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十四 帰還祭《リターンホーム・カーニバル》

ぎこちなく結衣の腰に手をまわし、たどたどしくステップを踏む。

目の前にはほんのりと頬を染めてはにかんでいる結衣の顔。

周囲には事の成り行きをあっけにとられて見守っている大勢の観衆。

っていうか、さっきより増えてないか人の数。いや、確実に増えている。

人の隙間も無いぐらいに押し合いへしあいし、色々なステージの上で催し物をしていた芸人達までもが俺たち二人に注目している。

結衣が俺の手を強く握る。


「……今は私だけを見て?」


その顔は泣いてるようにも、拗ねてるようにも見えた。

たしかに、ダンスの相手に対して上の空ってのは無いよな。

結衣は俺の拙いダンスをうまくフォローするかのようにサポートしてくれる。

リードする程には出しゃばらずに、さり気なくうまくいくようにフォローしてくれる。


「結衣ってダンス、うまかったんだな」


「そうよ? タクヤの為だったら私はなんだって出来るの」


その笑顔は嫌味がなく、なんというか花開く、といった表現がピッタリだった。

やがて、周りの観衆が徐々に盛り上がり、歓声が飛ぶ。

あんちゃんいいぞー、姉ちゃんもかっこいいぞ、素敵ー、ほら、ぶちゅーって行っちゃえ、女に恥かかせんなー、てな感じだ。うわぁい。

初老の吟遊詩人がテーブルに腰掛け、手に持ったギターを爪弾く。

美しいメロディが溢れだし、それを聞いた芸人達、楽団員達が眼を見合わせ頷く。

メロディはハーモニーになり、やがてそれは大演奏へと変わっていく。

ロマンティックな、情緒たっぷりでいて軽やかなミュージックが俺たちのダンスを包む。

いつの間にか俺と結衣は基幹祭メインステイ・カーニバルの最大のステージに立たされていた。


「私だって怖いんだよ?」


結衣が耳元で囁く。


「今だってドキドキしてどうにかなっちゃいそう……」


結衣が俺の手をぎゅっと握る。

その右手は左手よりも若干指が太く、指の端々が固くなっていた。

おそらく、剣を握っているうちに皮膚が擦りむけ、破け、治る過程を繰り返した末に厚くなっていったのだろう。


「あ、ごめんね。手、ごつごつしてるでしょ?」


結衣が恥ずかしそうに手を引っ込めるのを握り返す。


「いや、全然。柔らかくて素敵な手だよ」


「……嘘つき。でもありがと」


俺と結衣は軽く笑いあう。

結衣がゆっくりと囁く。


「私もね、さっきの事を色々考えたの。私はタクヤが好き。この気持ちは本当。でもね、タクヤの気持ちも大事……だよね。

結婚って惹かれ合う二人がゆっくりと織りなす物語なんだって。

私はタクヤ。あなたの事が好き」


結衣が瞳を軽く伏せる。


「タクヤは私の事をどう思っているの?」


(女の子は繊細なんだから)

美羽の言葉が脳裏に浮かぶ。

嫌い、じゃない。でも……


「勿論、簡単に答えられる事じゃないよね?

