十二 白とピンクと黒鷲と
先ほどの喧騒とはまた違う種別の喧騒に俺は包まれていた。
騒がしいというよりは姦しいという表現がしっくり来る空間に。
絶えず鼻腔を刺激する甘い香り。赤やピンク、黒や水色、純白などが視界を埋める。
可愛らしいリボンやひらひらフリル、ふわふわレースに美しい刺繍が嫌でも目に飛び込んでくる。
白黒チェックやガーターベルト、キャミやビスチェ、ベビードールまでもが襲い来るあらゆる意味での危険地帯。
アークガルドショッピングアベニューの四時方向に位置するここは服飾エリア。
その中でも俺の人生で100%用が無いと思っていた場所。
真逆、自分がこんな魔境に足を踏み入れるハメになるとは思いもしなかった。
レディースインナーを主に取り扱う店が軒を連ねるこの場所に。
様々な香水や化粧品の香りが交じり合うある種独特の香りに包まれながら俺は今、人生で最大の危機を迎えていた。
左を向くと。
ライトアップマネキンに装着されたインナー&ショーツが透け見える。
右を向くと様々なブラやパンツがところ狭しと展示されている悪夢のような光景が広がり。
壁際には美人モデルの艶かしい下着姿がウィンドウに映しだされている。
陳列棚の上部には半透明のウィンドウがポップして様々な種別の性能や特徴、セールスポイントなどを宣伝する動画が流れていた。
動画が獣人用のショーツに空けられた尻尾用の穴、それの具体的な装着方法の説明にかかった所で俺は目を逸らす。
逸らした先にもフリルをたっぷり使い、要所要所に可愛らしいリボンを飾りつけた花柄模様のインナーが既に回り込んでいた。
「畜生、こんなのどうすればいいんだ」
そんな打ちひしがれている俺に追い打ちを掛ける様なヒソヒソ声。
周りには眉を潜めてこちらをチラチラと見る女性客。
あからさまに不快な視線を投げつけてくる兎耳の女の子。
店員だけは事情を知っているから素知らぬ顔をしているが、それでもこれはかなり心折れる状態だ。
ここで俺が「いや、違うんですよ? 俺はただの付き添いで決して怪しいものではないんですよ」と訴えた所で意味はなく、
いや、さらなる戦況の悪化を招くであろう事は想像に難くないことは理解している。
つまり、俺はここでメイルが早く試着室から戻ってくることをひたすら祈るしか無いわけだ。
精神的な拷問に等しい時をただ一人で耐えながら。
なんというアウェー感。
「拓也ー♪」
カーテンの開く音と共に待ち焦がれたメイルの声が聞こえてきた。
おお、ようやく数十分にも及んだこの苦行から開放されるのか。
俺は喜び勇んでメイルの姿……を……
「どう? 似合う……かな?」
全開に開かれた試着室の中にはメイルがポーズを取っていた。
小首をかしげ片手を後頭部にあて、もう片方を腰に当てながら軽く科を作る感じで。
それ自体は別に問題ない。うん。普通に可愛い。
問題はメイルが下着姿であった点だ。
いや、下着を買いに来たわけだから下着姿になるのは至極当たり前なことなのだが、俺的にはサイズだけ確認してすぐ元の服に着替えるのが普通だと思っていた。
真逆、着替えた下着の評価を求められるとは夢にも思っていなかった。
「拓也はどう思う?」
ふりふりのフリルの隙間からは決して盛っているわけではないくっきり谷間がばっちりとその存在をアピールし、収まり切らないほどのボリュームがそれを証明していた。
薄いピンクのブラはレースや花がらの刺繍で可愛らしく飾られ、ショーツも同様で両脇に付けられた純白のリボンと同色のリボン紐がその雰囲気を盛り上げる。
「え、いや……」
勿論、俺は女性の下着姿を見たぐらいで動揺する程度の程度の低い男ではない。
