クーデレエルフは早死にしたい。
彼女は、この世界でも今や珍しい純血のエルフだった。名を『フォランス』と言い、彼女は何世紀も生き続け、老いる方法を必死で研究していた。
一緒に老いられなければ、やがて自分の愛するものが出来たとしても空しいだけだと。何世紀も生きているくせして、恋愛経験はゼロだった。
彼女は俺を『ソラ』と呼び、俺は彼女を親愛を込めて『フォル』と呼んだ。
初めてであったのは、俺が冒険者として名が知られ始め、また一番荒んでいたときだ。死に場所を探すように高難度のダンジョンに挑み続け、その度に生還し、やがて実力だけがメキメキと伸びていった。だが、期待を受ければ受けるほど、どんどん精神は磨り減っていった。
そしてある日、俺は王都から逃げ出した。出来るだけ田舎へ。人がいない方へ。
そして、民家も畑も消え、とうとう一人になったと安心した反面、酷い空虚も感じていた。そんなとき、掘っ立て小屋のような家がポツンと、森に接するようにして建っているのを発見する。
廃屋だと思い、ここならば丁度良いと足を踏み入れた。家の中は酷い有り様で、何十年も掃除がされていない様なほど埃が降り積もり、フローリングに足跡がついた。
そして、寝室と思われる部屋へ足を踏み入れたとき、心臓が止まるかと思った。空中にディスプレイを写し出す魔法具のようなものの前で一人、瞬きもせずぶつぶつと何やら呟く一人の女性。
横顔は美しいが、その大きな眸は何処か危うさを秘めていた耳の形状から見るにエルフだろう。
俺は、汚いベッドに腰かけてしばらく様子を見ることにした。
一時間、二時間。やがて日がくれ、日が昇る。それほどの時間をじっと過ごしていた俺も俺なのだろうが、その女は1度も椅子から腰を上げず呟き続ける。時おり、机の端に置いてある干し肉のような物体を口に運ぶが、それはどう見てもカビている。
俺は、自分よりも明らかに追い詰められたようすの女をみて、いつの間にか自分の悩みなど忘れ去っていた。
仕方なく俺は、この家の掃除を始めた。どうせすることもない暇な身だ。床に散乱した本をタイトル順に本棚に並べ、深く積もった埃を外へはきだして、床をピカピカに磨きあげた。
ウジの沸く台所を擦り、謎の液体が入った鍋を洗う。割れた窓を補強、雨漏りに板を打ち付ける。更には、庭の雑草を抜き、布団を干し、棚の裏まで磨きあげた。
一週間ほど働き続けただろうか。やがて家は、女の机の周り以外は見違えるほど綺麗になった。
一部を残して家を掃除しきった俺は、森に入って猪や野草を取り、台所でスープを作ってみた。俺が掃除した台所だ。文句を言えるやつはいない。味付けは塩のみ。台所に調味料が圧倒的に無かった。
だが、猪はしっかりと血抜きをしたし、野草も灰汁を取ったため臭みやエグみはない。一口味見すると、始めてにしては悪くない出来だった。
それを、ピカピカの皿に盛り付け、女の机にコトリとおく。それでもなお、気づかなかったため肩に手を置き軽く揺する。
そこでやっと意識が戻ったようで、はっとして、俺の方を見た。第一声が、
「君は、誰だ?」
失礼な奴だ。どうやら本当に気づいていなかったらしい。そして、部屋を見回し、再び俺の顔を見た。その眸は、吸い込まれるような美しく深い蒼色だ。
「これは、君が?」
部屋を指差し、こてんと首をかしげる。
「あぁ、そうだ。テーブル周りも掃除してやるから、台所のテーブルで食えよ。」
そう言うと、何を考えているのかわからないようなポカンとした顔で台所の方向へとスープを持って消えていった。その隙に、最後の場所を掃除する。これで完璧だ。
俺も台所へと移動し、自分の分のスープをよそって女の前の椅子に腰掛けた。すると、俺の眸を真っ直ぐと見つめ、口を開いた。
「……で、君は誰なんだ?」
まぁ、それなりにマトモな質問だな。
「あー、ソラだ。そのまま呼んでくれれば……」
「いや、何故人の家に勝手に侵入した挙句の果てに堂々と家主に飯を振る舞っているのか、と聞いているのだが。」
むう。よく考えたらごもっともだ。確かに、自分がボーッとしてるうちに知らない奴が勝手に家を掃除してたらそれはおかしいと感じるだろう。
「いや……行く場所もないから、ここに置いてくれると助かる……」
「は?何故何処の馬の骨とも知らぬ男を、何故紛いなりにも女の私が匿わなければならないのだ?いつ獣のように襲いかかってくるやもしれんリスクを抱えながら。」
一息で捲し立て、そのリスクに見合うメリットを提示しろ、と言葉を締めスープを一口、口に運んだ。だが、俺はスープを口に含んだ瞬間の一瞬の表情の緩みを見逃さなかった。
「……一日三食……俺が用意しよう。」
長い耳がピクリと動く。よし、あともう一押し……!
