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十三 彼女の背中と勲章と

「えっと、メイルといいます。皆さん、よろしくお願いします」


ペコリ、とメイルが可愛くお辞儀をする。


「一平だ、よろしくな」


「ボクは雫。よろしくねっ」


待ち合わせ場所には既に二人の姿があり、そのまま簡単な自己紹介タイムへと突入した。

一平が俺の背中を思いっきり叩きながら囁く。


「おいおいー、オメェは奥手だと思ってたんだがな……どこであんな可愛い子を捕まえたんだ? この野郎」


「いや、気がついたらメイルに介抱されてたんだよ。なんか俺ウツロの廃掘所で血だらけになってたみたいで」


一平の顔色が変わる。


「はっ? 血だらけってあそこは確かモンスターはポップしねぇよな?」


「ああ、だからこそ掘りにいったんだが、なんか未だにそこら辺の記憶があやふやなんだ。もやが掛かってるみたいで」


「ふーん、そりゃオメェ、後ろから誰かに襲われたんじゃねーのか? 頭をゴーンって」


一平が冗談っぽく茶化す。


「ああ、PKならウツロの野営地でされかけたわ」


「…………」


一平が呆れ顔を通り越して絶句した。


………………


「ほーん、なるほどな。そんな馴れ初めだったのかメイルちゃんとは。

しかしパートナーとは良く考えたな? オメェにしちゃ上出来だ」


「うるせーよ」


一平が真面目な顔に戻る。


「でも、ま、それじゃあ、彼女をしっかり守ってやんねぇとな。

この世界には獣人ってだけでひでぇ事考える奴らがごまんと嫌がるからな」


脳裏に黒鷲の意匠が浮かんだ。


「ああ、勿論だ」


「なんか困ったことあったらいつでも言ってこいよ。手ぇ貸すぜ?」


「おう、さんきゅーな」


本当は俺一人の力でメイルを守らないといけないんだけどな……ま、情けないけど頼れるつては全部使わせてもらう。

変な意地を張ってる余裕なんてどこにもないんだから。

俺一人のちっぽけなプライドでメイルが救えるんなら万々歳だ。

そして、そのメイルはというと……

雫とすっかり打ち解けて楽しそうにきゃっきゃ騒いでいた。

やっぱり女の子同士、話が合うんだろうな。よかったよかった。

メイルが楽しそうにおしゃべりしている姿を見てなんだか嬉しくなり、手に持っているカップを一気に傾け、その中身を喉に流し込む。

キリッとした辛味を含んだ液体が胃に存分に染み渡り、俺の身体を熱くした。


「くーーーーーーーーーーーーーー、うまいっ」


「あらあら、一気飲みは身体に毒よ?」


見上げると美羽が綺麗に着飾って微笑んでいた。


「美羽も来てたのか」


「ええ、色々と、ね。こういう場所は情報交換には最適だから」


含みのある笑顔を見せながら横に視線を流す。

その先には。


「拓也さん。ご無沙汰しております」


ツインテールの小柄な少女がスカートの裾を軽くつまんで会釈する。

金猫騎士団傘下、『黒猫雑貨FCフランチャイズチェーン』のアークヒルズエリアマネージャーにして高級雑貨店『Ruby』店長である七海霜月(ななみしもつき)が静かに微笑んでいた。