気の利いたコメントぐらいはさらっと言えるぐらいのレベルであると自負している。
自負しているが、どんなに剛毅な男でも不意打ちを喰らったら動揺ぐらいはするだろう。
つまりは、俺は予想だにしなかった直撃を喰らった状態であるから多少の動揺は仕方がないのだ。
反射的に目に焼き付けてしまったメイルの艶かしい下着姿から俺はすぐさま眼を逸らした。
逸らしたがその先にも罠が仕掛けられているとは流石に予想だにしていなかったが。
試着室に備え付けられている姿見鏡でメイルの背中側の方のアングルがバッチリ目に入ってしまった。
肩甲骨の出っ張りやうなじの瑞々しさ、ウエストから腰に掛けての健康的なカーヴに目を奪われる。
だが、メイルが試着しているのは人間用のショーツらしくて尾骨付近から生えている尻尾に押されておしり側の布地が1/3程ずり下がっているのは視覚的にも明らかにアウトだった。
その柔らかくも肉感的な曲線から目が離せなくなった俺の顔は相当に赤面していたのだろう。
「え? え? え、……きゃっ!?」
俺の表情からそのことを読み取り、背後を振り返るメイル。
自分が姿見に半ケツ状態を晒している事に気づき、慌てて左右のカーテンを抱え込んで首から下を素早く隠す。
顔だけ出したその顔も俺と同じく真っ赤だった。
「た、拓也のエッチぃ!!」
「ちょ、俺か? 俺なのか?」
「私は下着が似合うかどうか聞きたかっただけだもん。
おしりまで見るのは反則だよ」
「ちょっと待てぃ、俺は別に見ようとして見たわけではなく勝手に目に入ってきてしまった訳であって」
「異議は認めません。却下です」
顎をつんと上げて厳格なる判決を下すメイル。ううう。
「でもー、拓也がどうしてもって言うなら。考えてあげてもいっかな」
「い、いや、遠慮しておきます」
「……そう。ふーん」
なんだか不満顔。
一体全体、何を考えているのかわからないんだが。
……………………
その後もいろいろな店でショッピングを楽しんだメイルは可愛らしい服や下着にテンションが上がりっぱなしで、それに比例して俺の神経はどんどんすり減っていった。
だが、まぁ、嬉しそうにはしゃいでいるメイルを見るのはやっぱり俺にも元気が出る訳で。
結論としてはまんざらでもなかった。
ただ、体型補正のインナーやら谷間盛りブラの存在とか少年の夢を壊す隠し要素は知りたくなかったとです。
「ふー、ひどい目にあった」
一通りのショッピングを終えて俺は休憩所に備え付けられている椅子に座って一休みしている。
メイルはと言うと飲み物を買いに行ってくれた。
んで、俺は待ってる間にちょっとした事を思いついてしまった。
くっくっく、やられっぱなしの俺では無いのだ。
素早く荷物をまとめて席を立ち、少し離れた所の物陰に身を潜める。
何のことは無い。
ただのかくれんぼ。
ちょっとした悪戯。
元の場所に戻ってきたメイルが俺の姿が無いことに気づき、おろおろする様子を物陰から観察してやろうという訳だ。
ま、初めて来た場所とはいえ道順もそんなに複雑ではないからメイル一人でも俺の家に帰れると判断するだろう。軽いじゃれあいの一環だ。
俺は息を潜めてメイルが去っていった方向を見つめる。
来た。
向こうの方からメイルが上機嫌な小走りで近づいてくる。
両手にアイスフロートソーダを持ちながら、笑顔で。
そして、俺達が座っていた場所までやってきて立ち止まる。
その笑顔は未だ笑顔のままで右左、右左と俺の姿を探し求める。
くっくっく、残念だなメイル君。俺の姿は既にそこには存在しないのだよ。
メイルの顔は素早く辺りを見回し、自らの見落としを、場所の確認を何度も繰り返す。
ふー、あんまりこのままでもかわいそうだからそろそろ種を明かしてや――
