十一 ふたりでお散歩
街路の左右に様々な建物が立ち並んでいる。
二階付近や屋上から色とりどりの天幕が反対側に通され街路をすっぽりと覆っていた。
その隙間から東の空に浮かぶ太陽の眩しい光がちらちらと覗き、店先に飾られている豊富な商品を照らしていた。
大勢の人々の行き交い、店の軒先での呼び込みの声、様々な会話や談笑がそれにかぶさり活気ある情景を作り出していた。
アークガルドショッピングアベニュー。街の中央からやや南に位置する半円型の街路を中心に様々な小売店が軒を並べる総合商業区画だ。
その品揃えは武具から服飾、道具、食材にインテリア、雑貨に至るまで豊富に取り揃えられている。
今、俺達は半円型の街路の六時方向に存在する食材区画、生鮮食品を主に扱う店が集まっている場所にいた。
「あ、ねぇねぇ、これ見て見て。すっごいよ」
ヒゲを生やした浅黒の男が巨大な肉の柱の様な物をゆっくりと回転させていた。
回転受け皿の中央に垂直に通した太い針。
その針に味付けし薄くスライスした肉の切り身を突き刺し、積み上げて肉柱を構成しているのだ。
積み上げられた肉の柱の横には高温を発するグリルバーナー部があり、その熱でゆっくりと炙られた肉はたっぷりと染み込んだ香辛料の非常に食欲をそそる匂いを発散させていた。
「ブロイルミート、他所の国の伝統料理だな。買ってく?」
「ウチのはよその店とはひと味もふた味も違うよ。なんたってこだわりが違う」
メイルの返事を待たずにすかさず、店主がセールストークを始める。
むぅ、商売人とはかくあるべし。
勿論、メイルは瞳をキラキラさせながらがぶり寄りだ。その尻尾は既にブンブンと左右にちぎれんばかりに振られている。
「いいか、まず肉はただ重ねればいいってもんじゃねぇ、肉の間に脂をな………」
軽く薀蓄なんぞをはさみながら店主は熟練の極みを魅せるナイフ捌きを披露し、肉柱から綺麗に均一の厚さで素早く切り落とす。
これ、確か結構難しいんだよな。
間髪入れずにその肉片を半円状の薄パンで素早くキャッチする。
そのパンの中には千切りにされた丸葱がたっぷり詰まっていた
仕上げに赤トマト、緑のチシャ、特製ソースを遥か高くから豪快にふりかける、勿論、一滴もこぼさずに。
巨大な肉の柱をグルグルと回して焼いているという、視覚的楽しさに。
目にも留まらぬ早業且つ豪快な調理パフォーマンス。
そして味は折り紙つきときたら、これで人気にならないわけが無い。
アークガルド名物『アーク・サンド』――厳密に言えば発祥地はアークガルドではないが発展地は間違いなくアークガルドだ。
店主の手には肉と野菜とでパンパンに膨れあがった半円パンが乗っていた。
「ウチのメニューはこれ一つだ。おまけしといたぜ」
「うわぁ♪」
メイルが目をキラキラしながら一口。
「おいひぃ~♪」
ほっぺたが落ちるのを支えるようにもう片方の手で頬に手を添えてメイルが満面の笑みを浮かべる。
勿論、俺は淡々と会計を済ませたさ。
「あんちゃんも食ってくかい?」
「いや、俺は遠慮しておくよ」
俺の答えに不満そうな顔ひとつ見せずに、店主は笑顔で見送ってくれる。
「そうか、また喰いにこいよっ。毎度ありぃっ!!」
街路をゆっくりと歩く俺の横ではメイルがサンドをガツガツと頬張っている。
「♪」
更にもぐもぐ。もぐもぐと。
しかし、ピタリとその口が止まる。
手元のサンドからは青緑が覗いている。
半円パンの中に詰まっていた肉は既に食べ尽くしたようだ。
が、丸葱と赤トマト、チシャがほとんどそのまま残っている。
俺と手元を見比べながら。
「え、えと、私お腹いっぱいになっちゃったみたい。あ、あはは、拓也……食べる?」
「…………」
「はい、あーん」
俺は黙ってメイルを見つめる。