「掃除、洗濯、洗い物、風呂沸かし、全ての家事を俺がこなしてやる!」
「よし、契約完了だ。今この瞬間、需要と供給が成り立った。今日からここは貴様の居場所だ。」
案外ちょろいな。
「ふん。案外ちょろい、だと?私の前で下手なことを考えない方がいいぞ?」
心を読まれてる!?マジか。精神のプライベート無しかよ。
スープを食い終わり、皿を俺に渡す。そこで突然、女の頭がガクンと下を向いた。目も半開きだし、尋常じゃなく眠たそうだ。
「……すまない、私は眠る。久方ぶりのマトモな飯のお陰で眠気が……あぁ、あと、布団はあれしかないから、眠くなったら勝手に潜り込め……触ったら殺す……」
と、テーブルに突っ伏して寝息を立て始めた。ベッド使わないのかよ。流石にここで眠らせるのは気が引けるな。風邪引くかも知れないし。
触るな、と言われたが、お姫様抱っこでベッドまで運び、ふかふかの布団に寝かせる。
許可をもらったとはいえ、ここで躊躇なく布団に潜り込めるほど常識のない俺ではない。大人しく部屋から出ようとしたとき、文字通り後ろ手を引かれた。ビックリして振り返る。
「独りは……嫌だ。怖い……」
それが寝言なのか、それとも起きていたのかは定かではない。だが、おれはその手を振り払えなかった。その手を握らせたまま、ベッドに腰かける。
寝顔を眺めてみると、その年齢は見た目からだと俺とそんなに変わらなそうだが、エルフの寿命は長いため、年齢の推測はできない。美しい白銀の髪に、深い蒼色の眸。端正な顔立ちに、すらりと伸びた長い耳。まるで人形のように整っている。
結局、この女が目覚めるまで傍にいた。だが、この美しい寝顔はそれほどまでに幾ら見ていても飽きることはなかった。
「んぅ……ん?なんだ?この手は」
手が握られていることに気付いた女は怪訝そうな顔をするが、この状況を説明するまでもなく俺の思考を読んだのか、頬を紅く染めた。そして、俺に聞こえないくらいの声でぼそりとつぶやく。
「……今日、悪夢をみなかったのは、そう言うわけか……」
「あ?なんだよ。ぶつぶつ言うなよ。悪かったな!」
女は、暫し考え込んだあと、クールぶった、照れを隠しきれない表情で俺にこういいはなった。
「おい、召し使い―――――」
「……なんだよ」
「お前には、『抱き枕』の仕事も与えよう……光栄に思え?」
つまり、一人で眠ると寂しくて「黙れ。」怖い夢を見ちゃうからお願い一緒に寝てぇ「黙れと言っているだろうがっ!」ってことか。
「つまり、一人で」
「何故もう一度言うんだっ!」
いや、考えただけで口には一度も出していないのだが。いやそれにしても、その狼狽え方ときたら。もはやクールさの欠片も残っていない。
「て言うか……」
「……なんだ?」
「そろそろ手、離せよ……」
会話の途中も、ずっと俺の手を握りっぱなしだったが、今さらそれに気付いたのか慌てて手を離した。
◆◇◆◇◆◇◆
「んー、よく寝た……あれ?ここどこ……」
目が覚めて一瞬、自分がどこに居るのか忘れかけていた。起き上がろうとするが、なぜか身体が動かない。自分の身体を見ようと下を向くと、視界一杯に白銀が広がった。そこでようやく全てを思い出す。
そうだ。俺は結局、本当に抱き枕として働く事になったんだっけ。……いや、おかしいだろ……
それにしても、昨日初めて会ったばかりの男にここまでガッツリ抱きついて、何で寝れんだよ。両腕を俺の背中に回し、がっちりホールドされ、俺の胸板に顔を埋めて寝息をたてている。
その髪からふわりといい香りが――――漂わなかった。むしろ、臭い。どんだけ風呂入ってないんだ、こいつは。