メイルの両手から二つのガラス容器が滑り落ちる。
澄んだ、ガラス容器が粉々になる音が辺りに響き渡った。
回りの人達が何事かと振り返る。
その中心にいるメイルはうつむき動かない。
その左手は右胸を抑え動かない。
そして―-
「拓也……?、拓也どこ?」
その声は聞く者の胸を締め付けるほどに不安気で。
何かの間違いじゃないかと、間違いであって欲しいと祈る横顔は必死で。
一人ぼっちの孤独さと耐え様の無い悲しさが合わさっていた。
そしてメイルの溢れる涙と震える肩は俺の心に罪悪感を植え付けるのに十分だった。
俺が姿を表すと弾かれたように走りだし、一直線に俺の胸に飛び込んできた。
必死に俺の名を繰り返すメイルはとてもはかなげで。
俺はやっちゃいけないことをやってしまったことに今更ながらに気づいた。
胸が苦しくなる。
そうだ、一人で家に帰れるとかじゃないんだ。
メイルには俺しかいないんだ。
誰も、他の誰もメイルの権利を、人としての権利を与えようとはしない。
メイルは頭のちょっといい唯のメスの獣人として扱われる。
そんなの、駄目だ。許せるわけがない。
檻がある輸送車に無理やり押し込められたのはつい昨日のことだ。
俺はなんて馬鹿なんだ。
あんな思いをさせたのに、こんなくだらない事の為にメイルを悲しませるなんて。
一歩間違えればメイルはとても非道いことになっていた。
こんな所で美味しいものを食べて、綺麗なものを買っている余裕なんてなかった。
それは別に俺の手柄とかじゃなくて。
メイルはこの世界ではそういう存在、弱い存在なんだってことを。おれは常に肝に命じて置かなければけないんだ。
「ゴメンな。本当ごめん」
周囲の好奇の視線に押されて俺はメイルを促すがぐずぐずと泣いているメイルはそのままで。
俺はメイルの手を取って歩き出す。
片手で涙を拭いながらしっかりと握り返してくるメイルの手の感触に俺は。
心に誓った。
もう二度とメイルを泣かさないと。
……………………
周囲360度に幻想的なパノラマの世界が広がる。
遥か遠くには天まで聳える世界樹がまるで陽炎のようにそのシルエットを揺らしている。
勿論、実際に揺れているわけではなく信じられないくらいに遠景であるために空気中に含まれている水分により光が屈折してそのように見えるだけである。
ま、世界樹までたどり着いた人間がいないので単なる推測なんだが。
その世界樹が見下ろす青空は抜けるように青空で、雲ひとつ無い高天には恒陽が輝いて万物の恵みの源である光を大地に注いでいた。
光の一部は宙に開いた巨大な亀裂、天裂が吸い込みその下方に黒昼の闇森を生み出している。
北方には噴き出る炎が名物の燃える湖、ガルド湖の紅蓮のコロナがうっすらと見え、南には街道砦のその先に人々に豊穣な恵みをもたらすライド大森林と水樹草原が広がっていた。
緑豊かな大地に赤茶けた鉱石地帯、なだらかな丘陵地帯に湿地帯や草原地帯。
つまりはその全てが一望できるのがここ、アークガルド中央庁の天望ブリッジであった。
デッキの外縁の床は光学処理により透明になり、まるで空中回廊の様な素敵な景色を透かしながら素敵な一時を過ごす事が可能である。
その透明床の上をくるくるとステップを刻みながら上機嫌で満喫しているのが銀髪の髪の少女、俺の大切なパートナーであるメイル・シュトロームであった。
「どうだ? こっからの景色はすっげぇだろ」
「すごいすごい、すごーい、まるで空中を散歩しているみたい♪」
「だろー? ここからの眺めは結構評判なんだぜ?」
「だろうねー、すっごい素敵だもん。うわー」
よかった、なんとか機嫌を直してくれて。ふー。
ま、この笑顔を見れただけでもひと月分の食費に匹敵する入場料を払ったかいがあったってもんだよな。うん。
