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似非裁判  作者: 花南
4/5

04

陸の証言

「陸ちゃ~ん、空乃のモエモエトークショーに出て見る気ぃ~ありませんかぁ?」

「いや」

 すぱっと即答されても空乃は食い下がった。

「もちろん空乃のモエモエトークショーという名前はちょっとおかしいですからぁ、『陸ちゃんの毒舌トークショー』にしましょう」

「余計な御世話よ! だいたい何を毒舌すればいいってのよ?」

「ネタならいっぱいあるじゃあないですかぁ。そこらへんに転がっている30位の男とか30位の男とか30位の男とか」

「空乃……あんたまだ30位になれないこと根に持っているの?」

「森下くんがいるから空乃は30位になれないんですよぅ」

 空乃は口を尖らせて言った。

「みゅーが30位になればぁ、パピーが自分の睫毛を全部抜くって誓ってくれたんですぅ」

「父親の睫毛なんて手に入れてどうするのよ?」

「空乃のモエモエトークショーに一回だけ華が咲くと思いませんか?」

「一回だけね……」

 陸はたった一回のために睫毛を抜かされる空乃の父親が不憫に思えた。

「とりあえずモエモエトークは却下だから。空乃の広島弁脅しトークショーだったらちょっと考えなくもないけれど」

「お便りを無理矢理30位の男に書かせるんですねぇ?」

「なんだってそんなに森下が嫌いなのよ? 空乃」

「え、空乃は別に嫌いじゃあないですよ? ただぁー、陸ちゃんがあまりにも30位の男のネタでひっぱるもんだからぁ」

「ああ、あれね。今私の中のマイブームなのよ」

「30位の男がバナナオレでやきそばパンを食べていたとかがですかぁ?」

「だってあいつバナナオレよ? バナナオレでやきそばパン食べてたのよ!? これ笑わずにいられますか。思わず携帯に報告メールいれてごめんね!」

「いいえ、はっきり言ってみゅーも大うけでしたので」


「ちょっと待った待った待った!」

 陸の証言の最中に森下が割り込んだ。聖が静かに木槌を振り下ろす。

「まだ証言中です。話を最後まで聞きなさい」

「だってねえさん、さっきから僕の悪口というか揚足ばかりとってるよ! バナナオレっていつの話だよ? 海馬が間違って買ってきたやつじゃあないかッ!」

「検事側、どう思いますか?」

「バナナオレでやきそばパンはちょっと……」

「食い合わせ的にねぇ?」

 松山と河野が顔を見合わせて言った。

「うるさいよ! 陸、僕の話はどうでもいいからもっと掻い摘んで話してくれ」

「とまあ、森下の話で空乃と盛り上がったわけですが、掻い摘んで言えば空乃のモエモエトークショーで私の毒舌と併せて森下を吊るし上げようって話だったんです。でもはっきり言って森下は私にとっては笑いの種だけれども他の人から見れば凡庸なつまらない男だし……」

「余計な御世話だよ!」

「だからこの話はお互い本気にせずゲスト出演はお流れになるはずだったのよ」


陸の証言2

「私、生徒会立候補してみようかなって思うのよ」

 そのことを誰か別の人に言ったのは初めてだった。昼休みの弁当を食べながら杏稀にそう打ち明けた。

「え、それ本当? 陸ちゃんだったら素敵な生徒会長になれるよ」

「そうかなあ?」

「いけるいける! でもそうなると名前を宣伝しておく必要があるよね。やっぱ陸上部なんだからー、鉢巻とたすきつけて『陸さやかを会長によろしくー』ってグリコのポーズで走り回るなんてどうだろう? インパクト強いよ!」