「霜月……なんで美羽と」


「そりゃあ、同業者だもん、色々と情報交換ぐらいするわよ」


「ええ、主にある人についての情報ですけどね」


「そうそう、誰かさんについての、ね」


そして二人してニッコリと笑いあう。なにこれ怖い。


………………


それからみんなで適当に腰を降ろして飲み食いと会話を楽しんだ。

話の中心はやはりメイルと俺の馴れ初めというか、まんまと会話の肴にされちまった感じだ。

でも、楽しそうにみんなと会話を楽しんでいるメイル。

それだけでもこの基幹祭メインステイ・カーニバルに連れてきた甲斐があったってもんだ。


「では、私はこのへんで失礼しますね。用事がありますので」


霜月が立ち上がりみんなに会釈をし、口を開く。


「みなさん、これからも私達のお店と末永いお付き合いをお願いします」


だが、その視線は俺に釘付けになったまま動かない。おいおい。

そのまま人混みの中に霜月の小さな姿は消えていった。


「はぁ、大したタマね。あんなに堂々とやられちゃ逆に毒気を抜かれちゃうわよ。もう。

やっぱり大きな組織でそれなりの役職を任されてる人って違うわね」


美羽が半分関心半分呆れたようにつぶやく


「ま、全ては誰かさんの意志に掛かっているんだけれど、ね」


「お、おう。任せとけ」


俺の力強い言葉に冷たい流し目を寄越す美羽。うわ。

そんなやり取りをしていた時に辺りの人混みの中に大きなどよめきが起こる。


「ん?」


「なんだ?」


「なにかしら」


「なになにー?」


「なんだよ、うるせーなー」


俺達が口々に疑問を呈している間にもそのどよめきはこちらの方に近づいてくる。えっ?

