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似非裁判  作者: 花南
2/5

02

 風紀委員は、文化部と運動部から半々で構成されている委員会だ。何か事件が起きたときに、まず最初に取り調べをするのはここで、風紀委員と裁判部、この二つの組織だけが調停を担っている。

 集団カンニングと言っていたせいか、沢山の生徒が取り調べを受けていた。その奥で、 不機嫌そうな顔をした長い黒髪の少女がいた。なるほど、そういえばクラスのどこかで見たことのあるような顔である。

八月朔日が最初に風紀委員と話をつけて、陸を外へと連れ出した。そのまま隣の演習室を借りて、やっと話し合いが開始された。

「初めましてさやかちゃん。俺は八月朔日、君の弁護士だ。こっちのふたりは海馬くんと森下くん、俺のアシスタントをしてくれる人だよ」

「よろしくお願いします」

 陸は深々と頭を下げて椅子に腰掛けた。

「始めに聞いておくけれども、さやかちゃんは容疑を否認しているんだよね?」

「はい」

「本当のところ、やったの? やらなかったの? 誰にも言わないから本当のこと教えてよ」

「私、やっていません! カンニングがあったことすら知らないのに、いつの間にかカンニングした人たちが『陸から情報を買った』って言うんです」

 すごい剣幕でまくし立てる陸をまあまあと諌めながら、八月朔日は続ける。

「正直俺たちまだどんな事件だったのか知らないんだ。教えてくれないかな?」

「わかりました。私も又聞きの部分が多いからはっきりとはしないけれども、わかる限り話ます」


陸の証言

「ねぇ、今回の英語のテスト難しかったね」

 休み時間、陸の友達がテストの答案を見ながらそう呟いた。

「そう? 私は簡単だと思ったけれども」

「陸は英語だけは得意だものね。英語の成績だけだったらトップ30に入れるのにね」

「別にトップなんて狙っちゃいないわよ。左遷させられなければどこだっていいわ」

陸の成績は250番~280番くらいである。数学がともかくできないのがこの結果の原因だろう。

「それに今回の問題はマークシート形式だったじゃない。四分の一の確率で当たるものよ」

「でもそれって75%の確率で外れるってことじゃあない?」

 それもそうだと笑っていたところに風紀委員の腕章をつけた生徒が教室に入ってきた。

 真っ直ぐに陸のところに歩いてくるのでなんだろうと思っていたところ、自分の前まできてぴたりと止まり、聞いてきた。

「陸さやかさんですね?」

「はい、私だけど?」

「あなたに集団カンニングの容疑がかかっています」

「……え?」

 思わず聞き返してしまった。風紀委員はもう一度言った。

「陸さんが集団カンニングの情報を売っていたという情報が流れてきました。これは逮捕状です」

 なんとも薄っぺらい紙一枚を付きつけられて陸は困惑した。

 でも、自分は何も悪いことはしていないのだし、すぐに釈放されるだろうと楽観的に考え、風紀委員についていくと、今度はテストの答案を見せて欲しいと言われた。

 言われるままに見せると、そのマークシートの結果とほぼ同じ答案が続出していると言われたのだ。

 実態はこうである、西校舎と中央校舎と東校舎、その日ばらばらの時間に行われた試験は、東校舎が先に試験が終わった。西校舎は午後に試験を受けることになっていて、テストの時間にお昼の放送が流れていたそうだ。