「うーん、それは私の名誉にかけてやりたくないわね。そうね、陸上部か……そういや空乃のモエモエトークショーから誘いがきてたのよ」

「本当? で、いつ?」

「いや、まだ決まってないというか……そういう話があったというだけで……」

「私聞きたい! 陸ちゃんの陸上での活躍を全校のみんなに聞いてもらおうよ!」

「はずかしいよー」

「そんなことないって」

「空乃のモエモエトークが恥ずかしいのよ。でも最初から恥ずかしいのは私じゃあなくてあっちなんだからまあいいか。いいわ、私出演依頼してくる」

 こうして、陸は空乃のモエモエトークショーに出ることになった。

 五十の質問を書き出しながら空乃が聞いてくる。

「陸ちゃん、質問の中に30位くんのことを書いてもいいですか?」

「だからどうして森下の名前が陸上に出てくるのよ? あんな1000メートルランニングしただけでひーひー言っている男と陸上をいっしょにしないでちょうだい」

「1000メートルでひーひー言ってるんですか? ひ弱ですねぇ。でもあいつ1000メートル走りきったらバナナオレあげましょうね」

「大丈夫、あいつなんて200メートル時点でばたんきゅーだから」


「だからなんで僕の話になるんだよ!?」

「だってあんた体育の時ひーひー言ってるじゃあない。終いには『僕お腹痛いんで保健室行ってきます』って、はん!」

「ぶふっ!」

 思わず聖が吹き出した。

「身内ネタやめろよ! ねえさん笑うなよ、お腹痛かったんだ!」

 森下の釈明のあとに陸が続ける。

「でまあ、空乃のモエモエトークショーは五十問全部、陸上の問題で埋め尽くしてテープを撮ったわ。でも、空乃の奴が途中で渋り出したのよ。モエモエトークショーの『陸ちゃんに陸上競技で五十の質問』を別のものにしようって言い出したのよ。でも、テスト近かったし、そんな暇はなかったからそのまま進藤先生に渡したわ」

「待った!」

 そこで森下が口を挿んだ。

「放送部が流すのにどうして進藤先生に?」

「知らないの? テスト期間中は先生が流すのよ。生徒は全員テープを提出、本館には入れない」

「そうだったのか……盲点だ」

「どうかしたの?」

 森下は考えた。これはもしかしたら重要なポイントになってくるのかもしれない。空乃に合図を送ろう。森下は勇気を振り絞った。

「はぁ~そうだったんですねぇ~」

「は?」

 いきなり空乃の口真似をした森下を陸がきもち悪がる。

「進藤先生がですか~、ちっともわかりませんでしたぁ」

「も、森下? だからなんなの?」

「いや、だからちっともわからなかったって」

 空乃は合図にキーポイントを自分と同じ口調でしゃべれと言ってきた。できれば極力避けたかったが、もうここまで自分の恥を晒された今としては空乃の萌え語など恥ずかしいとは思わない。

「陸、続けて」

「うん。で、テストが始まったのよ」


陸の証言3

 杏稀はがくがく震えていた。

「陸ちゃん、どうしよう。進藤先生に私、英語の点数が悪かったら留年かもって…」

「お、落ち着いてよ。英語の問題なんて普通にがんばれば点数とれるから」

「どどどどうしよう、全然頭に入ってこないよ! 陸ちゃんに作ってもらった英単語帳も一生懸命見たのに…」

「だ、大丈夫よ。ちゃんと頭の中に入っているから」

「今何月? 九月? セプテンバーの綴りってどんなんだっけ!?」

 だめだ、杏稀は完璧に混乱している。杏稀に真当に問題を解かせるのは無理だ。陸は決心したかのようにがしっと杏稀の肩をつかんだ。

「杏稀、こうなったら仕方ないわ。わかんない問題があったら私の答案を見るのよ」

「ええ!? でもそれって、カンニング――」

「しっ。だから、こっそりやればいいのよ。わかんない問題だけ、ね? それとも留年したい?」

 杏稀はふるふると首を横に振った。


「ですから杏稀は悪くありません。すべては私が持ちかけた話なんです。でも私がカンニングを持ちかけたのは杏稀ただひとりで、集団カンニングなんてやっていません。以上です」

 法廷は再び騒然となった。犯人ではないと証明されかけた陸がカンニングを認めたのだ。聖は証言台の陸に聞き返した。

「つまり、カンニングは認めるけれどもそれを商売に集団カンニングはやっていないということですね?」

「はい、そのとおりです」

「被告人と木下さんのカンニング容疑については別件で扱いたいと思います。弁護人、ではこの集団カンニングの犯人は誰であるか証明できますか?」

 森下は考えた。

 集団カンニングの犯人が陸ではないことはまだ立証されていない。自分の持ち札はあとひとつしかない。 しかもそれは偽物の札なのだ。だが、信じてくれと陸に言った手前、自分はあとには下がれない。