そのどよめきの中心に見覚えのある物を見つける。

いや、しかし。まさか、な。

……どよめきの元は俺の目の前で止まり、口を開いた。


「タクヤ、結婚しましょ?」


メイル意外の全員が口の中のものを思いっきり吹き出した。


「ええええッッッッッッ!!!!!!!???????」


その女は、ユイは俺の瞳を真っ直ぐに見つめていた。


…………………


何時ぞやのウツロ廃掘所に向かう途中の乗合馬車で出会ったユイと名乗った少女。

彼女は――王花結衣(おうかゆい)は再会と同時に俺に全力プロポーズを喰らわした。


「え、……え?……ええ?」


あまりのことに状況が飲み込めない俺。

そんな俺に構わずに結衣は思いの丈をぶつける。


「ウツロで別れてからずぅっと考えてたんだけどさ。タクヤの事を考えると胸が締め付けられる様に切なく、苦しくなるの。

どこにいても何をしていてもタクヤの顔や声が浮かんできて頭から離れないの。

いまタクヤなにしてるのかなって。いま何を考えているのかなって。そればっかり考えちゃって。自分でもどうしようもない気持ちに戸惑っている時にさ。

私気づいちゃったんだ。

これはもしかして『恋』と言う奴じゃないかって。違う? 違わないでしょ?」


「違わないわ」


「ちょ、美羽、お前余計なこ――」


「でしょ? やっぱり私の判断は正しかったのよ。タクヤっ、私とセックスしよ?」


「ちょっと待てぃ、その思考展開がおかしすぎるだろう?」


「ん? 好きな人と恋に落ちて。結婚して、結ばれ、子を産む。これって自然な事でしょ?」


「自然ね」


美羽が楽しそうに肯定する。


「だからおま――」


「結婚の次に来るのはセックスでしょ? 何もおかしくない。セックスしなければ子供を産むことが出来ないんだから。それくらいの事は私だって知ってるわよ。

あんまり馬鹿にしないでよね」


「いや、それはだな」


頭が痛くなってきた。

ソリストをこじらせるとこうなるのか……恐るべしソリスト。


「なんで? タクヤくらいの年代ってさセックスに興味有りすぎて困るって聞いたんだけど。それって間違っているの?」


「間違ってないわ」


「おま――」


「でしょお? 勿論私も興味津々なんだけど、一抹の不安がよぎるのよね。

何しろ私はセックスは初めてだからうまく出来るかどうか不安なの。

勿論、知識は仕入れてきたんだけど、実戦となると、ね。

あっ、もしかしてタクヤってばセックスを成功させた事あるんじゃない? もしそうなら具体的なやり方を教えて欲しいんだけど。お願いっ」


結衣が両手を合わせて頭を下げる。

なんというか、なんとも言えない空気がこの場に漂った。

その空気を打破したのはやはりこの人だ。


「結衣さんダメよ」


よっし、さんざん茶々入れて煽った上で場の収拾を図るとは演出が憎いぜ。


「そ、そうそう、そういうのって長い時間を懸けてゆっくりと培っていくんだからな」


雫もようやく口を挟んで来た。

美羽が腕を組んで結衣を諭す。


結婚の約束(プロポーズ)ってね、とても大事なものなの。

ただ、結婚しよう、で結婚できたら誰も苦労しないわよ。

さっきのは合格点を上げられないわね」


ざっくりと切り捨てる美羽。

うなだれる結衣。

う、ちょっとかわいそうかな。

悪気はないんだよなこの子は。

ただちょっと、人との距離感がつかめないだけで。


「じゃ、じゃあ、どうすればいいの?」


縋るような目で美羽を見つめる結衣。

完全に美羽のペースだなこりゃ。


「ここは血なまぐさい戦場じゃないのよ。

その装備では話しにならないわ。出直して来なさい」


確かに美羽の言うとおりだった。

結衣の格好はプロポーズどころかこの基幹祭メインステイ・カーニバルでさえも非常に場違いなものだった。

ミニ丈ワンピース型にロングブーツの組み合わせである女性剣士用軽鎧。

基本色の白に加えて随所に赤と黒のラインをあしらった非常に華やかで人気のある定番装備だ。

ここまでは許容範囲。

だが、彼女の装備は返り血と汚れにまみれ、あまつさえモンスターの異臭までも漂わせていた。

純白に輝いていた布地は薄汚れたねずみ色に。

ベルトには赤黒い血がべっとりと付き。

ブーツには大量のドロがこびりついていた。

血なまぐさい戦場から直行してきたかのような出で立ち。

こんな格好の女の子が基幹祭メインステイ・カーニバルに現れたらそりゃ『どよめく』のも無理はない。


「くっ……」


悔しそうに唇を噛みしめる結衣。


「剣を香水に。鎧をドレスに。スキルをお化粧に、ね」


そんな結衣に助言(ヒント)と共にウィンクする美羽。


「はっ!?、そうか……ありがとっ、見知らぬ人さんッッ!!!」


ぱあっ、て顔を輝かせて何処かに立ち去る結衣。


「面白い子ね。からかいがいがありすぎてこまっちゃう」


その様子をクスクスと楽しそうに眺める美羽。


「おい、笑い事じゃないぞ。まったく」


「そうだぜ、いきなりせ、……なんて」


雫が言い淀んで顔を赤らめる。


「あらぁ、拓也に待望の彼女が出来そうなのに浮かない顔ね。

いつも彼女つくれーって言ってたじゃない?」


「そ、そんな訳、あるわけねーだろっ」


雫が美羽に食って掛かる。


「ボクはただ、あの子のあの様子だと拓也の毒牙に掛かっちゃうんじゃねーかと心配なんだよ。こいつ色々こじらせてるから」


「まぁ、ねぇ」


お前ら……。


「それにさ、メイルはどうすんだよっ。メイルとつ、付き合ってるんだろ? もしかして二股とかサイテーな事する気なんじゃねーだろうな。拓っ?」


「いや、メイルは付き合うとかそういうんじゃなくてだな。俺が守るべき対象というか保護者というか。そんな感じなんだ」


「そうなんだっ、まだ付き合ってないんだ?」


「ふふ、良かったわね?」


「……じゃ、結衣はどうすんのさ?」


雫がむすっとした顔で聞いてくる。


「んー、結衣はなー、まだ出会ったばかりでよくわからないんだよな。

悪い人間じゃないとは思うけど。人との距離感、が掴めてない感じだよな。あいつは」


「じゃあ、断るんだっ?」


「んー、……っていうかなんで俺がいちいち答えなきゃいけないんだ? なんだか詰問されてる感じなんだが?」


「そ、べ、別に話の流れで聞いただけじゃん。それにあの結衣って子。

なんか危なっかしいっていうか、拓が軽い気持ちであの子と、その……スルんだったらボクは拓の事軽蔑するだけってだけの話だよ。そんだけっ」


ぷいっと雫が横を向いてしまう。

美羽はそんな俺と雫の様子を楽しそうに見比べていた。

むー、でも実際どうすっかな。

メイルは相変わらず俺の隣でニコニコとしているし、今の話の内容、理解しているのかな?