アークガルド中央庁群の中心には四本の塔が密集して聳え立っている。
その頂上付近で四本の塔を連結し周囲をぐるりと回るように天望ブリッジは構成されている。
基本的にシステムセクレタリー以外は立入禁止なのだが月に一度の基幹祭の日だけはバカ高い入場料を支払えば入れてくれるのだ。
そんな事情もあって天望ブリッジにはあまり人影はいない。なにしろ高いからな。
そしてポツポツといる人影は大抵が若い男女のカップルだったりする。
俺も以前はここに入る奴らの事をバカにしていたが、今なら彼らの気持ちがよくわかる。
なにより彼女が喜ぶ顔が見たいんだよな。それだけ。うん。
それを思えば安いもんだ。
「へへへっ♪」
メイルが喜びながらはしゃぎまわっている姿を見つめながらそう思う。
………………………
天望ブリッジを満喫した俺達は再び大地に舞い戻ってきた。
今はアークガルドショッピングアベニューの七時方向にある食事処で昼飯を済ませた後に中央噴水広場で休憩している。
ちなみにここの食事エリアでは食材を持ち込めば調理してくれる『調理店』とでもいうべき店が何十軒も存在している。
隣の区画にある食材売り場で好みの食材を買い込み、それを持ち込んで大体の要望を言えば格安の料金で仕上げてくれるのだ。
勿論、あんまり複雑な料理は出来ないし、時間が掛かり過ぎる物も駄目。
料金も食材代を加えるとちゃんとした店で注文したほうが安上がりになるケースが多く、要望通りな料理にきちんとなる保証も無い。
こう羅列すると悪いことばかりでメリットがないと思いがちだが、まったくもってその通りである。
じゃあ、何故、そんな店が存在し、且つそれなりの人気を博しているかと言うと。
ここの人達の刺激を好みギャンブルも好む性質にマッチするのだろう。
毎日が同じ様な繰り返しだとそれがいくら高水準で留まっていたとしても飽きてしまう。
そこで日々の生活の中の食事にてそのマンネリの解消を図っているのだろう。
冒険や戦闘と違い食事ぐらいなら死ぬこともなく何より手軽だ。
例えば、飲み会の打ち上げやちょっとした賭けや罰ゲームにも需要がある。
まぁ、低レベルな調理店は全体から見れば一部の店であり大体の調理店は素晴らしい調理の腕を披露してくれる優良店ばかりであることをここに明記しておく。
今は昼前。
基幹祭の準備のために往来は人であふれていた。
会場の設営のための職人、資材を運ぶ大きな荷台とそれを後ろから押す者、閉店直前の食材の値引きを狙う者、祭りの屋台で一儲けする為に他の街からやってきた者、
街の飾り付けを始める者、観光客やらその他数えきれない程の人々で押し合いへし合いの街路は混雑しきっており、少し気を抜くとメイルは流されてしまいそうになる。
だが、しっかりと繋がれた俺達の手のお陰で離れ離れにならないで済んでいる。
その度に視線が合い、どちらからともなく笑みが浮かぶ。
そして、そんな街路を暫く進んだ時。
「きゃっ!!??」
メイルの身体が衝撃で半回転してしまう。
見ると大勢の男の一団の一人にメイルがはじき飛ばされてしまったらしい。
その男はすぐに気づき謝罪の言葉を口にし――
「おっと、すまねぇな姉ちゃ………」
済まなそうに謝るその目が瞬時に蔑み見下す目に変わる。
「けっ、獣のメスガキかよ。、獣クセェんだよテメェらは。
臭いやノミが付いたらどうしてくれるんだ、あ?」
「ひ、ひどい、私ノミなんて付いていません……」
酷く傷ついた顔でメイルが抗弁する。
「ああ?」
「ひぅっ!?」
それを男が脅し潰す。
「そんな言い方は無いだろっ、そっちからぶつかっておいて」
俺の抗議に対し男は値踏みするような眼を寄越しただけであった。