メイルの笑顔が微かに強張り、一筋の汗が額を伝う。
「……い」
「ん?」
「野菜………………嫌い」
うん、昨日の食事で大体分かってましたとも。
しかし。
「いや、やはりだな栄養のバランスもあるし、なにより食べ物を粗末にしちゃまずいだろう」
メイルの尻尾がゆらゆらと。
頭上の狐耳をしょんぼりと。
上目遣いに俺を見つめる。
「うん、だから……拓也ぁ……」
その瞳はうるうると。
う。
俺は口をあーんと空ける。
途端にぱぁっと顔が輝かせるメイル。
かくして、おれは食材で程よく満杯になったカートを両手で押しながら、薄パンに挟まれた香辛料とソースがたっぷりまぶされた野菜サンドを平らげるハメとなった次第だ。
「ん、これはこれで結構いけるな」
「でしょでしょ♪」
そんな感じで食べ歩きなのか買い歩きなのか区別が付かない感じで俺たちは再び我が家の冷蔵庫の中を再び食材で満たすべく、アークガルドショッピングアベニューでの買い出しを続けていた。
時刻は標準時刻で午前八時を回った所。
今日は待ちに待った基幹祭だ。
その準備の為にアークガルドのほとんどの店は昼過ぎには閉まってしまう。
なので、俺はわざわざ早起きまでしてそれまでに食材の買い出しを済ませておこうとしたわけだ。
なにせ、月に一回の基幹祭では大量の食材が消費される。
昨夜の食の絨毯爆撃みたいな事を街単位でやるわけだから、そりゃあ凄まじいさ。
その影響で基幹祭が終わってから暫くの期間は、アークガルドからはあらゆる食材が消え失せて、深刻な品薄状態に陥ってしまう。
それは市場原理のシステムに則り食材の値上げ、高騰を招き、消費者の財布を直撃するのだ。
と、言うわけで俺と同じく最後の買い出しにせっせと励む人達でここ、アークガルドショッピングアベニューは賑わっている訳だ。
勿論、利に聡い商売人達がこんなチャンスを見逃すわけはなく、どこもかしこもセールセール、セールの嵐だ。
まぁ、数日待てば巡回物資により徐々に市場の食材の品薄状態は解消され、値段も戻るのだがそこはそれ、お祭り前の高揚した気分、浮ついた気持ちがそんな冷静さを許さない。
何しろ、基幹祭だからな。うん。
「おいおいー? お前もとうとう『それ』に手を出したかぁ?」
む、この声は。
振り向くと、顔なじみの浩二がいた。
こいつは、半引退中の冒険者だ。
半年前に妻であり相方であった女性を亡くしてから昼間っから酒を呑み、手持ちの金が無くなったら適当に仕事を受けてその日暮らしを満喫している男だ。
だが、その実力は折り紙つきで、双刀から繰り出される斬撃の速度は凄まじく、前線を遠のいて自堕落な生活をしている今も並の冒険者じゃ歯がたたないほどの実力を誇っている。
だだ、妻を亡くした直後の半年前の荒れ様は酷く、見てられない程だった。
そんな荒れる彼に寄り添い、健気に支え、必死に慰め続けたのが浩二の横にいる犬耳の獣人、マイだった。
何度も拒絶されようとも、どんなに非道い言葉を投げつけられても、マイは彼女はその優しげな瞳で浩二を見つめ、その温もりで浩二を癒し続けた。
マイは、浩二の妻――静香が請け負った最後の仕事、静香が亡くなる直前に救い出した獣人だった。
違法業者に囚われていたマイを静香が救い出し、脱出しようとした所で不意打ちを受けとっさにマイをかばった事により静香は亡くなったのだ。
マイがそれを負い目に感じた事は事実だろう。
何度、浩二に追い払われてもマイは諦めなかった。
真冬の厳寒の中、浩二の家の前で浩二が扉を開けてくれるまでただひたすらに待つ。何も言わずに、無言で。
罵声を浴びせられても、水を掛けられても浩二の身を案じ、浩二の事だけを心配し。
自らが高熱を発しても、委細構わずひたすらに。
義務感だけ、負い目だけでそこまでするだろうか?