 そのお昼の放送は、陸と空乃が対談方式で陸が質問に答えていくものだったが、その放送は「では何問目……」というくだりではじまり、机を叩く音が入る。

 机を叩く音の数がそのままマークシートの選択の問題の答えとなっているという、そういう仕組みのカンニングだったらしい。



「誰かが私を嵌めたのよ!」

 そこまで捲くし立てるように説明してから陸が言った。

 八月朔日は顎に手をやり考えこむようにした。

「それで、君は空乃のモエモエトークショーにその日出たのかい?」

「……出ました。でも机を叩いたりなんてしていません」

「わかった。誰か君を嵌めようとしている人に心当たりは?」

「そんなのあるわけないじゃない!」

 陸が机を叩いたものだから、テーブルに置いていたコーヒーの缶が跳ね上がって転がった。

 八月朔日はため息をついて、

「まずは空乃綺に事情聴取する必要がありそうだね。森下くん、海馬くん、俺はもうちょっとさやかちゃんの話を聞いているから行ってきてくれないか?」

「わかりました」

 ふたり同時に立ち上がり、演習室を出て放送室へと向かった。


「すみません、ここに空乃さんはいらっしゃいますか?」

 放送室を覗き込むと、ほとんどの放送部員は取材に出払っているようで、僅かに残っている生徒の中に空乃の姿が運良くあった。

 ふわふわの髪の毛を内巻きにロールして、膝丈をこえるようなオーバーニーソックスをはいた小柄な少女である。

「はぁい、空乃はみゅーのことですけれどぉ」

「みゅ、みゅー?」

 自分のことをみゅーという珍妙な名前で呼ぶ空乃を奇妙なものでも見るかのような目で森下は見た。

 空乃は見上げるようにして覗き込みながら

「あ、もしかしたら~、森下くんですかぁ?」

「え……? 僕のこと知っているの?」

「知ってますよー、お姉さまかっこいいですよねー。空乃もああなりたいですぅ」

「はぁ……」

 聖はたしかに美人だ。成績も優秀で、人気もある。

 彼女のようになりたいと言う人を見かけたのは今回が初めてではないが、なんとなく姉を褒められるというのは照れる。しかし続きがあった。

「弟は301位なのにね~」

 どこから調べてきたのだろう。自分の順位をいきなり言われて森下がたじろいていると、空乃は続けた。

「あ、みゅーがどうして知っているか知りたいんでしょう? みゅーは、趣味で探偵部とコネがあるんですぅ。だから、ちょっと調べてもらったんですよぅ、このみゅーの順位のちょっと上をうろちょろしている目ざわりな30位の奴誰かな~って」

 はっきりと目ざわりとか言われながら、森下の眉間に皺が寄る。どうやら空乃は31位あたりをうろちょろしていたらしい。

「でも~、森下くんが301位になってくれたおかげでみゅーは晴れて30位入りできました。お礼言うべきでしょうかねぇ?」

「いや……お礼なんて、あの空乃さん」

「はい~?」

 間延びした口調で空乃が首を傾げる。

「この前の英語の試験の日、陸さやかさんのゲスト出演を依頼しましたか?」

「はい~。陸ちゃんですね? あの日は~、たしかー、えっとー、んっとー……」

 歯切れの悪い間隔で空乃は話はじめた。

「たしか陸ちゃんが、『空乃、前々からあんたが出てほしいって言っていた番組出てやってもいいわ』って言ってくれてぇ、それで出てもらうことにしたんですぅ」

「じゃあ空乃さんからではなく陸さんのほうから言い出したんですね?」

「はい~、そうですねー」

「取材中机を叩いたりしてませんでしたか?」

「そこまで覚えていませんけれど~落ち着きなく貧乏ゆすりはしていましたぁ」

 森下は隣の海馬を見た。

「どう思う? 海馬。陸は無実だと思うか?」

「さぁ。ちょっと怪しいわね」

 そこに空乃が割り込んで入ってきた。

「怪しいってぇ~陸ちゃんがですかー?」

「そうだよ。陸が本当にやってないのか僕たちは立証しなきゃいけないからね」

「陸ちゃんは~、やっていませんよ~」

「何か証拠でもあるわけ?」

「証拠ですか~? えっとーんっとー……ともかく~、陸ちゃんはそんなことをする子じゃあないんですぅ、きっと嵌められたんですぅ」

 証拠がないならば話にならないと思って、収穫なし、と帰ろうとしたところ、海馬が前に乗り出した。

「『そんなこと』って言ったわね? アナタ」

「言いましたよ~?」

「つまり、アタシたちがなんの調査で動きまわっているのか知っているってことね? まだ広報部に情報が渡ってもいないってのに!」

 森下は「あっ…」と声をあげた。そうだ、まだこの事件は公表されていない。なぜ空乃が陸がどんな事件を起こしたのか知っているのだろう。

 空乃はなんだか言いにくそうに顔を伏せてから横目で海馬を見た。

「実はぁ、みゅーは聞いちゃったんですぅ。たまたま放送室の外で集団カンニングの容疑は陸ちゃんになすり付けるって……思わずどういうこっちゃそりゃー! と思って外に出たら外にはいっぱい人がいて、誰がその話題をしていたのかわかりませんでしたぁ」