そんなメイルに雫が突っ込む。


「メイルはさ、拓也の事どう思ってるんだ?」


「好き、大好きッ!!!」


「だよなー、最初からわかってた。

でもさ、不安じゃないの?」


メイルがきょとんと小首をかしげる。


「なんで?」


「なんでって……だって結衣が拓也と、せ、……好きだって言ってたのは聞いてただろ?」


「うん」


「じゃあ、拓也取られちゃうかもだよ?」


メイルが不安げに俺を見て問いかける。


「拓也、どっかいっちゃうの?」


「いや、どこにもいかないさ」


俺は不安そうな顔をするメイルの頭を軽く撫でてやる。

気持ちよさそうに目を細めるメイル。

それをじっと見つめる雫。

頬に手を添えて小首をかしげながら微笑む美羽。


「あー、はいはい、ごちそうさまでした」


そのまま雫がどっかに行ってしまう。

なに怒ってんだあいつ。

美羽が俺に問いかける。その顔は少し真剣味を帯びていた。


「でも、本当にどうするつもりなの?」


「煽った本人がそれを言うか」


「あら、助けたつもりなんだけど?

あの子、あのままだったら酷いことになってたわよ」


美羽がじろりと俺を睨みつける。


「う……」


「拓也はあの子と付き合う気はないんでしょ?」


「……今の俺はメイルを守るだけで手一杯、いや、それでも守りきれてない」


「でしょ、それと同じような事をこんな衆人環視の中であの子に言うつもりだったの?