そして、俺達はあっという間に男達の一団に囲まれた。
その際、男たちが身に着けている外套の背中に黒鷲の意匠が施されているのがちらりと目に入る。
黒鷲の意匠を使用しているギルドは数多いが、黒鷲が獣人の生首を掴んでいる意匠を使用しているギルドは唯一つ。
ギルド『ビスマルク』のみだ。
ビスマルク。
人間至上主義ギルド。獣人を敵視し、全獣人の完全奴隷化を提唱している。
各地に賛同者が多く、一定の規模の勢力を誇っている。戦闘集団というよりは思想集団としての色彩が強い。
元々は第四次ヴァン・ケインハルツ攻略戦で生き残った人間が母体となって発足した組織だ。
第四次ヴァン・ケインハルツ攻略戦。
作戦に参加するギルドが集まらずに獣人部隊を大量に編成して挑んだ最後の攻略戦である。
だが、獣人を使い捨てるかのような非情な作戦に対して獣人が反乱を起こし失敗。結果として作戦に参加した人間と獣人双方に深い溝を作る事となった。
「俺達はギルド――ビスマルク傘下のグレートディーンだ。お前がそいつの飼い主か?」
まずい、こいつらはあちこちで問題を起こしまくっている奴らだ。
俺の沈黙を是と判断し男は歪めた笑いをこぼす。
「なら、きっちり躾とけ、な? 二度と人間様に逆らわねぇようにな? 頼むぜ、あんちゃん」
メイルは人間だ。飼い主なんかじゃない。メイルは俺の大切なパートナーなんだ。
ゆっくりと黒い怒りが沸き起こる。
右手を固く握り締める。
許せない。許せるわけが無い。
そ――。
「駄目っ」
メイルが俺の腕に抱きつきながら頭を振る。
そして泣きそうな声で囁く。
「もう、やだよ……拓也、私はいいから」
脳裏に先日のウツロ野営地での出来事が思い浮かぶ。
「あ、あの、すみませんでした。本当にごめんなさい」
メイルが男たちにペコペコと頭を下げる。
何度も。何度も。
それを認めて男たちはゆっくりと包囲を解き、立ち去っていく。
言いようのない怒りと無力感がこみ上げてくる。
なんて無様で無力なんだ俺は。しかし、俺はどうしても……
「私は全然大丈夫だから。ね?
それよりも拓也が危険な目に合うほうが、そっちのが何倍も……怖いよ。
ほんと、私全然大丈夫だから。ほら」
そう言って明るく腕を絡ませてくる。
「あ、あそこ。あの冷たいの私食べたーい。ね、いいでしょ?」
氷菓を扱っている店を見つけてぐいぐいと俺を引っ張っていくメイル。
嫌な雰囲気を振り払うように、努めて明るく何気なく。
そうだな、くよくよしてもしかたがないよな。
情けねぇ、その一言を俺は胸に飲み込む。
いつまでもうじうじしてると本当にそうなっちまうからな。
「良し、食うか?」
「うんっ♪」
……………………………………………
夕暮れが宵闇にゆっくりと変化していく。
アークガルドの基幹祭は開催からおよそ一時間ほどが経過していた。
アークガルドの中心部に存在するアークガルド中央庁建物群。
その回りにはドーナッツの輪の形に大きめな広場が存在していた。
言い方を変えるとアークガルドの中央部には巨大な円形の広場が存在しており、その中央部に中央庁群の建物が立っているという訳だ。
そこには噴水や池、各種公園など施設があり人々の憩いの場になっている。
中央庁の正面側、南側の広場の中心には巨大な篝火が据えられて天高く巨大な炎を昇らせていた。
広場をぐるりと回るように派手な装飾が施されたステージが設営され、歌や踊りなどの様々なイベントが行われている。
広場の外縁にはずらりといろんな屋台が取り付けられ、威勢のいい掛け声や呼び込みが響く。
それに賑やかな音楽と楽しげな談笑が合わさり、活気あふれる祭りの雰囲気を盛り上げていた。