「立証してみせましょう。新しい説として陸の答案用紙が偽物だったというのをあげたいと思います」

「どういうことですか?」

「陸が実際に受けたテストの答案と返却された答案は別だったということです。問題はすべてマークシート、答えがわからなくても全部に回答ができます。答えのプリントが配られても、答案用紙の答えとだけ照らし合わせて問題を読まない生徒も多いはず。すり替えることは可能です」

「可能なのはわかりましたがそれをどう立証するというのですか?」

――空乃のモエモエトークショー特別版の時間ですぅ

 聖の声をさえぎるような形で突如としてその放送は流れた。

――今日はぁ、とても重要な人がゲストに来てくれていまぁす。海馬白雪くんでぇす

――どうも。

――海馬くんはぁ、すごいんですよー。なんと、今法廷で審議されている集団カンニングの真犯人だそうですぅ

「なんですって!?」

 陸が思わず声をあげてガタリと立ち上がる。空乃の放送は続く。

――それにしてもぉ、どうやったんですかぁ?

――簡単なことよ。陸の答案を返却される前に自分の答案とすり替えたわけ。アタシは自分の答えを知っているし、自分がカンニングの容疑をかけられることもないわけ。

――それじゃあどうして集団カンニングなんてやったんですかぁ? 

――ビジネスよ。ここは進学校だから問題を買いたがる奴は多勢いるわ。でもそれだけじゃあ同じ答えが沢山出て集団カンニングがばれちゃうでしょう? 実はね、もうひとついっしょにやっていることがあるのよ。

――へーえ、何をやったのか教えてくれますかぁ? 

――それは

――海馬くん、空乃さん!

 放送の途中に女の声が混ざった。どうやら放送室に先生が入ってきたようだ。

――きゃあっ! 本当にキタワ、キタワよ犯人が! 

――よっしゃあしょっぴけー!

 ばたばたと何か物が倒れるような音と共に放送はぶち切れた。森下はしれっとして聖のほうを向いた。

「裁判長、犯人は進藤先生です。動機は優秀な生徒をたくさん輩出すれば給料査定で昇給がある。陸の問題をすり替えるのも、放送を流すことも、できたのは彼女しかいません」



 空乃と海馬に連れてこられた進藤先生は抵抗することもなく意外と冷静だった。きつくウェーブした茶髪をバレッタでひとつに纏めた彼女は三十代の割に若く見えた。

 八月朔日が「事件の裏に美女あり」と言っていたがこの進藤先生のことだろうか。証言台に進藤先生がついたところで森下は尋問を開始した。

「進藤先生、あなたはどうして放送室に向かったのですか?」

「海馬くんと空乃さんの放送を聞いて誰も止めに行かないほうが不自然じゃあありあませんか? 森下くん。集団カンニングの犯人が別にいるなんてとんでもないことよ?」

「あれは似非です。僕がふたりに頼んでタイミングを見計らって放送してもらうように指示していたんです」

「まあ、そんな学校を混乱させるようなことをどうしてしたの?」

 今初めて知った事実に驚いたような進藤先生の反応はひじょうに白々しかった。

「真犯人を捕まえるためにです。空乃の推理は馬鹿馬鹿しかったですが――」

「馬鹿馬鹿しくてわるかったな」

 空乃が呻くように言ったが森下は続けた。

「一部僕と合致しているところがありました。悪代カーンの陰謀、シャリーンです。僕はこの一連の事件で陸が無実ならば誰かが陸の答案を手に入れている必要があると思いました。或いは陸の問題をすり替える必要があります。それをやってまったく怪しまれないのは誰か……教師です」

 先生とは言わずに敢えて教師と森下は言った。

「僕たちの……今から二年あとに東雲高校は公立から私立になります。その時教師の給料査定がある。それは年功序列制から出来高制になり、より優秀な生徒を輩出した教師が高給を支払われる制度へとなります。審査されるのはおそらく今年の一年生から先の生徒達。知ってのとおり進藤先生のテストは難しいので有名です。なのに今回は正答率が高い、しかも同じ答えをしている生徒が多数いたというのにカンニングに気づくまでにこれだけの日数を要した。これは他の先生の介入がなかったならば進藤先生自身はこれを不問にするつもりだったということは考えられませんか? 先生」