「それ、何時のこと? アンタ、そのやつを放送する前に聞いていたならば陸と話すのやめればよかったじゃない」

 至極もっともなことを海馬が聞いた。

「はい。実は、放送前だったんですぅ。でもー、みゅーとしては~、陸上部のエース陸ちゃんの放送は是非ともしたくってぇ~。時間帯ずらそうと思ったんです。まさかお昼の放送をテスト中に流さないと思いました。みゅーがいけないですね」

「陸はカンニングが行われていた時、どこにいたのかしら?」

「そのときはまだみゅーといっしょでした」

 海馬はがっと森下の肩を掴むとずるずると廊下の端まで引っ張っていった。

「どう思う? あの空乃って女」

「うん。空乃も怪しい」

「もうこれ以上聞かないほうがいいかしら?」

「いや、逆だな。もっと話を聞いておいたほうがいい。ボロを出すかもしれない」

 空乃がいたところまで戻ると今度は森下が質問しはじめた。

「その日の放送はその日撮ったものでしたか?」

「いいえ~、数日前に撮ったものですぅ」

「ということは、当日陸さんといっしょにいた空乃さんは、別の用事で陸さんと会っていたわけですね?」

「ぎくっ」

「陸と会っていた用事はなんだったんですか?」

「うーうー……」

 低い声で唸りはじめたかと思ったら、空乃はいきなり目をかっぴらいて、鼻の穴を膨らませると大声で叫んだ。

「じゃかあしいわボケがー! わしらはなんもしとらんぞ! 何が弁護士か。最初から陸ちゃん疑っとるじゃあなぁんか! わしらぁ何もしとらんのんじゃけぇそがぁなことを聞かれる筋合いはないんじゃ。ひっこめや!」