丁度そのとき、目をぱちりと開き、布団のなかで猫のように身体を伸ばした。
「んぅ……ふぁあ……久々の……快眠だったな……。」
そして、俺に抱きついたまま、起き上がりもせずに俺を見上げる。
「中々、有能な抱き枕じゃあないか。」
「うるせえよ……あと、お前少し臭いぞ?」
む、と顔をしかめ、自分の脇の臭いをすんすんと嗅ぐ。
「ふむ。確かに匂うな。」
「どんくらい風呂入ってないんだよ?」
「よく覚えていないが……最後に湯浴みをしたのは、庭の木々が丸裸の頃だった。」
おいおい。今は新緑の季節だぞ。
「いやなに、動かないのだから別に入らんでも良いだろう。それより、そんなことを気にする暇があったら、一秒でも研究のことを考えたい。」
「なんの研究だよ?」
「その辺の資料を見れば、相当な馬鹿でもない限り分かるだろう。それより、どうしても湯浴みをしてほしいのならば、貴様が私を洗え。手を動かすのも億劫だ。襲ったら殺すがな。」
資料を見た限り、要約すると
『超長命種であるエルフを、通常の人種と同じように老いさせる方法』
といったところか。理由は教えてくれなかったが。それより、今一番の問題は、こいつの風呂事情だ。とりあえず湯船はあったから湯を張る。
うーん。髪を洗うのはまだいい。だが、常識的に考えて身体はどうなんだ。だが、否が応でも抱き枕にされる身としては、汚い体で抱きつかれるのは勘弁だ。
試行錯誤の結果、胸と下をタオルで隠させることで落ち着いた。
「おい……右の方が痒いぞ。……そう。そこだ」
結局、頭を石鹸で擦り始めると、考え事をするどころか頭の痒いところをひとつひとつ指示してくる。
結局考え事しないなら、、何で俺が世話してんだよ!
頭の泡を洗い流し、手拭いを石鹸で泡立て、背中をごしごしと擦る。
「おい。少し痛いぞ。もっと優しくだ」
「……お前、考え事してねぇだろ……」
「ん?あぁそうだな。それがどうした。ほれ、次は足。」
そう言って足をあげる。もうあれだ。色気とかそういうのじゃなくて、老人介護してる気分になってきた。
そこからはひたすら無心で要求に答え続ける。
「ほい、終わりだ。」
「……胸と下が残っているが」
「そんくらい自分で洗え!」
奴はは怒った様子で風呂場から出ていき、戸をピシャリと閉めてしまった。
「……冗談とは、難しいものだな……」
どうすれば奴が喜ぶか。ふむ。次の研究として、悪くないかも知れないな。
◆◇◆◇◆◇◆
「なぁ、ソラ。」
出会ってからひと月ほどがたったある日、椅子に座って読書をしているとフォルが自分の服を持って近寄ってきた。
「なんだ?」
「この服がなぁ、ほら、ここのところ。破けてる。お前、直せないか?」
流石に縫い物をしたことはないなぁ……小学校のときに家庭科でやったくらいか。
「急ぎの用か?」
「いや、近いうちに町で色々買い込もうと思ってな。そこまで急がない」
「じゃあ、ちょっと練習したいから道具貸してくれ」
「ん、その辺にあるはずだから、布は適当なものを使ってくれ。」
辺りを探すと、裁縫セットのようなものを見つけた。糸はやけに多くの色が揃っている。布は、近くに大きな真っ黒い布が落ちていたためそれを使う。
チクチクと縫っていると、意外と出来ることが分かり、楽しくなってきた俺は、本棚から裁縫の本を引っ張り出して刺繍の練習を始めた。
星形、ハート型、名前。流れ星や可愛らしいデザインの犬や猫なども縫い、気がついた頃にはずいぶんファンシーな布が出来上がっていた。