私は、私はいつまでもタクヤの返事を待っているから。

でも……」


不意に掌に柔らかい感触が伝わる。

美羽が俺の手を自らの左胸にそっと押し当てた。


「……私のこのドキドキで胸が張り裂ける前に返事してほしい」


結衣と俺の視線が再び絡みつく。

彼女の視線は今までで一番不安げでか細く感じた。

その瞳は縋るように、その手は怯えるように、そして俺の手が強く押し付けられたその胸には心臓の鼓動が、早鐘のような鼓動が確かに感じられた。

指が薄い衣装越しに結衣の胸に埋まる。その感触は柔らかくもしっとりとした弾力を持って俺の掌を受け止めていた。

視線が交差する。


「はーい、はいはいはい、手を離して」


雫が俺と結衣の間に入り引き剥がす。


「結衣、それはレッドカードの行為と見なします」


流石にいい雰囲気をぶち壊しにされむっとする結衣。

涼しい顔でそれを受け流す雫。


「結婚前の過度な身体接触は駄目。

特におっぱいは、厳禁っ!!」


「お前……」


「そ、そうだったんだ……それなら仕方がない、ね。

一旦、私は離れるね……タクヤ、また後で……」


しょんぼりしながら結衣が離れていく。

代わりに雫が俺の手を取りダンスパートナーを務める。


「どうしてお前が」


俺の問いにニヤリと笑い返す雫。


「周り見ろよー」


周りを見ると既に大勢の人たちがみんな思い思いの相手と踊っている。

いつの間にかここはダンスパーティの会場になってしまっていたらしい。


「ま、仕方が無いからボクが拓と踊ってやるよ」


「一平はほっといていいのか? あいつだったら喜んでお前の相手務めるんじゃね―のか」


途端に顔をしかめて身震いする雫。


「冗談、考えただけでもおぞましい」


「はは、ひでぇ言われようだな」


「でもなー、せっかくのダンスなのに相手が拓ってのもな。なんか残念というか」


む。


「俺も同じだっつぅの」


ぴきり、と雫の顔が引きつる。

雫の足が俺の足を踏みつける。


「痛ッッッッ!!???

おま、ヒールでそれは無いだろが」


「あーら、あまりにも拓のステップが下手すぎて……ごめんあそばせ」


ほぅ、つまりそれは宣戦布告と言う訳だな。

ターンと見せかけて雫の太ももにニークラッシュを喰らわす。


「ぃてぇええッッッッッ!!!!!!?????」


太ももの真横からクリティカルヒットを喰らい雫が悲鳴を上げる。くくく、いい悲鳴(メロディ)だ。


「拓っ、お、おまえ……」


「あ、すまんな、何しろ俺はステップが下手だからな」


「このっ」


雫の肘打ちが俺の脇腹にヒット。


「てめっ」


俺のケリが雫の脛を直撃する。


「こっ」


如何に相手の攻撃を捌き、一瞬の隙を付いて、手痛い一撃を相手に食らわすか。

どうやら俺達はダンス格闘技とでも言うべき代物にて手合わせをしているらしい。

気がつくと周りから生暖かい視線を浴びている事に気づいた。

くすくす、なにあれかわいー、若いっていいわねー、みたいな屈辱的な言葉の数を。


「……休戦だ」


「……同意」


肩で息をしながら雫がやや乱れたドレスを直す。

雫はオレンジ系の明るい色のドレスを身に着けていた。ふりふりフリルをそこかしこに散りばめた可愛らしいドレス。いろんな花々の形や模様をドレスのプリーツで表現したやや少女趣味っぽい衣装。