「きょえええええー!」

 いきなり切れた空乃に海馬が思わず奇声を発して森下の腕を掴んだ。そのまま全速力で廊下を駆け抜ける。森下が何事かわからないまま、半ば引きずられるような形で叫んだ。

「海馬、海馬! 上履きが片方脱げちゃったよ」

「あんた一人で取りにいきなさいよ! アタシはあの危険な女のところに行くのはもうごめんよ!」

 暫く走って、空乃が追いかけてこないのを確認すると海馬は漸くスピードを緩めた。

「犯人の逆切れよ。陸、決定だわ。あの女が犯人なのよ」

「……そうか?」

「だって、そうすればすべて辻褄が合うじゃない!」

「お前、証言を聞くときにどこを見ているんだ? 言葉か? 顔か? 仕草か? 僕は目を見るんだけれど」

 その言葉に海馬がこちらを見返してくる。森下は続ける。

「陸も空乃も真っ直ぐに僕たちを見てきた。あれは僕たちに怒っているんだ。信じてくれない僕たちに怒りを感じているんだよ」

 そこまで言ってから足元を見下ろす。

「海馬、上履き貸せよ。トイレ行きたいんだけど」

「煙草吸う気?」

 肯定の代わりにポケットから煙草を取り出しながら歩いていく森下を海馬は追うことができなかった。


「やあ、空乃さんの証言はとれたかい?」

 陽気に話かけてくる八月朔日にふたりは一緒に首を振った。

「八月朔日先輩、あいつはヤバイですよ。肝心なところでキレやがりました」

「なんか刺激すること言ったの?」

「言ったんじゃあなく……ねぇ?」

 歯切れも悪く森下と海馬が顔を見合わせる。

「あー、これだから素人は。まあ新人だから仕方ないけれど?」

 やれやれとかぶりを振って肩を竦める仕草が妙にいやらしい。やはりこの男を好きになれそうもないと森下は思った。

「まさか君たち手ぶらで行ったわけじゃあないだろうね?」

「あ、メモの用意とか……たしかにしませんでしたけれど」

「だめだよ。女の子に会いに行くときは華道部から花をチョイスしていかないと」

 聖がこの男のどこを馬鹿だと言ったのかだんだん分かってきたような気がした。

「ま、このKYOに任せなさい。相手は人間、相手は女! 話せば、分かる!」

 森下は「ブーケで殴られて来い」と心の中で念じて八月朔日を送り出した。それがとんでもない結果になって戻ってくることになるとは知らずに。

 残された陸と海馬と森下は、気まずい沈黙に包まれた。先ほどの言葉を引きずって、うまく会話ができそうもない。

陸がぼそっと呟いた。

「あんたたちも私が犯人だと思っているんでしょう?」

 こんな時、どんな言葉をかければいいのだろう。数字ばかり見てた毎日では人との接触の仕方なんて忘れてしまう。

「正直君以外に犯人を思いつかない」

正直なところを森下は話しはじめた。

「だけど君が犯人だとは思えない」

それもまた正直なところである。

「陸はそういう人間じゃあないだろ?」

「あんた、私のこと知っているの? 教室にいるときも一人で小難しい本ばかり読んでいるくせに。この前読んでいたのはフェルマーの最終定理の本だったわよね? あんなの読んでて楽しいの?」

「君はなんで僕のことをよく知っているのかわかんないんだけれど?」

「……。ネタよ! こんな根暗な男いないと思って覚えておいてやったのよ!」

「そうね、第一印象は根暗な男よね」

 隣で海馬までうんうんと頷いている。そんな読んだ本まで逐一ネタにされていたらたまらない。

「その分じゃ君たちは僕の根暗説を立証するネタをたくさん持っているようだけれども、証明するのは僕が根暗かじゃあない! 陸が無実なことだろうが! そこらへん履き違えるな、馬鹿」

「根暗がいじけはじめたわよ。海馬くん」

「根暗は根に持つわよー、根暗だから」

「話を変えよう」

 話をすり替えることにした。そうだ、これは裁判でも使える手かもしれない。都合の悪いことはどんどんすり替えることにしよう。

「空乃なんだけどさ、話を聞いてきたんだけれど、それについての話を聞きたいんだ。まず、ゲスト出演を切り出したのは陸だって聞いたけど、それについて詳しく聞きたい。本当に陸が切り出したわけ?」