「異議あり、弁護人の言い分はあまりにも憶測に傾いています」

「まあ戸浪、聞けって。そもそもカンニングに気づいたのは誰だ? 風紀委員だ。担任の先生たちは口出しをしなかった。明らかに西館の奴らだけ点数がいいのに気づいていながらだ」

 異議を唱える戸浪に森下は馴れ馴れしい口調で言った。

「それは生徒たちのことを信用しているからで……」

「この学校はあまりにも自由性が高すぎる。不正だってしょっちゅう起きていて、生徒達の間で調停をするために裁判部なんて部活もあるくらいじゃあないか。戸浪、つまり教師たちはこのカンニングが行われている事実を黙認しているんだ。僕が考えるに英語の試験以外でもカンニングは横行していたと思えるね」

「森下くんはなんだかさっきから戸浪くんばかりと話していますね」

「そりゃそうでしょう。松ちゃんを攻めるとしゃっくりがとまらないし、私を攻めるとノックが飛んでくるからね。一番攻めやすい戸浪を先に潰す気じゃあないの?」

 実は一番話が通用しそうだったのが戸浪だったから戸浪とだけ会話をしていたわけだが、上級生のふたりはそんなことを話している。

「戸浪、お前クラスは西と東どっちだ?」

「……西です」

「はっきり言ってくれ。不正は行われていると思うか?」

「はっきり言わせていただければ……行われていると思います」

「異議あり! 戸浪、あんたは検事側でしょうが」

 河野は立ち上がると同時に戸浪の頭をはたいた。戸浪ははたかれた頭をおさえることもなく下を見ながらぼそぼそと続けた。

「そもそもテストの最中に昼の放送が流れるシステムそのものがおかしいです。どのテストだかでα波の音楽が流れてすごく邪魔でした。放送内容の規則性を理解していればどの生徒もすぐにいい点数がとれるでしょう。特に英語のテストはすぐにわかります。しかし、先生が答えを漏洩ろうえいしているのが一番自然な気がしますが、弁護側の主張には徹底的に欠けているものがあります。証拠です」

 そう、たしかに状況証拠は揃った。しかしたしかな何かを表す徹底的なものが今手元にはなかった。進藤先生が冷静でいれるのもそのためだろう。

 横では海馬と空乃が悔しそうに唇を噛んでいる。森下はため息をついた。

「はい。残念ながら決定的な証拠は手元にありません」

「ちょっと空乃、決定的な証拠って何ヨ?」

「八月朔日先輩に渡したテープは再生されたんがの。先輩は最初からひとつんテープだたぁ思うとらず、もうひとつんテープも探しょぉったんじゃ。もしそれがしぇんしぇいの机からでも見つかってみりゃぁガチなんじゃが」

「弁護側、しぇんしぇいってなんですか?」

「ねえさん、たぶん広島弁で先生のことだよ」

 空乃の発言に質問する聖に森下は注釈をいれた。たしかにそのテープが見つかればなんらかの手がかりになるはずなのだが。

 そのとき戸浪がぼそっと言った。

「先ほどのテープの裏側に何が録音されていたのか、まだチェックしていませんでしたね?」

「え?」

 森下が戸浪に聞き返した。戸浪がもう一度言う。

「テープの裏側ですよ。A面とB面があるでしょう。先ほどB面を聞き忘れていました」

「ちょっと戸浪! あんたはさっきからどうして弁護側の肩ばっか持っているのよ!?」

 河野にもう一度頭をはたかれながら戸浪は続ける。

「いいえ、自分は真実の究明をしたいだけです。先輩は気にならないんですか? B面。例えば先輩、ハーゲンダッツの新作が出たとします。見ただけで満足しますか? 味わってみたいと思いませんか?」