やり方は不器用だし、気持ちもうまく伝えきれてないけど。

それでもさっきの告白はあの子なりの精一杯なのよ。

それをこんな大勢の前で想いを寄せている相手に拒絶されたら……酷く傷つくと思うわ」


「…………」


「でも、あの様子だと曖昧なままで返事したらOKと取ってどこまでも突き進む。

分かってるの?」


「ああ」


「傷つけずに振れとか貴方に言うつもりは無いけれど、せめて時と場所を選んでからやりなさい。

女の子は図太いようでいて本当はとても繊細で傷つきやすい生き物なんだから、ね」


軽くウィンクをしながら美羽が席を外す。

そしてしばらく歩いてから自嘲気味に呟く。


「……やな女」


………………………


ステージの上では美しく着飾った女性がベリーダンスを披露している。

腰やお腹を激しくうねらせるその扇情的な光景に周りの観客は大盛り上がりしている。

で、俺達もそんな様々なイベントを楽しみながら会話に食事を楽しみ、飲み物を流し込み結構いい感じに出来上がってきた。

隣の一平などは既に横になりうたた寝を始めている次第だ。図体に似あわず結構弱いんだよな、こいつ。

メイルや雫に美羽もいつの間にか楽しく会話を楽しんでいる。


「雫はお肉好きだったわよね? メイルさんと気が合うんじゃないかしら」


そう言いながら美羽が小皿にお肉を取り分け雫とメイルに渡す。


「お、わりぃな」


「美羽さんありがとー」


口々にお礼を言いながら小皿を受け取る。

最後に美羽が自分の小皿にお肉を取り分けるが、その量はごく少量だった。


「あれ、そんだけしか喰わね―の? 自分大喰いだからなー。なんかわりぃな」


雫が苦笑いしながら自分の料理に手を伸ばす。


「足りるの?」


メイルが心配そうに美羽の顔を見る。


「……ええ、私少食だから」


ちまちまと料理を口に運ぶ美羽。


「失礼します。ご注文の水樹サラダをお持ちしました」


「ああ、こちらにお願いね」


美羽が軽く手をあげると店員が美羽の前にサラダを置いて一礼して去っていく。

平皿に盛りつけられた様々な野菜の中に水樹森の特産物である氷茎のすりおろしが添えられ、その上から酸味の効いたドレッシングが和えられた非常に爽やかな一品である。


「それ、定番メニューだよな」


「……野菜」


雫が豪快に卵肉料理を口に運びながら言い、メイルが微かに眉をしかめる。

それを一瞥しながら美羽が答える。


「そうね、やっぱり定番って定番になるだけの魅力があるから定番になっているんだと思うわ。

二人、は食べないわよね?」


「ああ、ボクはなんか一回食べると飽きちゃうんだよなー。その点美羽はすげぇよな」


「ふふ、褒めても何も出ないわよ?」


氷茎のピリッとした刺激と甘やかなキョウナの旨味を味わいながら美羽が静かに微笑む。


…うん、最初はどうなるかと思ったけどみんなと打ち解けてよかった。

そんな感じで俺が一人でほっこりしていると。


「ここ、いいかな?」


「え、……あっ?」


そこには街道警ら隊の正装に身を包んだ隊長――ディアス・コアーズが気さくな笑顔を浮かべていた。


………………


「拓也君……と言ったかな。とりあえずは」


ディアスが琥珀色の液体が入ったグラスを軽く揺らす。

意図を察し、俺も手持ちのグラスを手にする。


「それでは」


基幹祭メインステイ・カーニバルに」


「「乾杯ッ!!!」」


キンッッ、と甲高い音が響く。


互いにグラスを合わせた後に軽く喉を潤す。


「メイル君、だっけ。彼女も元気そうでなによりだ」


ディアスが美羽や雫と仲良く談笑しているメイルの姿を目を細めながら言う。


「ええ、先日は本当にありがとうございました」


「いや、私は事実を証言したまでだよ。何も礼を言われるような事はしちゃいないさ。

彼女がああして笑っていられるのは紛れもなく君の力だよ」


「ありがとうございます。でも俺の力はまだ……」


そう、その言葉を脳天気に受け入れられる程この世界は甘くない。


「……そうだな。君の力はまだ未熟だ」


「…………」


「これは持論なんだけどね。

人を守るのに一番大事なのは意志の強さ。心の強さなんじゃないかと私は思っているんだ」


ディアスがグラスに口をつけながら言葉を続ける。


「いくら強大な力を持っていたとしても意志が弱ければ様々な誘惑に引かれ堕落してしまう。

心が弱ければ簡単に屈し、そのせっかくの力を正しく使えない。

私はね、職業がらそういう人間を大勢見てきたんだ」


「でも、肝心の力がなければいくら意志が強くても誰も守れないんじゃないでしょうか?」


「そのために私たちがいるんじゃないか。

何かあったら助けを呼べばいい。

困ったら周りを頼ればいい。

君の周りには君を助けてくれる人たちがいないのかい?

私にはそうは見えないが」


ディアスが一平や雫、美羽達を見ながら微笑む。


「私はね、嬉しいんだよ。

あんなにぼろぼろになりながら彼女を守ろうとする君の意志の強さと、守りきったその心の強さを。

君のような若者を助けることこそが我々の本来の責務なんじゃないかと最近思えてきたんだよ。

ここにいる大勢の人たちだって君の勇気を見ればきっと手を差し伸べてくれるさ。

君は今のままでも十分強い。自信をもっていい。

それは私が保証するよ」


「…………」


「私もね、小さい頃は冒険者になりたかったんだ。華やかな冒険者稼業に憧れた時期もあった。

そんな私がなんで地味な街道警ら隊の職についたと思う?