「……ええ。私から切り出したわ」

 森下には、嘘はついていなさそうだったが、何か隠しているような気がした。

「で、なんで空乃のトークに出ようと思ったんだ? 僕は空乃の放送を聞いたことがあるけれど、とても出たいとは思わなかった」

「せ、宣伝よ! 私今度生徒会に立候補するから名前を前もって覚えておいてもらおうと思って」

「宣伝させる人を明らかに間違っているよ。実際君の噂はどういうふうに広がろうとしているんだ? カンニングだぞ」

「トークしたくらいで集団カンニングの容疑がかけられるなんて誰が考えるってのよ? 想像つく?」

「たしかに想像がつかない。でも空乃は前もって収録前に君を嵌めようとしている話を聞いたって言っているんだ」

「なんですって!?」

「つまりそれって、陸が収録する前から陸がその番組に出るのがわかっていた奴がいるってことだろ? 誰か心当たりはないのか?」

 陸は少し考え込むようにしてからはっと気づいたようだった。しかしすぐにかぶりを振る。

杏稀(あずき)が私を嵌めるなんてそんなことあるわけないじゃあない! ぶっちゃけ、あの子はそんなところまで頭回らないわ!」

「今の発言を杏稀さんが聞けば君を嵌めようと思うかもしれないけどね」

「そ、そういう意味で言ったわけじゃあないのよ。そういうような方向性で頭が回らないのよ、素直な子なの」

「その杏稀さんはどんな経緯で陸が番組に出ることを知ったわけ?」

「杏稀が私が空乃のトークショーに出てみないかと誘われたことがあるって言ったら、あの子、楽しそうな顔をして『聞いてみたい』って言ったの。あの顔に嘘はないわ!」

 この話はこれ以上掘り下げられそうもないので別の話題を持ってくることにした。

「収録はカンニング当日より前の日にとったそうだね? 当日も会っていたらしいけれど、その時はどんな事情で会っていたの?」

陸は黙り込んだ。暫くしてからぼそぼそと低い声で

「ほ……ほら、あれよ。よく女の子同士でお泊り会とかするときに話す話題よ! わかるでしょ、聞かないでよ!」

「まったくわからないけれど、そういう話題なわけだね」

「なるほど、聞かれたくないわね。わざわざ放送室でその話題にふれたの?」

「まさか! うっかりマイクのスイッチでもはいってて、放送が流れてたりしたら次の日どんな顔して学校来いってのよ!? もちろん、周りに音が洩れないところにいたわよ」

「周りに音が洩れない? つまりそれって外部の音も自分たちには聞こえないような場所ってこと?」

「そうよ」

「つまり、それが何処であったにしろ、君たちは自分たちの放送を聞いてないわけだね?」

「そうなるかしら」

 これって鍵なんだろうか。この謎を解く鍵になっているんだろうか。それを嗅ぎ分ける能力が自分たちにはまだない。

「八月朔日先輩にこれって言っておくべきかしら?」

 なんとなく八月朔日の力を借りるのは癪だった森下は「もう少し考えてからにしよう」と海馬に言った。

 八月朔日なんかよりもっと身近な人で考えてみることにした。もしここに聖がいるとするならば、彼女はどういうふうに行動するだろうか。

「とりあえず今のところ聞き込みしかしてないし、校内を歩き回ってもっと情報を集めるべきかな…」

「アタシたちふたりで!?」

「だいたい、何を聞けばいいのかもわからないし」

 八方塞がりである。友達が少ないことのデメリットを感じずにはいられない。

 明日の法廷はどうなるのだろう。暗澹たる空気が三人を包んだ。

 とりあえず上履きをとりに行きたかった。



 翌日、森下と海馬は軽い筋肉痛に襲われた。学校中を走り回り、学校中を調べ回り、学校中の怪しいと思える人物に話を聞いた。

「まさか、裁判部がこんなに体力使うなんて……」

「結局森下なんて、上履きないから凄い音立てながらスリッパで走り回ってたしね」

 あの後、放送室にも行ってみたんだが、空乃と八月朔日は既におらず、おまけに森下の上履きもないのだ。

「結局、情報と言えるような情報は何も掴めなかったな」

「そうね。八月朔日先輩は今日まで連絡がとれないけれどもどうしたのかしら?」

「名刺に普通携帯番号って書いてあるもんじゃあないのか?」

 名刺を見てみると、そこには家の住所が書いてあった。思わず名刺を床にたたきつけて「使えねぇ…」と森下は呟いた。

 と、そんな時である。森下の携帯が鳴った。聖からである。

「姉さん?」

――透さんですか?

「昨日から家に帰ってきていないけれども、今学校のどこにいるの?」

――今は病院です

「病院?」

――はい。馬鹿が怪我したので

「八月朔日先輩怪我したんですか!?」

 馬鹿と言われてすぐに八月朔日と分かる自分もおかしい。

――法廷は予定通りの時間に行うので、海馬くんと準備をしておいてください

「八月朔日先輩は何時来るんだよ?」

――八月朔日さんは来ません、いえ、来られません。

「ね、姉さん……すごく嫌なんだけど、嫌なんだけど、そこに八月朔日先輩がいるなら替わってください」

――Hi!

替わったと同時にやけにテンションの高い声が耳の鼓膜を刺激した。

「八月朔日先輩、どうしてこんな時に限って怪我するんですか?」

――いやね、これはマリアナ海溝並に深いワケがあるんだよ。まあ簡単に言えば階段から突き落とされたってわけ」

「階段から?」

――そうそう。犯人の顔は見れなかったけれどもね。そっと俺の背中を押す手は華奢な指だった。美人に違いない

「つまり八月朔日先輩に恨みを持った女性というわけですか?」

――なんで俺が恨まれるんだよ? 違うよ違う。綺ちゃんの話を聞いて決定的な証拠を思いついてそれを取りにいった帰りに、どーん。

「――で、その証拠は?」

――げふっごほっ!

「八月朔日先輩どうしたんですか? 血吐いたんですか? 血吐いたんですか?」

――うん、かなり血吐いちゃった。

遠くから聖の声で「いいえ、今のは誤魔化すために咳払いしたんです」とツッコミが入った。

「ちっ、期待したのに」

――森下くんは何を期待してたのかな? 証拠かな? それとも俺の血かな?

「両方期待しましたが両方ダメでした」

――まぁね、このテープ使えそうもないしね。このテープは俺の愛に耐え切れなくて、真っ二つに割れちゃったよ

 遠くからまた聖の声で「階段から落ちたときに下敷きにして割ってしまったんです」と注釈が入った。

「僕たちで何とかしなくちゃあいけないんですよね? とりあえず他に分かったことってありませんか?」

――そうだなぁ~、事件の裏に美女アリってか?