祭り独特のある種わくわくするような高揚感が俺とメイル、そしてこの場にいる全ての人達を包んでいた。
メイルはいつものフラワーセパレートの上に薄手のケープを羽織っていた。
非常に薄く、まるでヴェールを纏っているような様な優しげな雰囲気を漂わせている。
ケープ越しに透けるメイルの肩は夕闇の中でひときわ白く輝いており、その艶めかしさは見る者をどきりとさせるのに十分な魅力を湛えていた。
「おいひぃー、あー!? あっちにとっても美味しそうな物があるよー 早く早くー」
……勿論それは手に持った串焼き肉を口端が汚れるのも構わずに豪快にかぶりつき、さらなる獲物を貪欲に求めていなければとの注釈つきであるが。
だが、俺の手をしっかりと握り早く早くと、ぐいぐい俺を引っ張っていくメイル。
健康的な食欲を隠さずに天真爛漫にはしゃいでいる様子もそれに劣らずに十二分に愛らしいということを彼女は証明していた。
店頭に山と積まれた腸詰肉はじっくりと炭火焼で良い感じに焼きあげられていた。
よく見るとそれは燻製肉が巻かれた極太腸詰肉だった。
肉で肉を巻くという常人には決して思いつかないであろう狂気の沙汰のモンスター。
そのスモークヴルストを彼女はどうやらご所望らしい。
「これは!?」
一目見るやいなや素早く手に取りスモークヴルストを口に運ぶメイルさん。
表示されている代金を確認し素早く精算を済ます俺。
傍から見たらいいコンビ、いいパートナーなのかしらん。
毎度ありぃの店主の声を背に俺達は歩き出す。
「うん、発想の勝利だねっ」
お気に召してもらえて光栄でございます。ふー。
そんな俺の目の前にあっという間に半分ほどになったスモークヴルストが差し出される。
「カリッカリのお肉と肉汁たっぷりのお肉がお口の中で合わさってすっごいジューシーなんだからっ」
成程、そう言われるとなんだか美味そうに思えてくるから言葉って不思議だな。
俺が差し出されたスモークヴルストに手を伸ばすとメイルの手が引っ込められた。
?
俺が怪訝な顔で見返すと。
「手、汚れちゃうから。ね?」
笑顔でもう一度スモークヴルストを差し出すその手はべっとりとソースで汚れていた。
成程、ね。
その心遣いに甘えてそのまま差し出されたスモークヴルストにかぶりつく。
「…………」
うーん、美味いけど何かが足りない。ああ、成程。
「…………?」
俺のイマイチさが伝わったのかメイルにも怪訝そうな顔が伝染する。
そして、俺はもう一度スモークヴルストにかぶりつき、そのままメイルの手に掛かっているソースをペロリと一舐めして咀嚼する。
「ひゃぁっ!!!」
うん、肉の芳醇な味にホットスパイシー味のソースがうまく絡みつき辛旨の極地が完成した。
……メイルの顔もホットな感じになっているのはわからんが。
「ちょ、な、……え?」
俺の顔とスモークヴルスト、手元の舐め取られた跡を交互に見ながらその顔をみるみる赤面していく。
「いや、なんか足りないなって思ったからメイルの手元に垂れているソースを加えてみたんだけど」
「あ、そ、そうだったんだ。ああ、ソースね。そう、だよね、やっぱソースが無いとダメだよね、あはは」
納得したように照れ笑うメイル。
「うんうん、それにメイル味を加えたからすっげぇ美味かったよ」
「えっ、あっ、やっ、……あぁっ!?」
俺の言葉に無闇矢鱈に動揺したメイルはソースまみれの手で自らの顔を触ってしまう。
「ああっ!、あああ、ちょっと待ってろ」
ハンカチでその汚れを拭きとってやる。ついでの口の端の汚れも。
「うん、よっし。バッチリ綺麗になったぞ」
「え、あ、うん。ごめんね、ありがと」
「いーって、いいって」
そんな感じで俺たちは楽しく祭りを満喫していた。