満足した俺は、物足りなさを感じながらも服を綺麗に繕い、フォルに渡す。
「おお、随分上手く出来ているじゃないか。あと、たしかその辺に外出用のローブがあったはず……お、見つけた」
フォルがひょいと持ち上げた物は、先程まで俺が縫い物の練習に使っていたものだ。その可愛らしく変貌してしまったローブに、袖を通す。
「うん、着れる着れる。ちょっと鏡で見てこよう」
「ちょ、ちょっと待て……」
必死の俺など意に介さず、鏡のある風呂場へと移動して行く。そして、無言でローブを抱えて戻ってきた。
口を開かないのが逆に怖い。
「い、いや、違っ……ただの布かと思って……いや、本当に悪気はな――――――――」
「気に入った!!」
「へ?」
勢いよく顔をあげたフォルの眸は、嬉しそうにキラキラと輝いている。その言葉に嘘は無さそうだが……
俺の目の前で興奮ぎみにもう一度袖を通し、くるんと一回転すると、俺が一番上手くいったと思う星形がふわりと舞う。
「ほら、これ!ここの所のハートとかすごい可愛い……」
そこで突然動きがピタッと止まり、ゴホンと一つ咳払いをしてから貼って着けたような怒りの表情に変わる。
「た、大切な一張羅になんてことをしてくれたんだ!一張羅だから嫌でも着ないといけないじゃないか!一張羅だから!」
やけに一枚しかないことを強調しながら怒るなぁ。
後日、フォルのクローゼットには同じようなローブが何着もあることが判明した。だが、その日以来フォルがそのローブ以外を着ているのは、一度も見なかった。
◆◇◆◇◆◇◆
「行ってくる。」
「おう。気を付けてな。」
フォルは朝早くにお気に入りになった様子のローブをはおり、家を出た。出掛けている間に家のことは全てしておかなければな。
洗濯をして、庭に干す。だだっ広い庭は日当たりも抜群だ。ついでに布団も干しておこう。
床も一通り雑巾がけして、本も高さ順に整理する。洗い物を全て終わらせ、食器を拭いて棚にしまう。
「よっし、終わった終わった。」
ようやく一息つける。暇になってしまったが、どうするか。あ、そうだ。あいつの研究とやらを少しばかり覗いてみるか。
分厚い資料を持ち上げると、一枚の羊皮紙がぺらりと地面に落ちた。拾い上げ、題名を読んでみる。
『ソラの喜ばせ方。』
……は?その下には、びっしりと試したことが書かれており、片っ端から×印や△印がつけられ、その横には反省が書かれているている。ひとつ例をあげてみると、
・胸を押し付ける。△
反省点 気づいていない可能性。サイズアップ要。
「ぶふっ」
思わず吹き出してしまった。しかも、やけに丁寧な字でそんなことを几帳面に書いているものだから思わず笑いが込み上げる。
最近寝るときにやけに身体を擦り寄せてきていたのはそう言うことか……!しかも△かよ。
「痛いぞ。」と言ったきりその行動は止んだが、今更ながらに物凄い罪悪感に襲われる。
その後も他愛のないことや見に覚えのあることなどに繰返しチェックが付けられている。読んでいく内に、とっぷりと日がくれてしまい、玄関が開く音で我に返った。
とっさに資料をもとの場所に戻し、玄関に急ぐ。
「おう、お帰り……って、なんだそれ?」
背中には大量の荷物が入った風呂敷を背負い、右手は、なぜか知らない女の子と手を繋いでいた。
「……こいつは今から家で育てる。反対は受け付けない。」
「いや、ちょっと待てよ!」
女の子は、一度も瞬きすらせず、目には生気が宿っていない。ずいぶんと小さいし、なぜか身体中から植物が生えている。
「……人間の商売に使われていた。胸くそ悪い。」