でもそれは雫にとても似合っていた。

普段の乱暴な物言いや行動のせいでそんな印象はないが、雫は十分に女らしく可愛らしかった。


「ドレス、似合ってるよ」


「……別にいいよ、気使わなくても」


雫が眉をしかめて不機嫌そうに顔を逸らす。


「本当だって、明るくて本当に雫にピッタリのドレスだと思う」


パッ、と赤面する雫。


「じ、時間なかったからこれしかなかったんだよ。サイズも合ってないし」


確かにウエスト部分はゆったりしているのに深く切れ込みが入っている胸元は今にもはちきれそうな程に――

パチッ、という音と共に無理やり押さえつけられていた雫の爆乳が開放された。

爆発の効果音が似合いそうなほどに広がり、本来の大きさを取り戻した双丘。

瑞々しくもつややかな玉の肌、その先端にある桜蕾が(あらわ)になる。

凍りつく雫。

俺はとっさに雫を両手で深く抱きしめる。


「ひゃッ!????? ちょ、やめっ、離せッッッ!!!!!!、拓ッッッッッッ!!!!!!??????」


雫がパニック状態になり、俺の顔を掴みなんとか引き剥がそうとする。


「落ち着けっ、今離れたら『見えちゃう』だろ?」


「あ……」


俺の言葉に抵抗をやめ、力を抜く。

その瞳にみるみる涙が浮かんでくる。


「拓、どうしよう……こんな大勢の中で」


その声は泣きそうで。


「……やっぱり、慣れないドレスなんか着てこなきゃよかった……、うう……」


その悲しげな様子はとても痛ましく、見てる俺までも辛くなってきた……そうだ。


「雫、ドレスのリカバリポイントはどこだ?」


「あ、そっか。そうだ、リカバリがあったんだ」


雫が元気を取り戻す。


「えっと、確か背中の……ビスチェのあたりだった。よし」


雫が右手を後ろに回す。


「!!!???」


その瞬間、二の腕で胸元に押し付けられていた爆乳が横に広がり零れ落ちそうになる。


「きゃあッッッッ!!!!!」


どうやら耳がおかしくなったらしい、雫の口から女らしい悲鳴が聞こえてくるとは。


「拓。駄目だ、腕動かすとこぼれちゃう」


雫が両の二の腕でかろうじて自身の爆乳を支える。

うう、胸元にすごい質量がぐいぐい押し付けられて、あらゆる意味でこの状況はやばい。


「よし、俺がやる」


そう言って、俺は雫の背中に手を回す。

結果的に二人はより強く抱きしめ合う形になり、先端部分の感触まで感じ取れ――ええい、余計なことは考えるな。

雫が顔を更に赤らめる。


(拓、肩幅とか結構広いし、背も高いんだな……なんかゴツゴツしてて想像よりもなんていうか、拓のくせに)