「う、うぐっ……絶対確かめますね。よろしい、B面の再生をお願いします」

「ひっ、ひっく。なんだかやばい展開になりそう」

 戸浪に説得されて安易にOKを出した検事側の要望もあり、再びテープがセットされる。

 海馬が隣から森下の服の裾をひっぱった。

「森下、どう思う?」

「B面のことか? おそらく何も入ってないか別のものだろうな……同じテープに録音はできない。テープはふたつあるはずだ。戸浪の助け舟かと思ったけれど違ったな」

「じゃがB面は気になるのう。わしだって新色の口紅があったら試したくなるしのう」

 その例えも先程の例えもまるっきり意味がわからなかったが、本人たちの中では納得してしまう理由があるらしい。

 放送委員により再びテープの再生がはじまった。

――空乃のモエモエトークショーの時間ですぅ。

「放送が入っている!」

――今日はぁ、陸上部のエース、陸ちゃんをゲストに呼びましたぁ。

――どうも、陸さやかです。

 空乃と陸が顔を見合わせた。

「どういうこっちゃ?」

「あのテープは新品でB面は空だったはずよね?」

――では陸ちゃんに50の質問ですぅ、第一問……

 そして問題の部分、硬質な机を叩くような音が法廷に響いた。

 聖が言った。

「まだ一問目です」

 しかし二問目、三問目と単調な机を叩く音は続く。話の途中に興奮して机を叩く音とは違う、明らかに不自然な音である。

「そんなばかな……」

「まるで内容は消去したはずなのに、みたいな言い草ですね。進藤先生」

 森下がにっこりと笑って言った。進藤先生の顔色は今までと明らかに違う。明らかに冷静さを失っている。再生している途中のテープを止めると森下は言った。

「進藤先生はきっと陸の本当の取材のテープを上書きしたつもりだったのでしょう。だけど陸たちの本物の内容はA面に、そして偽物の内容はB面にあった。偶然にも上書きする場所を間違ってしまったようですね。ねえさんが先ほどこう言った。『陸が嵌められたのだとしたらなぜ見つかっちゃまずいほうのテープが見つかったのか』僕たちは思い違いをしていたんだ。これは陸たちの撮ったテープではなくて、進藤先生が作った偽物の放送のほうだったんだ」

さあ、これで言い逃れはできまいと誰もが思ったときだった。松山が立ち上がった。

「待った! ひっくひっくひっくひっく」

「松ちゃん落ち着いて! 気道確保」

しゃっくりのツボを押しながら松山は水をがぶがぶと飲んで発言した。

「たしかにそのテープは偽物のほうだということはわかりまヒッた。だけど、それを撮ったのが進藤先生だということはまだ立証されていません! ひっく、ちょっと爪が甘いと思います」

「うっ!」

 森下は思わずたじろいた。今まで大人しくしていた松山がここでまたひっくり返してくる。やはり最初に潰しておけという空乃の発言は正しかった。

 何も言えずにいる森下の横から海馬がすっと立ち上がった。

「301位の爪がちょっと甘かったようね。ここからは25位のアタシに任せてちょうだい」

 自分の順位は関係ないと言いかけて森下は黙った。海馬は机をダンと叩いた。

「たしかにこの机を叩く音、不自然よ。だけどそれ以外にも気づくことがある。さっきから放送で流れていた陸の机を叩く音、それとまったく違うの。陸の音はもっとこう……森下、どうよ?」

「ああ、品性に欠けた音だよね」

言った瞬間陸に思い切り足を踏まれて森下は言いなおした。

「重みが足りません」

「そう、陸の机を叩く音はトントンではなくてバンバンなのよ。じゃあこの、机を叩いている音はいったい誰がいれたのかしら? みなさんよくこの音を聞いてちょうだいよ、机と何か硬いものがぶつかるカツカツって音も入っているでしょう?」