「はっきり教えてくださいよ。そんなよくわからない謎解きでなくて」

――まあいい経験だ、自分たちで解いてみたまえ。あ、そうそう、アドバイスをひとつ。髪型のセットはちゃんとしておけよ?

プツッ

 森下は自分から電話を切った。気分の悪そうな顔で海馬を見る。

「八月朔日先輩は階段から突き落とされて来られないそうだから、僕たちだけで陸の無実を証明しなくちゃいけない」

「なんですって!?」

「まったく、どうしてこうなっちゃったんだろう」

「裁判が始まるまでまだちょっと時間があるわね。とにかく、作戦を練らないと…」

 ピンポンパンポーン

――空乃のモエモエトークショーの時間がやってまいりましたぁ

 丁度聞きたくないタイミングで最悪の放送が流れた。

――今日はぁ、森下くんをゲストに呼びたいと思いますぅ

「誰がこんな忙しい時に! 暇だって行くものか!」

――ということで森下くんは至急放送室まで来てくださいー。でないとあなたのテストの順位と点数を読み上げていきますぅ、解説とツッコミもプラスして

「ちくしょー空乃ぉー!」

 スリッパで全力疾走しても転びそうになるだけである。大慌てで放送室まで走っていくと、そこには空乃が座っていた。

「わしが呼んだら三秒で来いや」

「無茶苦茶な」

「八月朔日先輩はえらいことになったのぉ。あの足の方向からして相当なもんじゃった」

「足、の方向がおかしい?」

 電話に出たときあんなに元気そうだったのに、実はそんなことになっていたとは。

「わしが悪いんかもしれん。なんせ八月朔日先輩に証拠になることをゆぅたのもわしじゃし。八月朔日先輩にあれを渡したのもわしじゃし。あれを渡さんにゃぁ八月朔日先輩はもうちぃとマシな怪我じゃんだかもしれんのに」

 あれとはテープのことだろうか。

「まぁともかくわしのせいなんじゃ。じゃけぇわしも協力したるわ」

「けっこうです」

 即答だった。

「じゃあ、あんたぁ今どがぁな証拠やネタを握っとるんか?」

「……誠意だけ」

「守るだけじゃのぉんて今時はやりゃぁせん。いや、裁判部じゃぁ通用せんのんじゃ。これからぁ攻める、脅す、まくしたてる! これじゃ。相手のすべりそうなところはたちまちつっこんでおけ」

「はぁ」

 裁判部では聞けなかったアドバイスというやつが放送部の、一番聞きたくない相手から聞けたような気がした。

「空乃さんは少なくとも僕よりは裁判部のことを知っているんですね?」

「そらぁまあな。興味あるしのぅ」

「じゃあ相手側はどんな攻撃をしてくると思いますか?」

「目つきの悪い姉ちゃんのほうは筋はとおっとるが奴の目は見ちゃああかん。しゃっくりの姉ちゃんのほうはたちまち最初に潰しておけ。まあ大したことない相手じゃが、新人のわれにとっちゃぁ強敵じゃろうの。まあ正攻法の相手ばっかしに今はやりにくいかもしれんが、もう一人いるじゃろ? 姿勢の悪い狸みとぉな奴が」

 そういえば、いたようないなかったような……多分、死体の人なのだろう。自分としては珍しく目に止まったほうだ。

「そいつは強敵とかそういうのがあるわけ?」

「いや、あいつはよくわからん。資料不足じゃ」

「はぁ。結局わかることなんて何もないに等しいわけだな」

「逆を返せばそこらへん踏まえとけば乗り越えれるってことじゃ。じゃけえ陸ちゃんの証拠を掴んでおれば問題はない。しっかりと、しっかり……」

 問題はその証拠をしっかり掴んでないことが問題なわけだが。

 森下ははたと立ち止まった。証拠をしっかり掴んでない、しかしそれは相手は知らないことだ。八月朔日が証拠を掴みかけていた、何か手がかりがあるはずである。その手がかりが見つかるまでの間、別の偽の手がかりでいい、つかめればいいのだ。

「空乃、協力してほしいことがあるんだけど?」

「なんじゃあ?」


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