……あ、こんな話は聞きたくないかな?」


「いえ、聞きたいです」


俺のその言葉に破顔するディアス。


「そうか、まぁ、こう聞かれて聞きたくないですとはいえないよな。はっはっは。

ま、そこに付けこんで勝手に語らせてもらうとするよ。

……小さい時に私は人さらいにさらわれてね、誰もいない人気のない場所に無理やり連れて行かれてぶるぶると震えていた時にドアがこう、バーンと開いてね。

突入してきた人があっというまに人さらいたちを倒し、助けてくれたんだ。

残念ながらショックで記憶が曖昧で顔は覚えていなかったけど差し出してくれた手の大きさと街道警ら隊の腕章は今でもはっきり覚えているよ」


ディアスはそう言って自らの手を見つめる。


「だから私は誇りを持ってこの街道警らの職務を遂行できるし、胸を張って自己紹介をできる。

君も助けを求める手を躊躇してはいけないよ。

我々も、君の大切な仲間たちも、そして大勢の人たちがきっと、君の差し出した手をしっかりと掴んで引き上げてくれるさ」


俺はディアス隊長が熱っぽく語っている内容に胸を打たれたと同時に確信した。

ディアス隊長はNPC(ネイティブ)だ。

俺たちみたいに現実世界からこの仮想ゲーム世界にログインしてきてそのまま閉じ込められたのではなく、元からこの世界で生まれ、生きている元々の住人。

仮想ゲーム世界の住人なのだ、と。


彼らNPC(ネイティブ)とプレイヤーとの違いは二つある。

始まりの日(サービスイン)に各基幹拠点の街に大量にログインしてきたプレイヤー達、それに対して疑問を挟まずに当然のように迎え入れるように思考制御をされていた点。

もう一つは、現実世界に付いての知識が無いという点だ。

逆に言えば、この二点を除けばNPC(ネイティブ)とプレイヤーの違いは全く無い。

脳派サンプリング機能と擬似遺伝システムにより生み出された高度な自我と多様な知性は一見して人間であるプレイヤーと見分けがつかないレベルにまで達していた。

始まりの日(サービスイン)から一年が過ぎた今、両者は徐々に融け合いつつあった。

まぁ、何にでも区別や差別をしたがる連中はそれを頑なに拒んているみたいだが。


ディアスは未だに熱っぽく語っている。やはり少し酔っているのだろうか。

酔いは人を饒舌にし、高揚させる。


「私はね、自らの力に溺れて弱いものを虐げる。権力を笠にきて自分より弱い立場の者を踏みつける行為。

自らの私利私欲のために人から奪う。そんな奴らが許せないんだ。

力が無く、自らの力で自分を守れない人達、助けを求めている人々、その剣となりその盾となる事にこの上のない誇り、幸福を感じているんだ。

いいかい? 私は人助けを為しているのではなく、人助けを通して逆に救われているんだ。

私の命は正義を為す為に、全ての弱き者達の為に既に捧げられているんだ」


…………


ディアス隊長は言いたいことや思いの丈をぶちまけて、スッキリした顔で帰っていった。

でも、まぁ、立派な人だ。

少なくとも俺には真似できない。

俺はメイル一人を守るだけでも……

そんなメイルは良い感じに出来上がっており、雫や美羽が世話を焼いていた。


「ほら、メイル。あんまり迷惑かけちゃだめだろ?」


流石に投げっぱなしはまずいので近寄ってメイルに声を掛ける。


「うーん、……ん?………んー」


メイルは足を崩し上半身をゆらゆらと動かしうとうとしていた。


「寝てるからっていたずらしちゃだめよ?」


そんなメイルを見ながら美羽がいたずらっぽく笑う。


「し、しねーよ」


「うう……ん」


メイルがとうとう横になり始めた。

その際に図らずも太ももの隙間からチラッと白い領域が見えてしまった。

あ、あのリボンは昼間に買ってやった奴だ。もう付けてるのかよ。