海馬に言われて松山と河野が「え?」と声をあげた。試しに巻き戻して聞いてみるとたしかに何か硬いものがぶつかる音が聞こえる。

海馬は正面の戸浪を見た。戸浪はうつむいていて、長い前髪で目もよく見えないが、たしかにこの事実に気づいていたようである。

「アタシこの音知ってるのよ。進藤先生がレッスンの時に教卓を叩くとき、中指に嵌めている指輪が机にぶつかる音、あれと同じなのよ!」

 海馬の発言にその場の全員が進藤先生の手に注目した。華奢な右手の中指には重く大きな指輪がはまっている。海馬はノリにのって続けた。

「検事側! アンタたち、テープについた指紋は採取したの? しなかったの? ええどっちなのよ!?」

 森下は戸浪が視線を少しだけそらしたことに気づいた。河野が立ちあがる。

「もちろん、採取したに決まっているじゃあない」

「じゃあなんで提出しないのよ!?」

「……戸浪が関係ないって言うから」

「戸浪ぃぃいいい!」

「自分は別に……本当に関係ないと思ったので」

 ぼそぼそと言う戸浪が何かを隠そうとしていることは明白だった。海馬は食い下がる。

「なんで関係ないと思ったのよ? 納得いく理由を説明しなさい」

「女性の指紋が三つと八月朔日先輩の指紋が検出されただけでしたので……」

「待ちなさいよ? 三つですって?」

「はい、だから関係ないと思ったんです」

「おおありじゃあない!」

「森下先輩が持ってきたときの指紋と、残り二つは不明でした…おそらく空乃さんと陸さんの指紋だろうと推測し、そこまで調べませんでした」

「実際は進藤先生の指紋がついていて、陸と空乃の指紋はついていないはず。聖ねえさんの指紋はついているとして残りひとりは一体誰よ!?」

「だから……全生徒の十本指のデータが探偵部にあるわけないじゃあないですか。探偵部にある指紋データは過去に調べた生徒のものと、重要人物のものだけです」

「待つんじゃい!」

 今度は空乃が立ち上がった。広報部が空乃を見て「あいつ裁判部だっけ?」と呟いた。

「今のは矛盾しとる。重要人物の指紋を採取してあるはずの探偵部のファイルになんで今容疑者にあがっとる陸ちゃんの指紋がないんだ? 陸ちゃんは風紀委員に捕まったときにしっかり指紋が採取されとる。陸ちゃんに容疑がかかっとるんにあんなぁの指紋がないテープたぁおかしいとちゃいますか!」

 空乃があまりにもすごい剣幕で捲くし立てるものだから検事側は迫力負けした。広報部の記者が「天才弁護士現る」とメモした。

 フラッシュの嵐の中で空乃は気持ちよさげである。森下と海馬が空乃に初めて怒鳴られたときのことを思い出してびくついているのを被告席の陸が「あんたたちまでびびってどうするのよ?」とつっこむ。

「すみません、これは検事側のミスです」

「むしろ戸浪のミスです」

「河野さんと松山さんは一年生に判断を委ねないようお願いします」

 戸浪に判断を任せた二年生ふたりに聖が注意を促す。空乃はさらに食いついた。

「だいたいわしは最初から怪しいと思っている人物がおるんじゃがの」

「はあ!?」

「なんだって!?」

 海馬と森下が同時に空乃のほうを見た。空乃はにやりと笑う。

「わしは犯人にそっちをひっかけるつもりだったんじゃがな。そこまで馬鹿な女じゃあなかったらしい。わしは声を聞いたんじゃ、陸ちゃんを嵌めるという相談をしているふたりの女の声を。ひとりは進藤先生だとして、あともうひとりは誰じゃったかのーと考えちょって言わんかったんじゃが、八月朔日先輩と話していたときに思い出したんじゃ。学園アイドル人気上昇中の秋野千早の声じゃ!」

 法廷内が騒然となる。森下が間抜けにも一言「誰?」と海馬に聞くと、海馬が「今聞いたでしょう、人気上昇中の学園アイドルよ」と答えた。戸浪が立ち上がる。

「異議あり。空乃さんはモエモエトークショーより視聴率のある千早さんのトークショーを妬んでそう言っているようにしか思えません」

「書記! 今のは戸浪のわしへの暴言じゃ。しっかりメモしとけ。弁護側は秋野千早を証言台に立たせたいと――」

「お待ちなさい空乃さん」

 そこでさえぎったのは、今まで沈黙を守り続けた進藤先生だった。

「空乃さんは大きな勘違いをしています。テープに録音されていた机を叩く音は私の手です。そしてテープの指紋も私のです。そしてテープについているもうひとつの指紋が秋野さんのであるのも確かです」