聞いたところによると、この女の子は貴重な植物を無限に作り出せるが、それを採取するのには多大な激痛を伴う。
その性質を完全無視した犯罪グループに容赦なくむしられ、売り捌かれたと。その結果、繰り返される拷問のような激痛で精神が壊れたのだそうな。
「壊れたって……何でわかんだよ?」
「この子の心からは、いくら読んでも『痛い』と『助けて』しか聞こえてこない。」
なるほど。それを放置できるほど俺も腐っていない。勿論暮らすことに許可は出すつもりだが。
「……名前は?」
「知らない。葉っぱ娘とかでいいんじゃないか?」
適当すぎんだろ。俺もまあいい名前が思い付くわけでもないが。
「リーフだな。リーフ。」
「なんだそのへんてこな名前は。」
「葉っぱ娘よりはましだろ。」
家族に、不思議な女の子が加わった。
◆◇◆◇◆◇◆
「なぁ、ソラよ。」
「なんだよ。早く寝ろよ……」
今日も三人、リーフを二人で挟むように布団に潜り込み、いつものごとくリーフと共にソラに抱きつくのだが、返される言葉は如何にも面倒くさそうだ。
いや、確かに最初に手を出せば殺すと言ったのは私だ。だが、これだけの期間一緒に居るのだから、そろそろ手を出されても怒る気はないのだが。
それにまず、これだけの期間異性がひとつ屋根のしたで何もないのは問題ではないか?もしやソラは同性愛者なのか?
私は、少なくとも数世紀は生きているのだが、恥ずかしいことに未だに性的な事は未経験だ。
「お前は、私の事が嫌いなのか?」
「はぁ??」
ソラは、急になんなんだと怪訝そうに顔を歪めた。
「……何故、襲わない?私はそんなに魅力がないのか?」
「なんだよ、襲うって……やめろよ。リーフも居るんだから……」
それに関しては心配無用だ。リーフは既に寝息をたてている。
「やはり、年が上すぎるからか?それとも、私の身体は好みじゃないか?前に風呂で見たときも、あまり興味を持っていなかったようだし……」
じりじりと距離を積めると、その分ソラが離れて行く。何故だ?
「まてよ。なんだ?その襲われたいみたいな言い回しは。」
「……そう言っているのだが。あ、ちなみに私は処女だぞ」
ソラは、そういう問題じゃないと頭を抱えた。そして、とうとう結論を出したようで、私に手を伸ばす。
とうとうか……思えば処女とも長い付き合いだったなぁ……
だが、伸ばされた手は私の服に、ではなく私の背中に回り、抱き寄せられた。見上げてみると、ソラは顔を逸らしている。暗いため、どんな表情をしているかはわからない。
「……これで、我慢しろ……そういうのは、中途半端でしていいことじゃないだろ……?」
ふむ。人の家に勝手に入り込んだわりには、それなりの貞操観念を持っているようだな。
そう言われてもどかしくなる。間違いない。何かの文献で読んだ覚えがある、この感情。推測するに、私はこいつに惹かれ、恋い焦がれている。こいつになら抱かれたい。こいつの子供なら、産みたい。
そうとわかれば、悩むのは時間の無駄であり、合理性にかく。決めるなら今すぐだ。善は急げ。
「わかった……じゃあ、ソラ。こうしよう。」
「……なんだ?」
「結婚しよう。ここで暮らそう。そして、二人の子を育てよう!」
「……はぁ……わかったから……今日は、もう寝ろよ……」
「約束だぞ?」
今までにない多幸感に包まれながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。
この三ヶ月後、突然フォルは俺達の前から姿を消した。
END