そんな余計なことを考えてたら一瞬だけ視線を外すのが遅れた。


「あー、メイルのパンツみたー。

さいてー かねはらえー」


雫がそんな隙を見逃すはずもなく絡んできた。ってか、こいつも結構出来上がってんな。

美羽がそんなメイルを介抱しながら楽しそうに笑う。


「ちょ、金って。そもそもあれを買ったのは俺だぞ」


「…………」


「…………」


二人が沈黙する。


「え、何、拓也がメイルの下着を買いに行ったの?」


「ああ、大変だったんだぞ、ひどい目に――ごふぅッッ!!!????」


過去のひどい目を語ろうとしたら現在進行形でひどい目にあったでござる。

雫の右ストレートが俺の心臓を正確に捉える。恐るべしハートブレイクショット。


「変態、きもい、信じらんない」


「へぇー、あの拓也がねぇ、ふぅん」


「なんだよ」


「しっし、近づくな。変態が伝染る」


雫が汚物を見るような眼で俺にしっしをする。畜生。

その時に辺りの喧騒のなかで一際大きい、歓声が響いた。


「なんだ、なんか目玉の催し物かなんかか?」


確かにそれは目玉の催し『者』であった。

大勢の観客の間を歩く度に歓声が。

通り過ぎた後にはどよめきが。

いつしか人々はその者の歩みを中心に二つに割れる。

彼女の後に道が出来、彼女の前に人は無く。

かの聖人が海を割る逸話をここに具現化しているかのような奇跡を俺は目の当たりにしていた。

それほどまでに彼女は、王花結衣は美しく、凄まじかった。


黄金色に光り輝く髪は美しく結い上げられ、大きな羽とヴェールで飾られたドレスハットを載せ。

肩を大胆に露出した純白のドレスは光に照らされ幻想的なシルエットを落とし。

腰から下は大きなフレアスカートが各所に施されたフリルや刺繍がふんわりした柔らかい印象を演出し。

胸元や首には白金の美しい装飾が施されたネックレスが輝き、胸元の布薔薇はワンポイントの可愛らしさを添えていた。

結衣が歩みを進める度にドレスが幻想的に揺らめき、彼女の美しさを神秘的な領域にまで引き立たせていた。

彼女は確かに誰もが振り返る程に美しかった。

だが、彼女が通り過ぎた人たちの顔は称賛から驚愕に変わり、どよめきへと昇華していく。

その理由は一つ。

結衣は背中が大胆に開いたドレスを身にまとっていた。

その背中には肩口に至るまで無数の疵跡が刻まれてた。

ファンデで隠すでも無く、衣装でごまかすでもなく、堂々と誇らしげに。

美しい皮膚に穿たれた数多の疵跡。

正視できない程の痛ましい傷痕。

だが、彼女にとって『それ』は隠すべき負い目ではない。

恥ずべき恥部ではない。

たった一人で大勢のモンスターを相手に戦い。

ただ一人で生き抜いた証。

背中を預ける者が存在しない彼女の戦場において彼女自身に刻まれた印。

『それ』は王花結衣(ソリスト)の誇るべき勲章だからだ。

それ故に人々は感銘し、だからこそ称賛の眼差しを彼女に送る。

しずしずと俺の前に歩みを進め、立ち止まった結衣が俺に対して手を差し伸べる。


「タクヤ、私と踊ってくれませんか?」


いつもより鮮やかな色の口紅で彼女は言葉を紡ぐ。

その瞳は真っ直ぐに俺を見つめ、指先が微かに震えていた。

踊り、踊りなんて、俺は。

助けを求めるように辺りを見回す。

一平はぐうすかと爆睡しているこの野郎。

雫は眼を見開いて固まり、メイルは眼をこすりながらぼぉっとしている。

頼みの美羽と眼が合う。その瞳は彼女に恥をかかせたら承知しないからね、と表示されていた。

つまりは、いつもどおりに俺には逃げ場なんて用意されていなかったと言う訳だ。

俺は静かにその手を取った。


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