 戸浪が顔をあげて進藤先生を見て、何かを言いかけた。しかし進藤先生は続ける。

「だけどそれは私が陸さんと空乃さんのテープと今のテープ、そのふたつを持ってT字路にさしかかったとき、秋野さんとぶつかってテープが落ちたんです。それを秋野さんが拾ってくれたときについたものでしょう。だいたい私が陸さんたちの放送があるのをあらかじめ知っていたのは木下さんが私のところに報告したときに思いつきました。だいたい私は誰かを嵌める算段をしていることをうっかり放送部の前で話すようなうっかり者ではありません。おそらく秋野さんだってそうでしょう。空乃さんの聞き違いだわ」

「信じられませんなあ、そんなの」

「空乃さんも森下くんも陸さんを守ることに必死で他の関係ない生徒を巻き込みすぎです。犯人は私ひとりです」

 空乃はまだ何か言いたげだったが、戸浪が先に間に割って入った。

「では先生、真相のほうを自供していただけますか?」

「ええ。真実を語ることを誓います」


進藤先生の告白

「私のテストって難しいのかしら?」

 進藤先生は小テストのまるつけをしながらぽつりと呟いた。隣にいた英語教師のキャロル先生が笑った。

「ここは進学校なのだから少し厳しめくらいで丁度いいんですよ」

「教科書選びも面白いのを選んだはずなのにね」

「たしかにちょっと言葉遊びが多くて英語が分からない子にはちんぷんかんぷんかもしれませんね。でも私、進藤先生の授業好きです。私の名前を和風にしてくれたりもしてくれたし、見てください、もう漢字書けますよ!」

 伽露瑠(キャロル)と進藤先生のまるつけしているテストに書かれるのを慌てて進藤先生は消した。

「でも、こうも皆が点数をとってくれないと困るのよ。既にこの前期の段階で追いついてこれない生徒が続出しちゃって、木下さんなんかまったくついてこれないみたい。いつも陸さんのノートをまる写しして提出してくるのよ」

「それは困ったものですね。わからない人をターゲットにしたテストを作ってみたらどうでしょうか?」

「そうね。とりあえず木下さんにどこがどうわからないのか聞いてみるわ」

 キャロル先生と別れて進藤先生は教室へと向かった。杏稀だけを呼び出すと杏稀は顔が真っ青だった。

「せ、先生。やっぱり私、英語単位ないんですね? 留年決定なんですね?」

「いや、まだ決定してないし、まだ前期なんだから追いつけるわ。次のテストはちょっと頑張ってもらう必要はあるけれど」

「次のテストを落としたら留年なんですね? わかりました。命にかけてがんばります」

「あ、そう……うん、がんばって」

 正確にはまだ留年というわけではないのだが、このままいけば進級が危ないのはたしかで、杏稀には悪いがここで頑張ってもらいたいというのは本当のことだった。

「ところで木下さん、あなたテストはどういう形式のテストだと一番点数がいいの?」

「え、えーと……単語が出てくるとわからないから……そうだ、マークシートがいいです!」

「マークシート……わかったわ。今度のテストはマークシートね。ただし先生難易度は変えないから先生が多めに見てくれるとかは思わないようにね?」

「はい、頑張ります。あっ……!」

「どうかしたの?」

「先生、英語で思い出したんですけれど、陸ちゃんいるじゃあないですか。今度放送に出るんですよ、空乃のモエモエトークショー、『陸ちゃんに陸上競技で五十の質問』というのをやるんです。陸さやかをよろしく!」

「はあ」

 その時は何のことだかよくわからないまま生返事をしていた。だが、数日後、空乃と陸の申し出で五十の質問のテープを受け取った。

 よろしく、と言われたので試しに聞いてみることにした。なるほど、陸は英語ができるだけではなく、こんなに陸上もできたのか。

「陸さんみたいな生徒がもっと多くいればいいのに……」

 進藤先生はぽつりと呟いた。しかしふと浮かんだ考えとしてはよい。陸のような生徒がたくさんいれば授業はもっと質のいいものにできるかもしれない。いや、せめてテストだけでもそうはできないものだろうか。

 その時進藤先生には魔が差した。このテープに、音を吹き込む。マークシート形式ならば番号を音の鳴る回数でわからせることができるのではないだろうか。

 事実、過去数回そういうことが行われていたという噂は聞いたことがある。東雲高校のテスト中に流れる放送には何の意味があったのかと思ったが、今考えれば合点がいく。そのときは学校内で行われていた不正が、不思議と悪いものではないように感じられた。