「で、ここか?」


俺が雫の背中の部分を指で押して確認する。


「あ、えっと右、もうちょい右、うん、そこ」


「右か、よし、モーションは?」


「時計回りに二回、あ、逆逆、そう……うん、その後反時計回りに一回、最後に掌で叩けばOK」


ポンッ、という可愛い音と共に破損した雫のドレスのリカバリ(修復)が終わった。

おそるおそる雫が身体を離してドレスの確認をする。

胸元が破れたドレスは見事元通りになっていた。

それを確認して俺は大きく息を吐いた。


「ふぅー」


「あ、あの……ありがとな拓」


雫がおずおず、といった感じでお礼を言ってくる。


「これで拓に借りができちまったな」


「いや、いいって、雫の可愛い所見れたからな」


「ばか……」


そういって雫は恥ずかしそうに笑った。

いつもだったら即座に飛んでくる鉄拳制裁はいつまで経っても飛んでこなかった。


「あらあら、それじゃあ次は私の番かしら?」


美羽が一瞬の隙をついて雫との間に滑りこんでくる。


「あっ、……」


「一平が(寝言で)妹さんを呼んでたわよ。しずくーって。うふふ」


雫はまだ不満そうな顔をしていたがやがて仰向けに寝ている一平の方に歩いて行った。あ、蹴った。

きりもみ回転しながら一平が吹っ飛んでいく。


「それとも私が相手じゃ不満かしら?」


悪戯っぽくクスクスと笑う美羽。


「いえいえ、光栄でございます」


「あら、随分余裕が出てきたわね。頼もしいわよ?」


「まぁな、流石に驚きの連続で感覚が麻痺してきたらしい」


「ふーん、つまんないの。もっとおたおたする拓也の姿をみたかったのだけれど」


「いや、もう勘弁して下さい」


美羽は純白に赤のレースをふんだんにあしらったドレスを身に着けていた。

ウエスト辺りに薔薇の意匠が施され、そこから緩やかに紅白のレースが折り重なり合いながら足首まで広がっている。

一見派手な印象をうけるが、よく見ると結構落ち着いた色彩に留めてあり美羽の雰囲気に良く似合っていた。

勿論、肩や腕は露出しており十分にセクシーで魅力的な雰囲気も醸し出している。

全体として非常に素敵な印象を見る者に与えるであろう。

ただ、一つだけ他の人達と決定的に異なった物が存在している事を除けば、だが。


「美羽はさ、本当に眼鏡が好きだよな」


「……そう? 自分ではそんなに意識はしていないのだけれど」


いやいや、かなりの少数派だと思いますよ美羽さん。

っていうか視力補正の日常系スキルを使えば眼鏡もコンタクトもいらないんだが、美羽は頑なに眼鏡を掛けることを好んでいた。

やっぱり、美羽なりのスタイルなんだろうな。ドレスにも眼鏡のスタイルは。


「で、どうなの?」


「ん?」


「また、しらばっくれて?」


美羽が軽く俺を睨む。


「結衣ちゃんのことよ」


「ああ……」


美羽が俺の瞳を黙って見つめる。


「…………」


「返事をくれって言われたよ」


「そう。本気ね」


「だな」


「ま、一目惚れかしらね。よっぽど拓也の事が気に入っちゃったのね。

一気に燃え上がるほどに」


美羽の瞳が悲しげに伏せられる。


「…………」


「しかし、人生ってうまくいかないものね」


「ん?」


「だってひと月前、いえ一週間前の拓也だったら何の躊躇もなく結衣のプロポーズはOKしてたでしょ?」


「う」


「彼女欲しいってこぼしてたものね。道行くカップルを恨めしげに眺めながら」


「おおおい、俺の黒歴史を言うな、言わないでくれ」


美羽が俺の慌てぶりを楽しげに見つめる。


「あらあら、黒歴史ですって。あの頃が黒歴史といえるほどに今は充実しているってことかしら?」


充実か……。


「そうだな、充実している事だけは確かだな。

採掘も(ゴールド)ピッケルも手に入れてお金もそれなりに入ってきた」


「その節は(アイアン)ピッケル程度しか作れなくてどうもすみませんでした」


じろりと横目で睨まれた。


「いじめるなよ」


「あら、いじめられているのは私の方だと思っていたのだけれど?」


片目をつむってニヤリと笑う美羽。でもその表情は楽しげだった。


「守るべきパートナーも出来て、いろんな人に助けてもらい。

まだ、そんなに実感は無いんだけれど……この世界もそんなに悪くないんじゃないかと思えてきたよ」


「あらあら、現金なものね」


「はは、人間なんてそんなもんだろ」


「確かにね」


美羽は楽しげに笑った。


「じゃあ、やっぱり今はパートナーのメイルちゃん以外は眼中にない感じかしら?」


「……さっきも言ったが、俺のキャパシティはそんなに広くないからな。

メイルも守って恋人もってわけにはいかないんだ」


「あら、一挙に解決できる方法があるわよ」


美羽が次に言おうとしている事は考えなかった訳じゃない。


「メイルちゃんを恋人にして守ってあげればいいのよ」


「…………」


「なにか問題が?」


「はたしてそれでいいんだろうか」


「恋愛にいいも悪いもないわ。

大事なのは好きか否か、だから。

メイルちゃんは好きじゃないの?」


「好き、になりかけていると思う」


「正直ね」


美羽が肩を軽くすくめる。


「でも感覚としては、なついてくる妹を可愛がっているみたいな感じで」


「でも身体は大人よ」


「そこなんだよ」


「ふふ、臆病者の拓也らしいわね」


「…………」


「ま、そんな風にうじうじした拓也も素敵だと思うわよ。

傍から見ている分には」


「美羽って、チクリチクリと刺すよな」


「あら、一気に奥まで抉られるのをご所望かしら?」


「すいません、勘弁して下さい」


「ふふっ。

今のところはそんなおままごとみたいな恋愛ごっごでいいんじゃないかしら?」


「だよなぁ」


「変化なんてこちらが望まなくても来る時はいっぺんに全てを変えていってしまうものよ。

大事なのは焦らないこと、ね」


そう言って美羽は優しく微笑む。


「メイルちゃんはまだ心が身体に追いついていないように思えるの。

今しばらくは大事に見守ってあげるのがベターじゃないかしら。

ま、全ては拓也が決めることなんだけどね」


「いや、俺もそうだと思っていたよ。

ありがとな美羽。

やっぱ美羽が一番頼りになるわ」


「そう思って頂けて光栄ね。

出来れば言葉だけじゃなくて行動で示してくれるとありがたいのだけれど」


そう言うと美羽は眼をつむり、軽く唇を差し出してきた。

ちょッッ!!!!

