺の仕事じゃないだろ。……行けばいいんだろ、行けば。ポイントは?」
彼は、何者かと会話をしているかのように言葉を連ねていく。そして、最後の一言を発すると、すくりと立ち上がった。擬態のための布が青年の身体からずりおちて、はらりと銃の上に覆いかぶさった。
フロアの中心へと向かった青年は、木の幹に厳重に取り付けられたワイヤーを腰に取り付けられたリングに通す。それを頼りに、彼は手慣れた様子で木の幹に沿って下降していった。