「生徒たちだっていい点とれたほうが嬉しいに決まっているわ。内申だってよくなるんだし」

 そんな安直な考えに流されて進藤先生は陸たちのテープにテストの答えを吹き込んだ。

 その後、テストの採点をしているときに進藤先生は血の気がひいた。

 なぜテストの点が悪い生徒たちは答えに気づかず、普段から点数のいい生徒たちが点数がいいのだろうか。しかもこれはすぐにカンニングとばれてしまうほど規模がでかかった。

 このままでは他の先生にカンニングがあったことがばれてしまうかもしれない。なぜ自分はカンニングの手助けなどしてしまったのだろうと我れにかえった。しかし今頃そんなことに気づいても後の祭りである。誤魔化さなくては、なんとかして隠さねばと思っていたところに杏稀のテストがあった。今回は一問も間違えていない。

 進藤先生ははっと気づいた。陸の答案用紙を見るとまるっきり同じ答えが書いてあるではないか。

杏稀の視力がいいことは知っていたが、机の位置的に、陸の答案を見るためには陸の協力が不可欠である。陸と杏稀は仲がよい。そして杏稀は追い詰められていた。陸ならばやりかねない。

そのとき、キャロル先生が顔を横から覗かせて言った。

「すごいですねマークシート作戦! 生徒たちわかってくれて点数よくなったじゃあないですか。やっぱり先生の問題のつくりかたは素晴らしい」

「え? ああ、ありがとうございます」

「あ、木下さんの点数もいいですね。彼女がんばったんでしょうね」

キャロル先生に褒められてもまったく気持ちよくはなかった。しかしキャロル先生も含めて、この問題に気づいている先生は誰もいない。もしかしたら誤魔化すことができるかもしれない。

自分さえ黙っていれば…そんな考えが進藤先生の頭の中を覆い尽くす。しかしもしばれたら…そう考えているうちにもうひとつ、ふつふつと悪い企みが頭をもたげてきた。

陸の答案を自分の放送した内容に合わせて変えてしまえば陸が疑われるはずだ。

陸は100点だった。自分が放送した内容は一箇所机を叩く回数を間違えたらしく、98点の内容である。陸の答えもこの一箇所を変えてしまえば自分のやったことはばれない。

「陸さんだって木下さんに答案見せたんだし、同罪だわ」

 その時はそれでいいと思った。消しゴムで一問だけ答えを変えて生徒たちには何食わぬ顔をして答案を返した。

 そこからが悪夢の始まりである。風紀委員が不正に気づいたのだ。ただちに同じ答えの生徒は集められて、その時の放送が陸のものだったために、真っ先に陸が疑われた。

「先生、集団カンニングが行われていたなんて気づきましたか?」

「いいえ、びっくりです。みんなの点数がここまでいいのはマークシート形式にしたからだとばかり……」

 キャロル先生にそう言うときも後ろめたかった。そして進藤先生は重大なことに気づいた。

 テープを始末していない。自分がそのテープを持っていることに気づかれたら自分はおしまいだ。

 慌てて上書きをして確認をしないまま焼却炉に放り込んだ。


「以上が私の犯した罪です」

「お待ちください先生、ひとつ質問が」

 聖が最後に進藤先生に質問をした。

「この件の捜査中、馬鹿な生徒が何者かに背中を押されて階段から落ち、骨折しました。全治二ヶ月だそうです。先生、それについては?」

「ああ……そうですね、それも私です。八月朔日梗に焼却炉に捨てる姿を見られました。背中を押したのは私です。私は教師失格です。カンニングの手伝いをしたからではありません、八月朔日くんは生徒なのに、自分の保身のためにそんなことまでするなんて……」

 法廷は静まりかえった。聖は木槌をカン、と振り下ろした。

「陸さやかは無罪。先生の罪についてはPTAと校長に判断をゆだねます。以上、閉廷」

 聖はあまりにあっさり陸を無罪にし、あっさりと進藤先生を学校に委ね、そのまま法廷をあとにした。


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