俺がビクッと反応した瞬間に美羽は眼を開け、口元に手を持って行きクスクスと含み笑いをした。


「ちょ、それは反則だぞ」


「あんまり貴方が初々しくて、ごめんなさいね」


「本当だぜ、心臓が止まりそうになったぞ」


「……冗談はさておき、メイルちゃんの事。大事にしてあげなさいね。

彼女はとても弱い立場にいるから、それを守れるのは貴方だけよ」


ここで美羽が身体を押し付けてくる。

互いの息遣いが感じ取れるほどの距離で俺たちは見つめ合う。


「美羽……」


「でも、貴方の方は心に身体が追いついていない」


その瞳は真剣味を増す。


「……う」


「言いたいことは分かるわよね?

ウツロでの出来事だって貴方がきちんと『積み上げて』いれば問題なかった筈よ?」


「ああ、言葉もない」


美羽の瞳がふっと和らぎ、俺の耳元にその唇を寄せる。


「まだ、治ってないのかしら?」


まるで腫れ物に触るかのように優しく、そして怖がるように美羽はそっと囁いた。


「…………」


「今も?」


「……ああ」


「じゃ、しょうがないわね。

知恵と根性でなんとかしなさい」


「ああ」


「でも、あまり無茶しないでね?

貴方に死なれると……」


美羽が悲しげに眼を伏せる。

美羽、まさか俺のことを……


「お店のつけが踏み倒されちゃうからね」


おもいっきり真顔に戻った美羽が言い放つ。

ですよねー。


「香典代も出さなきゃいけないから、出来れば長生きしてガンガンうちのお店と取引してくれると助かるのだけれど」


「はいはい、肝に銘じておきます」


「じゃ、たまには取引じゃなくてもお店に来て頂戴ね。

お水ぐらいなら出すわよ?」


そして美羽は俺の手を誘導し、バトンタッチさせた。

そこには、静かに佇んでいるメイルがいた。


「メイル……」


手をとって向かい合う俺たち。


「…………」


しかし、メイルは動かない。


「?」


「?」


え、まさかメイルはダンス、知らないのか?

可愛く小首をかしげるメイルが姿が目に入る。


「えっと、つまりだな、これはその、音楽に合わせて二人で身体を動かすんだ」


「そうなんだ、なんかおかしーね、えへへ」


むぅ。とにかく教えながらでもダンスをさせないと。


「そう、そこで右足を、違う違う、左足じゃなくてだな、そう、次はそのまま……」


俺の指示に一生懸命従い、足を動かすメイル。その視線は下を向いており必死さが伝わってくる。

俺達は傍から見たらひどい状況に見えるだろう。

今までは結衣や雫、美羽が俺の下手なダンスをフォローしてくれたからなんとか形になっていたけど。

……今は初心者二人、いやド初心者二人のダンスともいえない惨状をまき散らしているだけだ。

誰も助けてくれない。

そう、俺が何とかしないと。

ちゃんとしたダンスをしないと。

メイルを見る。

メイルは賢明に俺の指示通りに従い、眉をしかめて足元を必死に見ている。

……眉をしかめて?

従って?

視線すら合わせずに?


「…………」


これじゃただの作業じゃないか。

メイルが動きを止めた俺を見つめる。


「拓也、どうしたの?」


その顔は不安気で、楽しさの欠片も感じ取れなかった。

メイルにそんな顔をさせて俺は楽しいのか?

違う、そうじゃないだろう俺。

不安げな瞳、への字型に結ばれた口。

今のメイルは楽しんでいるのか?

今のこの場のこの瞬間を。

違う、これは絶対に違う。

これじゃ、ただ、ダンスの動きをしているだけじゃないか。

大事なのはメイル、そして俺達二人が共に楽しむ事じゃないのか?

返事をしない俺にメイルの眉がさらにしかめられる。


「拓也……」


「メイル、やめよう」


「……え?」


ステップなんか関係ない、ターンもどうでもいい、リズムなんざクソ食らえだ。


「メイル」


「ん?」


「好きに踊ろうぜ?」


「好きに?」


「おう、音楽なんか関係ない、お前が俺が望むように好きなように踊ろうぜ?