それは、本当の所は俺にはわからない。
ただ、そんなマイを浩二は少しずつ受け入れ、それによって浩二も徐々に元の浩二を取り戻していることは確かで、それは少なくとも悪いことではないと思う。
今では二人はいつもベッタリで見てるこちらが恥ずかしくなりそうな仲の良さだ。
「うんうん、いや、みなまで言うなみなまで言うな。俺にはお前の気持ちがよぉぉぉく分かるぜ」
うわ、酒臭さ。もう飲んでんのかよ。
「夜、誰もいないベッドで一人寂しく眠りにつく」
一人で勝手に喋りだす。これだから酔っぱらいは。
「いや、これはだな」
「寂しくて淋しくて心も体も持て余してどうしようもない。
しかし、女を口説く度胸も甲斐性も根性もないときたもんだ」
「…………」
「そこではっと気がつくのさ。そうだ、別に女は人間だけじゃねぇと。
結婚は出来ないが同棲はできる、一緒に暮らせば情が移り、それはやがて愛情へと変わっていく。
「おい、いい加減に」
「なぁに、多少の差異は許容範囲だ。いやいやむしろ、色々『ついてる』分だけお得だと」
「おぉぉい」
「穴さえ開いてりゃ構うめぇ、とな」
酔っぱらいに言葉は無用。俺は浩二のケツに無言で蹴りを入れる。半分本気半分冗談で。
「いてぇええッッ!!!???
ふっ、照れるな照れるな若者よ。ではしっかり『励め』よ。
あ、そうそう、入れる穴ぁ間違えるなよっ。ヒデェ目に合っちまうからな。いづッ!?」
マイが浩二の脇腹を柔らかくつねる。
それにキスで応え、浩二はマイの腰を抱きながら上機嫌で行ってしまった。
「全く、あいつは真昼間から何抜かしてるんだ」
そしてメイルと目が合う。
?
「えっと、穴ってなんですか?」
ちょっ、その質問の衝撃は全裸の忍者に手刀で首を刎ねられ(クリティカルを喰らっ)た時に匹敵しますよメイルさん?
俺が多少顔を赤く染め、返答に詰まっている様子を見てメイルがはっと気づき、頬を赤らめる。
う”、これは非常に気まずいどうしよう。
メイルはひとしきりもじもじした後に、おずおずと掌を添えながら俺の耳元で恥ずかしそうにそっと囁く。
「鼻の穴?」
その顔は正に真剣そのもので。
ボケてる様子は微塵もなく。
俺は思いっきり吹き出してしまった。
「ぶはははッッッッ!!!????」
「え、えっ? じゃ、じゃあ耳の穴? えっ、ええっ!?」
俺はしまいには腹を抱えて笑い転げてしまう。
そんな俺にメイルは馬鹿にされてると思い、頬を膨らませて不満顔。
「もー、何ですか。拓也さん。もー」
周囲の奇妙な視線も構わずに俺の笑いはなかなか止まらなかった。
………………………
我が家。
ようやく山盛りの食材を我が家まで持ち帰り、冷蔵庫や床下収納に治めることが出来た。
そのほとんどが肉色をしていた事は言うまでもないことだろう。
ま、まぁ、肉は全ての源泉だからいいんだ。うん。
「よしっと、あらかた片付いたかな」
「んー」
脇では何やらメイルが思案顔。
その目がこちらを向き、満面の笑みを浮かべた。
………………………
華やかな色彩の絨毯が足元を彩る。
窓枠には淡い色の薄手のカーテンが揺れ、食堂のテーブルには花柄模様のテーブルクロス。
椅子には勿論、クッションが。調理道具もいっぱいに。
ベッドにもいろいろと飾り付けがなされ、もはや原型をとどめていない気がする。
あっという間に殺風景な室内は温かみのある、飾り気の『ある』部屋へと変身した。
ま、まぁ、これは正直いらないと思うが。
俺は可愛らしいカバーが掛けられたティッシュの箱を見つめる。これだけは理解できん。
たかがティッシュに……いや、やめよう。
価値観の相違を相手に押し付けるのは争いの元だと偉い人が言ったとか言わないとか。
ま、今日の買い物は無事終わったし。あとは夕方までのんびり、と。
「……………」
再びメイルがにっこりと微笑んでくる。
え?
「んふっ♪」