俺達は自由なんだから、さ」


その瞬間、メイルのしかめられた眉が消え、とびっきりの笑顔が戻った。

うん、やっぱりメイルは笑顔がいちばんよく似合う。

下ばっかりみて、眉をしかめているなんて似合わない。


……俺達のダンスはひどいもんだった。

セオリーを無視した適当なステップを繰り返し、相手の足に絡み転びそうになり、転ばせそうになる。

身体がぶつかりダンスが中断する。

でも、その度に俺たちは顔を見合わせ笑う。

声を上げ、大口を開け、全身で感じ取る。

今のこの日のこの瞬間の幸せを。


「拓也っ」


「ん?」


「ダンスって楽しいねっ!!!!」


「おうっ、!!!!」


次第に俺達の息はだんだんと合ってきた。

相手が次に何をしようとするのかを。

足、手、身体、リズム、ターン。

全てが自分のことのように感じ取れ、身を任せ、一つになった。

見つめ合い、微笑み合う俺達。

そこに言葉は既になく。

二人の思いが交じり合う。

俺達はいつの間にかこの場で最も息のあったダンスを披露していた。

メイルは俺を信頼してくれている。

ならば。

ならば、俺はメイルのその信頼に全力で応えなければいけない。いけないんだ。

この笑顔を守るためならば俺は……なんだってしなければならないんだ。

例え、世界を、全世界を敵に回したとしても……


「拓也、お祭りって楽しいねー♪」


………………………


無数の赤き火の粉が舞い上がり夜闇へと消えていく。

やぐら状の形に組み上げられた火床から巨大な大炎が立ち昇る。

いよいよ基幹祭メインステイ・カーニバルのフィナーレが始まろうとしていた。


美羽が巨大な篝火の前に立つ。

白っぽい服を身に纏い、言上を奉る。

死者を送る祝いの言葉を。

生者に贈る感謝の言葉を。

葬送ではなく帰還の言葉を。

基幹祭メインステイ・カーニバル帰還祭リターンホーム・カーニバル

このひと月で消滅した人は死んだのではなく現実世界に戻れたのだ。今頃は家に帰って楽しく暮らしているのだ。

きっとそう。そうに違いない。畜生、羨ましいぜ。俺も早く連れて行きやがれ、とやけくそで祝ったのが帰還祭リターンホーム・カーニバルの始まり。

毎月一日(サービスインの日)を祝うやけくそ祭り。

それが恒例になり、誰が名付けたのか基幹に引っ掛けて基幹祭メインステイ・カーニバルとなったのだ。

無論、現実世界を知らないNPC(ネイティブ)にとっては何のことかわからないが、わからないなりに受け入れて順応するのがNPC(ネイティブ)NPC(ネイティブ)たる由縁であるといえた。


「流石本職、さまになってるな。

でも巫女服着てればもっと雰囲気出るとおもうんだけどなー」


「無理無理、あれレア過ぎて出回ってないし」


掌を顔の前で左右に振りながら雫が言う。


「ま、そうだな。高値の花、か」


そして、消滅した人の最後を看取った人、関係者などがそれぞれゆかりの物を手に篝火に集まり、炎にくべる。

ひときわ炎が強く輝き、そして一瞬後にキラキラと元素に還っていく光が夜空に煌めいていった。

それをじっとみていたメイルの輪郭が一瞬だけ震える。


「!?」


だが、続けて沸き起こった歓声に俺は気を取られた。

視線を戻し、もう一度メイルをよく見たら何も変化はなかった。

光の屈折、背後に揺れる炎の陽炎に眼が惑わされたのかもしれないな。

周りから様々な声が掛けられる。

おめでとー。

くー、一足先に帰れるなんてうらやましーぜ。

浮気なんてしたら承知しないからね。

早く助けを呼んできてくれよな、あはは。

口々に別れの言葉を叫び、明るく笑う。

冗談めかして笑顔でみんなを送る。

戦友を、恋人を、上司を、肉親を、見ず知らずの人を、同郷の人を、同じ街の人を。

厳かで厳粛な儀式。

それはとても大切で、かけがえのない時間。

誰もが笑顔で、誰もが目尻をそっと拭いながら楽しく送る儀式。

それが帰還祭リターンホーム・カーニバル

月に一度のお祭。

ゲーム内年暦――双竜歴二六七五年白角月の帰還祭リターンホーム・カーニバルは大歓声の中、終わりを告げた。


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